【2】③
ー/ー
デパートを後にして、三人で歩きながら緩々と話した。
有紗は聞く方が中心ではあったけれど。
大半は配送を利用したのだが、直近二、三日分が要るだろうと一部持ち帰りにしたのだ。
それだけで両手いっぱいになる筈の荷物は、有紗が遠慮するのにも構わずに加賀と鈴木も手分けして持ってくれていた。
「真瀬さんはお仕事面でも人格面でも尊敬できる立派な方ですが、……心の中の『夢見る少年』が隠れていなくて大き過ぎるとでも言いますか――」
「ぶふっ」
思わずといった調子で噴き出した鈴木に、加賀が胡乱な目を向けた。
「……鈴木さん」
「す、すみません! 余りにも的確で、その」
「つまり、そう感じるのはわたくしだけではなかったのね」
一段低い声に反して機嫌を損ねた風でもない加賀に、鈴木も笑っている。
「北原さんて背が高いよね! ローファーなのに、ヒールのあたしと変わらないくらいだし。あたしもどっちかっていうと高い方なんだけど」
「そう、ですね。ずっと、あまり小さくはない、です」
むしろもっと小柄で人の影に居られる方がよかったのだが、有紗はたいていクラスの女子でも高い方から数えた方が早かった。
「北原さん、身長おいくつですの?」
「百六十七センチ、です。確か」
加賀に問われ、有紗は高校のときに測った数字を口にする。
「長身ですわね。わたくしなんて百五十三センチですもの。小学生の頃からほとんど伸びてませんのよ」
「え? 加賀さんてそんなに、──えっと、そのぉ。全然そんなイメージないです」
「そのための七センチヒールですもの。効果はあったようで何よりですわ」
ぽかんと口を開けた鈴木に、加賀は綺麗な笑みを浮かべた。
「ところで、髪はどうなんでしょう。わたくしたちは何も指示されてはいませんが」
「……私も何も言われてません」
唐突な加賀の台詞に、有紗も答えに詰まる。
何の加工もしていない、癖のある長い栗色の髪。「普通の子」のような、真っ直ぐな黒髪に憧れた時期もあった。
しかしそもそも髪だけではなく、有紗は普通の範疇には常に入れてもらえない。
長く伸ばしているのは、こまめにカットできず鬱陶しくなっても結べば誤魔化せて、美容院代を節約するにもちょうどよかったからだ。
カフェはもちろん飲食業なので、髪は必ず纏める決まりだった。特に「黒くないと」という制限もなく、地色のままでいる。
胸元に踊る毛先を、無意識に指先で触れた。切れと言われれば切るし、ストレートパーマもヘアカラーも、なんでも命令通りにするつもりはあるのだが。
「いや、このままでいいんじゃないですか? かえってあまり弄らない方が。ぼさぼさならともかく、北原さんの髪ってすごく綺麗なウェーヴだし羨ましい。天然よね?」
特に有紗に忖度する風でもなく、鈴木が気軽に話している。
「はい、生まれつきです。癖毛で……」
「とにかく、せいぜい毛先揃えるかどうかぐらいで。試着した時も別に浮いてなかったでしょう?」
「確かに、今日見たお洋服には合っていましたね」
鈴木の問いに、加賀が納得したように頷いていた。
「いまどきのお人形って、あたしも全然詳しくはないんですけど、すごくリアルで人間ぽいって言うのか。髪も、色はともかくスタイルは意外と普通だったりするんですよ。もちろん、バリエーションは様々ですけどね」
「鈴木さん、十分詳しいんじゃないですか? でも、本当にいろいろと興味の幅が広くていらっしゃるのね。わたくしも見習わないと」
「いやいや。こんなところ見習う必要ありませんて」
苦笑しながらひらひらと手を振る鈴木に、加賀は真剣な表情だ。
「でも、今日楽しかったです! こんな機会まずないですもん」
鈴木の声に、加賀も同意を返す。
「確かに。わたくしにはまさしく生まれて初めての経験でしたわ。……それにしても、とても普通には見えないお洋服で着る前はどうなのかと気を揉んでおりましたが、北原さん本当によくお似合いでしたわ。やはり『夢見る少年』が求めるのは『夢の中の少女』なんでしょうか」
「き、きっとそう、です、ふっ……」
鈴木が笑い混じりに相槌を打った。
「そうだ! 北原さん、もし社、あ、真瀬さんの許可が出たら、退勤後の会に一緒に行かない?」
何の脈絡もなく、ふと思い出したように鈴木が有紗を誘ってくれる。
「一倉さんが主催で、職場で希望者募ってあちこち行くのよ。スイーツ食べに行くのが一番多くて、食べて飲んでもあるんだけど北原さんまだ十代だものね」
「あ、……もし行けたら嬉しい、です」
とりあえず喜びを表した有紗だが、加賀はまた違うポイントに食いついたらしい。
「……十代。そうね、北原さんわたくしより十五も年下なんですものね」
「え? 加賀さんて、私よりそんなに年上なんですか? 凄くお綺麗だし、全然そんな風に見えません」
素で驚いた有紗に、加賀は苦笑している。
「そう。もう三十三ですのよ。真瀬さんと同い年です」
「そうでしたっけ? 加賀さんが一倉さんより一つお若いのは存じてましたけど」
鈴木が小首を傾げるのにも、加賀は丁寧に答える。
「ええ。一倉さんは真瀬さんのひとつ先輩ですから」
「そういえばそうでしたね。ずっと同じ一貫校なんですよね?」
「そのようですわね」
先輩二人の話を聞きながらどこか上の空だった有紗は、鈴木の「北原さん、もう何か食べて帰らない?」という声掛けを聞き逃すところだった。
「はい。……あ! あの、すみません、お金、が――」
決死の覚悟で告げた有紗に、加賀が「貴女の分は真瀬さんが」と笑ってくれた。
世話になり通しだった彼女たちと別れ、電車に乗る。
大きな荷物を抱えて駅からの長い道を歩き、ようやく辿り着いた狭い我が家。
有紗は今日ほんの数時間で、加賀と鈴木に大量の洋服や靴、バッグ等を見立ててもらった。今持ち帰ったのはその一部に過ぎない。
いったん座ったら二度と立ち上がれなくなりそうで、有紗は気合を入れて荷物を解いて行った。
ワンピースやブラウス、スカート、パニエ等をハンガーパイプと部屋の壁面の空きを駆使してどうにか吊るし、靴下類を引き出しに仕舞う。
配送分が来たらとても収納できそうにない。ハンガーパイプを買い足すべきだろうか。
バッグは中身を移すためその場に置いて、靴は玄関のスニーカーとローファーを端に寄せて何とか並べた。
化粧品はちょっと迷った末、とりあえず食卓として使っているローテーブルの端に置いておくことにする。こちらも、何かケースを買って来た方がよさそうだ。
パウダーやリップは、化粧直しにも使うのでポーチに入れておけばいいと教わったのでその通りにする。
衣装は、ショップ店員のアドバイスを思い出して組み合わせを考えなければならないが、明日は一枚で済むワンピースにしよう、と決めた。
それならあとは小物だけでいいからだ。スカートの下にパニエとレースのドロワーズ、それに靴。
そして、何より心配なのが化粧だった。大丈夫だろうか。本当に自分ひとりでできるのだろうか。
明日は早めに起きた方がよさそうだ、と有紗は思う。鈴木にすべて頼るのは最終手段にしなければ。
「……パスタ。美味しかった」
今まで行ったこともないような、お洒落なイタリアンレストラン。
加賀と鈴木によると、決して高級店ではなくかなり気軽な部類らしい。
実際、こんなみすぼらしい服装の有紗でさえ普通に通されたのだから、気取った店でないのは確かなのだろう。
しかし、メニューを見てもまるで理解できない有紗に呆れることもなく、さりげなく好みを訊き取って良さそうな料理をオーダーしてくれた彼女たち。
怖かった。『人形』なんて、いったいこの身に何が襲い掛かるのかと、昨夜は布団の中で震えが止まらなかった。
しかし今日は、嫌なことなどただのひとつも起きていない。
でもまだ、あくまでも前哨戦。
明日からいよいよ、有紗の新しい生活が幕を開けるのだ。
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デパートを後にして、三人で歩きながら|緩々《ゆるゆる》と話した。
有紗は聞く方が中心ではあったけれど。
大半は配送を利用したのだが、直近二、三日分が要るだろうと一部持ち帰りにしたのだ。
それだけで両手いっぱいになる筈の荷物は、有紗が遠慮するのにも構わずに加賀と鈴木も手分けして持ってくれていた。
「真瀬さんはお仕事面でも人格面でも尊敬できる立派な方ですが、……心の中の『夢見る少年』が隠れていなくて大き過ぎるとでも言いますか――」
「ぶふっ」
思わずといった調子で噴き出した鈴木に、加賀が胡乱な目を向けた。
「……鈴木さん」
「す、すみません! 余りにも的確で、その」
「つまり、そう感じるのはわたくしだけではなかったのね」
一段低い声に反して機嫌を損ねた風でもない加賀に、鈴木も笑っている。
「北原さんて背が高いよね! ローファーなのに、ヒールのあたしと変わらないくらいだし。あたしもどっちかっていうと高い方なんだけど」
「そう、ですね。ずっと、あまり小さくはない、です」
むしろもっと小柄で人の影に居られる方がよかったのだが、有紗はたいていクラスの女子でも高い方から数えた方が早かった。
「北原さん、身長おいくつですの?」
「百六十七センチ、です。確か」
加賀に問われ、有紗は高校のときに測った数字を口にする。
「長身ですわね。わたくしなんて百五十三センチですもの。小学生の頃からほとんど伸びてませんのよ」
「え? 加賀さんてそんなに、──えっと、そのぉ。全然そんなイメージないです」
「そのための七センチヒールですもの。効果はあったようで何よりですわ」
ぽかんと口を開けた鈴木に、加賀は綺麗な笑みを浮かべた。
「ところで、髪はどうなんでしょう。わたくしたちは何も指示されてはいませんが」
「……私も何も言われてません」
唐突な加賀の台詞に、有紗も答えに詰まる。
何の加工もしていない、癖のある長い栗色の髪。「普通の子」のような、真っ直ぐな黒髪に憧れた時期もあった。
しかしそもそも髪だけではなく、有紗は普通の範疇には常に入れてもらえない。
長く伸ばしているのは、こまめにカットできず鬱陶しくなっても結べば誤魔化せて、美容院代を節約するにもちょうどよかったからだ。
カフェはもちろん飲食業なので、髪は必ず纏める決まりだった。特に「黒くないと」という制限もなく、地色のままでいる。
胸元に踊る毛先を、無意識に指先で触れた。切れと言われれば切るし、ストレートパーマもヘアカラーも、なんでも命令通りにするつもりはあるのだが。
「いや、このままでいいんじゃないですか? かえってあまり弄らない方が。ぼさぼさならともかく、北原さんの髪ってすごく綺麗なウェーヴだし羨ましい。天然よね?」
特に有紗に忖度する風でもなく、鈴木が気軽に話している。
「はい、生まれつきです。癖毛で……」
「とにかく、せいぜい毛先揃えるかどうかぐらいで。試着した時も別に浮いてなかったでしょう?」
「確かに、今日見たお洋服には合っていましたね」
鈴木の問いに、加賀が納得したように頷いていた。
「いまどきの|お人形《ドール》って、あたしも全然詳しくはないんですけど、すごくリアルで人間ぽいって言うのか。髪も、色はともかくスタイルは意外と普通だったりするんですよ。もちろん、バリエーションは様々ですけどね」
「鈴木さん、十分詳しいんじゃないですか? でも、本当にいろいろと興味の幅が広くていらっしゃるのね。わたくしも見習わないと」
「いやいや。こんなところ見習う必要ありませんて」
苦笑しながらひらひらと手を振る鈴木に、加賀は真剣な表情だ。
「でも、今日楽しかったです! こんな機会まずないですもん」
鈴木の声に、加賀も同意を返す。
「確かに。わたくしにはまさしく生まれて初めての経験でしたわ。……それにしても、とても普通には見えないお洋服で着る前はどうなのかと気を揉んでおりましたが、北原さん本当によくお似合いでしたわ。やはり『夢見る少年』が求めるのは『夢の中の少女』なんでしょうか」
「き、きっとそう、です、ふっ……」
鈴木が笑い混じりに相槌を打った。
「そうだ! 北原さん、もし社、あ、真瀬さんの許可が出たら、退勤後の会に一緒に行かない?」
何の脈絡もなく、ふと思い出したように鈴木が有紗を誘ってくれる。
「一倉さんが主催で、職場で希望者募ってあちこち行くのよ。スイーツ食べに行くのが一番多くて、食べて飲んでもあるんだけど北原さんまだ十代だものね」
「あ、……もし行けたら嬉しい、です」
とりあえず喜びを表した有紗だが、加賀はまた違うポイントに食いついたらしい。
「……十代。そうね、北原さんわたくしより十五も年下なんですものね」
「え? 加賀さんて、私よりそんなに年上なんですか? 凄くお綺麗だし、全然そんな風に見えません」
素で驚いた有紗に、加賀は苦笑している。
「そう。もう三十三ですのよ。真瀬さんと同い年です」
「そうでしたっけ? 加賀さんが一倉さんより一つお若いのは存じてましたけど」
鈴木が小首を傾げるのにも、加賀は丁寧に答える。
「ええ。一倉さんは真瀬さんのひとつ先輩ですから」
「そういえばそうでしたね。ずっと同じ一貫校なんですよね?」
「そのようですわね」
先輩二人の話を聞きながらどこか上の空だった有紗は、鈴木の「北原さん、もう何か食べて帰らない?」という声掛けを聞き逃すところだった。
「はい。……あ! あの、すみません、お金、が――」
決死の覚悟で告げた有紗に、加賀が「貴女の分は真瀬さんが」と笑ってくれた。
世話になり通しだった彼女たちと別れ、電車に乗る。
大きな荷物を抱えて駅からの長い道を歩き、ようやく辿り着いた狭い|我が家《アパート》。
有紗は今日ほんの数時間で、加賀と鈴木に大量の洋服や靴、バッグ等を見立ててもらった。今持ち帰ったのはその一部に過ぎない。
いったん座ったら二度と立ち上がれなくなりそうで、有紗は気合を入れて荷物を解いて行った。
ワンピースやブラウス、スカート、パニエ等をハンガーパイプと部屋の壁面の空きを駆使してどうにか吊るし、靴下類を引き出しに仕舞う。
配送分が来たらとても収納できそうにない。ハンガーパイプを買い足すべきだろうか。
バッグは中身を移すためその場に置いて、靴は玄関のスニーカーとローファーを端に寄せて何とか並べた。
化粧品はちょっと迷った末、とりあえず食卓として使っているローテーブルの端に置いておくことにする。こちらも、何かケースを買って来た方がよさそうだ。
パウダーやリップは、化粧直しにも使うのでポーチに入れておけばいいと教わったのでその通りにする。
衣装は、ショップ店員のアドバイスを思い出して組み合わせを考えなければならないが、明日は一枚で済むワンピースにしよう、と決めた。
それならあとは小物だけでいいからだ。スカートの下にパニエとレースのドロワーズ、それに靴。
そして、何より心配なのが化粧だった。大丈夫だろうか。本当に自分ひとりでできるのだろうか。
明日は早めに起きた方がよさそうだ、と有紗は思う。鈴木にすべて頼るのは最終手段にしなければ。
「……パスタ。美味しかった」
今まで行ったこともないような、お洒落なイタリアンレストラン。
加賀と鈴木によると、決して高級店ではなくかなり気軽な部類らしい。
実際、こんなみすぼらしい服装の有紗でさえ普通に通されたのだから、気取った店でないのは確かなのだろう。
しかし、メニューを見てもまるで理解できない有紗に呆れることもなく、さりげなく好みを訊き取って良さそうな料理をオーダーしてくれた彼女たち。
怖かった。『人形』なんて、いったいこの身に何が襲い掛かるのかと、昨夜は布団の中で震えが止まらなかった。
しかし今日は、嫌なことなどただのひとつも起きていない。
でもまだ、あくまでも前哨戦。
明日からいよいよ、有紗の新しい生活が幕を開けるのだ。