【7】①

ー/ー



今日、真瀬は阿部家に来ている。
 有紗が突然消えてから四日目。
 結婚式のことで話があるから近いうちに、と連絡を寄越した彼に急遽時間を作ってもらって訪ねて来たのだ。
「阿部、お前『人形』はどうしたんだよ?」
 突然噛み付いた真瀬に面喰った表情は見せたものの、阿部は気楽な調子で話し始めた。
「は? どうした、って遊びに決まってるじゃないか。プレイっていうの? メイド服着て『ご主人様~』じゃあまりにも手垢付いててつまらないし。『人形遊び』って新鮮じゃない?」
「お前……」
 怒りに任せて問い詰めようとした次の言葉は、結果として封じられてしまう。
「第一さぁ、相手をただ言いなりにして嬉しいか? いや、その時は結構盛り上がるかもしれないけどさ、結局相手が自分の意思で動くからいいんじゃないか。あんなの、ごくたまにやるから楽しいんだよ。俺、『人形』じゃない時の百合絵(ゆりえ)には(ひざまず)いて愛も乞うよ?」
「……え、……え?」
 唐突に話がすり替わった気がして、真瀬は動揺した。
「何? どうした?」
「お前、あの『人形』、……あの人、と結婚する、のか?」
「そうだよ。え? 今その疑問? あのさ、ただの気晴らし程度のどうでもいい女を、お前らにわざわざ紹介すると思うか?」
 阿部の呆れた声。
「そもそも、そういう後ろ暗いことなんか絶対家ではやらないよ。いまも実家で家族と同居なんだぞ、俺」
 確かに、以前「パートナー同伴の会合」を開いた時も、会場は貸し切りの店だった。
 あの時の家政婦が平然としていたのも、「坊ちゃまと婚約者の嬢さまの、よくわからないけれど微笑ましい交流」だったからなのか。
「そういうわけで、俺百合絵と結婚するから。ぜひ式には来てくれよ。あ、勇吾先輩も。あと、披露宴で何か頼みたいから予定してて。その話をしたかったんだ」
 真瀬の同級生である阿部にとっても、当然一倉は先輩にあたる。
「『ケンちゃん』」
「……何? 『アッくん』」
 小学校低学年時の互いの呼び名。格好つけない、素の自分で彼に訊いてみたいことができた。
「あの、僕『人形』が――」
 真瀬の話を聞き終わった阿部が、少し考えて口を開く。
「百合絵に頼んでやるよ。彼女、詳しいんだ。今日来てるから、帰り会わせる」
「ごめん、僕邪魔した?」
 咄嗟に謝る真瀬にも、彼は飄々とした態度を崩さない。
「いや別に? しょっちゅう会ってるから。結婚式の準備ってこんな大変だったんだな、知らなかったよ」
 それだけ言い残し、彼は百合絵に事情を話すために部屋を出て行った。
「こんにちは、真瀬さんですよね?」
 阿部に(いとま)を告げて玄関先に降りた真瀬は、横から姿を現した女性に声を掛けられた。
「……百合絵、さん?」
「ええ。塚越(つかこし) 百合絵と申します」
 優雅に頷く彼女は、あの『人形』と同じボブカットの黒髪、化粧の仕方はかなり違うようだが同じく美貌ではある。
 しかし、初対面の派手なドレスとはかけ離れたシックなツーピース姿の百合絵は、より知的で落ち着いた印象だった。
「わたし、二十七歳ですよ。二人きりならともかく、人前で『お人形ごっこ』なんて普通出来ません。さすがに恥というものがあります」
 嘆息した彼女が、柔らかな笑みを浮かべながら再度口を開く。
「でも、謙士郎さんが『子どもの頃からずっと変わらない大切な友達だから。どうしてもみんなに自慢したい』って言い張るので折れたんです」
「阿部、が」
 そこまで自分たちに、恋人を、……婚約者を見せたかったのだろうか。
「はい。謙士郎さんにとってあなたを始めとする学園のお友達は、素のままで付き合える本当に貴重な、何にも代えがたい存在なんでしょうね」
 相変わらず笑みを絶やさないまま、彼女は歌うような調子で続けた。
「『男同士の友情』って、わたしにはよくわからない部分もあります。でも、謙士郎さんがあなた方について話す姿は本当に楽しそうで、幸せそうで。いい関係なんだなと思っておりました」
 真瀬にとっても、阿部を含めたあの『人形』披露を始めとする集まりを構成するメンバーは、一生掛けて付き合うだろう友人だと思ってはいる。
 しかし、心のどこかで彼に敵愾心(てきがいしん)を、――単に競い合う好敵手(ライバル)としてよりも、もっと醜い何かを抱いてしまっていたのかもしれない。
「事情は謙士郎さんに伺いました。お出掛けするのは構わないのですけれど、家の者もご一緒してよろしいでしょうか」
「ええ」
「申し訳ありません。婚約者以外の男性と二人きりというのは少し差し障りがございますので」
「当然でしょう。僕は一向に構いませんよ」
 彼女の後方に目立たないように控えている男を示すようにしながら恐縮した様子の百合絵に、真瀬はあっさりと返した。
 もとより難色を示すつもりもない。
「では参りましょう。わたし、結構詳しくなったんですよ。付け焼き刃ですけれど」
 随行者に目で合図して、彼女は真瀬に出発を告げた。
「……お勉強なさったんですか?」
「もちろんですわ。勢いでどうにでもなる十代の娘さんとは違いますもの。大人には演出が必要です」
 まったく何の予備知識もなかった真瀬にも、確かにあの時の彼女は『人形』に見えていた。
 少なくとも『人形』の振りをしているのは伝わった。単に華麗なドレスの美女というだけではなく。
「それでは、よろしくお願いします」
 改めて告げて、真瀬は百合絵たちと目的地へ向かった。
 
 最初は本当に軽い気持ちだった、『人形遊び』などという(たわむ)れ。
 新しい玩具を手に入れた子どもと同様に、何も考えていなかった。
 綺麗で可愛いだけの、面倒なことなどなにもない『人形』。しかし、そんなものはいなかった。


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今日、真瀬は阿部家に来ている。
 有紗が突然消えてから四日目。
 結婚式のことで話があるから近いうちに、と連絡を寄越した彼に急遽時間を作ってもらって訪ねて来たのだ。
「阿部、お前『人形』はどうしたんだよ?」
 突然噛み付いた真瀬に面喰った表情は見せたものの、阿部は気楽な調子で話し始めた。
「は? どうした、って遊びに決まってるじゃないか。プレイっていうの? メイド服着て『ご主人様~』じゃあまりにも手垢付いててつまらないし。『人形遊び』って新鮮じゃない?」
「お前……」
 怒りに任せて問い詰めようとした次の言葉は、結果として封じられてしまう。
「第一さぁ、相手をただ言いなりにして嬉しいか? いや、その時は結構盛り上がるかもしれないけどさ、結局相手が自分の意思で動くからいいんじゃないか。あんなの、ごくたまにやるから楽しいんだよ。俺、『人形』じゃない時の|百合絵《ゆりえ》には|跪《ひざまず》いて愛も乞うよ?」
「……え、……え?」
 唐突に話がすり替わった気がして、真瀬は動揺した。
「何? どうした?」
「お前、あの『人形』、……あの人、と結婚する、のか?」
「そうだよ。え? 今その疑問? あのさ、ただの気晴らし程度のどうでもいい女を、お前らにわざわざ紹介すると思うか?」
 阿部の呆れた声。
「そもそも、そういう後ろ暗いことなんか絶対家ではやらないよ。いまも実家で家族と同居なんだぞ、俺」
 確かに、以前「パートナー同伴の会合」を開いた時も、会場は貸し切りの店だった。
 あの時の家政婦が平然としていたのも、「坊ちゃまと婚約者の嬢さまの、よくわからないけれど微笑ましい交流」だったからなのか。
「そういうわけで、俺百合絵と結婚するから。ぜひ式には来てくれよ。あ、勇吾先輩も。あと、披露宴で何か頼みたいから予定してて。その話をしたかったんだ」
 真瀬の同級生である阿部にとっても、当然一倉は先輩にあたる。
「『ケンちゃん』」
「……何? 『アッくん』」
 小学校低学年時の互いの呼び名。格好つけない、素の自分で彼に訊いてみたいことができた。
「あの、僕『人形』が――」
 真瀬の話を聞き終わった阿部が、少し考えて口を開く。
「百合絵に頼んでやるよ。彼女、詳しいんだ。今日来てるから、帰り会わせる」
「ごめん、僕邪魔した?」
 咄嗟に謝る真瀬にも、彼は飄々とした態度を崩さない。
「いや別に? しょっちゅう会ってるから。結婚式の準備ってこんな大変だったんだな、知らなかったよ」
 それだけ言い残し、彼は百合絵に事情を話すために部屋を出て行った。
「こんにちは、真瀬さんですよね?」
 阿部に暇《いとま》を告げて玄関先に降りた真瀬は、横から姿を現した女性に声を掛けられた。
「……百合絵、さん?」
「ええ。|塚越《つかこし》 百合絵と申します」
 優雅に頷く彼女は、あの『人形』と同じボブカットの黒髪、化粧の仕方はかなり違うようだが同じく美貌ではある。
 しかし、初対面の派手なドレスとはかけ離れたシックなツーピース姿の百合絵は、より知的で落ち着いた印象だった。
「わたし、二十七歳ですよ。二人きりならともかく、人前で『お人形ごっこ』なんて普通出来ません。さすがに恥というものがあります」
 嘆息した彼女が、柔らかな笑みを浮かべながら再度口を開く。
「でも、謙士郎さんが『子どもの頃からずっと変わらない大切な友達だから。どうしてもみんなに自慢したい』って言い張るので折れたんです」
「阿部、が」
 そこまで自分たちに、恋人を、……婚約者を見せたかったのだろうか。
「はい。謙士郎さんにとってあなたを始めとする学園のお友達は、素のままで付き合える本当に貴重な、何にも代えがたい存在なんでしょうね」
 相変わらず笑みを絶やさないまま、彼女は歌うような調子で続けた。
「『男同士の友情』って、わたしにはよくわからない部分もあります。でも、謙士郎さんがあなた方について話す姿は本当に楽しそうで、幸せそうで。いい関係なんだなと思っておりました」
 真瀬にとっても、阿部を含めたあの『人形』披露を始めとする集まりを構成するメンバーは、一生掛けて付き合うだろう友人だと思ってはいる。
 しかし、心のどこかで彼に|敵愾心《てきがいしん》を、――単に競い合う|好敵手《ライバル》としてよりも、もっと醜い何かを抱いてしまっていたのかもしれない。
「事情は謙士郎さんに伺いました。お出掛けするのは構わないのですけれど、家の者もご一緒してよろしいでしょうか」
「ええ」
「申し訳ありません。婚約者以外の男性と二人きりというのは少し差し障りがございますので」
「当然でしょう。僕は一向に構いませんよ」
 彼女の後方に目立たないように控えている男を示すようにしながら恐縮した様子の百合絵に、真瀬はあっさりと返した。
 もとより難色を示すつもりもない。
「では参りましょう。わたし、結構詳しくなったんですよ。付け焼き刃ですけれど」
 随行者に目で合図して、彼女は真瀬に出発を告げた。
「……お勉強なさったんですか?」
「もちろんですわ。勢いでどうにでもなる十代の娘さんとは違いますもの。大人には演出が必要です」
 まったく何の予備知識もなかった真瀬にも、確かにあの時の彼女は『人形』に見えていた。
 少なくとも『人形』の振りをしているのは伝わった。単に華麗なドレスの美女というだけではなく。
「それでは、よろしくお願いします」
 改めて告げて、真瀬は百合絵たちと目的地へ向かった。
 最初は本当に軽い気持ちだった、『人形遊び』などという|戯《たわむ》れ。
 新しい玩具を手に入れた子どもと同様に、何も考えていなかった。
 綺麗で可愛いだけの、面倒なことなどなにもない『人形』。しかし、そんなものはいなかった。