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ー/ー



 ーーそれは例えるなら、一種の伝統行事のようなものだった。


「見ろよ、あれっ! 番長だっ」
「あ、本当だっ」
「みんなー、道を開けろ……っ」
「狼番長のお通りだぁ!」


 とある男子校の廊下にて。その姿を一目見るなり、そこに居合わせた生徒たちはこぞって道を開け、狼番長こと西牧狼也(にしまきろうや)を羨望の眼差しで見つめる。
 今日もだ。見慣れた光景に、僕はふぅ、と小さく息を吐き出した。
 今日も狼也くんは、そんな感じで大勢の生徒たちに道を譲られていた。人でごった返しているはずの購買前の廊下は、彼が通る時だけはきちんと道ができる。狼也くんはいつものように、淡々とそこを通って屋上へと行く。
 僕も数歩離れてあとを追った。
 狼也くんが狼番長と呼ばれるようになったのは、高校に上がって一ヶ月が過ぎた頃だった。
 校舎裏で上級生に因縁をつけられ、カツアゲにあったのだ。だけど狼也くんは、小さい頃から空手を習っていたから強い。三人の上級生をあっという間にのしてしまった。それをたまたま目撃していた僕。僕の他にも何人か、同級生の子がその現場にたまたま居合わせた。それが、この行事の始まりできっかけ。
 狼也くんは、もともととても美人だ。さらさらした黒髪、色白の肌、二重だけど凛々しい目、ふっくらピンク色の唇。
 体の線も細くて一見美少女のようだ。だけどあまり笑わないし、人と騒がない。うるさいの苦手らしくて。少し目付きがきついのもあり、近寄りづらいオーラが出ているらしい。僕は小学生から彼と一緒の学校だったし家も近所だったから、そういうの気にならないけれど。
 上級生をのしたことは気付けば学校中に広まっていて、一匹狼の狼と、喧嘩が強いということから連想された番長というのをかけ合わせていつの間にか『狼番長』なんて呼ばれるようになっていた。
 本当にびっくりだ。当の狼也くんは、そんなの気にしてないみたいだけど、僕はちょっと呆れてしまっていた。


 ーーだってわかってない。あまりにもみんな彼のことを、わかってないんだもん。


 僕は購買でパンを買って、屋上に向かった彼を追った。重いドアを開けると、外は快晴。よく晴れていて風もなく、ぽかぽかと気持ちがよかった。
 今は春だ。
 いつもの場所で狼也くんは寝転がって空を見ていた。
 僕は隣にちょこんと腰を下ろし、空を見上げる。たくさん浮かぶ雲を。


「今日の雲は何に見える?」


 僕は隣に寝転ぶ狼也くんに尋ねる。


「うーん……えびふらい」


 まったりした声。
 狼也くんは、雲の形から食べ物を連想するのが好きだったりする。可愛い。
 六つくらいある雲のうちの一つが確かに細長い形をしてて、端が少し尖ってて、『エビフライ』に見えなくもない、かなぁ。
 僕は笑った。


「ほら、お昼食べようよ」
「……うん」


 狼也くんはお弁当。中身はちょっと凝ってて、遠足の時のお弁当みたいに可愛い。彼の母はキャラ弁とか作るのが得意らしい。狼也くんは、高校生でキャラ弁なんて恥ずかしいからやめろと、普通のお弁当を要求してるらしいけど、それでもやっぱり少し可愛い。


「あ、エビフライだ」
「本当だ」


 狼也くんは相変わらずあまり表情の変わらない顔と声で、箸で摘まんだエビフライを顔の辺りまで持ち上げる。
 確かに表情とか声は変わってないけれど、明らかに目に光が宿った。
 雲で連想して、食べたくなっちゃってたんだね。


「美味しそうだね」
「うん、美味いよ」


 もぐもぐと、エビフライを頬張る狼也くん。
 みんな、彼のこういう一面知らないでしょ?
 僕は一人、心の中でも優越感に浸る。
 何が狼番長だ。みんなわかってないんだから。雲の形で食べ物を連想したり、可愛いお弁当を恥ずかしがったり、エビフライで喜んだり。
 そんな狼也くんのこと、知らないでしょう? 屋上をちょっと覗けばわかるのに。たくさん話しかければわかるのに。


「一口、食う?」
「うん、ちょーだい」


 僕は彼が一口かじったエビフライにがぶりとかじりつく。
 美味しい。可愛いお弁当が得意なおばさんは、もちろん料理も上手だ。
 ふいに思った疑問を僕は口にしてみた。


「あのさ、狼也くんはさ……。みんなに狼番長なんて呼ばれて道を空けられたり、遠巻きに見つめられるの、嫌じゃないの?」
「……ん?」


 お弁当を食べていた手が、ふいに止まる。


「んー、別にー。わりとどうだっていいよ」


 間延びした返事。
 興味、ないんだなぁ本当に。
 僕は笑った。少しだけ安堵しているのは秘密。
 みんな、彼を遠巻きに見ていればいいよ。美人でクールで、一匹狼な西牧狼也は、彼のほんの一面だけど、それだけ眺めて満足していたらいい。
 雲から食べ物を連想したり、可愛いお弁当を恥ずかしがったり。そういう狼也くんを知ってるのは、僕だけだから。


 ーー彼の隣は僕だけの場所。




おわり


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 ーーそれは例えるなら、一種の伝統行事のようなものだった。
「見ろよ、あれっ! 番長だっ」
「あ、本当だっ」
「みんなー、道を開けろ……っ」
「狼番長のお通りだぁ!」
 とある男子校の廊下にて。その姿を一目見るなり、そこに居合わせた生徒たちはこぞって道を開け、狼番長こと西牧狼也(にしまきろうや)を羨望の眼差しで見つめる。
 今日もだ。見慣れた光景に、僕はふぅ、と小さく息を吐き出した。
 今日も狼也くんは、そんな感じで大勢の生徒たちに道を譲られていた。人でごった返しているはずの購買前の廊下は、彼が通る時だけはきちんと道ができる。狼也くんはいつものように、淡々とそこを通って屋上へと行く。
 僕も数歩離れてあとを追った。
 狼也くんが狼番長と呼ばれるようになったのは、高校に上がって一ヶ月が過ぎた頃だった。
 校舎裏で上級生に因縁をつけられ、カツアゲにあったのだ。だけど狼也くんは、小さい頃から空手を習っていたから強い。三人の上級生をあっという間にのしてしまった。それをたまたま目撃していた僕。僕の他にも何人か、同級生の子がその現場にたまたま居合わせた。それが、この行事の始まりできっかけ。
 狼也くんは、もともととても美人だ。さらさらした黒髪、色白の肌、二重だけど凛々しい目、ふっくらピンク色の唇。
 体の線も細くて一見美少女のようだ。だけどあまり笑わないし、人と騒がない。うるさいの苦手らしくて。少し目付きがきついのもあり、近寄りづらいオーラが出ているらしい。僕は小学生から彼と一緒の学校だったし家も近所だったから、そういうの気にならないけれど。
 上級生をのしたことは気付けば学校中に広まっていて、一匹狼の狼と、喧嘩が強いということから連想された番長というのをかけ合わせていつの間にか『狼番長』なんて呼ばれるようになっていた。
 本当にびっくりだ。当の狼也くんは、そんなの気にしてないみたいだけど、僕はちょっと呆れてしまっていた。
 ーーだってわかってない。あまりにもみんな彼のことを、わかってないんだもん。
 僕は購買でパンを買って、屋上に向かった彼を追った。重いドアを開けると、外は快晴。よく晴れていて風もなく、ぽかぽかと気持ちがよかった。
 今は春だ。
 いつもの場所で狼也くんは寝転がって空を見ていた。
 僕は隣にちょこんと腰を下ろし、空を見上げる。たくさん浮かぶ雲を。
「今日の雲は何に見える?」
 僕は隣に寝転ぶ狼也くんに尋ねる。
「うーん……えびふらい」
 まったりした声。
 狼也くんは、雲の形から食べ物を連想するのが好きだったりする。可愛い。
 六つくらいある雲のうちの一つが確かに細長い形をしてて、端が少し尖ってて、『エビフライ』に見えなくもない、かなぁ。
 僕は笑った。
「ほら、お昼食べようよ」
「……うん」
 狼也くんはお弁当。中身はちょっと凝ってて、遠足の時のお弁当みたいに可愛い。彼の母はキャラ弁とか作るのが得意らしい。狼也くんは、高校生でキャラ弁なんて恥ずかしいからやめろと、普通のお弁当を要求してるらしいけど、それでもやっぱり少し可愛い。
「あ、エビフライだ」
「本当だ」
 狼也くんは相変わらずあまり表情の変わらない顔と声で、箸で摘まんだエビフライを顔の辺りまで持ち上げる。
 確かに表情とか声は変わってないけれど、明らかに目に光が宿った。
 雲で連想して、食べたくなっちゃってたんだね。
「美味しそうだね」
「うん、美味いよ」
 もぐもぐと、エビフライを頬張る狼也くん。
 みんな、彼のこういう一面知らないでしょ?
 僕は一人、心の中でも優越感に浸る。
 何が狼番長だ。みんなわかってないんだから。雲の形で食べ物を連想したり、可愛いお弁当を恥ずかしがったり、エビフライで喜んだり。
 そんな狼也くんのこと、知らないでしょう? 屋上をちょっと覗けばわかるのに。たくさん話しかければわかるのに。
「一口、食う?」
「うん、ちょーだい」
 僕は彼が一口かじったエビフライにがぶりとかじりつく。
 美味しい。可愛いお弁当が得意なおばさんは、もちろん料理も上手だ。
 ふいに思った疑問を僕は口にしてみた。
「あのさ、狼也くんはさ……。みんなに狼番長なんて呼ばれて道を空けられたり、遠巻きに見つめられるの、嫌じゃないの?」
「……ん?」
 お弁当を食べていた手が、ふいに止まる。
「んー、別にー。わりとどうだっていいよ」
 間延びした返事。
 興味、ないんだなぁ本当に。
 僕は笑った。少しだけ安堵しているのは秘密。
 みんな、彼を遠巻きに見ていればいいよ。美人でクールで、一匹狼な西牧狼也は、彼のほんの一面だけど、それだけ眺めて満足していたらいい。
 雲から食べ物を連想したり、可愛いお弁当を恥ずかしがったり。そういう狼也くんを知ってるのは、僕だけだから。
 ーー彼の隣は僕だけの場所。
おわり