表示設定
表示設定
目次 目次




第3章 袖振り合うも多生の縁-3

ー/ー



 その後すぐ我が家に戻ったものの駆はまだ戻っておらず、昼間からワインをボトル半分近く飲んでしまったため激しい眠気に襲われてしまう。そこでワンピースを脱ぎ捨て快適な部屋着に戻ると、すっかり私の第二の寝床と化しているソファに横になり、先ほどの匠との会話を振り返る。一見順風満帆な人生を送っていそうな匠も決して生きやすそうには全然見えなかった。優秀であり続けることはとても辛そうに思える。それでも大好きな女性がいて、その彼女のアドバイスに従って色々調べたり、私にアクセスしてきたりと懸命に行動している姿には好感を覚えた。
 しかし思い切って匠に会い話をした結果色々な収穫があったように思う。一番意外だったのは駆が頑固な面があるという話だった。確かにどんなに禁じられても陰でこっそり漫画を読みゲームで遊んでいた辺り、意志が強くなければできないだろう。剣道を止めたことだってそうだ。お父さんは駆をずっとコントロールしようとして最終的に失敗してしまったからこそ、感情的に『勘当』という極端な手段に走ってしまったのかもしれないとふと思った。駆は自己評価が低くて人に簡単に流されてしまう側面がある一方で、未だ心折れていないし実は芯が強いのかもしれない。
 そんなことをうつらうつら考えているうちにいつの間にか寝てしまったようだ。インターホンの音で目が覚めたのだが、部屋の中はすっかり真っ暗で慌ててしまう。インターホンを鳴らしたのは駆だった。
 出かけた時部屋着姿で今も部屋着姿なので、駆は私の事をずっと家でダラダラしていたと思ったようだった。
「アルファさん、もしかしてずっと寝てました?」
くすっと笑う。私は両手を腰に当て、口を尖らせた。
「今日は君のお兄さんと会ってランチ御馳走になってたんだぞ」
それを聞いたとたん駆の表情が不安げに曇った。
「兄さんと……? もしかして何かあった?」
「私にお礼がしたいって家電(いえでん)に電話してきた」
 私は今日の会食についてかいつまんで駆に話して聞かせた。話の内容ではなく、主に何を食べたかだけど。
「オレが接待でマダムたちとホテルでアフタヌーンティーしている時に、アルファさんは兄さんとコース料理食べてたんだ!」
何故か少し怒り口調だ。そのホテルのアフタヌーンティーの方が絶対にお高いのでは? 接待テニスは思ったより大変だったのかな。
「いや、だって御馳走してくれるって言うから遠慮なく頂いただけなんだけど、ダメだった?」
「そうじゃなくて……よりによって兄さんと……」
駆は口の中でしばらくごにょごにょと呟いていたが、思い切ったようにこう言ってきた。
「だって兄さん、かっこいいじゃないですか!」
「おう、和装も似合いそうなイケメンだよね。剣道やってるからなのかな、所作がものすごく綺麗だし」
私は完全同意した。
「だけど彼女さんいるみたいだよ。ぞっこんみたい。え、もしかして私がお兄さんに惚れたと思った?」
からかうように尋ねた。
「いや、そんなことは……」
駆はとたんにおろおろし始める。私はおかしくなってにっと笑った。
「ランちゃんの方がお兄さんよりイケメンだって」
「そんなはずは!」
駆の顔が真っ赤になった。
「兄さんは前途有望なキャリア警察官で、一方オレは留年中で経済力ゼロのヘタレで……」
確かにその通りではあるが、自活できている私にとってはそんな事はどうでもいい。
 「君……私はね、社会的地位の高い男より美味しい料理を作れる男の方が好きなの!」
駆の顔が更に赤くなった。安心させるつもりで言ったつもりだったが、何だか妙な誤解を招いたかもしれない。慌てて言い直す。
「あ、好きっていうのは、そういう意味じゃなくてあくまで好みという意味なんだからね!」
まるでツンデレの言い訳のようである。私はわざとらしく咳払いをした。
「とにかく、今晩お兄さんが君に電話するって言ってたし、せめて兄弟くらい仲良くしなさい! お兄さんも君のことを心配していたみたいだし……」
彼女から別れると脅されたのがお兄さんが私に接触してきたきっかけだったなんて不名誉な話は伏せておく。
「兄さんがオレと接触した事を知ったら父さんが怒るんじゃないかな……」
駆の顔がしょんぼりとする。なるほど、だから匠が駆に最初にLIMEを送った時そっけなかったのか。
「お兄さんは立ち回るのが上手そうだからその辺は心配しなくても大丈夫じゃないかな」
私は敢えて楽観的に言った。
「小学生じゃあるまいし、弟に電話しましたなんていちいち別居している父親に報告したりしないでしょ」
「……そっか……そうだよね……」
駆の表情が少し明るくなった。
 それから気を取り直したように手に持っていた有名百貨店のビニール袋を掲げてみせる。
「今晩はちょっと手抜きしてデパ地下のお惣菜でーす。マダム達のお勧めの店で買ってきたよ。あれ、もしかして兄さんとランチにコース料理食べたからいらない?」
ほんのちょっぴりではあるが駆にしては珍しく意地悪な言い方をしてきた。
「食べるもん! やったね、今日は御馳走尽くしだー!!!」
私は万歳をしてから駆の前でくねくねと怪しげな喜びのダンスを踊って、駆を笑わせたのだった。

 夕食後駆のスマホに匠から電話がかかってきたらしく、駆は部屋に引っ込んでしまった。一方、私のメールアドレスには先ほどお願いしていたテニスの試合の動画が三本送られてきていた。私も自室に戻って無駄にハイスペックな御自慢のPCで早速再生をしてみることにする。
 テニスは高校・大学の体育の授業で経験したくらいでさほど詳しい訳ではなかったが、最低限のルールだけは理解していたのは幸いだった。だがいつも思うのだが、テニスの点数は謎すぎる。0がラブで、15、30の後が何故40なのか。調べると40は本当は45だけど英語で45(フォーティファイブ)と言うと長すぎるから40(フォーティ)という説が一番有力だそうだが、何か気分が落ち着かない。
 閑話休題。私が最初に開いた動画はインターハイ全国大会の第1回戦で、匠が自前のスマホで撮影したと思われる。その動画に映っている駆は真っ黒に日焼けし、髪は今よりも少し長めで顔には幼さが残っていた。学校名が入った明るい青い半袖のシャツに白のショートパンツ姿の体には今よりも筋肉ががっちり付いていた。試合前はひっきりなしにラケットを振ったり軽く屈伸したり落ち着きなさそうに動き回っていたが、試合が始まると、対戦相手をひたすら鋭い眼差しで見据え、その恵まれた身長を生かしたパワーとスピードのあるサーブを全身から繰り出していた。
 私の知るいつも自信なげに微笑んでいる駆ではなかった。コート内を自在に走り回り、相手のボールを果敢に拾い、時には的確にボールの軌跡をとらえてスマッシュやボレーをする。その表情は真剣なだけではなく、匠が言っていたようにとてもアグレッシブで、私の全然知らない顔をしていた。相当長い試合を制しついに勝利した時は、ラケットを握りしめたままコートに膝をつき天を仰ぎながら短く雄たけびを上げていた。八月の焼けつくような日差しなどものともせず勝利の喜びをかみしめている駆は、確かに青春の輝きに満ち満ちていた。
 見たこともない生き生きとした駆に純粋にときめいたことは事実だ。画面の中の溌溂とした駆は眩しかった。そんな駆を生で見てみたい、そう思った。しかし同時に私がはっとしたのは、そんなテニスを捨ててまで駆が選んだのは、将来のための勉学の方だったという事実だ。本命の大学院に行きたいから体育会のテニス部には入部しなかったと駆はさらっと言ったが、どれほどの覚悟が必要だったのか。そんな彼がサークルの選択ミスをした挙句、ついにはほんのつまらない事で留年してしまった。どれほどの挫折だっただろうか。それでも彼は一生懸命自分を見つめた上で、今は前を向き将来の目標に向かってコツコツと頑張っている。何て強い子なのだろう。表面上の弱々しさは本当の駆を覆い隠す緞帳のようなもので、それを剥ぎ取り駆のもっと奥底を見てみたいという願望が私の中に芽生えてしまった。その時私の頬をつーっと涙が伝った。

 そんな時、部屋のドアがいきなりノックされた。私は慌てて涙を指で拭うと、ゲーミングチェアから立ち上がりドアを開ける。目の前に立っているのは控えめな笑顔を浮かべたいつも通りの駆だった。
「兄さんと長い時間話したよ」
いきなり先ほどの電話の話をし始めたが、私は駆の口を手で押し留める仕草をして、ダイニングテーブルに向かうように伝える。
 二人で定位置に座ると、改めて駆に話すように促した。駆は頷くと電話の内容を教えてくれた。
「兄さんはまず謝ってきたんだ。オレが父さんに見放された時何も手を貸してやれなかった、すまなかったって……」
予想通りである。駆は戸惑ったように微笑んだ。
「別に兄さんは全然悪くないからびっくりしちゃった。アルファさんにお礼を言ってきたというのと同じ流れだよね?」
「あ、うん、そうそう。昼前にいきなり私にお礼をって電話で言ってきたから驚いたのなんのって。お兄さん、君の件で何らかの罪悪感を感じたのかね」
一応すっとぼけてみせる。彼女云々は聞いていないのだろう、駆は顎に手を当て考え込む。
「兄さんは更に今までの事も謝ってきた。お前が家で辛い思いをしていた時に何もしてやれなかった、ごめんって……」
「そうなんだ……」
「オレ、小さい時から兄さんにずっと面倒見てもらってたし、兄さんの事尊敬していたから、突然そんなこと言われちゃうと正直訳が分からない……」
 駆は山城家の問題をあくまで自分自身の問題として捉えているので、いきなり自分の一家を機能不全家族と言われても戸惑うだけだろう。私だって、駆にどう切り出せばいいのかなんて分からない。
「他にお兄さんは何か言ってたの?」
「学費の支払いに困ったらいつでも言ってくれって……それとうちは絶対におかしいからいつか両親と話し合うって……」
駆は困惑した表情で話を続けた。
「アルファさんに何かしら刺激されたんでしょうか。何度も氷室さんには感謝しているって言ってたから……」
うーんと私は唸った。兄弟同士でこまめに連絡を取れとは確かに言ったけど、別に両親に立ち向かえとまでは言ってない。機能不全家庭の元凶の親を変えるなんて労力の割には報われなさそうだもの。
「お兄さんにはきっとお兄さんなりの理由があるんだよ……うん」
私も曖昧なことしか言えなかった。私と会った後さらに彼女と何かしらやり取りがあったのかもしれないし。
 駆がぽつりと言った。
「両親はいつも忙しいから試合の応援に来てくれたことはなかったけど、兄さんは可能な限り来てくれてたんだ……県大会決勝とか。インハイの全国大会だって不便な地方だったのにわざわざ来てくれて……宿泊場所確保するのだって大変だっただろうに……」
「本当にいいお兄さんだよね!」
私は心底そう思っていた。あの動画を見ていた時、時折入ってくる匠の声援、弟の事を心から大事に思っていたことが伝わってくる。
「オレ……兄さんがいなかったらさすがにぐれてたかもしれない……ずっと兄さんの存在に支えられてたんだなって今気が付いた……」
駆の涙腺がいきなり決壊した。
「さっきそう言えば良かった……なんか驚いちゃってろくに思ってたこと言えなかったから……」
 私は黙っていつものようにボックスティッシュを駆に差し出す。この涙もろい青年が、あの生き生きとしてアグレッシブなテニスプレイヤーと同一人物だなんて俄かには信じられない。両方同じ駆なのだということは頭では分かるのだけど、何と複雑で魅力的な青年なのだろう。
 「こっちからまたかければいいじゃない? お兄さんは逃げないんだから」
私は内心の混乱を隠すようにわざとぞんざいな態度で両手で頬杖をつきながらそう提案すると、駆はティッシュで涙を拭き鼻をちーんとかみながらうんうんと頷いたが、鼻と目を真っ赤にしたそんな情けない姿ですら、私の心をぐらぐらと揺さぶってきたのだった。
 やばい、私はこの目の前の青年に猛烈に魅了されてしまった。匠の電話を取ってからわずか半日しか経っていないというのに、私の中で駆は、サポートすべき存在から、年下のくせに私の心を嵐のようにかき乱してくる男に進化してしまったのだ。
「わ、私、そろそろ寝るね……お休み」
「お休みなさい」
 高鳴る心臓を手で必死に押さえながら、酔ったように火照った顔を覗き込まれないようにぷいとそっぽを向くと、平気な振りをしてそそくさと急ぎ足で自室に戻った。兄に折り返しの電話をしようとしているのだろう、スマホを握りしめた涙でまだ目が潤んでいる駆が私を見送っている。

 ドアを閉め念のため鍵をかけると、私はベッドにどさりと身を投げ出し、大き目の枕に顔を埋める。やばいやばいやばいやばい……心の中でこの単語がループしている。私は駆のことを実の弟のようなものだと思って接してきたから、スッピンや酔ったところ、うたた寝しているだらしない姿とかも平気で晒してきたから、取り繕うことなんてできない。今更どの面下げて、君の事が好きですなんて言えるかって。
 駆が多少私の事を意識していることは承知していた。さっきだって兄に対して可愛らしく焼きもちを妬いていた。それだって本当に好きな相手ができるまでの淡い気持ちなのだろうから、私が気が付かないふりをすれば無事にやり過ごせると思っていたけど、まさか私の方にこんな気持ちが芽生えるだなんて思ってもみなかったのだ。
 しかし、私の立場から告白したところでとても対等な関係とは言い難いだろう。今の私は駆の家賃と生活費を援助してあげている立場なのだ。「付き合ってください」なんて言って承諾してもらったところで、まるで金銭関係で繋がった愛人契約したみたいになってしまうではないか。いくら相手が親から突き放され頼る者のいない(いや、本当はいるんだけど)大学生だとは言っても、そんなこと持ちかけたら私は最低な人間になってしまう。
 私は枕を必死に抱きしめた。自分の気持ちにも気が付かなかったふりをして、今まで通り生活するのが一番いいはずだ。駆にはアルファさんはちょっとだらしないけど頼れる姉貴分だと思ってもらったまま、自立するまでのお膳立てが出来れば私としては本望だ。それがきっと互いの幸せなのだと私はこの時必死に自分に言い聞かせたのだった。

 その翌朝、駆は朝食時、兄に自分の感謝の想いをきちんと伝えられたと嬉しそうに話してくれた。これからはこまめに連絡を取り合っていこうと二人で決めたとのこと。
「全てアルファさんのお陰です」
と無邪気な笑顔で語るので、私は目を逸らしたくなったがぐっと堪え「良かったね」と満面の作り笑いを返す。
 その後自室に戻って匠が送ってくれた動画にすべて目を通した。駆は三回戦で負けたのだが、すべて同日の試合だった。過酷な炎天下の中、こんな長時間に及ぶ試合を一日のうちに三回もこなすためには双方の選手とも相当の体力が必要だったのだろう。基本怠惰な私には、そのスタミナがとても信じられなかった。
 負けが決まった瞬間コートにがっくりと膝を付き号泣する駆の姿を見て、私は再度泣いてしまった。負けたことについてではなく、こんなにも頑張ったのに親から一切褒めてもらえなかった駆があまりに不憫だったからだ。確かに匠がいてくれなければ、さすがの駆の心もぽっきりと折れていたかもしれない。
 私はさらに出来心から、駆の名前で動画サイトYourTubeを検索する。するとちょこちょこ動画がアップされていて驚いてしまった。匠が送ってくれた動画の別角度からの動画以外に同年県大会時点の映像もある。どうも駆を追っかけていたテニスファンは複数いたようだ。『山城君、大学じゃテニスやらなかったんだね、残念』なんてコメントもあったりして、全日本学生選手権大会(インカレ)での活躍も密かに期待されていたようである。駆本人はエゴサなんて絶対にやらないだろうから一生気が付くこともないだろうが。
 その後更に好奇心から匠の名で検索をかけたところ、大学対抗戦で剣道の主将を務めている動画を発見してしまった。団体試合だと副将をしているようだ。思わずにやにやしながら見入ってしまう。謙遜していたけど匠は結局どこにいてもリーダーシップを発揮するタイプのようだ。

 その日の昼食はそうめんだった。本人の試合動画を見たのにそれを隠しておくのはまるで盗み見したみたいな気分だったので、そうめんをすすりながら動画を見たことを打ち明けると、駆の顔が一瞬で紅潮し、うひゃーと変な声をあげた。
「お恥ずかしい……オレ真っ黒だったでしょ」
「う、うん……まあね……そりゃ、あれだけお天道様の下で活動していたらこんがり焼けるでしょうよ」
本人の気にするところはそこなのか、意外だ。
「とにかくかっこよかった」
そしてこれだけは絶対に言っておかないと。
「本当に君は頑張ったんだなあって事はよく分かったよ」
 だが駆自身は負けた三回戦を悔いているようだった。
「オレ、相手に比べて完全に体力で劣ってた。最後身体が鉛みたいに重たくて全然付いて行けなかったんだ……。一方相手は中学の時から有名な選手で、元々優勝候補だった……オレなんかよりずっとテニスに費やす時間も長かっただろうし、情熱も桁違いで、オレが負けるのは必然だった……」
 遠い目をしながら駆は呟くように言うと、両手で髪をぐちゃぐちゃとかき回した。
「ああ、でも思い出すと悔しいなあ……もっと練習に専念してたら勝てたのかな、なんて夢想する時もあるけど……てっぺん目指すなら勉強との両立なんて甘っちょろいことは言ってられない世界だから……」
それから駆は私の方を向いていつもの困り顔で笑ってみせた。
「人生、あれもこれもなんてどだい無理な話だよね……」
「まあ、そうだね……」
てっぺん目指すなんて考えたこともない私はあやふやに笑うしかない。これがアグレッシブ駆の片鱗なのか。
 「テニス、もうやらないの?」
私はさりげなく尋ねた。昨日有閑マダム相手にコーチをしてきたことは知っているけど。駆は黙り込んでしまった。しばらく考え込んでからぼそっと答える。
「……大学院に行ったら本格的に再開しようかな……ネットを検索すると社会人メインの小規模サークルとかもあるみたいだし、サークルによってレベルが色々選べるからオレにはそっちの方が向いてそうだ……」
 院試に落ちたら就職すると言いつつ、駆の中では大学院に行くのは既定路線のようだ。そのくらい強気でいいと思う。
「うん……それがいいね……」
私が相槌を打つと、駆が私をじーっと見つめてきた。
「アルファさん、これからテニス始める気ない? オレ教えるから。昨日マダム達から褒められたんだよ、教え方が上手いって」
「え゛っ……」
私はカエルがつぶされた時のような声を上げる。それが返事だった。


次のエピソードへ進む 第4章 情けは人の為ならず-1


みんなのリアクション

 その後すぐ我が家に戻ったものの駆はまだ戻っておらず、昼間からワインをボトル半分近く飲んでしまったため激しい眠気に襲われてしまう。そこでワンピースを脱ぎ捨て快適な部屋着に戻ると、すっかり私の第二の寝床と化しているソファに横になり、先ほどの匠との会話を振り返る。一見順風満帆な人生を送っていそうな匠も決して生きやすそうには全然見えなかった。優秀であり続けることはとても辛そうに思える。それでも大好きな女性がいて、その彼女のアドバイスに従って色々調べたり、私にアクセスしてきたりと懸命に行動している姿には好感を覚えた。
 しかし思い切って匠に会い話をした結果色々な収穫があったように思う。一番意外だったのは駆が頑固な面があるという話だった。確かにどんなに禁じられても陰でこっそり漫画を読みゲームで遊んでいた辺り、意志が強くなければできないだろう。剣道を止めたことだってそうだ。お父さんは駆をずっとコントロールしようとして最終的に失敗してしまったからこそ、感情的に『勘当』という極端な手段に走ってしまったのかもしれないとふと思った。駆は自己評価が低くて人に簡単に流されてしまう側面がある一方で、未だ心折れていないし実は芯が強いのかもしれない。
 そんなことをうつらうつら考えているうちにいつの間にか寝てしまったようだ。インターホンの音で目が覚めたのだが、部屋の中はすっかり真っ暗で慌ててしまう。インターホンを鳴らしたのは駆だった。
 出かけた時部屋着姿で今も部屋着姿なので、駆は私の事をずっと家でダラダラしていたと思ったようだった。
「アルファさん、もしかしてずっと寝てました?」
くすっと笑う。私は両手を腰に当て、口を尖らせた。
「今日は君のお兄さんと会ってランチ御馳走になってたんだぞ」
それを聞いたとたん駆の表情が不安げに曇った。
「兄さんと……? もしかして何かあった?」
「私にお礼がしたいって|家電《いえでん》に電話してきた」
 私は今日の会食についてかいつまんで駆に話して聞かせた。話の内容ではなく、主に何を食べたかだけど。
「オレが接待でマダムたちとホテルでアフタヌーンティーしている時に、アルファさんは兄さんとコース料理食べてたんだ!」
何故か少し怒り口調だ。そのホテルのアフタヌーンティーの方が絶対にお高いのでは? 接待テニスは思ったより大変だったのかな。
「いや、だって御馳走してくれるって言うから遠慮なく頂いただけなんだけど、ダメだった?」
「そうじゃなくて……よりによって兄さんと……」
駆は口の中でしばらくごにょごにょと呟いていたが、思い切ったようにこう言ってきた。
「だって兄さん、かっこいいじゃないですか!」
「おう、和装も似合いそうなイケメンだよね。剣道やってるからなのかな、所作がものすごく綺麗だし」
私は完全同意した。
「だけど彼女さんいるみたいだよ。ぞっこんみたい。え、もしかして私がお兄さんに惚れたと思った?」
からかうように尋ねた。
「いや、そんなことは……」
駆はとたんにおろおろし始める。私はおかしくなってにっと笑った。
「ランちゃんの方がお兄さんよりイケメンだって」
「そんなはずは!」
駆の顔が真っ赤になった。
「兄さんは前途有望なキャリア警察官で、一方オレは留年中で経済力ゼロのヘタレで……」
確かにその通りではあるが、自活できている私にとってはそんな事はどうでもいい。
 「君……私はね、社会的地位の高い男より美味しい料理を作れる男の方が好きなの!」
駆の顔が更に赤くなった。安心させるつもりで言ったつもりだったが、何だか妙な誤解を招いたかもしれない。慌てて言い直す。
「あ、好きっていうのは、そういう意味じゃなくてあくまで好みという意味なんだからね!」
まるでツンデレの言い訳のようである。私はわざとらしく咳払いをした。
「とにかく、今晩お兄さんが君に電話するって言ってたし、せめて兄弟くらい仲良くしなさい! お兄さんも君のことを心配していたみたいだし……」
彼女から別れると脅されたのがお兄さんが私に接触してきたきっかけだったなんて不名誉な話は伏せておく。
「兄さんがオレと接触した事を知ったら父さんが怒るんじゃないかな……」
駆の顔がしょんぼりとする。なるほど、だから匠が駆に最初にLIMEを送った時そっけなかったのか。
「お兄さんは立ち回るのが上手そうだからその辺は心配しなくても大丈夫じゃないかな」
私は敢えて楽観的に言った。
「小学生じゃあるまいし、弟に電話しましたなんていちいち別居している父親に報告したりしないでしょ」
「……そっか……そうだよね……」
駆の表情が少し明るくなった。
 それから気を取り直したように手に持っていた有名百貨店のビニール袋を掲げてみせる。
「今晩はちょっと手抜きしてデパ地下のお惣菜でーす。マダム達のお勧めの店で買ってきたよ。あれ、もしかして兄さんとランチにコース料理食べたからいらない?」
ほんのちょっぴりではあるが駆にしては珍しく意地悪な言い方をしてきた。
「食べるもん! やったね、今日は御馳走尽くしだー!!!」
私は万歳をしてから駆の前でくねくねと怪しげな喜びのダンスを踊って、駆を笑わせたのだった。
 夕食後駆のスマホに匠から電話がかかってきたらしく、駆は部屋に引っ込んでしまった。一方、私のメールアドレスには先ほどお願いしていたテニスの試合の動画が三本送られてきていた。私も自室に戻って無駄にハイスペックな御自慢のPCで早速再生をしてみることにする。
 テニスは高校・大学の体育の授業で経験したくらいでさほど詳しい訳ではなかったが、最低限のルールだけは理解していたのは幸いだった。だがいつも思うのだが、テニスの点数は謎すぎる。0がラブで、15、30の後が何故40なのか。調べると40は本当は45だけど英語で|45《フォーティファイブ》と言うと長すぎるから|40《フォーティ》という説が一番有力だそうだが、何か気分が落ち着かない。
 閑話休題。私が最初に開いた動画はインターハイ全国大会の第1回戦で、匠が自前のスマホで撮影したと思われる。その動画に映っている駆は真っ黒に日焼けし、髪は今よりも少し長めで顔には幼さが残っていた。学校名が入った明るい青い半袖のシャツに白のショートパンツ姿の体には今よりも筋肉ががっちり付いていた。試合前はひっきりなしにラケットを振ったり軽く屈伸したり落ち着きなさそうに動き回っていたが、試合が始まると、対戦相手をひたすら鋭い眼差しで見据え、その恵まれた身長を生かしたパワーとスピードのあるサーブを全身から繰り出していた。
 私の知るいつも自信なげに微笑んでいる駆ではなかった。コート内を自在に走り回り、相手のボールを果敢に拾い、時には的確にボールの軌跡をとらえてスマッシュやボレーをする。その表情は真剣なだけではなく、匠が言っていたようにとてもアグレッシブで、私の全然知らない顔をしていた。相当長い試合を制しついに勝利した時は、ラケットを握りしめたままコートに膝をつき天を仰ぎながら短く雄たけびを上げていた。八月の焼けつくような日差しなどものともせず勝利の喜びをかみしめている駆は、確かに青春の輝きに満ち満ちていた。
 見たこともない生き生きとした駆に純粋にときめいたことは事実だ。画面の中の溌溂とした駆は眩しかった。そんな駆を生で見てみたい、そう思った。しかし同時に私がはっとしたのは、そんなテニスを捨ててまで駆が選んだのは、将来のための勉学の方だったという事実だ。本命の大学院に行きたいから体育会のテニス部には入部しなかったと駆はさらっと言ったが、どれほどの覚悟が必要だったのか。そんな彼がサークルの選択ミスをした挙句、ついにはほんのつまらない事で留年してしまった。どれほどの挫折だっただろうか。それでも彼は一生懸命自分を見つめた上で、今は前を向き将来の目標に向かってコツコツと頑張っている。何て強い子なのだろう。表面上の弱々しさは本当の駆を覆い隠す緞帳のようなもので、それを剥ぎ取り駆のもっと奥底を見てみたいという願望が私の中に芽生えてしまった。その時私の頬をつーっと涙が伝った。
 そんな時、部屋のドアがいきなりノックされた。私は慌てて涙を指で拭うと、ゲーミングチェアから立ち上がりドアを開ける。目の前に立っているのは控えめな笑顔を浮かべたいつも通りの駆だった。
「兄さんと長い時間話したよ」
いきなり先ほどの電話の話をし始めたが、私は駆の口を手で押し留める仕草をして、ダイニングテーブルに向かうように伝える。
 二人で定位置に座ると、改めて駆に話すように促した。駆は頷くと電話の内容を教えてくれた。
「兄さんはまず謝ってきたんだ。オレが父さんに見放された時何も手を貸してやれなかった、すまなかったって……」
予想通りである。駆は戸惑ったように微笑んだ。
「別に兄さんは全然悪くないからびっくりしちゃった。アルファさんにお礼を言ってきたというのと同じ流れだよね?」
「あ、うん、そうそう。昼前にいきなり私にお礼をって電話で言ってきたから驚いたのなんのって。お兄さん、君の件で何らかの罪悪感を感じたのかね」
一応すっとぼけてみせる。彼女云々は聞いていないのだろう、駆は顎に手を当て考え込む。
「兄さんは更に今までの事も謝ってきた。お前が家で辛い思いをしていた時に何もしてやれなかった、ごめんって……」
「そうなんだ……」
「オレ、小さい時から兄さんにずっと面倒見てもらってたし、兄さんの事尊敬していたから、突然そんなこと言われちゃうと正直訳が分からない……」
 駆は山城家の問題をあくまで自分自身の問題として捉えているので、いきなり自分の一家を機能不全家族と言われても戸惑うだけだろう。私だって、駆にどう切り出せばいいのかなんて分からない。
「他にお兄さんは何か言ってたの?」
「学費の支払いに困ったらいつでも言ってくれって……それとうちは絶対におかしいからいつか両親と話し合うって……」
駆は困惑した表情で話を続けた。
「アルファさんに何かしら刺激されたんでしょうか。何度も氷室さんには感謝しているって言ってたから……」
うーんと私は唸った。兄弟同士でこまめに連絡を取れとは確かに言ったけど、別に両親に立ち向かえとまでは言ってない。機能不全家庭の元凶の親を変えるなんて労力の割には報われなさそうだもの。
「お兄さんにはきっとお兄さんなりの理由があるんだよ……うん」
私も曖昧なことしか言えなかった。私と会った後さらに彼女と何かしらやり取りがあったのかもしれないし。
 駆がぽつりと言った。
「両親はいつも忙しいから試合の応援に来てくれたことはなかったけど、兄さんは可能な限り来てくれてたんだ……県大会決勝とか。インハイの全国大会だって不便な地方だったのにわざわざ来てくれて……宿泊場所確保するのだって大変だっただろうに……」
「本当にいいお兄さんだよね!」
私は心底そう思っていた。あの動画を見ていた時、時折入ってくる匠の声援、弟の事を心から大事に思っていたことが伝わってくる。
「オレ……兄さんがいなかったらさすがにぐれてたかもしれない……ずっと兄さんの存在に支えられてたんだなって今気が付いた……」
駆の涙腺がいきなり決壊した。
「さっきそう言えば良かった……なんか驚いちゃってろくに思ってたこと言えなかったから……」
 私は黙っていつものようにボックスティッシュを駆に差し出す。この涙もろい青年が、あの生き生きとしてアグレッシブなテニスプレイヤーと同一人物だなんて俄かには信じられない。両方同じ駆なのだということは頭では分かるのだけど、何と複雑で魅力的な青年なのだろう。
 「こっちからまたかければいいじゃない? お兄さんは逃げないんだから」
私は内心の混乱を隠すようにわざとぞんざいな態度で両手で頬杖をつきながらそう提案すると、駆はティッシュで涙を拭き鼻をちーんとかみながらうんうんと頷いたが、鼻と目を真っ赤にしたそんな情けない姿ですら、私の心をぐらぐらと揺さぶってきたのだった。
 やばい、私はこの目の前の青年に猛烈に魅了されてしまった。匠の電話を取ってからわずか半日しか経っていないというのに、私の中で駆は、サポートすべき存在から、年下のくせに私の心を嵐のようにかき乱してくる男に進化してしまったのだ。
「わ、私、そろそろ寝るね……お休み」
「お休みなさい」
 高鳴る心臓を手で必死に押さえながら、酔ったように火照った顔を覗き込まれないようにぷいとそっぽを向くと、平気な振りをしてそそくさと急ぎ足で自室に戻った。兄に折り返しの電話をしようとしているのだろう、スマホを握りしめた涙でまだ目が潤んでいる駆が私を見送っている。
 ドアを閉め念のため鍵をかけると、私はベッドにどさりと身を投げ出し、大き目の枕に顔を埋める。やばいやばいやばいやばい……心の中でこの単語がループしている。私は駆のことを実の弟のようなものだと思って接してきたから、スッピンや酔ったところ、うたた寝しているだらしない姿とかも平気で晒してきたから、取り繕うことなんてできない。今更どの面下げて、君の事が好きですなんて言えるかって。
 駆が多少私の事を意識していることは承知していた。さっきだって兄に対して可愛らしく焼きもちを妬いていた。それだって本当に好きな相手ができるまでの淡い気持ちなのだろうから、私が気が付かないふりをすれば無事にやり過ごせると思っていたけど、まさか私の方にこんな気持ちが芽生えるだなんて思ってもみなかったのだ。
 しかし、私の立場から告白したところでとても対等な関係とは言い難いだろう。今の私は駆の家賃と生活費を援助してあげている立場なのだ。「付き合ってください」なんて言って承諾してもらったところで、まるで金銭関係で繋がった愛人契約したみたいになってしまうではないか。いくら相手が親から突き放され頼る者のいない(いや、本当はいるんだけど)大学生だとは言っても、そんなこと持ちかけたら私は最低な人間になってしまう。
 私は枕を必死に抱きしめた。自分の気持ちにも気が付かなかったふりをして、今まで通り生活するのが一番いいはずだ。駆にはアルファさんはちょっとだらしないけど頼れる姉貴分だと思ってもらったまま、自立するまでのお膳立てが出来れば私としては本望だ。それがきっと互いの幸せなのだと私はこの時必死に自分に言い聞かせたのだった。
 その翌朝、駆は朝食時、兄に自分の感謝の想いをきちんと伝えられたと嬉しそうに話してくれた。これからはこまめに連絡を取り合っていこうと二人で決めたとのこと。
「全てアルファさんのお陰です」
と無邪気な笑顔で語るので、私は目を逸らしたくなったがぐっと堪え「良かったね」と満面の作り笑いを返す。
 その後自室に戻って匠が送ってくれた動画にすべて目を通した。駆は三回戦で負けたのだが、すべて同日の試合だった。過酷な炎天下の中、こんな長時間に及ぶ試合を一日のうちに三回もこなすためには双方の選手とも相当の体力が必要だったのだろう。基本怠惰な私には、そのスタミナがとても信じられなかった。
 負けが決まった瞬間コートにがっくりと膝を付き号泣する駆の姿を見て、私は再度泣いてしまった。負けたことについてではなく、こんなにも頑張ったのに親から一切褒めてもらえなかった駆があまりに不憫だったからだ。確かに匠がいてくれなければ、さすがの駆の心もぽっきりと折れていたかもしれない。
 私はさらに出来心から、駆の名前で動画サイトYourTubeを検索する。するとちょこちょこ動画がアップされていて驚いてしまった。匠が送ってくれた動画の別角度からの動画以外に同年県大会時点の映像もある。どうも駆を追っかけていたテニスファンは複数いたようだ。『山城君、大学じゃテニスやらなかったんだね、残念』なんてコメントもあったりして、|全日本学生選手権大会《インカレ》での活躍も密かに期待されていたようである。駆本人はエゴサなんて絶対にやらないだろうから一生気が付くこともないだろうが。
 その後更に好奇心から匠の名で検索をかけたところ、大学対抗戦で剣道の主将を務めている動画を発見してしまった。団体試合だと副将をしているようだ。思わずにやにやしながら見入ってしまう。謙遜していたけど匠は結局どこにいてもリーダーシップを発揮するタイプのようだ。
 その日の昼食はそうめんだった。本人の試合動画を見たのにそれを隠しておくのはまるで盗み見したみたいな気分だったので、そうめんをすすりながら動画を見たことを打ち明けると、駆の顔が一瞬で紅潮し、うひゃーと変な声をあげた。
「お恥ずかしい……オレ真っ黒だったでしょ」
「う、うん……まあね……そりゃ、あれだけお天道様の下で活動していたらこんがり焼けるでしょうよ」
本人の気にするところはそこなのか、意外だ。
「とにかくかっこよかった」
そしてこれだけは絶対に言っておかないと。
「本当に君は頑張ったんだなあって事はよく分かったよ」
 だが駆自身は負けた三回戦を悔いているようだった。
「オレ、相手に比べて完全に体力で劣ってた。最後身体が鉛みたいに重たくて全然付いて行けなかったんだ……。一方相手は中学の時から有名な選手で、元々優勝候補だった……オレなんかよりずっとテニスに費やす時間も長かっただろうし、情熱も桁違いで、オレが負けるのは必然だった……」
 遠い目をしながら駆は呟くように言うと、両手で髪をぐちゃぐちゃとかき回した。
「ああ、でも思い出すと悔しいなあ……もっと練習に専念してたら勝てたのかな、なんて夢想する時もあるけど……てっぺん目指すなら勉強との両立なんて甘っちょろいことは言ってられない世界だから……」
それから駆は私の方を向いていつもの困り顔で笑ってみせた。
「人生、あれもこれもなんてどだい無理な話だよね……」
「まあ、そうだね……」
てっぺん目指すなんて考えたこともない私はあやふやに笑うしかない。これがアグレッシブ駆の片鱗なのか。
 「テニス、もうやらないの?」
私はさりげなく尋ねた。昨日有閑マダム相手にコーチをしてきたことは知っているけど。駆は黙り込んでしまった。しばらく考え込んでからぼそっと答える。
「……大学院に行ったら本格的に再開しようかな……ネットを検索すると社会人メインの小規模サークルとかもあるみたいだし、サークルによってレベルが色々選べるからオレにはそっちの方が向いてそうだ……」
 院試に落ちたら就職すると言いつつ、駆の中では大学院に行くのは既定路線のようだ。そのくらい強気でいいと思う。
「うん……それがいいね……」
私が相槌を打つと、駆が私をじーっと見つめてきた。
「アルファさん、これからテニス始める気ない? オレ教えるから。昨日マダム達から褒められたんだよ、教え方が上手いって」
「え゛っ……」
私はカエルがつぶされた時のような声を上げる。それが返事だった。