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18話 色褪せることはなく

ー/ー



 辺りは星々の光で照らされ、太陽は出ていないと言うのに、足元が明るい。

 例えるなら、ナイターの野球ピッチに立っているような感覚だ。ただし、人工的なライトは使われていない。全ての光は、星々が作り出している。
 そんな、幻想的な空間である星域の芝の上で、俺とエルシオは並んで座っている。


「で、話ってなんなのですか? 確かに私はその辺の天使よりは可愛いですが、告白は受け付けないのです」


「ちげーよ!」


 俺の反応を確認し、エルシオはニヤニヤと笑みを溢す。
 確かに可愛いとは思うが、こんな生意気な毒舌娘はこっちからお断りだ。


「じゃあ、何ですか?」


 エルシオはさっきとは違い、真面目な声色でそう俺に問う。
 星刻機のことを話すつもりだった。でも、その勇気が出ない。アレシアの願い。それは、今後のエルシオの生き方に直結するはずだ。願いがもし、エルシオを悪い方向に進ませてしまったら、俺は責任を取れるのだろうか。
 願いを叶えるのは星刻機だ。どんな方法で願いを叶えるかわからない。もし願いが、人間への恨みを晴らすものだとしたら、もし、死神への復讐だとしたら、どんな叶え方だとしても、エルシオはきっと、もう今のエルシオには戻れない。
 もう2度と、人間の前で笑えなくなるかもしれない。もう2度と、人間を幸せに出来なくなるかもしれない。




ーーーーーーもう2度と、俺と……




「何があったのか、はたまた何を知ったのかは知りませんが、私の気持ちは変わりませんよ」


 俯いた俺へ、エルシオはそう言った。
 そして、顔を上げた俺の目を真っ直ぐ見つめる。


「変わらないのは、人間のことを嫌いだということではないのです……えーっと、だから、つまり……」


 エルシオが何を言いたいのかがわからず、俺は首を傾げる。
 そんな俺を見て、顔を赤くしながらエルシオは喉まで出かかっている何かを伝えるため、口を開く。


「つまり! 私があなたのことを嫌いじゃないってことは変わらないのです!! だから話すのです!」


「それは……告白か?」


「違うのです!!」


 ギロリと俺を睨み、怒りを露わにしたエルシオは、いつもと同じように頬を膨らませている。
 俺は幸せ者だ。人間を嫌いだという少女に、俺のことは嫌いじゃないと伝えられている。それに、その思いは変わらないとまで。
 
 エルシオに正直になってほしい。自分に嘘を吐かない生き方をしてほしい。自分の気持ちを知ってほしい。安心して、純粋に、素直に、何のしがらみも無く生きてほしい。
 そして、エルシオに幸せになってほしい。今のエルシオを変えられるのは、アレシアだけだ。そして、これがアレシアの手を借りられる最後のチャンス。


 エルシオが首からぶら下げた、星刻機を見つめる。俺は星刻機と、その中に居るアレシアを信じる。
 1度目を瞑り、深呼吸を終えると同時に覚悟を決めた、瞼を開きエルシオへ視線を移す。俺の真剣な眼差しに、エルシオの目つきも変わった。


「俺はお前を幸せにしたい」


「それは……」


「告白だ。でも、恋愛とかそういうことじゃない。友達として、お前に幸せになって欲しい」


 俺の発言に、一瞬驚きを見せたが、すぐに戸惑いの表情に変わる。


「幸せに……でも、私は」


「エルシオ。お前は自分に嘘をついてる。本当の気持ちに蓋をしてる」


「そ……そんなことは」


 エルシオの瞳が潤む。前と同じだ。また、エルシオを泣かせてしまった。もうこれ以上、この涙は流してほしくない。


「お前は人間が好きだ。人間を幸せにしたいんだ。アレシアは人間に殺された。その事実は変わらない。それでも……お前は人間が好きだ」


「そんなことは……でも、だって、私が……人間を好きで、人間を幸せにして、それが私の幸せなんて……私に、幸せになる権利なんて……」


「ある! あるんだよ。お前は、もう嘘をつかなくて良いんだ。幸せになって良いんだ」


「アレシアは……そんな私を……」


「それを、アレシアに聞く。この前、人間が好きか嫌いか、心に刻む日が来るって言ったろ? 今日がその日だ」


「そんなこと言ったって……聞けるわけないじゃないですか」


「お前が持ってるそれは、カメラじゃなかった。星刻機って言うらしい。星刻機は、持ち主の願いを死後に叶える。その願いは、生前1番強く願ったことだ。だから……だから、それを聞いて決めてくれ」


 エルシオは、星刻機を胸の前まで持ち上げ、潤う瞳で凝視する。


 何に不安を感じていたんだろう。何に怯えていたんだろう。何も心配する必要は無かった。
 俺の今の願いは、エルシオの幸せだ。
 だったら、迷うことなんて無かった。
 アレシアが生前、最も強く願ったこと。それは。




ーーーーーー死神への報復?




ーーーーーー違う。そんなはずないじゃないか。




 フィロも、俺も、アレシアも、きっと同じ気持ちのはずだ。
 それが俺たちの、アレシアの願いだ。
 俺は、エルシオが凝視している星刻機に向かって、心の中で呼びかけた。




ーーーーーーアレシア、願いを聞かせてくれ……












 とても、幻想的な世界だった。
 頭上で光り輝いていた星々が、一斉に降り注いできた。それは、隕石が落ちてくるような物騒なものではなく、沢山の蛍が集まってくるような、暖かい雰囲気だった。
 それぞれの光が、それぞれの色で輝き、俺たちの目の前に集まる。まるで星座を作るかのように、何かを光で作り出している。それが、アレシアの形を創出しようとしていることに気づくのに、あまり時間は要しなかった。
 
 「アレシア!!!」


 初めに声を挙げたのは、エルシオだった。
 俺たちの目線の先で、藍色の髪を束ねた天使が宙に浮いている。
 星々の輝きで形作られたアレシアに、エルシオの声が届いたのだろうか、アレシアは、「こほんっ」と咳払いをした後、穏やかな笑みを浮かべた。
 


 『えーっと、これを見てるってことは、多分エルシオが、星刻機の力に気がついたのかな?』




「これは……」


 おそらくこれは、ビデオレターだ。エルシオもそれに気づいたのか、眉を顰め複雑な感情を露わにし、静寂の中でアレシアの声を聞いている。
 正直、生き返るだとか、もう1度逢えるだとか、そんな奇跡みたいな機能を期待していた部分もある。だが、そんな甘い世界ではないようだ。死者には逢えない。そんな当たり前なこと、俺たちは痛いほど痛感していたはずだ。
 ビデオレター。何ともカメラらしい機能だ。




 『あんまり時間が無いみたいだから、簡潔に話すね』




 『エルシオ、ごめんね。おばあちゃんになるまで、一緒に居られなかった』




 『でも、ほーんとに、幸せだった! それは、エルシオのおかげ。ありがとう』




 『感謝の気持ちは伝えきれないくらい、いっぱいあるんだけど、全部ひっくるめて……。私の親友になってくれて、ありがとう』




 エルシオの頬を、涙が伝う。
 必死に涙を拭いながら、エルシオは静かに傾聴している。アレシアが発する、一言一句を噛み締めるように。




 『そろそろ時間みたいだね……ははっ泣かないって決めてたのにな! でも、もちろん寂しさもあるけれど、私の願いを叶えられるって言う、嬉しさの涙でもあるんだよ』




 『だって、本当にいつも願っていたことだから。私の願いは……』




 光り輝く星刻機から、沢山の星々が一斉に飛び出した。
 そして、真っ黒のキャンパスを光で埋めるように、空全体に流れる。星域は、まるで真昼であるかのように明るさを主張する。
 初めて目にする流星群、この状況に合わせ言い換えるとすれば、これは流れ星。
 アレシアはその流れ星に祈るように手を組み、そして願った。










 『エルシオに、幸福が訪れますように』












ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『アレシア、毎回何で粉をかける前に人間に幸福が訪れるように願うのですか? 粉をかけたのだから、幸福になるに決まっているのです』




『確かに粉は幸せを呼ぶ。だから、幸せになる。でもそれは粉の力。私は、私の祈りを、人間にかけるの』


『私の、幸せになってほしいという想いを、かけてあげるの。魔法みたいなものね。そしたらもっと、幸せが訪れるかもしれないでしょ? 幸せになってもらうことが、私の幸せなの』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 流星群が降り注ぎ、星域全体が眩い光に包まれたのも束の間、アレシアが願いを言い終わったと同時に、星域は普段の静寂と明るさを取り戻した。
 それと同時に、アレシアは光を失い消えていった。残ったのは俺とエルシオ。聞こえるのは、エルシオの啜り泣く音だけ。
 
 アレシアの願いは、エルシオの幸せだった。願いを叶える星刻機。どうやってその願いを叶えるのか。
 アレシアの光が失われつつある時、一瞬だけ、その目は俺たちを認識したように思えた。それは、気のせいだったかもしれない。でも、涙を流すエルシオに、慰めるような目をアレシアは向けていたように見えた。
 そして、それに続き、何かを託すような目を俺に向けた。そんな気がしたのだ。
 
 今、俺がここに居る。
 俺が、アレシアからのバトンを受け取った。
 俺が、最後にエルシオの背中を押すんだ。


「これが、アレシアの願いだ」


 エルシオは、涙を拭いながら声を出さず頷く。


 エルシオは苦しんでいた。それを俺は知っている。
 星刻機がどんな幸せをエルシオに齎そうとも、その苦しみがある以上、エルシオは幸せとは言えない。
 だから、少なくとも俺は、その苦しみを取り払わなければならない。
 
「アレシアも、エルシオの幸せを願ってる。何よりもだ」


「私は……人間の幸せを喜んでも良いのですか?」


「良いんだ。それがエルシオの気持ちなら、アレシアもそれを望んでる」


「人間を……好きでいても……?」


「良いんだ。エルシオが自分に嘘を吐くことを、アレシアは望んでいない」
 
「私は……幸せになっても良いのですか?」


「もちろんだ。アレシアの願いは、エルシオの幸せだ」


 それからしばらく、エルシオは大きな声を出しながら泣いた。
 まるで、何かを塞いでいた蓋が割れたように、瞳から大粒の涙が溢れ続けた。
 星域の星々は、そんなエルシオを見守るように、燦然と輝き続けている。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 エルシオは泣き疲れたのか、茫然と空を見上げていた。
 俺は、今エルシオが何を考えているのか全く分からず、かける言葉を見つけられずに居る。
 やはり、星域は音がしない。気まずい静寂が、俺たちの間に広がっている。


「ふぅ……ちょっと泣き過ぎたのです」


 声色から、いつものエルシオが感じられて安堵する。


「そうだな」


「あ……ありがとうなのです」


 エルシオから、感謝の気持ちを伝えられたのは初めてな気がして、思わず目を丸くする。


「星刻機の機能も、アレシアの願いも、私の気持ちも、あなたが……楓くんが居なかったら、きっとずっと知らないままだったのです」


「おまっ! 今、なんて!? ちょっともっかい!」


「な……! 何も言ってないのです!!」


「いーや、言ったね、ついに俺の名前を呼んだな! そこでくたばってる人間から、下の名前まで昇格したな!」


「はぁ……まあとにかく……」


 首を傾け、短く綺麗な赤髪を揺らしたエルシオは、初めて出会ったあの日のように、緩んだ笑顔でこう続けた。




「楓くん! 私は……人間が好きなのです!」




 あの中学校で見た笑顔から感じたものは、やはり正しかった。
 太陽のような明るい笑顔でそう言い放ったエルシオは、とても美しく可憐で、あの時同様、その首にかかった星刻機でおさえておきたい程だった。


 「嫌いなものを前にそんな笑顔を向けられるのか」なんて一言は、もう必要なさそうだ。それほど、エルシオのその笑顔からは、人間への負の感情が感じられなかった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「よくここだってわかりましたよね。写真に園名が薄ら写っていただけなのです」


「凄いだろ? まあ、おかげでシルエトに見つかって大変な目に遭ったんだけどな。でも、あいつが居なかったら星刻機のことも知れなかったし……結果的には良かったかな?」


 俺とエルシオは、再びゲートで実咲植物園を訪れていた。
 星域からローズベルクに帰ろうとしていた時、エルシオは行き先をここに変更した。


「やっぱり、ちゃんと見ておきたかったのです。本当はアレシアと見たかったのですが……まあ、楓くんでも良いのです」


「毎回一言余計なんだよ! てか、そう言えば、ローダンセの花言葉知ってるか? あそこに書いてあるから見てこいよ。アレシアが、エルシオと見たかった理由は多分それだ」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 『Rhodanthe:ローダンセ』




 ピンクや赤、白といった色で、乾燥させても美しい色を保つとして有名。




 花言葉は、『終わりのない友情』




 長期に渡って色褪せることの無いその花びらはまるで、ふたりの天使のようだった。





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 辺りは星々の光で照らされ、太陽は出ていないと言うのに、足元が明るい。
 例えるなら、ナイターの野球ピッチに立っているような感覚だ。ただし、人工的なライトは使われていない。全ての光は、星々が作り出している。
 そんな、幻想的な空間である星域の芝の上で、俺とエルシオは並んで座っている。
「で、話ってなんなのですか? 確かに私はその辺の天使よりは可愛いですが、告白は受け付けないのです」
「ちげーよ!」
 俺の反応を確認し、エルシオはニヤニヤと笑みを溢す。
 確かに可愛いとは思うが、こんな生意気な毒舌娘はこっちからお断りだ。
「じゃあ、何ですか?」
 エルシオはさっきとは違い、真面目な声色でそう俺に問う。
 星刻機のことを話すつもりだった。でも、その勇気が出ない。アレシアの願い。それは、今後のエルシオの生き方に直結するはずだ。願いがもし、エルシオを悪い方向に進ませてしまったら、俺は責任を取れるのだろうか。
 願いを叶えるのは星刻機だ。どんな方法で願いを叶えるかわからない。もし願いが、人間への恨みを晴らすものだとしたら、もし、死神への復讐だとしたら、どんな叶え方だとしても、エルシオはきっと、もう今のエルシオには戻れない。
 もう2度と、人間の前で笑えなくなるかもしれない。もう2度と、人間を幸せに出来なくなるかもしれない。
ーーーーーーもう2度と、俺と……
「何があったのか、はたまた何を知ったのかは知りませんが、私の気持ちは変わりませんよ」
 俯いた俺へ、エルシオはそう言った。
 そして、顔を上げた俺の目を真っ直ぐ見つめる。
「変わらないのは、人間のことを嫌いだということではないのです……えーっと、だから、つまり……」
 エルシオが何を言いたいのかがわからず、俺は首を傾げる。
 そんな俺を見て、顔を赤くしながらエルシオは喉まで出かかっている何かを伝えるため、口を開く。
「つまり! 私があなたのことを嫌いじゃないってことは変わらないのです!! だから話すのです!」
「それは……告白か?」
「違うのです!!」
 ギロリと俺を睨み、怒りを露わにしたエルシオは、いつもと同じように頬を膨らませている。
 俺は幸せ者だ。人間を嫌いだという少女に、俺のことは嫌いじゃないと伝えられている。それに、その思いは変わらないとまで。
 エルシオに正直になってほしい。自分に嘘を吐かない生き方をしてほしい。自分の気持ちを知ってほしい。安心して、純粋に、素直に、何のしがらみも無く生きてほしい。
 そして、エルシオに幸せになってほしい。今のエルシオを変えられるのは、アレシアだけだ。そして、これがアレシアの手を借りられる最後のチャンス。
 エルシオが首からぶら下げた、星刻機を見つめる。俺は星刻機と、その中に居るアレシアを信じる。
 1度目を瞑り、深呼吸を終えると同時に覚悟を決めた、瞼を開きエルシオへ視線を移す。俺の真剣な眼差しに、エルシオの目つきも変わった。
「俺はお前を幸せにしたい」
「それは……」
「告白だ。でも、恋愛とかそういうことじゃない。友達として、お前に幸せになって欲しい」
 俺の発言に、一瞬驚きを見せたが、すぐに戸惑いの表情に変わる。
「幸せに……でも、私は」
「エルシオ。お前は自分に嘘をついてる。本当の気持ちに蓋をしてる」
「そ……そんなことは」
 エルシオの瞳が潤む。前と同じだ。また、エルシオを泣かせてしまった。もうこれ以上、この涙は流してほしくない。
「お前は人間が好きだ。人間を幸せにしたいんだ。アレシアは人間に殺された。その事実は変わらない。それでも……お前は人間が好きだ」
「そんなことは……でも、だって、私が……人間を好きで、人間を幸せにして、それが私の幸せなんて……私に、幸せになる権利なんて……」
「ある! あるんだよ。お前は、もう嘘をつかなくて良いんだ。幸せになって良いんだ」
「アレシアは……そんな私を……」
「それを、アレシアに聞く。この前、人間が好きか嫌いか、心に刻む日が来るって言ったろ? 今日がその日だ」
「そんなこと言ったって……聞けるわけないじゃないですか」
「お前が持ってるそれは、カメラじゃなかった。星刻機って言うらしい。星刻機は、持ち主の願いを死後に叶える。その願いは、生前1番強く願ったことだ。だから……だから、それを聞いて決めてくれ」
 エルシオは、星刻機を胸の前まで持ち上げ、潤う瞳で凝視する。
 何に不安を感じていたんだろう。何に怯えていたんだろう。何も心配する必要は無かった。
 俺の今の願いは、エルシオの幸せだ。
 だったら、迷うことなんて無かった。
 アレシアが生前、最も強く願ったこと。それは。
ーーーーーー死神への報復?
ーーーーーー違う。そんなはずないじゃないか。
 フィロも、俺も、アレシアも、きっと同じ気持ちのはずだ。
 それが俺たちの、アレシアの願いだ。
 俺は、エルシオが凝視している星刻機に向かって、心の中で呼びかけた。
ーーーーーーアレシア、願いを聞かせてくれ……
 とても、幻想的な世界だった。
 頭上で光り輝いていた星々が、一斉に降り注いできた。それは、隕石が落ちてくるような物騒なものではなく、沢山の蛍が集まってくるような、暖かい雰囲気だった。
 それぞれの光が、それぞれの色で輝き、俺たちの目の前に集まる。まるで星座を作るかのように、何かを光で作り出している。それが、アレシアの形を創出しようとしていることに気づくのに、あまり時間は要しなかった。
 「アレシア!!!」
 初めに声を挙げたのは、エルシオだった。
 俺たちの目線の先で、藍色の髪を束ねた天使が宙に浮いている。
 星々の輝きで形作られたアレシアに、エルシオの声が届いたのだろうか、アレシアは、「こほんっ」と咳払いをした後、穏やかな笑みを浮かべた。
 『えーっと、これを見てるってことは、多分エルシオが、星刻機の力に気がついたのかな?』
「これは……」
 おそらくこれは、ビデオレターだ。エルシオもそれに気づいたのか、眉を顰め複雑な感情を露わにし、静寂の中でアレシアの声を聞いている。
 正直、生き返るだとか、もう1度逢えるだとか、そんな奇跡みたいな機能を期待していた部分もある。だが、そんな甘い世界ではないようだ。死者には逢えない。そんな当たり前なこと、俺たちは痛いほど痛感していたはずだ。
 ビデオレター。何ともカメラらしい機能だ。
 『あんまり時間が無いみたいだから、簡潔に話すね』
 『エルシオ、ごめんね。おばあちゃんになるまで、一緒に居られなかった』
 『でも、ほーんとに、幸せだった! それは、エルシオのおかげ。ありがとう』
 『感謝の気持ちは伝えきれないくらい、いっぱいあるんだけど、全部ひっくるめて……。私の親友になってくれて、ありがとう』
 エルシオの頬を、涙が伝う。
 必死に涙を拭いながら、エルシオは静かに傾聴している。アレシアが発する、一言一句を噛み締めるように。
 『そろそろ時間みたいだね……ははっ泣かないって決めてたのにな! でも、もちろん寂しさもあるけれど、私の願いを叶えられるって言う、嬉しさの涙でもあるんだよ』
 『だって、本当にいつも願っていたことだから。私の願いは……』
 光り輝く星刻機から、沢山の星々が一斉に飛び出した。
 そして、真っ黒のキャンパスを光で埋めるように、空全体に流れる。星域は、まるで真昼であるかのように明るさを主張する。
 初めて目にする流星群、この状況に合わせ言い換えるとすれば、これは流れ星。
 アレシアはその流れ星に祈るように手を組み、そして願った。
 『エルシオに、幸福が訪れますように』
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『アレシア、毎回何で粉をかける前に人間に幸福が訪れるように願うのですか? 粉をかけたのだから、幸福になるに決まっているのです』
『確かに粉は幸せを呼ぶ。だから、幸せになる。でもそれは粉の力。私は、私の祈りを、人間にかけるの』
『私の、幸せになってほしいという想いを、かけてあげるの。魔法みたいなものね。そしたらもっと、幸せが訪れるかもしれないでしょ? 幸せになってもらうことが、私の幸せなの』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 流星群が降り注ぎ、星域全体が眩い光に包まれたのも束の間、アレシアが願いを言い終わったと同時に、星域は普段の静寂と明るさを取り戻した。
 それと同時に、アレシアは光を失い消えていった。残ったのは俺とエルシオ。聞こえるのは、エルシオの啜り泣く音だけ。
 アレシアの願いは、エルシオの幸せだった。願いを叶える星刻機。どうやってその願いを叶えるのか。
 アレシアの光が失われつつある時、一瞬だけ、その目は俺たちを認識したように思えた。それは、気のせいだったかもしれない。でも、涙を流すエルシオに、慰めるような目をアレシアは向けていたように見えた。
 そして、それに続き、何かを託すような目を俺に向けた。そんな気がしたのだ。
 今、俺がここに居る。
 俺が、アレシアからのバトンを受け取った。
 俺が、最後にエルシオの背中を押すんだ。
「これが、アレシアの願いだ」
 エルシオは、涙を拭いながら声を出さず頷く。
 エルシオは苦しんでいた。それを俺は知っている。
 星刻機がどんな幸せをエルシオに齎そうとも、その苦しみがある以上、エルシオは幸せとは言えない。
 だから、少なくとも俺は、その苦しみを取り払わなければならない。
「アレシアも、エルシオの幸せを願ってる。何よりもだ」
「私は……人間の幸せを喜んでも良いのですか?」
「良いんだ。それがエルシオの気持ちなら、アレシアもそれを望んでる」
「人間を……好きでいても……?」
「良いんだ。エルシオが自分に嘘を吐くことを、アレシアは望んでいない」
「私は……幸せになっても良いのですか?」
「もちろんだ。アレシアの願いは、エルシオの幸せだ」
 それからしばらく、エルシオは大きな声を出しながら泣いた。
 まるで、何かを塞いでいた蓋が割れたように、瞳から大粒の涙が溢れ続けた。
 星域の星々は、そんなエルシオを見守るように、燦然と輝き続けている。
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 エルシオは泣き疲れたのか、茫然と空を見上げていた。
 俺は、今エルシオが何を考えているのか全く分からず、かける言葉を見つけられずに居る。
 やはり、星域は音がしない。気まずい静寂が、俺たちの間に広がっている。
「ふぅ……ちょっと泣き過ぎたのです」
 声色から、いつものエルシオが感じられて安堵する。
「そうだな」
「あ……ありがとうなのです」
 エルシオから、感謝の気持ちを伝えられたのは初めてな気がして、思わず目を丸くする。
「星刻機の機能も、アレシアの願いも、私の気持ちも、あなたが……楓くんが居なかったら、きっとずっと知らないままだったのです」
「おまっ! 今、なんて!? ちょっともっかい!」
「な……! 何も言ってないのです!!」
「いーや、言ったね、ついに俺の名前を呼んだな! そこでくたばってる人間から、下の名前まで昇格したな!」
「はぁ……まあとにかく……」
 首を傾け、短く綺麗な赤髪を揺らしたエルシオは、初めて出会ったあの日のように、緩んだ笑顔でこう続けた。
「楓くん! 私は……人間が好きなのです!」
 あの中学校で見た笑顔から感じたものは、やはり正しかった。
 太陽のような明るい笑顔でそう言い放ったエルシオは、とても美しく可憐で、あの時同様、その首にかかった星刻機でおさえておきたい程だった。
 「嫌いなものを前にそんな笑顔を向けられるのか」なんて一言は、もう必要なさそうだ。それほど、エルシオのその笑顔からは、人間への負の感情が感じられなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「よくここだってわかりましたよね。写真に園名が薄ら写っていただけなのです」
「凄いだろ? まあ、おかげでシルエトに見つかって大変な目に遭ったんだけどな。でも、あいつが居なかったら星刻機のことも知れなかったし……結果的には良かったかな?」
 俺とエルシオは、再びゲートで実咲植物園を訪れていた。
 星域からローズベルクに帰ろうとしていた時、エルシオは行き先をここに変更した。
「やっぱり、ちゃんと見ておきたかったのです。本当はアレシアと見たかったのですが……まあ、楓くんでも良いのです」
「毎回一言余計なんだよ! てか、そう言えば、ローダンセの花言葉知ってるか? あそこに書いてあるから見てこいよ。アレシアが、エルシオと見たかった理由は多分それだ」
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 『Rhodanthe:ローダンセ』
 ピンクや赤、白といった色で、乾燥させても美しい色を保つとして有名。
 花言葉は、『終わりのない友情』
 長期に渡って色褪せることの無いその花びらはまるで、ふたりの天使のようだった。