第10話 パッチワーク 前編
ー/ー 6か月前からミスリルの産量が微減し続けている。
同時期に人員の損耗率の上昇があり、減産を労働強化で埋め合わせた疑いがある。
労働強化分を差し引くのであれば、より深刻な減産要因が隠されているはずだ。
他方、これも同時期に5回、採掘サイト関係で使途不詳の支払いがなされている。
支払先は現地の魔法工だった。
しかも、その事実を第三者の名義を借りて偽装した痕跡がある。
採掘サイトで見た、ビニールシートがかけられた削孔機。
あの中はどうなっている?
禁止されている魔法的な修理を施していたのだとすれば、魔法工への支払いが隠蔽されていたことに筋が通る。
現地魔法工のパッチワークで凌いでいたのなら、削孔機の稼働率は徐々に落ちていったと考えられる。
これが減産要因だとすると、すべてがつながる。
俺はナイリザを助手席に乗せて採掘サイトに向かった。
前回のような事前連絡はしない。抜き打ちだ。
ビニールシートの中身を確認しなければならない。
ほぼ確信しているが、何事も確認は必要だ。
確認して、どうするかはその後だ。
「……なんでそんな真似をしたのかしらね」
ナイリザが窓の外を眺めながら呟いた。
「なぜ、か」
ワイパーが酸性雨の滴を弾くのを眺めながら、サスペンションの軋みを聞く。
この音が鳴り始めると、レベル2の端まで近づいたことを実感する。
採掘サイトはもう、すぐそこだ。
「意味がない。理由なんていくらでも考えられる」
人不足で、日本人管理者の目が行き届かない現場。
機械が故障しても一向に修理されない。
言語も違えば種族も違う。現場の人員は状況を訴える口を持たない。
にもかかわらずノルマは降ってくる。
己の評価を落としたくない現場監督(カポ)は何を考えたか。
* * *
坑口に着くと、ヴォルグの姿はなかった。
奥の坑道にいるらしい。作業小屋の前で待っていたコボルトの班長に場所を聞き、坑内に入った。
一番坑の中程。前回、ビニールシートが被せてあった削孔機のところで、ヴォルグが腕を組んで立っていた。
その傍らで、小柄なゴブリンの作業員が二体、シートをめくって機械の点検をしている。
「ヴォルグ」
ヴォルグが振り向いた。
こちらの姿を認め、体が強張ったのが分かった。
「カトウ課長代理殿。本日はご連絡が——」
「そいつを見せてくれ」
ナイリザが訳す前に、俺は削孔機の方へ歩き出した。
ヴォルグが慌てて前に立ち塞がった。
「こちらは落盤の危険があります」
「前回もそう聞いた。今日は見る」
「……削孔機は故障しております」
「構わない。まあ見せてみろ。アンカー効果で直るかもしれない」
気にせず進む。
ヴォルグは後ずさりながら、こちらを制止しようと手を広げた。
「お待ち、ください。無理に通らないでください。これは課長代理のために言っています」
「なぜだ?」
ヴォルグは絞り出すように言った。
「あなたたちにとって危険だからです」
言質のようなものだ。
溜息が出る。
俺はヴォルグの目を見て聞いた。
「パッチワークだからか?」
ヴォルグは答えず、ゆっくりとその場に跪いた。
俯いた顔を両手で覆う。
肩が震えていた。
わかっているならなぜやったのか。
なぜそこまでして、こんな仕事に賭けたのか。
崩れ落ちた巨躯を見下ろしていると、矛盾するような怒りと脱力感が沸いた。
「ビニールシートを外せ」
削孔機と距離をとったまま、周囲の鉱員たちに命じた。
パッチワークは界差を直撃する。
特大の矛盾でこの異世界の虎の尾を踏む行為だ。
アウェーである日本人が不用意に近づくと曝露が増えて変異が進む。
自分で覆いをとる気にはなれなかった。
しかし、鉱員たちは動かない。
跪いたヴォルグと俺を交互に見るばかりだった。
「外せ!」
苛立ちをぶつけるように、語気が荒くなった。
鉱員の一人が弾かれたように動き出し、ビニールシートを引きずり下ろした。
現れたのは大型の削孔機(ドリルジャンボ)だ。
だが、二本のアームと車体に幾重にも呪符が貼られていた。
エンジン部分にワイヤーで魔石のようなものが括り付けられている。
何より異様なのは、誰も搭乗していないのに、ゆっくりと「身じろぎ」をしていることだ。
アームの油圧が緩慢に伸び、縮む。
あわせるように、車体のサスペンションが浮き、沈む。
個々では無機質な動きが、全体として寝息でも立てているように見えるのが不気味だった。
ポンプに負荷がかかると、接合部から油が細い雫を飛ばし、地面に油溜りを作る。
ぞわり、と肌が粟立った。
理屈じゃない。人も機械も飲みこんで咀嚼するこの世界の力。
アダプテーションの手触りだ。
「……だいぶ進んでいるな」
ナイリザが老眼鏡をずらして目を細めた。
「アームにそれぞれ一体ずつ。胴体に一体。合計三体の地霊が封じられているわね」
「地霊?」
「このボディーが気に入っているようよ」
地霊とやらが取り憑いた重機を使い続ければどうなるか。
自走して地下を掘り進むだけの怪物になり、いずれどこかの冒険者に退治されるのだろうか。
深い溜め息が出た。廃棄処分以外に術がない。
「こいつの簿価はわかるか」
「わかるわよ。減価償却が8年。導入から3年目だから……」
「いや、いい。聞きたくない」
「鉱員全員が3年間ただ働きしてもちょっと届かないわね」
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