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22.気持ち

ー/ー




 ミルドレッドのわがまま―― もとい、モニカの〈バタフライ座〉の劇への出演は無事に許可されて、劇自体も滞りなく終わった。父は案外、見た目のわりに融通の利くところがあって、役者の事情まで理解したうえで納得してくれた。しかし、許可を出してからすぐにエイドリアンは「いいのか?」とミルドレッドに聞いてきた。

 ―― よりによって城中の、そして城下のみんなが楽しみにしていた劇団の公演の、それも主演を自分のひいきの役者に変えたとなれば、相当の批判を覚悟しなければならないと。それでもいいのかと。

(…… 私は、ただ)

 ユージーンにいいところを見せたくて、頼れる主人なんだと思ってほしくて、ただそれだけだった。劇団のことが、どうでもいいなんて思ったわけではけしてないけれど、そっちの方がずっと大事だったのはたしかだ。

 名声とか、王になることだとか、そんなことはどうでもよくて、正直よくわからないことばかりだけど、小さい頃からずっとそばにいてくれたユージーンの悩む姿だけは見ていたくなかった。悩んでいるのなら力になりたいけれど、よく考えたら自分には相談しにくいことなのかもしれない……。年も違えば身分も違うし、性別も違う。前にも思ったことだが、性別だけで言えばベンジャミンの方がユージーンの気持ちをわかってやれるのかも……。

「…… なに?」

 王と王妃、そして王子であるベンジャミンとミルドレッドの四人は彼らのために用意された天幕の中にいた。すべての出し物がたった今終わったところで、ちょうど王と王妃が城へと引き上げていた。
 姉にふいに見つめられたベンジャミンは、怪訝そうな顔でミルドレッドを見返した。

「姉さん、このあと明日の打ち合わせがあるんでしょう? 早く戻った方がいいよ」
「うん……」

 そばで部屋へ戻る準備をしている侍従らを横目にしつつミルドレッドはねえ、と弟に向かって問いかける。

「ベンって、ユージーンのこと好き?」

 思わぬ問いかけをされてベンジャミンは今度こそ姉を心配するように眉根を寄せた。

「…… もしかしてユージーンともなにかあったの」
「とも、って」
「父上と言い合いになったって聞いたよ」

 どこから漏れた情報なのか。それとも本人から聞いたのか?
 ミルドレッドは父が疲れた様子でベンジャミンに自分の愚痴をこぼす様子を思い浮かべながら「言い合いっていうか」と口にした。

「ただ、話している途中でお父様が私に興味も関心もないのがわかったというだけ」

 その時ベンジャミンがさっきとは別の意味で眉をひそめたのを、うつむいて話していたミルドレッドは見ていなかった。ベンジャミンは「そう」と言って立ち上がると

「僕はそうは思わないけど」

と言った。

「姉さん、ずっと一緒にいるから忘れてるのかもしれないけど、ユージーンは騎士団長の息子で、次の団長候補の筆頭なんだよ。そんな人間を王位継承者のそばに置くのを父上が許してるってことの意味を、姉さんは少し考えた方がいいよ。だいたい……」

 そこまで口にして、ベンジャミンははっとしたように姉を見た。ミルドレッドはうつむいたまま、しかしいつものような強気な表情はすっかりなくしていた。

「…… ごめんなさい」
「え、いや、その」

 思いのほか強い口調で言ってしまったせいか落ち込み気味になってしまった姉の前で、ベンジャミンは慌てた。
 その一方で、ミルドレッドは弟の言葉を静かにかみしめていた。

 単純に、城内に同じ年頃の子どもがいなかったからというのもあるだろうけど、それでもミルドレッドにとってあの出会いは宝物だった。最初に出会ったのが、ユージーンの双子の兄フランシスだと知らされても、それでも。
 この先の人生で、ユージーンと離れ離れになるかもしれない人生で、ふとした時に思い出すのは、最初の出会いじゃなくこれまで一緒に過ごした日々の方なんだろう。

「―― 私、ユージーンと対等の、ユージーンに見合う人になりたいの」

 ぽつりとこぼした言葉は、ベンジャミン以外のだれにも聞こえてはいなかった。ベンジャミンはまた「そう」と素っ気なく言った。

「じゃあ、なったら。ユージーンは、僕には要らないから、あげるよ」

 そして立ち上がると、侍従とともに去ろうとする。と、途中でぱっと思い出したように振り向くと、「騎士なら今頃そのへんを見回りしてるよ」と告げて今度こそ去っていった。
 弟の後ろ姿を見届けると、ミルドレッドも天幕をあとにした。



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 ミルドレッドのわがまま―― もとい、モニカの〈バタフライ座〉の劇への出演は無事に許可されて、劇自体も滞りなく終わった。父は案外、見た目のわりに融通の利くところがあって、役者の事情まで理解したうえで納得してくれた。しかし、許可を出してからすぐにエイドリアンは「いいのか?」とミルドレッドに聞いてきた。
 ―― よりによって城中の、そして城下のみんなが楽しみにしていた劇団の公演の、それも主演を自分のひいきの役者に変えたとなれば、相当の批判を覚悟しなければならないと。それでもいいのかと。
(…… 私は、ただ)
 ユージーンにいいところを見せたくて、頼れる主人なんだと思ってほしくて、ただそれだけだった。劇団のことが、どうでもいいなんて思ったわけではけしてないけれど、そっちの方がずっと大事だったのはたしかだ。
 名声とか、王になることだとか、そんなことはどうでもよくて、正直よくわからないことばかりだけど、小さい頃からずっとそばにいてくれたユージーンの悩む姿だけは見ていたくなかった。悩んでいるのなら力になりたいけれど、よく考えたら自分には相談しにくいことなのかもしれない……。年も違えば身分も違うし、性別も違う。前にも思ったことだが、性別だけで言えばベンジャミンの方がユージーンの気持ちをわかってやれるのかも……。
「…… なに?」
 王と王妃、そして王子であるベンジャミンとミルドレッドの四人は彼らのために用意された天幕の中にいた。すべての出し物がたった今終わったところで、ちょうど王と王妃が城へと引き上げていた。
 姉にふいに見つめられたベンジャミンは、怪訝そうな顔でミルドレッドを見返した。
「姉さん、このあと明日の打ち合わせがあるんでしょう? 早く戻った方がいいよ」
「うん……」
 そばで部屋へ戻る準備をしている侍従らを横目にしつつミルドレッドはねえ、と弟に向かって問いかける。
「ベンって、ユージーンのこと好き?」
 思わぬ問いかけをされてベンジャミンは今度こそ姉を心配するように眉根を寄せた。
「…… もしかしてユージーンともなにかあったの」
「とも、って」
「父上と言い合いになったって聞いたよ」
 どこから漏れた情報なのか。それとも本人から聞いたのか?
 ミルドレッドは父が疲れた様子でベンジャミンに自分の愚痴をこぼす様子を思い浮かべながら「言い合いっていうか」と口にした。
「ただ、話している途中でお父様が私に興味も関心もないのがわかったというだけ」
 その時ベンジャミンがさっきとは別の意味で眉をひそめたのを、うつむいて話していたミルドレッドは見ていなかった。ベンジャミンは「そう」と言って立ち上がると
「僕はそうは思わないけど」
と言った。
「姉さん、ずっと一緒にいるから忘れてるのかもしれないけど、ユージーンは騎士団長の息子で、次の団長候補の筆頭なんだよ。そんな人間を王位継承者のそばに置くのを父上が許してるってことの意味を、姉さんは少し考えた方がいいよ。だいたい……」
 そこまで口にして、ベンジャミンははっとしたように姉を見た。ミルドレッドはうつむいたまま、しかしいつものような強気な表情はすっかりなくしていた。
「…… ごめんなさい」
「え、いや、その」
 思いのほか強い口調で言ってしまったせいか落ち込み気味になってしまった姉の前で、ベンジャミンは慌てた。
 その一方で、ミルドレッドは弟の言葉を静かにかみしめていた。
 単純に、城内に同じ年頃の子どもがいなかったからというのもあるだろうけど、それでもミルドレッドにとってあの出会いは宝物だった。最初に出会ったのが、ユージーンの双子の兄フランシスだと知らされても、それでも。
 この先の人生で、ユージーンと離れ離れになるかもしれない人生で、ふとした時に思い出すのは、最初の出会いじゃなくこれまで一緒に過ごした日々の方なんだろう。
「―― 私、ユージーンと対等の、ユージーンに見合う人になりたいの」
 ぽつりとこぼした言葉は、ベンジャミン以外のだれにも聞こえてはいなかった。ベンジャミンはまた「そう」と素っ気なく言った。
「じゃあ、なったら。ユージーンは、僕には要らないから、あげるよ」
 そして立ち上がると、侍従とともに去ろうとする。と、途中でぱっと思い出したように振り向くと、「騎士なら今頃そのへんを見回りしてるよ」と告げて今度こそ去っていった。
 弟の後ろ姿を見届けると、ミルドレッドも天幕をあとにした。