【4】②

ー/ー



「由香さん。ご本、ありがとうございました」
「あ、読んだ? どうだった? 好みに合ったかなぁ」
 借りた本を返した有紗に、鈴木が心配そうに訊いて来た。
「面白かったです! 特にこの、学園もののシリーズ。……これ、自分でも買いたいんですけど、どこに売ってますか? まだ続きも出てるんですよね? 普通の本屋さんにもありますか?」
 お世辞ではなく本心から告げた有紗に、鈴木は少し困った表情を見せた。
「あー、これ街の本屋にはないと思う。あたしが中高の頃に流行った奴だから、一巻出たのもう十年以上前、──え? 十年……」
 自分の発した言葉に何やらショックを受けているらしい彼女に、どう反応していいか判断できず有紗はとりあえず話を戻した。
「ネットで探せばあるでしょうか?」
「絶版なるの結構早いからなぁ。中古でもよければ、そりゃまああるだろうけど。でも、わざわざ買わなくてもこれあげるよ。続きもまだ家にあるから持ってくるね。これはあたしも好きだったから、完結まで全巻揃ってるし」
 気軽に持ち掛けてくれる鈴木に、とんでもない、と遠慮する。
「そんな! 由香さんが買われたご本じゃないですか。お好きだったのなら余計に持っててください」
「でも、もうさすがにこんなキラッキラの青春小説は読まないからさ。学生時代の懐かしの一ページっていうか。本て捨てられないから、欲しい人に譲れるならその方がいいよ」
 さばさばした彼女の口調に、大人になるとそういうものなのだろうか、と少し不思議に感じながらも、ありがたく甘えることにした。
「……だったら、ネットで探してもどうしても買えなかったらお願いします。それでいいでしょうか?」
「わかった。有紗ちゃんのそういうとこ、ホントいいねぇ」
「? ……そう、ですか?」
 何を言われたか理解できずに曖昧な有紗に、鈴木は笑みを浮かべて頷いている。
「有紗ちゃん、今時間ある?」
「ええ。今はご、社長がお留守ですので」
 問われて答えた有紗に、鈴木が悪戯っぽく笑って誘って来た。
「じゃあ、休憩コーナー行かない? あたし、昼休み半分仕事だったから、今からちょっと空きなの」
「はい。ご一緒します」
 休憩コーナーのドリンクサーバーは、福利厚生の一環で設置されているため社員証を(かざ)せば無料で利用できる。
 本来、外部からの来訪者が入り込むところではないので社員以外の利用はまずあり得ないのだが、念の為の措置だろう。
「学園もの、どういうとこが良かった? あたし、あの主人公の親友の、ちょっと口悪い子、あの子が好きだったなぁ。あと、やっぱ先輩が」
「親友ってまどかちゃんですよね? 私も格好よくて好きです。あと、御守(みもり)先輩が……」
 鈴木に問われ、有紗も改めて内容を思い返してみる。
「みもりん! うわ、思い出して来た! 正統派ヒーローの(かけはし)先輩じゃなくてみもりんなわけ?」
 作中では「みもりん」なる呼称は出てこなかったと記憶しているのだが、読者間の愛称だろうか。
 あるいは、この先シリーズが進めば出て来るのかもしれない。どちらにしても、誰を指しているのか即わかるので問題はなかった。
「もちろん梯先輩も凄く格好いいと思います。でも、私は御守先輩の方が何となく……」
「いや、ゴメン。貶してるわけじゃないの。みもりんは『ヘタレだけど、いざとなるとちゃんとヒーロー』って設定の筈なのに、いざというシーンがほぼないという。でもあの絶妙な情けなさと、ダメになりきらないバランスで人気あったよ、彼も」
 誤解を招いたかと焦った風の鈴木に、大丈夫です、と断って有紗も感想を述べた。
「確かに、はっきり格好いいところはあまりなくても、わりと目立つキャラクターだなって。読んでるうちに、いつの間にかすごく気になってて」
「わかる。あたしもなんだかんだ言って好きだし。……あ! 有紗ちゃん、ここだけの話にしてね。みもりんてウチの社長にちょっと似てる気が、――似てない?」
 彼女が突然持ち出した説は、有紗にはまったく想定外だった。正直、似ても似つかない気がする。
「? そう、ですか? 社、長はとてもしっかりなさってて、情けないところなんてない、と思いますけど」
「……そ、そう」
 笑いを堪えて素っ気なくなってしまったような彼女に、疑問符が頭を駆け巡る。
「いやいや、あんまり気にしないで! そう、社長は素敵な方よねぇ」
「え? ええ、はい」
 何を当り前のことを、ととりあえず真顔で返事だけはした有紗を見て、彼女はとうとう噴き出してしまった。

 鈴木と別れ、主のいない社長室に戻って来た有紗は、帰宅したらスマートフォンで本を探してみなければ、と予定を立てる。
 まだネットショッピングの経験はなく知識として持っているだけなのだが、クレジットカードがなくともコンビニエンスストアで支払いができるサイトが多く、有紗にも利用できるのは知っていた。
 真瀬がいるならともかく、今スマートフォンを弄っていても誰にも責められることもないだろう。
 そもそも真瀬本人は、たとえ在室していたとしても有紗の行動に制限を付けることなどない。これは有紗が『人形』として相応しくない言動を取らないよう注意を払っているせいもあるとは思うのだが。
 しかし、たとえ咎められることはなくとも有紗にはできないのだ。これは性格的なものなのかもしれない。
「御守先輩、……ご主人様」
 改めて考えてみても、共通点は浮かばない気がする。
 そもそも、小説のキャラクターである「御守先輩」は、イラストレーターの限られた挿絵でしか外見は描かれていない。
 だからこそ、空想の翼は自由に広げられるのが小説の良さではあるのだけれど。
「あ……」
 一つ、共通点を見つけた。改めて挙げるまでもない至極当たり前の。

 ――有紗にとって、好ましい、男性。



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「由香さん。ご本、ありがとうございました」
「あ、読んだ? どうだった? 好みに合ったかなぁ」
 借りた本を返した有紗に、鈴木が心配そうに訊いて来た。
「面白かったです! 特にこの、学園もののシリーズ。……これ、自分でも買いたいんですけど、どこに売ってますか? まだ続きも出てるんですよね? 普通の本屋さんにもありますか?」
 お世辞ではなく本心から告げた有紗に、鈴木は少し困った表情を見せた。
「あー、これ街の本屋にはないと思う。あたしが中高の頃に流行った奴だから、一巻出たのもう十年以上前、──え? 十年……」
 自分の発した言葉に何やらショックを受けているらしい彼女に、どう反応していいか判断できず有紗はとりあえず話を戻した。
「ネットで探せばあるでしょうか?」
「絶版なるの結構早いからなぁ。中古でもよければ、そりゃまああるだろうけど。でも、わざわざ買わなくてもこれあげるよ。続きもまだ家にあるから持ってくるね。これはあたしも好きだったから、完結まで全巻揃ってるし」
 気軽に持ち掛けてくれる鈴木に、とんでもない、と遠慮する。
「そんな! 由香さんが買われたご本じゃないですか。お好きだったのなら余計に持っててください」
「でも、もうさすがにこんなキラッキラの青春小説は読まないからさ。学生時代の懐かしの一ページっていうか。本て捨てられないから、欲しい人に譲れるならその方がいいよ」
 さばさばした彼女の口調に、大人になるとそういうものなのだろうか、と少し不思議に感じながらも、ありがたく甘えることにした。
「……だったら、ネットで探してもどうしても買えなかったらお願いします。それでいいでしょうか?」
「わかった。有紗ちゃんのそういうとこ、ホントいいねぇ」
「? ……そう、ですか?」
 何を言われたか理解できずに曖昧な有紗に、鈴木は笑みを浮かべて頷いている。
「有紗ちゃん、今時間ある?」
「ええ。今はご、社長がお留守ですので」
 問われて答えた有紗に、鈴木が悪戯っぽく笑って誘って来た。
「じゃあ、休憩コーナー行かない? あたし、昼休み半分仕事だったから、今からちょっと空きなの」
「はい。ご一緒します」
 休憩コーナーのドリンクサーバーは、福利厚生の一環で設置されているため社員証を|翳《かざ》せば無料で利用できる。
 本来、外部からの来訪者が入り込むところではないので社員以外の利用はまずあり得ないのだが、念の為の措置だろう。
「学園もの、どういうとこが良かった? あたし、あの主人公の親友の、ちょっと口悪い子、あの子が好きだったなぁ。あと、やっぱ先輩が」
「親友ってまどかちゃんですよね? 私も格好よくて好きです。あと、|御守《みもり》先輩が……」
 鈴木に問われ、有紗も改めて内容を思い返してみる。
「みもりん! うわ、思い出して来た! 正統派ヒーローの|梯《かけはし》先輩じゃなくてみもりんなわけ?」
 作中では「みもりん」なる呼称は出てこなかったと記憶しているのだが、読者間の愛称だろうか。
 あるいは、この先シリーズが進めば出て来るのかもしれない。どちらにしても、誰を指しているのか即わかるので問題はなかった。
「もちろん梯先輩も凄く格好いいと思います。でも、私は御守先輩の方が何となく……」
「いや、ゴメン。貶してるわけじゃないの。みもりんは『ヘタレだけど、いざとなるとちゃんとヒーロー』って設定の筈なのに、いざというシーンがほぼないという。でもあの絶妙な情けなさと、ダメになりきらないバランスで人気あったよ、彼も」
 誤解を招いたかと焦った風の鈴木に、大丈夫です、と断って有紗も感想を述べた。
「確かに、はっきり格好いいところはあまりなくても、わりと目立つキャラクターだなって。読んでるうちに、いつの間にかすごく気になってて」
「わかる。あたしもなんだかんだ言って好きだし。……あ! 有紗ちゃん、ここだけの話にしてね。みもりんてウチの社長にちょっと似てる気が、――似てない?」
 彼女が突然持ち出した説は、有紗にはまったく想定外だった。正直、似ても似つかない気がする。
「? そう、ですか? 社、長はとてもしっかりなさってて、情けないところなんてない、と思いますけど」
「……そ、そう」
 笑いを堪えて素っ気なくなってしまったような彼女に、疑問符が頭を駆け巡る。
「いやいや、あんまり気にしないで! そう、社長は素敵な方よねぇ」
「え? ええ、はい」
 何を当り前のことを、ととりあえず真顔で返事だけはした有紗を見て、彼女はとうとう噴き出してしまった。
 鈴木と別れ、主のいない社長室に戻って来た有紗は、帰宅したらスマートフォンで本を探してみなければ、と予定を立てる。
 まだネットショッピングの経験はなく知識として持っているだけなのだが、クレジットカードがなくともコンビニエンスストアで支払いができるサイトが多く、有紗にも利用できるのは知っていた。
 真瀬がいるならともかく、今スマートフォンを弄っていても誰にも責められることもないだろう。
 そもそも真瀬本人は、たとえ在室していたとしても有紗の行動に制限を付けることなどない。これは有紗が『人形』として相応しくない言動を取らないよう注意を払っているせいもあるとは思うのだが。
 しかし、たとえ咎められることはなくとも有紗にはできないのだ。これは性格的なものなのかもしれない。
「御守先輩、……ご主人様」
 改めて考えてみても、共通点は浮かばない気がする。
 そもそも、小説のキャラクターである「御守先輩」は、イラストレーターの限られた挿絵でしか外見は描かれていない。
 だからこそ、空想の翼は自由に広げられるのが小説の良さではあるのだけれど。
「あ……」
 一つ、共通点を見つけた。改めて挙げるまでもない至極当たり前の。
 ――有紗にとって、好ましい、男性。