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37話 優しい天使の魔法

ー/ー




「エフィルロ! しっかりしてください!」


 声が聞こえる。エルシオの声だ。私は何をしているんだろう。
 頭の中では、エルシオの声をかき消すように、ウリエルの言葉が絶えず反響している。


 『エルシオの記憶を全て消しなさい』


 そうだ、私は、エルシオの記憶を消さなければいけないのだ。
 それはなぜか。簡単だ。それがウリエルの望みだからだ。


 記憶を消す。記憶を消す。記憶を消す。記憶をけす。
 私は自分に課せられた使命を果たすために、エルシオに向けて手を伸ばす。
 
「おい! エルシオはどこだ! 目の前から姿を消したぞ。ゲートを使った素振りもない」


「どういうことですか?」




ーーーーーあれ? エルシオがいない。これじゃ、魔法をかけられない。




「この魔法は……ふざけるなよ。なぜお前がそちら側についている。それに、人間もいるな」


 ミカエルが睨む方向。私もそちらへ視線を向けるが、誰もいない。
 この感覚を、以前も体験したことがある。姿は見えないが、気配は間違いなくそこにある。だが、気配は薄い。すぐにわからなくなる。確かにそこにあった気配は、意識しようとすればするほど消えていく。
 そうだ。これは、シルエトの魔法。


「ウリエル、少し下がれ。面倒な魔法だ。いつどこから斬られるかわからん」


 ウリエルは私の元から離れ、ミカエルの側へ合流した。気配に集中し、2人とも身構えている。
 その時、私の両肩に誰かが触れた。肉眼では確認できないものの、正面に誰かがいる。


「あー、姿を消せる魔法ですか。自身だけでなく、他人も消せる。あら、エフィルロも消えましたね」


「……2人とも消えたか。やってくれたなシルエト」




ーーーーーー消えている? 私も……?
 


 変わった匂いがした。これは人間の匂い。
 懐かしい匂いだ。
 この匂いの主は。
 姿が、頭の中に浮かぶ。あなたは、私の。
 
 会いたかった。私はあなたに。
 大切だった。だから、あなたの願いを。


 パッと、私の頭から彼は姿を消した。




「フェーズ2。すぐに終わるんじゃなかったのか?」




 私にしか聞こえないように、小声で目の前の誰かは呟いた。
 聞き慣れた声だ。
 私が、今誰よりも幸せにしたい人間が、目の前にいる。


 片山楓。あなたが願いを、想いを、希望を、感謝を、余すことなく与えたいと願った人間。


 その声を聞いた瞬間。私の中で響いていたウリエルの声が消えた。何を言われていたのかは覚えていない。でも、とてもひどいことをしようとしていた。それだけはわかる。
 ウリエルの目を見てしまった。覚えているのはそこまでだ。危ないところだった。なぜか魔力も回復している。きっとウリエルの仕業だろう。私に魔法を使わせようとしたに違いない。


 でもなぜ、ウリエルの魔法が解けたのだろうか。この魔法は、ウリエルの意思でしか解除できないはずだ。
 楓のおかげなのだろうか。きっとそうだろう。そう直感で感じた。楓の手が触れた瞬間、私の中にあるウリエルの魔法が消えた気がしたのだ。


 いや、今はそんなことはいい。
 シルエトがなぜ私たちを助けてくれているのか、そんなことも今はいい。
 楓たちがきてくれたことで、状況は変わった。
 肩から伝わる温もりが、私の心まで伝わる。楓の暖かさが、私の目を熱くする。




「……ありがとう、楓」
 


 姿が消えていてよかった。
 私は、涙を見られるのが嫌いだ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 シルエトは、姿を消す魔法を使える。そしてそれは、自分以外にも使用可能だ。所有物も魔法も見えなくなるらしい。なんとも便利な魔法だ。
 エフィルロとエルシオの元へたどり着いた時、俺たちの姿を、そして、2人の姿も消す。そうすれば、たとえ大天使でも肉眼で捉えることは不可能。気配は感じられるが、どこにいるか、何をしているのかはほとんどわからない。
 姿さえ見えなければゲートを使って逃げ切ることができる。相手目線、突然気配が消えたことになる。


 ただ、この魔法には欠点がある。
 まず1つ目は「姿を消すためには、その相手に触れる必要がある」ということだ。ただし、シルエトの魔法で姿が消えている者であれば、この魔法はウイルスのように伝染させていくことが可能。
 だから、姿を消した俺たちは二手に別れ、俺はエフィルロ。シルエトはエルシオに触れる。上手くいけば、それで全員の姿を消せる。


 これが、ここに来る直前にシルエトが俺に話した作戦だ。


 ここまでは計画どおり。俺はエフィルロに触れた。エルシオも消えていると言うことは、作戦は成功しているのだろう。
 あとは、ゲートを使って逃げるだけだ。


「ミカエル。エフィルロの盲信が消えました。魔法を解かれたようです」


「分が悪いな。エフィルロが魔法を使えるとなれば、我々に勝機はない。姿の見えないエルシオも面倒だ」


 俺たちよりも先に、ミカエルはゲートを開いた。もしかしたら、今の俺たちなら彼らをも上回るのかもしれない。


「いいのか? あいつら見逃しても」


 俺は隣にいるフィロへ問う。


「当たり前よ。シルエトの魔法にも限界があるはず。いつまでも姿は消していられない。それに私の魔法も今のあの2人にどこまで通用するか……」
 
「今のって? 強くなってるってことか?」


「そう。おそらく粉の影響ね。力を得ることが幸せであるなら、おそらく力量も魔力も増加している。私の魔法は相手の実力。主に魔力の量によって私の魔力消費量が変わる。つまり、相手が強ければ強いほど、私の魔法でできることは限られていくの」


 幸せの粉が、まるでドーピング剤のように使われている。本来は、人間を幸せにするための粉だ。その使い方で合っているはずがない。
 
「でもエルシオは、そんなミカエルとほぼ互角に渡り合ってた。すごいことよ」


 俺たちが話していた、その時だった。


「まだ気配はあるな。聞こえているだろう、堕天使ども」


 剣の炎はすでに消え、夜の冷気が草原を満たしている。だがその瞳だけは、なお燃えていた。
 見えてはいない。それでも、この場の存在たちへ向けて、確かに刃が突きつけられた。
 息をするたびに痛みを感じるほど、空気は張り詰めている。


「我々は貴様らの反逆を許さない。次に会うときは、貴様らが死ぬときだ。全勢力をあげて、処刑する」


 ミカエルはそう言って、ウリエルと共に姿を消した。それでもなお、空気は重たく沈んでいる。
 首元に剣先が当てられている。そんな感覚だ。
 
 シルエトの魔力が限界を迎え、俺たちの姿が見えるようになったのは、その直後だった。



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「エフィルロ! しっかりしてください!」
 声が聞こえる。エルシオの声だ。私は何をしているんだろう。
 頭の中では、エルシオの声をかき消すように、ウリエルの言葉が絶えず反響している。
 『エルシオの記憶を全て消しなさい』
 そうだ、私は、エルシオの記憶を消さなければいけないのだ。
 それはなぜか。簡単だ。それがウリエルの望みだからだ。
 記憶を消す。記憶を消す。記憶を消す。記憶をけす。
 私は自分に課せられた使命を果たすために、エルシオに向けて手を伸ばす。
「おい! エルシオはどこだ! 目の前から姿を消したぞ。ゲートを使った素振りもない」
「どういうことですか?」
ーーーーーあれ? エルシオがいない。これじゃ、魔法をかけられない。
「この魔法は……ふざけるなよ。なぜお前がそちら側についている。それに、人間もいるな」
 ミカエルが睨む方向。私もそちらへ視線を向けるが、誰もいない。
 この感覚を、以前も体験したことがある。姿は見えないが、気配は間違いなくそこにある。だが、気配は薄い。すぐにわからなくなる。確かにそこにあった気配は、意識しようとすればするほど消えていく。
 そうだ。これは、シルエトの魔法。
「ウリエル、少し下がれ。面倒な魔法だ。いつどこから斬られるかわからん」
 ウリエルは私の元から離れ、ミカエルの側へ合流した。気配に集中し、2人とも身構えている。
 その時、私の両肩に誰かが触れた。肉眼では確認できないものの、正面に誰かがいる。
「あー、姿を消せる魔法ですか。自身だけでなく、他人も消せる。あら、エフィルロも消えましたね」
「……2人とも消えたか。やってくれたなシルエト」
ーーーーーー消えている? 私も……?
 変わった匂いがした。これは人間の匂い。
 懐かしい匂いだ。
 この匂いの主は。
 姿が、頭の中に浮かぶ。あなたは、私の。
 会いたかった。私はあなたに。
 大切だった。だから、あなたの願いを。
 パッと、私の頭から彼は姿を消した。
「フェーズ2。すぐに終わるんじゃなかったのか?」
 私にしか聞こえないように、小声で目の前の誰かは呟いた。
 聞き慣れた声だ。
 私が、今誰よりも幸せにしたい人間が、目の前にいる。
 片山楓。あなたが願いを、想いを、希望を、感謝を、余すことなく与えたいと願った人間。
 その声を聞いた瞬間。私の中で響いていたウリエルの声が消えた。何を言われていたのかは覚えていない。でも、とてもひどいことをしようとしていた。それだけはわかる。
 ウリエルの目を見てしまった。覚えているのはそこまでだ。危ないところだった。なぜか魔力も回復している。きっとウリエルの仕業だろう。私に魔法を使わせようとしたに違いない。
 でもなぜ、ウリエルの魔法が解けたのだろうか。この魔法は、ウリエルの意思でしか解除できないはずだ。
 楓のおかげなのだろうか。きっとそうだろう。そう直感で感じた。楓の手が触れた瞬間、私の中にあるウリエルの魔法が消えた気がしたのだ。
 いや、今はそんなことはいい。
 シルエトがなぜ私たちを助けてくれているのか、そんなことも今はいい。
 楓たちがきてくれたことで、状況は変わった。
 肩から伝わる温もりが、私の心まで伝わる。楓の暖かさが、私の目を熱くする。
「……ありがとう、楓」
 姿が消えていてよかった。
 私は、涙を見られるのが嫌いだ。
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 シルエトは、姿を消す魔法を使える。そしてそれは、自分以外にも使用可能だ。所有物も魔法も見えなくなるらしい。なんとも便利な魔法だ。
 エフィルロとエルシオの元へたどり着いた時、俺たちの姿を、そして、2人の姿も消す。そうすれば、たとえ大天使でも肉眼で捉えることは不可能。気配は感じられるが、どこにいるか、何をしているのかはほとんどわからない。
 姿さえ見えなければゲートを使って逃げ切ることができる。相手目線、突然気配が消えたことになる。
 ただ、この魔法には欠点がある。
 まず1つ目は「姿を消すためには、その相手に触れる必要がある」ということだ。ただし、シルエトの魔法で姿が消えている者であれば、この魔法はウイルスのように伝染させていくことが可能。
 だから、姿を消した俺たちは二手に別れ、俺はエフィルロ。シルエトはエルシオに触れる。上手くいけば、それで全員の姿を消せる。
 これが、ここに来る直前にシルエトが俺に話した作戦だ。
 ここまでは計画どおり。俺はエフィルロに触れた。エルシオも消えていると言うことは、作戦は成功しているのだろう。
 あとは、ゲートを使って逃げるだけだ。
「ミカエル。エフィルロの盲信が消えました。魔法を解かれたようです」
「分が悪いな。エフィルロが魔法を使えるとなれば、我々に勝機はない。姿の見えないエルシオも面倒だ」
 俺たちよりも先に、ミカエルはゲートを開いた。もしかしたら、今の俺たちなら彼らをも上回るのかもしれない。
「いいのか? あいつら見逃しても」
 俺は隣にいるフィロへ問う。
「当たり前よ。シルエトの魔法にも限界があるはず。いつまでも姿は消していられない。それに私の魔法も今のあの2人にどこまで通用するか……」
「今のって? 強くなってるってことか?」
「そう。おそらく粉の影響ね。力を得ることが幸せであるなら、おそらく力量も魔力も増加している。私の魔法は相手の実力。主に魔力の量によって私の魔力消費量が変わる。つまり、相手が強ければ強いほど、私の魔法でできることは限られていくの」
 幸せの粉が、まるでドーピング剤のように使われている。本来は、人間を幸せにするための粉だ。その使い方で合っているはずがない。
「でもエルシオは、そんなミカエルとほぼ互角に渡り合ってた。すごいことよ」
 俺たちが話していた、その時だった。
「まだ気配はあるな。聞こえているだろう、堕天使ども」
 剣の炎はすでに消え、夜の冷気が草原を満たしている。だがその瞳だけは、なお燃えていた。
 見えてはいない。それでも、この場の存在たちへ向けて、確かに刃が突きつけられた。
 息をするたびに痛みを感じるほど、空気は張り詰めている。
「我々は貴様らの反逆を許さない。次に会うときは、貴様らが死ぬときだ。全勢力をあげて、処刑する」
 ミカエルはそう言って、ウリエルと共に姿を消した。それでもなお、空気は重たく沈んでいる。
 首元に剣先が当てられている。そんな感覚だ。
 シルエトの魔力が限界を迎え、俺たちの姿が見えるようになったのは、その直後だった。