沈黙の独房
ー/ー 笑っている。その男はいつもそうだった。不気味に微笑んでいる。声はあげない。気色が悪かった。
そんな不気味な男を監視カメラ越しに見届ける。それが私のくだらない仕事。私はただただ気色の悪い物を見せつけられ続ける今のこの仕事が嫌いだった。
その男は腕は後手に縛られて椅子にただ1人座る。他に誰もいない部屋、監視カメラは位置がわからないように設置されているため、奴はどこを見れば私が見えるのか知らない。そのため奴も監視カメラをみているわけではない。だが笑っているのだ。何が一体面白いのか。
人は理解できない物を見た時、不気味さや不快感を覚えると聞いたことがある。私は気味が悪かった。こんな仕事は早くやめて他の仕事の担当になりたい、だが今はそれを見るのが私の仕事。
ピピピ―――
小さな電子音が鳴り響く。耳障りなはずの音色は私にとっての福音。この音は私の休憩時間を知らせる合図であった。許されているのは30分だけ――。どうせこの男には何も出来ないのだ、私はもっと休憩していたい。この気色の悪い男を観察し続ける意味を再考してもらいたいものだ。
休憩時間。私はスマホのイヤホンジャックにプラグを差し込み、イヤホンを耳につける。私は日頃聞かないヘヴィメタルを聞く。正直趣味じゃない。だがあの時間を忘れるために、興味のない雑音を聞きたいと思った時、何気なく選んだのがヘヴィメタルだったのだが、これが思いの外ストレスを発散できて私は歌詞の意味も理解せずに、感覚だけを頼りに、雑念を消し去る。休憩時間は時間さえ厳守すれば何をしても許された。だが私は静かに音楽を聞き、ブラックコーヒーを飲んで時間を過ごしていた。こんな陰気な世界とは違う、感情を爆発させた世界……心が踊った。
と、気分が高揚してきた瞬間であった。BGMが止まる。休憩時間の終わりだ。私は気分を切り替えて再び職務という名の牢獄と向き合うことにした。
「――馬鹿な、ありえない」
私は思わず声を上げていた、すぐさま緊急時用のベルを鳴らす。そう、あの不気味な囚人は忽然と姿を消していたのだ。原因を考えるのは後だ、まずは脱獄のリスクを減らすために監獄は厳戒態勢へ。私は看守としての責務として、囚人の独房へと走って向かっていった。
私は意味がわからなかった。私が現場に駆けつけた時、周囲の看守たちも駆けつけ始めていたが……そこには囚人と思わしき死体があった。何故思わしきなのかと言えば、その死体には頭がなかったのだ。
「一体何があった?!」
「私にもわからない……が、見てのとおりだ」
すぐにこういったイレギュラーに対応する矯正医官が駆けつけた。
「当然ですが死んでいます……恐らくですが死後1時間以上経っているかと……」
私はすぐに反論した。ありえない。そんなはずはないのだ、だって私はこいつを30分前まで確かにこの『目』で監視していたはずなのだ。
―――――
当然、監獄内は騒然となり、1時間遅れで刑事たちが監獄にやってきて捜査を始めた。私は徹底的に刑事たちに詰められた。死亡推定時刻が噛み合わないからだ。後に専門の連中が遺体を調べたが、奴の死亡時刻は私が休憩が終わった直後から計算して約1時間前という事実は覆らなかった。死後硬直も始まっていた。つまり私は休憩前、あいつのニヤケ面を見ていた私は死体を見ていたということになる。そして何より論より証拠、監視カメラも私と同じように奴の姿を捉えているのだ。その事実があり、私は徹底的に詰められたものの、最終的には解放された。私は帰り道、再びスマホにイヤホンをつけて、音楽を聞く。今日は帰り道もヘヴィメタルだった。
翌日も刑務所は慌ただしかった。私はその日も刑事から事情聴取という名の質問を受けていた。刑事は言う。
「どうして時間が合わないんだろうねぇ……」
そんな事を言われても知らないものは知らない。ずっと同じことの繰り返しだったが、私にとって、あの気色悪い男を見ないで済むというだけで心が晴れる思いなのだ。
その時だった。事務室にもう一人の刑事と思わしき人物が現れる。一体何が起こったのか、私に共有されることはなかったが、私は自分のこの扱いに不満はなかったため、黙っていた。
突然の一言だった。
「あんた、もう行っていいよ。多分また呼ぶことになるだろうけど」
唐突な一言に、私は頭の中でクエスチョンマークが浮かび上がる。だが余計なことは言わなかった。知りたがり屋は碌な目に合わない。そんな直感が働いたのだ。
黙って事務室を出る。
どうやら私はやり過ごせたようだ。
それも時間の問題ではあるだろうが。
私はヘヴィメタルを聴く。自分でやってることの愚かさに笑いがこみ上げてくる。何が30分前に見たはずなのにだ。あれは私が細工した録画を上手くつなぎ合わせただけの映像。我ながらいい仕事をしたと思う。ただそれだけの話。死体は奴の体格に似た、血液型の一致する、別人のものだ。歯型や顔から即時の判明を避けるため。別にバレてもいいのだ、何故ならあの不気味な顔の男は逃走さえできればよかったのだ。そこら辺の細かい下準備は私は知らない。知ってはいけない。まぁどこかの誰かをきっと殺したのだろう。でなければ死後硬直は発生しない。私がやったのは録画映像の編集のみ。この罪の名前は逃走援助罪。実刑すらあり得る重い罪。だが私はこれに加担した。好き好んで加担したわけではない。ただあの笑う男が笑う理由を知った時、私はもう抜け出せない場所に立っていたんだ。
そんなある日の帰り道。見知らぬ男が私の背後にすっと寄ってきた。私は気味が悪くなって速歩きをすると、肩を掴まれる。心臓が跳ね上がるような衝撃。私は急いで駆け出そうとしたが力が強く跳ね除けられない。すると低い声でその手の主は声を上げた。
そんな不気味な男を監視カメラ越しに見届ける。それが私のくだらない仕事。私はただただ気色の悪い物を見せつけられ続ける今のこの仕事が嫌いだった。
その男は腕は後手に縛られて椅子にただ1人座る。他に誰もいない部屋、監視カメラは位置がわからないように設置されているため、奴はどこを見れば私が見えるのか知らない。そのため奴も監視カメラをみているわけではない。だが笑っているのだ。何が一体面白いのか。
人は理解できない物を見た時、不気味さや不快感を覚えると聞いたことがある。私は気味が悪かった。こんな仕事は早くやめて他の仕事の担当になりたい、だが今はそれを見るのが私の仕事。
ピピピ―――
小さな電子音が鳴り響く。耳障りなはずの音色は私にとっての福音。この音は私の休憩時間を知らせる合図であった。許されているのは30分だけ――。どうせこの男には何も出来ないのだ、私はもっと休憩していたい。この気色の悪い男を観察し続ける意味を再考してもらいたいものだ。
休憩時間。私はスマホのイヤホンジャックにプラグを差し込み、イヤホンを耳につける。私は日頃聞かないヘヴィメタルを聞く。正直趣味じゃない。だがあの時間を忘れるために、興味のない雑音を聞きたいと思った時、何気なく選んだのがヘヴィメタルだったのだが、これが思いの外ストレスを発散できて私は歌詞の意味も理解せずに、感覚だけを頼りに、雑念を消し去る。休憩時間は時間さえ厳守すれば何をしても許された。だが私は静かに音楽を聞き、ブラックコーヒーを飲んで時間を過ごしていた。こんな陰気な世界とは違う、感情を爆発させた世界……心が踊った。
と、気分が高揚してきた瞬間であった。BGMが止まる。休憩時間の終わりだ。私は気分を切り替えて再び職務という名の牢獄と向き合うことにした。
「――馬鹿な、ありえない」
私は思わず声を上げていた、すぐさま緊急時用のベルを鳴らす。そう、あの不気味な囚人は忽然と姿を消していたのだ。原因を考えるのは後だ、まずは脱獄のリスクを減らすために監獄は厳戒態勢へ。私は看守としての責務として、囚人の独房へと走って向かっていった。
私は意味がわからなかった。私が現場に駆けつけた時、周囲の看守たちも駆けつけ始めていたが……そこには囚人と思わしき死体があった。何故思わしきなのかと言えば、その死体には頭がなかったのだ。
「一体何があった?!」
「私にもわからない……が、見てのとおりだ」
すぐにこういったイレギュラーに対応する矯正医官が駆けつけた。
「当然ですが死んでいます……恐らくですが死後1時間以上経っているかと……」
私はすぐに反論した。ありえない。そんなはずはないのだ、だって私はこいつを30分前まで確かにこの『目』で監視していたはずなのだ。
―――――
当然、監獄内は騒然となり、1時間遅れで刑事たちが監獄にやってきて捜査を始めた。私は徹底的に刑事たちに詰められた。死亡推定時刻が噛み合わないからだ。後に専門の連中が遺体を調べたが、奴の死亡時刻は私が休憩が終わった直後から計算して約1時間前という事実は覆らなかった。死後硬直も始まっていた。つまり私は休憩前、あいつのニヤケ面を見ていた私は死体を見ていたということになる。そして何より論より証拠、監視カメラも私と同じように奴の姿を捉えているのだ。その事実があり、私は徹底的に詰められたものの、最終的には解放された。私は帰り道、再びスマホにイヤホンをつけて、音楽を聞く。今日は帰り道もヘヴィメタルだった。
翌日も刑務所は慌ただしかった。私はその日も刑事から事情聴取という名の質問を受けていた。刑事は言う。
「どうして時間が合わないんだろうねぇ……」
そんな事を言われても知らないものは知らない。ずっと同じことの繰り返しだったが、私にとって、あの気色悪い男を見ないで済むというだけで心が晴れる思いなのだ。
その時だった。事務室にもう一人の刑事と思わしき人物が現れる。一体何が起こったのか、私に共有されることはなかったが、私は自分のこの扱いに不満はなかったため、黙っていた。
突然の一言だった。
「あんた、もう行っていいよ。多分また呼ぶことになるだろうけど」
唐突な一言に、私は頭の中でクエスチョンマークが浮かび上がる。だが余計なことは言わなかった。知りたがり屋は碌な目に合わない。そんな直感が働いたのだ。
黙って事務室を出る。
どうやら私はやり過ごせたようだ。
それも時間の問題ではあるだろうが。
私はヘヴィメタルを聴く。自分でやってることの愚かさに笑いがこみ上げてくる。何が30分前に見たはずなのにだ。あれは私が細工した録画を上手くつなぎ合わせただけの映像。我ながらいい仕事をしたと思う。ただそれだけの話。死体は奴の体格に似た、血液型の一致する、別人のものだ。歯型や顔から即時の判明を避けるため。別にバレてもいいのだ、何故ならあの不気味な顔の男は逃走さえできればよかったのだ。そこら辺の細かい下準備は私は知らない。知ってはいけない。まぁどこかの誰かをきっと殺したのだろう。でなければ死後硬直は発生しない。私がやったのは録画映像の編集のみ。この罪の名前は逃走援助罪。実刑すらあり得る重い罪。だが私はこれに加担した。好き好んで加担したわけではない。ただあの笑う男が笑う理由を知った時、私はもう抜け出せない場所に立っていたんだ。
そんなある日の帰り道。見知らぬ男が私の背後にすっと寄ってきた。私は気味が悪くなって速歩きをすると、肩を掴まれる。心臓が跳ね上がるような衝撃。私は急いで駆け出そうとしたが力が強く跳ね除けられない。すると低い声でその手の主は声を上げた。
「独居房で笑う男を監視している男だな。用がある。なに、悪いようにはしないさ」
ろくでもない話に決まっている。が、彼にガッチリ掴まれている私に選択権はなかった。依頼は30分だけ、脱獄中を見逃すこと。そして、録画データを書き換えることの2点だった。言うまでもない。
「断る。そんな事をしたら俺も牢屋にぶち込まれるだけだ」
そう言うと男はもう片方の手から1枚の写真を取り出した。妻と生まれたばかりの子供が写っていた。
「言っただろう、悪いようにはしないって。やってくれれば身の安全は保証する。君が逮捕されても家族が生活に困らないように金銭的援助も約束しよう。どうだい? 悪い取引ではないだろう」
ほとんど脅迫……しかし相手は私があの薄気味悪い囚人の看守だということ、そして私の個人情報まで事細かく知っているという事実。ここまでやる連中だ、冗談でしたでは済まないだろう。私に選択権はなかった。
―――――
私はヘヴィメタルを聴く。判決の時が近づいている。公判では殆どの罪について、私は全面的に認め、後はろくに話も聞いてなかった。弁護士の先生が俺に語りかける。
「何度も言うが君は脅迫された立場だ、犯した罪は軽くはないが、上場酌量の予知は大いにある。落ち込みすぎないで」
私は何も聞きたくなかった。
私は何も聞いていなかった。
私は何も聴いていなかった。
犯人は未だに捕まっていない。私は犯人の組織から莫大な金銭を受け取っていた。ハハハ、なんて割に合わない、なんてボロい商売なんだ。
私は再び裁判官達の前に立った。
主文、被告人を――
私の脳内にヘヴィメタルが流れていた。
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