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第9話 グアシェル雑貨店

ー/ー



 垂れ幕を潜ると、グアシェル雑貨店の店内は思ったよりも広かった。この辺りでは大店と言えるのかもしれない。
 しかし天井は低かった。部屋の両側には、無理やり嵌め込んだような大棚が置かれており、蝋燭、油、麻紐、陶器の壺、金属の小物類がぎっしり並んでいる。

 奥のカウンターの向こうに、白髪を後ろに束ねた老人が座っていた。

 種族は分からない。小柄で、耳は丸く、肌は土色。
 ゴブリンか、あるいは別の種族か、老体なのは間違いない。
 カウンターの上に木製の算盤を広げ、こちらを値踏みするような目で見上げた。

「ヤポンか。見ない顔だな。何が要る」

「ヤシマコーポレーションの加藤だ。これについて聞きたい」

 ジャンパーの内ポケットから伝票のコピーを取り出してカウンターに置いた。
 老人はコピーを拾い上げ、目を細めて一瞥すると、興味を失ったように元に戻した。

「こいつがどうした」

「誰への、何の代金か」

 老人は苛立ったように大儀そうに息を吐き、ギロリとこちらを見上げて言った。

「妙な言いがかりはよしてくれんか。ヤシマは職人と直接取引できねえっていうから、名を貸してやったんじゃ」

「誰に」

「言う必要があるか? こいつはわしの信用で切った伝票じゃ」

 そう言ってギンネ老は口を閉じた。
 取り付く島もない。

 すると、それまで黙ってやりとりを眺めていたハシュラが、横から口を挟んだ。

「まあまあ爺さん。話を聞いてあげなよ。
 この日本の旦那はその職人さんを探してるって。腕利きなんだろう?」

「……ふん」

 老人は片眉を上げてハシュラを睨みつけると、俺に視線を戻した。

「まあ腕は確かじゃわい。日本の機械も直しておったからのう」

 日本の機械を直す。
 その言葉が引っかかった。

「裏の魔法工よ」

 老人はそれだけ言って、算盤に視線を落とした。話はこれで終わりだ、という態度だった。
 だが、これで例の請賃が誰への対価だったかが判明した。
 問題は、「裏の魔法工」とやらに、ヴォルグがいったい何を依頼したのか、だ。

 魔法工。
 魔法の道具を作り、調整し、修理する職人だ。
 もちろん、ヤシマの採掘サイトで魔法道具の使用は禁止だ。
 安定しないし、機械設備と干渉し合う。
 日本人の管理者技術者が来た時に無効化されてしまうリスクもあるし、逆に界差の曝露を増やして変異リスクを上げる危険もある。

 そしてもちろん、魔法工が日本の機械を修理することなどできはしない。
 必要なのは故障箇所を特定し、メーカーから部品を調達し、適切に交換することであり、まじないや魔石ではない。

 老人がカウンターの下を漁り、すり切れた煙草の箱を取り出して一本咥えた。こちらの世界の刻み煙草だ。
 それを見て、俺も胸ポケットの煙草を取り出した。一本老人に差し出す。

 老人は日本の煙草を手に取り、紙巻きの表面を指先で撫でた。

「……いい紙じゃな」

 それだけ言って、自分の刻み煙草に火をつけた。日本の煙草は耳の後ろに挟んだ。

 * * *

 店を出た。
 ギンネが言った「裏の魔法工」の工房は、文字通り裏手にあった。

 ギンネの店と同じように、路面に面した天幕張りで、扉すらない。
 中は簡単に覗くことができた。
 薄暗い作業場にまじないの札やら魔石やらが雑多に積まれている。
 タガネやハンマーはあっても、旋盤や溶接機はない。

 油圧回路を理解できるようなとてつもない天才がいて、鋼板から部品を削り出したという可能性は検討しなくてよいだろう。
 ガワだけ活用して魔法道具に改造することならできるかもしれない。

 採掘現場の、ビニールシートが被せられた削孔機を思い出す。

 故障した削孔機。部品も届かず、修理の人員も来ない。
 そこで現地の魔法工に改造を依頼する。
 魔法工への工賃など経費で落ちない。使途を聞かれる。
 だから適当に理由をつけて斡旋屋に伝票を切らせる。
 目くじらを立てる金額でなければ、ほかの支出に紛れ込ませることは難しくない。
 辻褄は合う。

 そうして「パッチワーク」を施した削孔機はどうなる。
 人力よりはマシだが、不安定で稼働率は落ちる。
 落ちればまた魔法工にメンテさせるしかない。悪循環だ。
 機械の稼働率が落ちれば産量は低下する。
 労務の統制を強化してぎりぎり産量を維持して見せても限度はある。

 半年前から始まっていたなら平仄(ひょうそく)が合う。
 宇田川次長が足しげく採掘サイトに通えていたとも思えない。
 現場のモラルハザードは進行していたのだろう。

「ここでしょ? 裏の魔法工って」

 ハシュラが天幕をのぞき込んでいった。

「いないじゃん。探すなら付き合ってやってもいいけど?」

「いい。十分だ」

「ふうん」

 礼を言おうとして、ポケットを探った。現地通貨の持ち合わせがない。
 朝から歩き回っていたのに、銀貨一枚すら持っていなかった。
 何かないかと鞄の中を漁り、底に転がっていたカロリーメイトの箱を引っ張り出した。

「これをやる」

 ハシュラが目を丸くした。

「え? 何これ。ヤポンの物かい?」

 箱を受け取り、日本語の印刷をまじまじと見つめている。
 裏面の栄養成分表まで眺めている。読めるわけがないが、印字そのものに興味があるようだった。

「食い物だ」

 ハシュラは口笛を吹いた。

「命を助けてもらったのに道案内でこれじゃ、もらい過ぎだ」

「命は助けてない」

「実際助かったんだから同じことだよ、おっさん」

 ハシュラはカロリーメイトを大事そうにパーカーのポケットにしまい込んだ。
 それから、何かを思い出したように、別のポケットをまさぐった。

「あ、そうだ。これさ、あんたなら使い道あるんじゃない?」

 差し出されたのは、小さなメモリカードだった。
 薄汚れたプラスチックの表面に、指紋と砂がこびりついている。

「ムービーか音楽なら売れると思ってスったんだけどさ、ヤポンの文字しか入ってないし、読めねえし。おっさんにやるよ」

「例のものか」

「持ってたヤツも社畜だったし。キギョーヒミツかもよ?」

 盗品をもらってよいものかと一瞬躊躇したが、中身が気になったのも事実だ。
 モノによっては持ち主に届けてもいい。
 レベル3の故買屋に出回るよりはマシだろう。
 手のひらに押し付けられたそれを受け取り、ポケットにしまう。

 その場では確認しなかった。

「道案内、助かった」

 そう伝えると、ハシュラはニッと笑った。

「じゃあな、カトウのおっさん!」

 手を振って、ハシュラは路地の角を曲がり、あっという間に見えなくなった。

 * * *

 事務所に戻り、PCにメモリカードを差した。

 中身はスプレッドシートだった。
 ファイル名は英語で「misc」とだけある。miscellaneous。雑費。
 開くと、日本語で記載された表が現れた。帳簿だ。
 シートをめくると、目に付く表が現れた。
 社名。個人名。日付。金額。そして、「調達先」「調達品目」の列。

 名前の列には、見覚えのある日本人の名前がいくつか並んでいた。
 調達品目の列には、番号のみが記載されている。

 ファイルのプロパティを確認する。作成者の欄には、ヤシマではない別の日本企業の社名が入っていた。
 レベル1のオフィスで同じフロアにいた会社だ。

 調達品目の番号体系に見覚えはないが、表の構造は一般的な購買管理台帳に似ている。
 ただし、品目番号の横に「♀」「♂」の記号と、年齢らしき二桁の数字が並んでいた。

 しばらく画面を見つめた。
 それから、メモリカードを抜いて、内ポケットに入れた。

 帳簿には載らない種類の取引だ。
 載せてはいけない種類の取引だ。

 疫病神だったか、と思った。

 あの少女――ハシュラが中身を理解していたとも思えないが、厄介な代物だった。
 持ち主に返すどころの話ではない。
 日本人がこれを手にしたということ自体が、持ち主にとって最大級のセキュリティ事故だろう。

 もっとも、現時点でそれを知っているのは俺だけだ。
 なら、今すぐ表沙汰にする必要はない。

 このメモリの件はしばらく棚上げでいい。
 いま追うべきは、ミスリル減産の原因の方だ。
 溜息とともにデスクチェアに背を預けた。



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 垂れ幕を潜ると、グアシェル雑貨店の店内は思ったよりも広かった。この辺りでは大店と言えるのかもしれない。
 しかし天井は低かった。部屋の両側には、無理やり嵌め込んだような大棚が置かれており、蝋燭、油、麻紐、陶器の壺、金属の小物類がぎっしり並んでいる。
 奥のカウンターの向こうに、白髪を後ろに束ねた老人が座っていた。
 種族は分からない。小柄で、耳は丸く、肌は土色。
 ゴブリンか、あるいは別の種族か、老体なのは間違いない。
 カウンターの上に木製の算盤を広げ、こちらを値踏みするような目で見上げた。
「ヤポンか。見ない顔だな。何が要る」
「ヤシマコーポレーションの加藤だ。これについて聞きたい」
 ジャンパーの内ポケットから伝票のコピーを取り出してカウンターに置いた。
 老人はコピーを拾い上げ、目を細めて一瞥すると、興味を失ったように元に戻した。
「こいつがどうした」
「誰への、何の代金か」
 老人は苛立ったように大儀そうに息を吐き、ギロリとこちらを見上げて言った。
「妙な言いがかりはよしてくれんか。ヤシマは職人と直接取引できねえっていうから、名を貸してやったんじゃ」
「誰に」
「言う必要があるか? こいつはわしの信用で切った伝票じゃ」
 そう言ってギンネ老は口を閉じた。
 取り付く島もない。
 すると、それまで黙ってやりとりを眺めていたハシュラが、横から口を挟んだ。
「まあまあ爺さん。話を聞いてあげなよ。
 この日本の旦那はその職人さんを探してるって。腕利きなんだろう?」
「……ふん」
 老人は片眉を上げてハシュラを睨みつけると、俺に視線を戻した。
「まあ腕は確かじゃわい。日本の機械も直しておったからのう」
 日本の機械を直す。
 その言葉が引っかかった。
「裏の魔法工よ」
 老人はそれだけ言って、算盤に視線を落とした。話はこれで終わりだ、という態度だった。
 だが、これで例の請賃が誰への対価だったかが判明した。
 問題は、「裏の魔法工」とやらに、ヴォルグがいったい何を依頼したのか、だ。
 魔法工。
 魔法の道具を作り、調整し、修理する職人だ。
 もちろん、ヤシマの採掘サイトで魔法道具の使用は禁止だ。
 安定しないし、機械設備と干渉し合う。
 日本人の管理者技術者が来た時に無効化されてしまうリスクもあるし、逆に界差の曝露を増やして変異リスクを上げる危険もある。
 そしてもちろん、魔法工が日本の機械を修理することなどできはしない。
 必要なのは故障箇所を特定し、メーカーから部品を調達し、適切に交換することであり、まじないや魔石ではない。
 老人がカウンターの下を漁り、すり切れた煙草の箱を取り出して一本咥えた。こちらの世界の刻み煙草だ。
 それを見て、俺も胸ポケットの煙草を取り出した。一本老人に差し出す。
 老人は日本の煙草を手に取り、紙巻きの表面を指先で撫でた。
「……いい紙じゃな」
 それだけ言って、自分の刻み煙草に火をつけた。日本の煙草は耳の後ろに挟んだ。
 * * *
 店を出た。
 ギンネが言った「裏の魔法工」の工房は、文字通り裏手にあった。
 ギンネの店と同じように、路面に面した天幕張りで、扉すらない。
 中は簡単に覗くことができた。
 薄暗い作業場にまじないの札やら魔石やらが雑多に積まれている。
 タガネやハンマーはあっても、旋盤や溶接機はない。
 油圧回路を理解できるようなとてつもない天才がいて、鋼板から部品を削り出したという可能性は検討しなくてよいだろう。
 ガワだけ活用して魔法道具に改造することならできるかもしれない。
 採掘現場の、ビニールシートが被せられた削孔機を思い出す。
 故障した削孔機。部品も届かず、修理の人員も来ない。
 そこで現地の魔法工に改造を依頼する。
 魔法工への工賃など経費で落ちない。使途を聞かれる。
 だから適当に理由をつけて斡旋屋に伝票を切らせる。
 目くじらを立てる金額でなければ、ほかの支出に紛れ込ませることは難しくない。
 辻褄は合う。
 そうして「パッチワーク」を施した削孔機はどうなる。
 人力よりはマシだが、不安定で稼働率は落ちる。
 落ちればまた魔法工にメンテさせるしかない。悪循環だ。
 機械の稼働率が落ちれば産量は低下する。
 労務の統制を強化してぎりぎり産量を維持して見せても限度はある。
 半年前から始まっていたなら|平仄《ひょうそく》が合う。
 宇田川次長が足しげく採掘サイトに通えていたとも思えない。
 現場のモラルハザードは進行していたのだろう。
「ここでしょ? 裏の魔法工って」
 ハシュラが天幕をのぞき込んでいった。
「いないじゃん。探すなら付き合ってやってもいいけど?」
「いい。十分だ」
「ふうん」
 礼を言おうとして、ポケットを探った。現地通貨の持ち合わせがない。
 朝から歩き回っていたのに、銀貨一枚すら持っていなかった。
 何かないかと鞄の中を漁り、底に転がっていたカロリーメイトの箱を引っ張り出した。
「これをやる」
 ハシュラが目を丸くした。
「え? 何これ。ヤポンの物かい?」
 箱を受け取り、日本語の印刷をまじまじと見つめている。
 裏面の栄養成分表まで眺めている。読めるわけがないが、印字そのものに興味があるようだった。
「食い物だ」
 ハシュラは口笛を吹いた。
「命を助けてもらったのに道案内でこれじゃ、もらい過ぎだ」
「命は助けてない」
「実際助かったんだから同じことだよ、おっさん」
 ハシュラはカロリーメイトを大事そうにパーカーのポケットにしまい込んだ。
 それから、何かを思い出したように、別のポケットをまさぐった。
「あ、そうだ。これさ、あんたなら使い道あるんじゃない?」
 差し出されたのは、小さなメモリカードだった。
 薄汚れたプラスチックの表面に、指紋と砂がこびりついている。
「ムービーか音楽なら売れると思ってスったんだけどさ、ヤポンの文字しか入ってないし、読めねえし。おっさんにやるよ」
「例のものか」
「持ってたヤツも社畜だったし。キギョーヒミツかもよ?」
 盗品をもらってよいものかと一瞬躊躇したが、中身が気になったのも事実だ。
 モノによっては持ち主に届けてもいい。
 レベル3の故買屋に出回るよりはマシだろう。
 手のひらに押し付けられたそれを受け取り、ポケットにしまう。
 その場では確認しなかった。
「道案内、助かった」
 そう伝えると、ハシュラはニッと笑った。
「じゃあな、カトウのおっさん!」
 手を振って、ハシュラは路地の角を曲がり、あっという間に見えなくなった。
 * * *
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 中身はスプレッドシートだった。
 ファイル名は英語で「misc」とだけある。miscellaneous。雑費。
 開くと、日本語で記載された表が現れた。帳簿だ。
 シートをめくると、目に付く表が現れた。
 社名。個人名。日付。金額。そして、「調達先」「調達品目」の列。
 名前の列には、見覚えのある日本人の名前がいくつか並んでいた。
 調達品目の列には、番号のみが記載されている。
 ファイルのプロパティを確認する。作成者の欄には、ヤシマではない別の日本企業の社名が入っていた。
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 調達品目の番号体系に見覚えはないが、表の構造は一般的な購買管理台帳に似ている。
 ただし、品目番号の横に「♀」「♂」の記号と、年齢らしき二桁の数字が並んでいた。
 しばらく画面を見つめた。
 それから、メモリカードを抜いて、内ポケットに入れた。
 帳簿には載らない種類の取引だ。
 載せてはいけない種類の取引だ。
 疫病神だったか、と思った。
 あの少女――ハシュラが中身を理解していたとも思えないが、厄介な代物だった。
 持ち主に返すどころの話ではない。
 日本人がこれを手にしたということ自体が、持ち主にとって最大級のセキュリティ事故だろう。
 もっとも、現時点でそれを知っているのは俺だけだ。
 なら、今すぐ表沙汰にする必要はない。
 このメモリの件はしばらく棚上げでいい。
 いま追うべきは、ミスリル減産の原因の方だ。
 溜息とともにデスクチェアに背を預けた。