21.一人
ー/ー王が招いた劇団らの公演や出し物が終わると、祭りはすっかり終盤の雰囲気を醸し出す。ユージーンは城壁のそばをひとり見回っていた。すぐ近くの城の中庭を相勤者が見回っているので正確に言えば一人ではない。祭りは城下での催しがほとんどなので、城内は関係者の姿ばかりがちらほらと見えるだけ。ユージーンの見回る場所には、人の影すらない。あったとしてもせいぜい逢引をするくらいにしか使われないだろうと思いつつふと城壁を見上げると、誰かが壁の上に腰を下ろしている。
「あの」
ほんの少しだけ声を張り上げ、注意しようとすると、壁の上の人物がこちらを振り向いた。
整った顔に、長い手足。〈バタフライ座〉の、怪我をした役者だ。ジュディスといったか。向こうもユージーンの顔を覚えていたのか、あ、と気づいたような顔をする。そして、怪我をした方の手をかばいながら城壁のそばの木をつたって器用に降りてくる。
「すみません、危険なので城壁に上るのは一応禁止になっていて……」
「そうなんですね。すみません」
ジュディスは素直に謝った。
「一座のみなさん、さっき片付けが終わってそろそろ帰られるみたいでしたよ」
ユージーンがつい先ほど見かけた〈バタフライ座〉の様子を教えるが、ジュディスは何とも言えない表情のまま戻ろうとしない。
「…… もしよければ、控室までお送りしますが」
「あ、いえ、大丈夫です」
道がわからなくなってしまったのかと思いたずねれば、慌てて否定されてしまう。
「少し、考え事をしていて―― 劇、観られました?」
「いえ、警備をしていたので」
反対にジュディスから問いかけられて、ユージーンは正直に答えた。
「でも、好評だったと聞いています」
ジュディスはそうですか、とため息交じりに言うと、たったさっき自分が降りてきた木にもたれた。
「…… 私、演技を始めてまだ一年と経たないんですよ。座長に―― エマに熱心に誘われてね。なかばなし崩し的に始めたんですけど、必要だって言われて始めたのに私がいなくても成り立つって、それじゃあ私はやっぱりいなくてもいいってことじゃないかとか思って…… すみません、急に何の話って感じですね。姫様のおそばにいるような方にする話じゃないですよね」
「わかりますよ」
戻ります、と身をひるがえしたジュディスの背中に向かって言うと、彼女の顔が驚きに満ちた表情で振り返った。
「俺も一応、少ない席を争う身なので――、控室なら、こっちの方が近道です」
ユージーンが指さすと、ジュディスは大人しくついてくる。
「できることならずっとそばでお仕えしたいと思いますけど、それはこっちの事情じゃないですか。いずれ大人になればお役御免になるのはわかってたし喜ばしいこと、なんでしょうけど」
そして多分、ほかの誰かと一緒になったミルドレッドのそばにいる自信が、覚悟が、自分にはない。ふとモニカの言葉を思い出す。彼女の言う通りだ。自分はもっと、姫に仕えるということを、彼女を想い続けるということに、覚悟をしなければならなかった。
ジュディスははあ、と呆けたような声を出して、言った。
「騎士様だからといって絶対に安泰というわけではないんですね」
「まさか」
ユージーンは苦笑交じりに言った。
「貴族出身の方が昇進は有利だし、でもそれは裏返して言えば貴族の家に生まれたら責任から逃れられないってことですから」
なるほど、とジュディスは頷いた。
「みんなそれぞれ大変ってわけだ」
「そうですね」
廊下に入ると、曲がり角をちょうど曲がってきた〈バタフライ座〉の役者が見える。彼女がたしか、エマだったろうか。
「それじゃあ、自分はここで」
ふたりの邪魔をしないよう、踵を返す。視界の端で、ふたりがなにか言葉を交わしているのが見える。
さて、明日は祭事の最終日にあたる。ということは、ミルドレッドの最後の仕事が待っている。
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