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走れ!

ー/ー



 ふりそそぐ太陽。
 見渡す限りの海原。
 足元には風紋を描く白砂。
 そう、ここは真夏のビーチ!
 ……なのだが、そんなさわやかな風景の中にいる人間は水着の上に白衣を着た中年太りのおっさんと、水着の上に白衣を着たひょろい青年の二人だけだった。

「さて助手君」

「はい、博士」

 博士が地面を指さすと、助手は肩にかけていたクーラーボックスをそこに置いた。
 博士はクーラーボックスの蓋を開けると、中から不思議な形をしたメカを取り出した。
 表面に細かい穴が無数に開いた、どら焼きのような形をしている。
 直径は三十センチほどだろうか。

「え、中に入ってるの飲み物じゃ……なかったんですね」

「飲み物ならそこに自販機があるじゃろ」

「まあそうですが。どうりで妙に軽いと思いました」

「海辺のバカンスなら白衣で来るわけないじゃろ」

「そもそも遊泳禁止区域ですしね、ここ」

 じゃあなんで水着着用なのかという疑問はあったが、博士がずれたことを言い出すのはいつものことなので助手は気にしないことにした。
 まあ、涼しいといえば涼しい。

「使用許可はもらっとる。心配無用じゃ。なんなら青春の思い出に、浜辺を走り回ってもいいんじゃぞ」

「謹んで遠慮します。で、それはなんですか?」

 助手は博士の手にしたものを指さす。

「うむ。というわけで、これが『浜辺の漂流物』じゃ!」

 高らかに宣言して持ち上げるが、色もどら焼きに似ているため、絵面は非常に地味である。

「えーと博士。なにが『というわけ』なのかはさておくとして、日本語としては『浜辺の漂着物』が正確な表現だと思うのですが?」

「チッチッチ。助手君、君がそう言うだろうことは想定済みじゃし、じゃからこそ、こう言おう。これはまごうことなき『浜辺の漂流物』じゃ」

「ふむ。詳しくお願いします」

 興味をそそられたように助手が眼鏡をクイッと持ち上げる。

「……なんかちょっとその態度が気に食わんが、まあいいじゃろ」

 博士はどら焼きの皮をめくるようにメカの上部を開けると、主電源を入れた。
 甲高いモーター音が鳴り始める。
 博士はメカのカバーを戻すと、砂浜にそっと置いた。

「駆動音の低減は今後の課題じゃな」

 そう言ってから博士は助手に向き直る。

「これは、砂の中を移動することのできるメカじゃ。このサイズでだいたい時速十五キロ程度出る。ある程度の自律制御で障害物の判別もできる」

 メカの周囲の砂が、まるで水のように波紋を広げる。
 影響範囲は十センチほどだろうか。
 ほどもなくメカはぽちゃんと沈み込んだ。

「砂の層に下から空気を流して、流体のように挙動させる実験を見たことがありますが、それと同じようなものでしょうか?」

「流動層のデモンストレーションじゃな。その延長上にある技術と考えて間違いない」

 博士は助手の見識に満足するようにうなずいた。

「すごいですね。何の役に立つのか今一つわかりませんが」

 メカは完全に見えなくなったが、砂が液状化しているためおおよその位置はつかめる。
 メカはゆっくりと海岸沿いに移動を始めていた。

「そういうものは、金儲けのうまい連中に任せればよい。砂の下にある財宝を探すとか、砂漠を安全に移動するとか、まあ、いろいろあるじゃろ」

「なるほど。しかし、いつの間にこんなものを作っていたんですか」

「ちょっと思いついてな。こっそり作っていたのじゃ」

「なるほどなるほど。こっそりと、ですか」

 助手はがっしと博士の両肩に手をかける。

「予算、どれだけ使ったんですか?」

 逆光の中、助手の眼鏡だけが白く光を放つ。

「……八か月分」

 視線を逸らす博士。

「八か月分……。はあ、でもまあ、技術として確立できたなら、売りようもあるとは思いますし、今回は何も言いません」

「じゃろう? わし、天才じゃからな」

「つ・ぎ・は! 必ず事前に相談してくださいね! 博士が技術以外はまるっきり無頓着なせいで、うちの研究所は大赤字と大黒字の乱高下なんですから」

 ギリギリと博士の肩に指を食い込ませる助手。

「わ、わかったから。助手君の指は細いから食い込んで痛いんじゃ」

 博士はぶんぶんと首を縦に振る。

「まったく。本当にわかってくださっていればいいんですがね」

 ため息とともに博士を解放する助手。

「あ。でも、まだ気になる点が」

「なにかね?」

「『漂流物』の部分です。あれ、操縦してるんですよね? でしたらやはり『漂流物』というのは正確ではないと思うのですが」

 五十メートルほど先を進むメカを指さす助手。

「むう、細かいのう。漂着物ではないという意味で漂流物と強調したんじゃよ。それに自律制御で動いている間は漂流しているようなもの……じゃ……し……」

「……博士?」

「……」

 遠ざかるメカを見ながら白衣のポケットを探っていた博士が、ギギギと錆びついた機械のようにゆっくりと助手の方を向く。

「はか……せ?」

 何かを察して、助手がゴクリと喉を鳴らす。

「……すまん。コントローラーを研究室に忘れてきた」

「八か月分ーーーーー!!!!」

 助手と博士は、真夏の砂浜を猛然と走り出した。


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 ふりそそぐ太陽。
 見渡す限りの海原。
 足元には風紋を描く白砂。
 そう、ここは真夏のビーチ!
 ……なのだが、そんなさわやかな風景の中にいる人間は水着の上に白衣を着た中年太りのおっさんと、水着の上に白衣を着たひょろい青年の二人だけだった。
「さて助手君」
「はい、博士」
 博士が地面を指さすと、助手は肩にかけていたクーラーボックスをそこに置いた。
 博士はクーラーボックスの蓋を開けると、中から不思議な形をしたメカを取り出した。
 表面に細かい穴が無数に開いた、どら焼きのような形をしている。
 直径は三十センチほどだろうか。
「え、中に入ってるの飲み物じゃ……なかったんですね」
「飲み物ならそこに自販機があるじゃろ」
「まあそうですが。どうりで妙に軽いと思いました」
「海辺のバカンスなら白衣で来るわけないじゃろ」
「そもそも遊泳禁止区域ですしね、ここ」
 じゃあなんで水着着用なのかという疑問はあったが、博士がずれたことを言い出すのはいつものことなので助手は気にしないことにした。
 まあ、涼しいといえば涼しい。
「使用許可はもらっとる。心配無用じゃ。なんなら青春の思い出に、浜辺を走り回ってもいいんじゃぞ」
「謹んで遠慮します。で、それはなんですか?」
 助手は博士の手にしたものを指さす。
「うむ。というわけで、これが『浜辺の漂流物』じゃ!」
 高らかに宣言して持ち上げるが、色もどら焼きに似ているため、絵面は非常に地味である。
「えーと博士。なにが『というわけ』なのかはさておくとして、日本語としては『浜辺の漂着物』が正確な表現だと思うのですが?」
「チッチッチ。助手君、君がそう言うだろうことは想定済みじゃし、じゃからこそ、こう言おう。これはまごうことなき『浜辺の漂流物』じゃ」
「ふむ。詳しくお願いします」
 興味をそそられたように助手が眼鏡をクイッと持ち上げる。
「……なんかちょっとその態度が気に食わんが、まあいいじゃろ」
 博士はどら焼きの皮をめくるようにメカの上部を開けると、主電源を入れた。
 甲高いモーター音が鳴り始める。
 博士はメカのカバーを戻すと、砂浜にそっと置いた。
「駆動音の低減は今後の課題じゃな」
 そう言ってから博士は助手に向き直る。
「これは、砂の中を移動することのできるメカじゃ。このサイズでだいたい時速十五キロ程度出る。ある程度の自律制御で障害物の判別もできる」
 メカの周囲の砂が、まるで水のように波紋を広げる。
 影響範囲は十センチほどだろうか。
 ほどもなくメカはぽちゃんと沈み込んだ。
「砂の層に下から空気を流して、流体のように挙動させる実験を見たことがありますが、それと同じようなものでしょうか?」
「流動層のデモンストレーションじゃな。その延長上にある技術と考えて間違いない」
 博士は助手の見識に満足するようにうなずいた。
「すごいですね。何の役に立つのか今一つわかりませんが」
 メカは完全に見えなくなったが、砂が液状化しているためおおよその位置はつかめる。
 メカはゆっくりと海岸沿いに移動を始めていた。
「そういうものは、金儲けのうまい連中に任せればよい。砂の下にある財宝を探すとか、砂漠を安全に移動するとか、まあ、いろいろあるじゃろ」
「なるほど。しかし、いつの間にこんなものを作っていたんですか」
「ちょっと思いついてな。こっそり作っていたのじゃ」
「なるほどなるほど。こっそりと、ですか」
 助手はがっしと博士の両肩に手をかける。
「予算、どれだけ使ったんですか?」
 逆光の中、助手の眼鏡だけが白く光を放つ。
「……八か月分」
 視線を逸らす博士。
「八か月分……。はあ、でもまあ、技術として確立できたなら、売りようもあるとは思いますし、今回は何も言いません」
「じゃろう? わし、天才じゃからな」
「つ・ぎ・は! 必ず事前に相談してくださいね! 博士が技術以外はまるっきり無頓着なせいで、うちの研究所は大赤字と大黒字の乱高下なんですから」
 ギリギリと博士の肩に指を食い込ませる助手。
「わ、わかったから。助手君の指は細いから食い込んで痛いんじゃ」
 博士はぶんぶんと首を縦に振る。
「まったく。本当にわかってくださっていればいいんですがね」
 ため息とともに博士を解放する助手。
「あ。でも、まだ気になる点が」
「なにかね?」
「『漂流物』の部分です。あれ、操縦してるんですよね? でしたらやはり『漂流物』というのは正確ではないと思うのですが」
 五十メートルほど先を進むメカを指さす助手。
「むう、細かいのう。漂着物ではないという意味で漂流物と強調したんじゃよ。それに自律制御で動いている間は漂流しているようなもの……じゃ……し……」
「……博士?」
「……」
 遠ざかるメカを見ながら白衣のポケットを探っていた博士が、ギギギと錆びついた機械のようにゆっくりと助手の方を向く。
「はか……せ?」
 何かを察して、助手がゴクリと喉を鳴らす。
「……すまん。コントローラーを研究室に忘れてきた」
「八か月分ーーーーー!!!!」
 助手と博士は、真夏の砂浜を猛然と走り出した。