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鎮守の森

ー/ー



 ガソリンスタンドで給油を済ませ、代わり映えのしない景色の国道を、ノンストップで走り続けた。湾岸戦争で一時はね上がったガソリン価格は、その後ずっと下がり続け、今やリッター八十円台だ。ガソリン代を割り勘にすれば、遠出も大した負担にならない。
 延々と話し合ったにもかかわらず、具体的な行き先は決まらなかった。国道を一時間も走れば、ちらほらと観光名所が出てくるのだが、生まれも育ちも常世野市の岡崎や小林にとっては、どこも行ったことがあるところばかりで、新鮮味がなかったのだ。誰かがある場所の名を挙げれば、別の誰かがそれにケチをつけるといったことが繰り返され、いっそのこと知らない道を行ってみたらどうだ、と言った長岡の意見が、最終的に通る形になった。
 郊外に出るとどこでも同じだが、このあたりも栄えているのは、国道沿いのごく薄っぺらい範囲だけ。大型店やチェーン店の裏側には、田んぼと畑しかない。適当に選んだ交差点で名も知らぬ農道に折れると、ものの一分もしないうちに、視界をさえぎるものはなくなった。
 窓の外には、見渡す限りの田園風景。ミルクを一滴垂らしたような淡い景色に、都会を走っていたときより濃密な春を感じる。このあたりは早場米を生産しているらしく、ほとんどの田んぼに水が入れられている。空と雲とを丸ごと呑み込んだ水鏡は、今の時期ならではの風物詩だろう。
 エンジン音に驚いたシラサギが、田んぼから飛び立つ。
 満々と水をたたえた用水路には、乗っ込みブナがたまっていそうな気配。
 のどかな景色に、時計の針を忘れてしまいそうだ。
 代掻きするトラクターの背後に、色づき始めたばかりの山並みが見える。山々はまだひと色に染まらず、うぐいす色、黄緑、青味の強い黄緑、黄味の強い黄緑、常緑樹の深緑など、多様な緑が入り乱れて賑々しい。紅葉の秋を 「錦秋」 というが、今の時期の山をひと言で表せば、「山笑う」 となるのだろう。
 山のふもとに点在する民家では、気の早い鯉のぼりを上げているところもある。昨日ほど風がない今日は、青空の遊泳も休み休み。五色の吹き流しと複数の鯉のぼりが、時折舞い上がろうとするものの、瓦屋根に届かないうちにしなだれてしまう。黒、赤、青、緑、オレンジ……揃って泳いだら壮観だろう。
「ちょっと」
 キラッと矢車が光を放ったとき、岡崎の声がした。フロントガラスに目をやると、対向車線側の道端に、ごちゃごちゃと幟や看板が固まった一角がある。「大売出し」「たばこ」「宅急便」「塩」「米」……。
 「ちょっと」 の意味は明らかだ。岡崎は長いこと煙草が吸えないと落ち着かなくなる。出発早々、小林が車内禁煙を宣言――ケチくせえ、と岡崎になじられていたが――してしまったため、もう我慢の限界なのだ。小林もその点はよくわかっていて、素直にウインカーを出して、店の向かいの空き地に車を寄せた。
 エンジンが止まり、ドアを開ける。複数の轍が白く固まった地面に降り立つと、青草や泥水の匂いを含んだ風が頬をくすぐった。眠気を誘うようなカエルの声に、長岡が背伸びしながら、のどかだなあ、と声を吐き出す。日中鳴いているのは主にトノサマガエル――と子供の頃から呼び習わしているが、関東地方の 「トノサマガエル」 は俗称で、実際に生息しているのは、トウキョウダルマガエルという似て非なるカエルなのだと、昔、理科の授業で教わった。
「おっ、あんなところにベンチがある」
 道路に面したところに、朽ちかけたバス待合小屋が見える。葉桜が寄り添う小屋の裏には、菜の花の花むらが小さくまとまり、その中に薄緑色のベンチが見えた。さっそく岡崎が駆け寄っていく。
「ラッキー、吸い殻入れもある」
 ベンチの下に、業務用缶詰の空き缶でも見つけたのだろう。バス利用者以外にも、人が集まりそうな場所だ。地元の人が休憩所を設けてくれたのかもしれない。
「よっしゃ、ここで一服しよう」
 一目散に店に向かった岡崎のあとを追って、真一たちも道路を渡る。
 店の敷地では、芝桜が花盛り。短い土手をピンクや白のじゅうたんがおおい尽くし、鮮やかな色彩に目の奥が痛くなる。昨日、強い南風が吹いたせいで、今日もこの時期としては暖かい。小林と長岡は、アイスクリームのショーケースを覗いている。真一は並んだ自販機のひとつで、冷たいお茶を買った。
 空き地に戻ると、岡崎が大股開きでベンチに座っていた。ベンチの背もたれには、謎めいた乳酸菌飲料のホーロー看板。斜線を強調したロゴ文字が、時代を感じさせる。ジッポーで煙草に火をつけようとしている岡崎だが、オイル切れか、何度ホイールを弾いても火が立ち昇らない。石がすれる音と一緒に、虚しく火花が飛び散るだけ。
「そうせっつくなって」
 百円ライターの火を差し出してやると、やっと真一に気づき、照れくさそうに火をもらい受けた。半開きの口から、エクトプラズムみたいな煙が吐き出される。顔つきがみるみる穏やかになっていく。体中から力が抜けていく。岡崎は二十五歳になったら煙草をやめると公言しているが、かくもうまそうに紫煙をくゆらす男が、やすやすと禁煙に成功するとは思えない。
「やるよ」
 あっという間に忘我の境地に達した岡崎に、百円ライターを放り投げる。それからペットボトルのキャップをひねって、冷茶を飲んだ。岡崎には座る場所を空けてもらいたかったが、幸せそうに煙草を吸っている姿を見ると、おいそれと声をかけるのははばかられた。
 ベンチ裏の桜を見上げる。桜の木は、花を散らし切ったわけでも、葉っぱを十分に茂らせているわけでもない。若葉とえんじ色の桜しべが半分ずつ。あとは申しわけ程度に残った花びら。花見ができるわけでもなく、緑陰を作るのでもなく……この時期の桜の木は、どっちつかずの状態だ。その様に落ち着かなさを感じて振り返ったら、青々としたスギナ群落の中心に、白い標柱が立っているのを見つけた。なんの標柱だろう。気になって行ってみる。
 四角く細長い標柱は、松尾芭蕉の句碑のありかを示していた。表面のペンキがだいぶはがれていたものの、ひび割れた黒い文字をなんとか読み取ることができた。
 標柱のたもとから、空き地裏の田んぼに向かって、未舗装の道がまっすぐ伸びている。二本の轍を除いて、道全体にこれでもかと言わんばかりにタンポポが咲き乱れ、深まった春を否応なく感じさせる。道の突き当たり、石の鳥居の立つ樹叢は鎮守の森だろう。水を張った田んぼの中に、島が浮かんでいるようだ。
 しかし、鳥居の下には、赤いコーンが置かれている。なにか作業が行われているらしい。
 あきらめて引き返そうとしたら、掘割の向こうのあぜ道に、底を返されたU字ブロックが置いてあるのを見つけた。ちょうどベンチの代わりになりそうな高さ。田んぼと鎮守の森が、いい塩梅で視界に収まりそうでもある。
「あそこでいいか……」
 牛乳メーカーのベンチは三人がけだった。小林と長岡が戻ってきたら、ひとりあぶれてしまう。それなら、眺めの良い場所で一服するのも悪くない。土管が埋め込まれた道を進み、陽射しに温められたU字ブロックに腰を下ろした。
 去年から出回り始めた500ミリのペットボトルは、水筒と同じ感覚で持ち運びができて便利だ。キャップを外して口をつけると、目の前で萌黄色の液体がとくんと波打った。喉を滑り落ちる冷たさが、野山を吹き染める早緑の風のように心地いい。起きてから一滴の水も飲んでいないことに、今さら気づいた。
 細い稲が並ぶ田んぼと、水面をゆっくり流れる綿雲。風に合わせて、カエルの声が近づいたり遠のいたりしている。時折、ビーン、と声を発する鳥はカワラヒラ。ジェージェー、と激しく鳴き立てているのはカケス。
 のどかな風景――。
 本来なら、身も心もどっぷりこの中に浸っているはずだった。
 だが、実際には、そうなっていない。
 心に引っかかっているものがある。
 車の中で思い出して以来、ずっと気になっていた。行き先を決める話し合いにも、途中から上の空になっていた。


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 ガソリンスタンドで給油を済ませ、代わり映えのしない景色の国道を、ノンストップで走り続けた。湾岸戦争で一時はね上がったガソリン価格は、その後ずっと下がり続け、今やリッター八十円台だ。ガソリン代を割り勘にすれば、遠出も大した負担にならない。
 延々と話し合ったにもかかわらず、具体的な行き先は決まらなかった。国道を一時間も走れば、ちらほらと観光名所が出てくるのだが、生まれも育ちも常世野市の岡崎や小林にとっては、どこも行ったことがあるところばかりで、新鮮味がなかったのだ。誰かがある場所の名を挙げれば、別の誰かがそれにケチをつけるといったことが繰り返され、いっそのこと知らない道を行ってみたらどうだ、と言った長岡の意見が、最終的に通る形になった。
 郊外に出るとどこでも同じだが、このあたりも栄えているのは、国道沿いのごく薄っぺらい範囲だけ。大型店やチェーン店の裏側には、田んぼと畑しかない。適当に選んだ交差点で名も知らぬ農道に折れると、ものの一分もしないうちに、視界をさえぎるものはなくなった。
 窓の外には、見渡す限りの田園風景。ミルクを一滴垂らしたような淡い景色に、都会を走っていたときより濃密な春を感じる。このあたりは早場米を生産しているらしく、ほとんどの田んぼに水が入れられている。空と雲とを丸ごと呑み込んだ水鏡は、今の時期ならではの風物詩だろう。
 エンジン音に驚いたシラサギが、田んぼから飛び立つ。
 満々と水をたたえた用水路には、乗っ込みブナがたまっていそうな気配。
 のどかな景色に、時計の針を忘れてしまいそうだ。
 代掻きするトラクターの背後に、色づき始めたばかりの山並みが見える。山々はまだひと色に染まらず、うぐいす色、黄緑、青味の強い黄緑、黄味の強い黄緑、常緑樹の深緑など、多様な緑が入り乱れて賑々しい。紅葉の秋を 「錦秋」 というが、今の時期の山をひと言で表せば、「山笑う」 となるのだろう。
 山のふもとに点在する民家では、気の早い鯉のぼりを上げているところもある。昨日ほど風がない今日は、青空の遊泳も休み休み。五色の吹き流しと複数の鯉のぼりが、時折舞い上がろうとするものの、瓦屋根に届かないうちにしなだれてしまう。黒、赤、青、緑、オレンジ……揃って泳いだら壮観だろう。
「ちょっと」
 キラッと矢車が光を放ったとき、岡崎の声がした。フロントガラスに目をやると、対向車線側の道端に、ごちゃごちゃと幟や看板が固まった一角がある。「大売出し」「たばこ」「宅急便」「塩」「米」……。
 「ちょっと」 の意味は明らかだ。岡崎は長いこと煙草が吸えないと落ち着かなくなる。出発早々、小林が車内禁煙を宣言――ケチくせえ、と岡崎になじられていたが――してしまったため、もう我慢の限界なのだ。小林もその点はよくわかっていて、素直にウインカーを出して、店の向かいの空き地に車を寄せた。
 エンジンが止まり、ドアを開ける。複数の轍が白く固まった地面に降り立つと、青草や泥水の匂いを含んだ風が頬をくすぐった。眠気を誘うようなカエルの声に、長岡が背伸びしながら、のどかだなあ、と声を吐き出す。日中鳴いているのは主にトノサマガエル――と子供の頃から呼び習わしているが、関東地方の 「トノサマガエル」 は俗称で、実際に生息しているのは、トウキョウダルマガエルという似て非なるカエルなのだと、昔、理科の授業で教わった。
「おっ、あんなところにベンチがある」
 道路に面したところに、朽ちかけたバス待合小屋が見える。葉桜が寄り添う小屋の裏には、菜の花の花むらが小さくまとまり、その中に薄緑色のベンチが見えた。さっそく岡崎が駆け寄っていく。
「ラッキー、吸い殻入れもある」
 ベンチの下に、業務用缶詰の空き缶でも見つけたのだろう。バス利用者以外にも、人が集まりそうな場所だ。地元の人が休憩所を設けてくれたのかもしれない。
「よっしゃ、ここで一服しよう」
 一目散に店に向かった岡崎のあとを追って、真一たちも道路を渡る。
 店の敷地では、芝桜が花盛り。短い土手をピンクや白のじゅうたんがおおい尽くし、鮮やかな色彩に目の奥が痛くなる。昨日、強い南風が吹いたせいで、今日もこの時期としては暖かい。小林と長岡は、アイスクリームのショーケースを覗いている。真一は並んだ自販機のひとつで、冷たいお茶を買った。
 空き地に戻ると、岡崎が大股開きでベンチに座っていた。ベンチの背もたれには、謎めいた乳酸菌飲料のホーロー看板。斜線を強調したロゴ文字が、時代を感じさせる。ジッポーで煙草に火をつけようとしている岡崎だが、オイル切れか、何度ホイールを弾いても火が立ち昇らない。石がすれる音と一緒に、虚しく火花が飛び散るだけ。
「そうせっつくなって」
 百円ライターの火を差し出してやると、やっと真一に気づき、照れくさそうに火をもらい受けた。半開きの口から、エクトプラズムみたいな煙が吐き出される。顔つきがみるみる穏やかになっていく。体中から力が抜けていく。岡崎は二十五歳になったら煙草をやめると公言しているが、かくもうまそうに紫煙をくゆらす男が、やすやすと禁煙に成功するとは思えない。
「やるよ」
 あっという間に忘我の境地に達した岡崎に、百円ライターを放り投げる。それからペットボトルのキャップをひねって、冷茶を飲んだ。岡崎には座る場所を空けてもらいたかったが、幸せそうに煙草を吸っている姿を見ると、おいそれと声をかけるのははばかられた。
 ベンチ裏の桜を見上げる。桜の木は、花を散らし切ったわけでも、葉っぱを十分に茂らせているわけでもない。若葉とえんじ色の桜しべが半分ずつ。あとは申しわけ程度に残った花びら。花見ができるわけでもなく、緑陰を作るのでもなく……この時期の桜の木は、どっちつかずの状態だ。その様に落ち着かなさを感じて振り返ったら、青々としたスギナ群落の中心に、白い標柱が立っているのを見つけた。なんの標柱だろう。気になって行ってみる。
 四角く細長い標柱は、松尾芭蕉の句碑のありかを示していた。表面のペンキがだいぶはがれていたものの、ひび割れた黒い文字をなんとか読み取ることができた。
 標柱のたもとから、空き地裏の田んぼに向かって、未舗装の道がまっすぐ伸びている。二本の轍を除いて、道全体にこれでもかと言わんばかりにタンポポが咲き乱れ、深まった春を否応なく感じさせる。道の突き当たり、石の鳥居の立つ樹叢は鎮守の森だろう。水を張った田んぼの中に、島が浮かんでいるようだ。
 しかし、鳥居の下には、赤いコーンが置かれている。なにか作業が行われているらしい。
 あきらめて引き返そうとしたら、掘割の向こうのあぜ道に、底を返されたU字ブロックが置いてあるのを見つけた。ちょうどベンチの代わりになりそうな高さ。田んぼと鎮守の森が、いい塩梅で視界に収まりそうでもある。
「あそこでいいか……」
 牛乳メーカーのベンチは三人がけだった。小林と長岡が戻ってきたら、ひとりあぶれてしまう。それなら、眺めの良い場所で一服するのも悪くない。土管が埋め込まれた道を進み、陽射しに温められたU字ブロックに腰を下ろした。
 去年から出回り始めた500ミリのペットボトルは、水筒と同じ感覚で持ち運びができて便利だ。キャップを外して口をつけると、目の前で萌黄色の液体がとくんと波打った。喉を滑り落ちる冷たさが、野山を吹き染める早緑の風のように心地いい。起きてから一滴の水も飲んでいないことに、今さら気づいた。
 細い稲が並ぶ田んぼと、水面をゆっくり流れる綿雲。風に合わせて、カエルの声が近づいたり遠のいたりしている。時折、ビーン、と声を発する鳥はカワラヒラ。ジェージェー、と激しく鳴き立てているのはカケス。
 のどかな風景――。
 本来なら、身も心もどっぷりこの中に浸っているはずだった。
 だが、実際には、そうなっていない。
 心に引っかかっているものがある。
 車の中で思い出して以来、ずっと気になっていた。行き先を決める話し合いにも、途中から上の空になっていた。