6話 たません
ー/ー 気がついたらそこは、見慣れたあの部屋だった。ただ1点、部屋の中心にある鍋を除いて。
「おかえりなさーい! 早く楓も食べなよ!」
「なんでひとりで鍋パしてんだよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
帰ってきて早々、俺は鍋の置かれた机に近づく。食欲は湧かないが、久しぶりに食べ物を口にするのも悪くない。
箸を握り、鍋の中へと手を伸ばす。
「それ、私が食べようとしていたのです」
そう言って、エルシオは俺に向かって箸を突きつける。
これは俺の肉だ。俺が先に箸で掴んだ。
いや、それよりも。
「なんでお前もいるんだよ!!」
ツッコミながら、俺はエルシオが欲しそうにしていた肉を口に突っ込む。
「やっぱり、人数が多い方が楽しいわね~」
エフィルロは微笑みながら、子供が家に友達を連れてきた時の母親のような発言する。
楽しくはない。今、俺の肉が盗られそうになったところだ。
「まあ、増えたといってもこんな男ですが」
「おい、喧嘩売ってるのか? 増えたって、増えたのはお前だろ。フィロ、説明しろ。俺は向こうに行ってそうそう、ほかの天使に見つかって詰んだと思ったんだぞ」
「ごめんごめん。言い忘れちゃってて。それに、エルシオは随分前から私の仕事を手伝ってくれてるの。だから、増えたのは楓ね」
俺がゲートに飛び込む直前に言いかけてたのはそれか。やっぱり大事なことだった。
「そうなのです。先にここに居たのは私なのです。あと、食べ物の恨みは怖いですよ」
「言い忘れていいレベルのことじゃないだろ!! それにエルシオ、あれは俺が先に触った肉だ。恨みを買った覚えはない」
「まあまあいいじゃない」
「全然よくねえ!!」
「そうですね。恨みを買う前に肉を買ってきてください」
他愛のない会話を繰り広げているうちに、鍋の中身はいつの間にかほとんどが無くなった。
「そういえば、ちゃんと古田千恵ちゃんに魔法の粉かけてきた?」
「あぁ」と、俺は頷く。背負った壺のことを思い出し、フィロに壺を返した俺は、ポイントはどれぐらい溜まったのかとフィロに問おうとしたが、たった1回の仕事だ、ほんの少しだろうと自己解決し、問う質問を変える。
「なぁ、フィロは記憶を消す魔法を使えるか?」
予想に反した質問だったのか、お茶を飲みながら驚いたような目でこちらを見つめるフィロ。先程、美味しいデザートを買ってきますとゲートを開き、部屋から出て行ったエルシオはこの場には居ない。
エルシオと話して、フィロの魔法の線は薄いと結論づけたが、それでも、聞いておいて損はないだろう。
「俺の記憶から父さんの記憶が消えたんだ。いや、別に、フィロを疑ってるとかそういうことじゃないんだけど」
少し間が空き、フィロは、吸った息を優しく吐くと、俺の質問に答える。
「魔法のことは、エルシオから聞いてるのね」
俺は黙って頷く。
「まあ、亡くなってこっちに来る段階で、記憶に少し障害がてちゃう人もたまに居るらしいから、そういう類の話じゃないかしら」
「そうか」と俺はほっと息をつく。魔法だけが原因じゃないと言うのも、ごもっともな意見に聞こえた。そういう事例があるのならそちらの方が現実味がある。現実味はこの天界にいる時点で無いのだが。
「美味しいケーキ買ってきたのです!」
どこかテンションの高いエルシオが、ゲートから勢い良く飛び出してきた。机に広げられたケーキは、いちごのショートケーキ、モンブラン、ロールケーキの3つだ。天界にも漫画やらケーキやら、人間界と同じような物があるんだなと、親近感が湧く。
「エフィルロはいつものショートケーキで、そっちの人間はこのモンブランなのです」
「そっちの人間って……まあ、買ってきてくれただけましか」
用意されたフォークを手に取り、久しぶりのケーキを少しワクワクしながら口に運ぶ。
口に入れた瞬間、広がる栗の甘さ。濃厚なクリームはとても舌触りが良く、この世、いやあの世の物とは思えない美味しさが脳を埋め尽くす。はずだった。
「うえぇぇえぇ」
口に入れた瞬間、広がる謎の悪臭。濃厚なクリームはまるで砂利を食べているかのような舌触りだ、あの世のデザートとはこんな物なのだろうか、不快感が脳を埋め尽くした。
「ははは!! どうですか! 店員さんに頼んで作って貰ったのです! これが食べ物の恨みなのです!」
顔を赤くして、涙を浮かべながら爆笑するフィロと、元凶のエルシオに怒る余裕はなかった。生きている間に食べた物の何よりもまずい。全てをお茶で流し込み、文句を言おうとした俺の口に「これでも食べてお口直ししたら!」と、いちごのショートケーキがフィロによってフォークで押し込まれる。
お、これはうまい。
「美味いな」
既に俺の惨事には興味を無くし、美味しそうにケーキを頬張る2人を見て、口から出るはずだった文句の言葉を忘れてしまった。
生きている間、もしも、友達とケーキを食べる機会があったとしたら、こんな風に楽しめるのだろうか。これが、幸せってやつなのだろうか。
「悪くない、かもな」
「えぇ!? さっきから美味いとか悪くないとか、あのモンブラン相当まずいはずなのです!」
自分のロールケーキに集中しすぎて、俺がショートケーキをフィロから貰ったことに気づいていないエルシオは、俺の言葉を聞いてモンブランをフォークに乗せた。
「因果応報だな」
その後の結果は、涙目になりながらさらに爆笑しているフィロが、声も出さずに物語っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
食後、なぜか3人になったこの部屋で、ダラダラしながら相変わらず漫画を読む天使が1人。カメラで撮った写真を確認し、ニヤつく天使が1人。
そして、床に寝転び天井を見つめる人間が、1人。
「おい! 俺、すげー暇なんだけど」
「もう、しょうがないわね。これ、1冊貸してあげるから、我慢して」
面倒くさそうに返事をし、フィロは雑に重ねられている本の中から一冊を取り出し、俺に差し出す。
「なんで5巻なんだよ! 貸してくれるのはありがたいけど1巻からにしてくれよ」
俺の言葉を無視するフィロに対し呆れを感じながら、仕方なく5巻を受け取り、横目でエルシオを見ると、未だにカメラを見ながらニヤついている。
「この写真、我ながら綺麗に撮れているのです」
写真を見せてと言っても「恥ずかしい」の一点張りで、なかなかカメラを見せてはくれないエルシオ。漫画を貸してくれたが、5巻からという新手のイジメを繰り広げるフィロ。
「ゲームもテレビも無いとこんなに暇なんだなあ」
生きている間、どれだけ文明の利器に恵まれていたかを体感している間に眠くなってきた俺は、貸してもらった漫画を頭の下に置き横になる。
「エルシオはずっとここにいるのか?」
ふと、エルシオがいつまでここに居るのかが気になり、カメラに夢中なエルシオに声をかける。
「はい。家に帰っても1人なので」
「そうなのか」と、どこか寂しげに話すエルシオに答えた俺は、睡魔に抗うことを止め、瞼を閉じた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「起きて! 仕事よ!」
いつの間にか眠っていた俺は、フィロに叩き起こされた。仕事だと言うので支度し、部屋の隅で寝息を立てているエルシオを俺が叩き起こす。
「今回はフィロも行くのか?」
「まあね!なんか楽しそうだし。ちょっとこれ持ってて、あと着替えるからあっち向いてて」
壺を持たされた俺は、開かれたゲートの前で言われた通りふたりの天使の準備を待つ。まだ目もしっかりと開かないこの状況で、急に仕事というのも辛いものだ。社会人になるというのは、こういうことなのだろうか。不意に出てしまうあくびに対し抑える手が追いつかず、大きな口から口内を披露する。
天使でも、ちゃんと服を着替えるところに関心しつつ、やけに遅いフィロの支度に少し違和感を感じる。
「なあ、起きたばっかのエルシオはわかるけど、なんでフィロはそんなに支度が遅いんだよ」
「い、いやちょっと待って……」
さっきから、何かペラペラと音がすることが気になって仕方がない俺は、思い切って後ろを振り返る。
そこには、2度寝しているエルシオと、漫画をヒソヒソと読んでいるフィロの姿があった。
「人待たせておいて何やってんだよぉぉお!」
俺の怒鳴り声で飛び起きたエルシオは「モンブラン……怖い」と呟いて、パタンとその場に倒れた。
わかるぞ。さっきのモンブランは悪夢に出てくるレベルだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ、暑いのです~」
パタパタと手のひらを扇子のように扱いながら、エルシオはダルそうな顔をしている。
「そう言えば、俺が死んだ時は夏休み前だったもんなぁ」
今回たどり着いた場所では、お祭りが開催されていた。舞台はおそらく神社で、チラホラと巫女さんの姿も見える。道に沿って、沢山の屋台が並んでおり、どれも美味しそうだ。懐かしい雰囲気に心を踊らせつつ、硬すぎる砂利道の上を進む。
「今回のターゲットはあの辺にいるわね」
フィロが指を指した先には、たませんの屋台があり、その前にはそこそこ列ができている。たませんは言葉のとおり、せんべいを半分に折り、目玉焼きを挟みソースをかけるお祭り定番料理だ。なんて説明を、不思議そうにたませんを見つめるエルシオにしてやった。
見ているととても美味しそうだが、今は齧っても歯が折れるだけだ。その時、たませんに目を奪われていたエルシオは、人混みは避けていたものの、1人の人間とぶつかり吹き飛ばされる。
ーーーーーー吹き飛ばされる……?
「えぇ……なんでそんなに飛んでんだよ」
その飛距離に俺は目を見開いた。フィロは、すぐさま尻もちをついたエルシオに近づき、手を貸す。
「おかえりなさーい! 早く楓も食べなよ!」
「なんでひとりで鍋パしてんだよ」
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帰ってきて早々、俺は鍋の置かれた机に近づく。食欲は湧かないが、久しぶりに食べ物を口にするのも悪くない。
箸を握り、鍋の中へと手を伸ばす。
「それ、私が食べようとしていたのです」
そう言って、エルシオは俺に向かって箸を突きつける。
これは俺の肉だ。俺が先に箸で掴んだ。
いや、それよりも。
「なんでお前もいるんだよ!!」
ツッコミながら、俺はエルシオが欲しそうにしていた肉を口に突っ込む。
「やっぱり、人数が多い方が楽しいわね~」
エフィルロは微笑みながら、子供が家に友達を連れてきた時の母親のような発言する。
楽しくはない。今、俺の肉が盗られそうになったところだ。
「まあ、増えたといってもこんな男ですが」
「おい、喧嘩売ってるのか? 増えたって、増えたのはお前だろ。フィロ、説明しろ。俺は向こうに行ってそうそう、ほかの天使に見つかって詰んだと思ったんだぞ」
「ごめんごめん。言い忘れちゃってて。それに、エルシオは随分前から私の仕事を手伝ってくれてるの。だから、増えたのは楓ね」
俺がゲートに飛び込む直前に言いかけてたのはそれか。やっぱり大事なことだった。
「そうなのです。先にここに居たのは私なのです。あと、食べ物の恨みは怖いですよ」
「言い忘れていいレベルのことじゃないだろ!! それにエルシオ、あれは俺が先に触った肉だ。恨みを買った覚えはない」
「まあまあいいじゃない」
「全然よくねえ!!」
「そうですね。恨みを買う前に肉を買ってきてください」
他愛のない会話を繰り広げているうちに、鍋の中身はいつの間にかほとんどが無くなった。
「そういえば、ちゃんと古田千恵ちゃんに魔法の粉かけてきた?」
「あぁ」と、俺は頷く。背負った壺のことを思い出し、フィロに壺を返した俺は、ポイントはどれぐらい溜まったのかとフィロに問おうとしたが、たった1回の仕事だ、ほんの少しだろうと自己解決し、問う質問を変える。
「なぁ、フィロは記憶を消す魔法を使えるか?」
予想に反した質問だったのか、お茶を飲みながら驚いたような目でこちらを見つめるフィロ。先程、美味しいデザートを買ってきますとゲートを開き、部屋から出て行ったエルシオはこの場には居ない。
エルシオと話して、フィロの魔法の線は薄いと結論づけたが、それでも、聞いておいて損はないだろう。
「俺の記憶から父さんの記憶が消えたんだ。いや、別に、フィロを疑ってるとかそういうことじゃないんだけど」
少し間が空き、フィロは、吸った息を優しく吐くと、俺の質問に答える。
「魔法のことは、エルシオから聞いてるのね」
俺は黙って頷く。
「まあ、亡くなってこっちに来る段階で、記憶に少し障害がてちゃう人もたまに居るらしいから、そういう類の話じゃないかしら」
「そうか」と俺はほっと息をつく。魔法だけが原因じゃないと言うのも、ごもっともな意見に聞こえた。そういう事例があるのならそちらの方が現実味がある。現実味はこの天界にいる時点で無いのだが。
「美味しいケーキ買ってきたのです!」
どこかテンションの高いエルシオが、ゲートから勢い良く飛び出してきた。机に広げられたケーキは、いちごのショートケーキ、モンブラン、ロールケーキの3つだ。天界にも漫画やらケーキやら、人間界と同じような物があるんだなと、親近感が湧く。
「エフィルロはいつものショートケーキで、そっちの人間はこのモンブランなのです」
「そっちの人間って……まあ、買ってきてくれただけましか」
用意されたフォークを手に取り、久しぶりのケーキを少しワクワクしながら口に運ぶ。
口に入れた瞬間、広がる栗の甘さ。濃厚なクリームはとても舌触りが良く、この世、いやあの世の物とは思えない美味しさが脳を埋め尽くす。はずだった。
「うえぇぇえぇ」
口に入れた瞬間、広がる謎の悪臭。濃厚なクリームはまるで砂利を食べているかのような舌触りだ、あの世のデザートとはこんな物なのだろうか、不快感が脳を埋め尽くした。
「ははは!! どうですか! 店員さんに頼んで作って貰ったのです! これが食べ物の恨みなのです!」
顔を赤くして、涙を浮かべながら爆笑するフィロと、元凶のエルシオに怒る余裕はなかった。生きている間に食べた物の何よりもまずい。全てをお茶で流し込み、文句を言おうとした俺の口に「これでも食べてお口直ししたら!」と、いちごのショートケーキがフィロによってフォークで押し込まれる。
お、これはうまい。
「美味いな」
既に俺の惨事には興味を無くし、美味しそうにケーキを頬張る2人を見て、口から出るはずだった文句の言葉を忘れてしまった。
生きている間、もしも、友達とケーキを食べる機会があったとしたら、こんな風に楽しめるのだろうか。これが、幸せってやつなのだろうか。
「悪くない、かもな」
「えぇ!? さっきから美味いとか悪くないとか、あのモンブラン相当まずいはずなのです!」
自分のロールケーキに集中しすぎて、俺がショートケーキをフィロから貰ったことに気づいていないエルシオは、俺の言葉を聞いてモンブランをフォークに乗せた。
「因果応報だな」
その後の結果は、涙目になりながらさらに爆笑しているフィロが、声も出さずに物語っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
食後、なぜか3人になったこの部屋で、ダラダラしながら相変わらず漫画を読む天使が1人。カメラで撮った写真を確認し、ニヤつく天使が1人。
そして、床に寝転び天井を見つめる人間が、1人。
「おい! 俺、すげー暇なんだけど」
「もう、しょうがないわね。これ、1冊貸してあげるから、我慢して」
面倒くさそうに返事をし、フィロは雑に重ねられている本の中から一冊を取り出し、俺に差し出す。
「なんで5巻なんだよ! 貸してくれるのはありがたいけど1巻からにしてくれよ」
俺の言葉を無視するフィロに対し呆れを感じながら、仕方なく5巻を受け取り、横目でエルシオを見ると、未だにカメラを見ながらニヤついている。
「この写真、我ながら綺麗に撮れているのです」
写真を見せてと言っても「恥ずかしい」の一点張りで、なかなかカメラを見せてはくれないエルシオ。漫画を貸してくれたが、5巻からという新手のイジメを繰り広げるフィロ。
「ゲームもテレビも無いとこんなに暇なんだなあ」
生きている間、どれだけ文明の利器に恵まれていたかを体感している間に眠くなってきた俺は、貸してもらった漫画を頭の下に置き横になる。
「エルシオはずっとここにいるのか?」
ふと、エルシオがいつまでここに居るのかが気になり、カメラに夢中なエルシオに声をかける。
「はい。家に帰っても1人なので」
「そうなのか」と、どこか寂しげに話すエルシオに答えた俺は、睡魔に抗うことを止め、瞼を閉じた。
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「起きて! 仕事よ!」
いつの間にか眠っていた俺は、フィロに叩き起こされた。仕事だと言うので支度し、部屋の隅で寝息を立てているエルシオを俺が叩き起こす。
「今回はフィロも行くのか?」
「まあね!なんか楽しそうだし。ちょっとこれ持ってて、あと着替えるからあっち向いてて」
壺を持たされた俺は、開かれたゲートの前で言われた通りふたりの天使の準備を待つ。まだ目もしっかりと開かないこの状況で、急に仕事というのも辛いものだ。社会人になるというのは、こういうことなのだろうか。不意に出てしまうあくびに対し抑える手が追いつかず、大きな口から口内を披露する。
天使でも、ちゃんと服を着替えるところに関心しつつ、やけに遅いフィロの支度に少し違和感を感じる。
「なあ、起きたばっかのエルシオはわかるけど、なんでフィロはそんなに支度が遅いんだよ」
「い、いやちょっと待って……」
さっきから、何かペラペラと音がすることが気になって仕方がない俺は、思い切って後ろを振り返る。
そこには、2度寝しているエルシオと、漫画をヒソヒソと読んでいるフィロの姿があった。
「人待たせておいて何やってんだよぉぉお!」
俺の怒鳴り声で飛び起きたエルシオは「モンブラン……怖い」と呟いて、パタンとその場に倒れた。
わかるぞ。さっきのモンブランは悪夢に出てくるレベルだった。
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「はぁ、暑いのです~」
パタパタと手のひらを扇子のように扱いながら、エルシオはダルそうな顔をしている。
「そう言えば、俺が死んだ時は夏休み前だったもんなぁ」
今回たどり着いた場所では、お祭りが開催されていた。舞台はおそらく神社で、チラホラと巫女さんの姿も見える。道に沿って、沢山の屋台が並んでおり、どれも美味しそうだ。懐かしい雰囲気に心を踊らせつつ、硬すぎる砂利道の上を進む。
「今回のターゲットはあの辺にいるわね」
フィロが指を指した先には、たませんの屋台があり、その前にはそこそこ列ができている。たませんは言葉のとおり、せんべいを半分に折り、目玉焼きを挟みソースをかけるお祭り定番料理だ。なんて説明を、不思議そうにたませんを見つめるエルシオにしてやった。
見ているととても美味しそうだが、今は齧っても歯が折れるだけだ。その時、たませんに目を奪われていたエルシオは、人混みは避けていたものの、1人の人間とぶつかり吹き飛ばされる。
ーーーーーー吹き飛ばされる……?
「えぇ……なんでそんなに飛んでんだよ」
その飛距離に俺は目を見開いた。フィロは、すぐさま尻もちをついたエルシオに近づき、手を貸す。
「だから、よそ見しながら歩くのやめなって言ったでしょ? この前もながらアイボーンで吹っ飛んでったばっかじゃない」
「ながらアイボーン」などという言葉があるのかと関心する俺の前で、エルシオはフィロから説教を受けている。
「ごめんなさいなのです。まさかぶつかってしまうとは」
エルシオがぶつかった人間は、プロレスラーでも相撲とりでもない。ただのお爺さんだ。いかにも弱そうな体つきで、杖を使って歩いていた。あのお爺さんがひとりの天使、か弱そうな少女ではあるが、それでも、5m弱の距離まで突き飛ばせるとは到底思えない。
「なあ、今のなんだ? なんであんなに吹っ飛んだんだよ」
「この世界の動いているものに触れると、あれぐらい吹っ飛ばされるわよ。私たちが動いていない物体に触ったら、その物体は動かない。でも、私たちに向こうからこの世界のものがぶつかってきたら、元々動いているものの動きを制限しないように、私たちが吹き飛ばされるのよ! だから楓も気をつけてね! 向かってくるものの質量にもよるけど、人がぶつかってきたら吹っ飛ぶわね。雨なんて特にやばいわよ」
そう説明して、フィロはそそくさと先に進んでいく。
何かを教えてくれる時は、やけに饒舌になるフィロの性格には助けられている。正直、今まで同様今回も、理解して納得していると言うより、何となく解釈して無理やり飲み込んでいるといった具合だ。人間界では科学的に説明つかないようなことが立て続けに起こっているのだから、こうなってしまうのも無理もない。
自分なりに解釈して、大体合っていれば問題ないだろう。
今回の俺の解釈はこうだ。
つまり、仮にボールが飛んできて俺に当たった時、そのボールがその場で止まってしまったら、周りの人間はボールが意味のわからない動きをしたと捉えてしまう。それを阻止するため、ボールがちゃんと進めるように、俺に当たったとしてもボールは減速せず、代わりに俺がボールに吹き飛ばされるようになっているのだろう。
うむ。多分そうだ。車に轢かれたら一溜りもないな。そんなことを想像する中で、ある疑問が俺の頭をよぎる。
「あのたません食べたら俺の歯、折れちまうよな? だとしたら、もし、今の俺が死ぬぐらいの致命傷をくらったとしたら、俺は死ぬのか?」
「それはわからないのです。あなたはもう亡くなっているので。でも、亡くなっている人間が、また亡くなるなんてことないのではないですか?」
「だよな。じゃあ心臓を剣で突き刺されても、死なないってことか」
「それは、わからないのです。 天使はそれで死んでしまいますが、死んだ人間の場合となると……」
「多分普通に死ぬわよ」
人にぶつからないよう、慎重にたません売り場に近づいていく中、少し前を歩いていたフィロが話に入ってきた。
「死ぬって、死んだら俺どうなるんだよ。また天界で面接受けるんじゃないのか?」
「違うわ。死んでから生まれ変わるまでは、天界にいるわけだから、人間ではあっても生きているのは天界。つまり、人間界の秩序とは異なる。だから死後も天使と一緒のはず」
「天使の死後って?」
「そんなのわからないわよ。楓だって、自分たちが死んだらどこへ行くかなんて知らなかったでしょ?」
「まあ、それはそうか」
「天使は自然治癒力が高いからよっぽどのことがない限り死なないけど、人間はわからないわね。頑張って」
「それは脅してんの? それとも心配してんの?」
俺の問いにフィロは微笑し、また前に進んでいく。その微笑で前者だと悟った。
人混みを避けながら、何とかたません売り場近くにたどり着き、周囲を見渡す。3人でアイボーンに写る顔を探しているが、流石に祭りともなると、なかなか人を見つけ出すのは難しい。
「今までは楓に合わせてたけど、やっぱ歩いて探すのには限界あるわね。エルシオ、飛ぶわよ」
「了解なのです」
そう言って、フィロとエルシオは背中から翼を出現させると、人混みの上に浮かんだ。そんな姿を見ながら、「飛べるって便利だなあ」と関心した後、俺も上から探そうと、屋台の上によじ登る。
「いたー! あそこよ!」
少し離れたところで、フィロの叫び声が聞こえた。そこは、たませんの屋台から少し離れた、飲食をするために確保された広場だ。俺は急いで屋台の上から飛び降り、そちらへ向かう。
エルシオとフィロが宙から指をさす方向に、アイボーンに写るターゲットが居た。
今回も、ターゲットは女の子であり、年齢も前回の中学生たちと近しい。さらに近づき、壺とコップを準備していると、ターゲットは、不幸の真っ最中だと言うことに気がつく。
「修羅場だな」
驚いた顔で、手に持っていたたませんを落とすターゲットと、その前に立つ手を繋ぐカップル。ターゲットの驚いた顔を見たカップルの男の方は、嘲るように、手を繋いだ彼女にこう告げる。
「あいつあいつ、勝手に俺と付き合ってるって思ってたアホ」
あえて聞こえるように話している男の声を聞き、目に涙を浮かべるターゲット。笑いながらその場から遠ざかるカップル。崩れるように膝を曲げ蹲るターゲットを見て、俺は、その子を慰めることが出来ないだけではなく、立ち上がるために手を貸すことすら出来ないということに悔しさを感じながら、ただただ見ていることしかできなかった。
「あーあの子ね、見るからにやばそうな女じゃん」
カップルの女の方は、男に便乗して暴言を吐いている。
きっと、あのカップルの女の方の幸せは、あの男と付き合うことであり、その幸せは、その時付き合っていた女の子の不幸に繋がった。そんなところだろうか。誰かの幸せの踏み台にされるのは、こんなにも辛いことなのか。幸せの粉をかけることで、次もこんな状況に陥る人間が生まれることがあるのだろうか。
エルシオは黙ったまま、俺が手に持った壺から、粉をコップに用意した。
エルシオの表情は憐憫に満ちていて、その目からは憤りを感じる。
ーーーーーーなんで、嫌いだなんて……
粉をかけるため、ターゲットの元へ向かって歩いていくエルシオを見ながら、俺はそう思わざるを得なかった。
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