第6話:異世界のブロードバンド

ー/ー



 巨大樹の上から、地上へと拠点が移って三日が経った。
 この三日間、俺が何をしていたかと言えば、ただひたすらにスマホの画面とにらめっこをしていた。

「……つながる。本当につながるぞ、たま!」

 リビングのソファで、俺は震える手でスマホを掲げた。
 巨大樹の上にいた半年間、ネット環境は最悪だった。あの日、転移の瞬間に読み込んでいた動画の「続き」が、神界の細い糸のような回線を伝って、数日に数秒分だけ更新されるという、石器時代のような通信速度だったのだ。

 それがどうだ。この城壁の見える森の中に移設されてからというもの、アンテナの表示は常に「フル」だ。

「動画が……止まらない。高画質(FHD)で見られるなんて、いつ以来だ?」

 俺はむせび泣きながら、かつてのお気に入りチャンネルの動画を次々と再生した。

 ふと、疑問が湧く。なぜこの異世界で日本のサーバーにアクセスできているのか。
 だが、そんなことはどうでもいい。電気だってガスだって、理屈はわからんが使えるのだ。ネットだけ特別扱いして悩むのは、無料Wi-Fiを見つけて暗号化方式を心配するような野暮な真似だ。

「よし、次は『検証』だ」

 俺はブラウザを立ち上げ、ブックマークの最上段にあるサイトを開いた。
 ――【ルミナショッピング】。

 あの日、女神ルミナが俺のスマホに追加していった、唯一この世界で使える通販サイトだ。
 
「……いける! カートに入れられるぞ!」

 俺は画面をスクロールした。
 そこには、俺がかつて住んでいた世界の、ありふれた日用品が並んでいた。

 ・冷凍うどん(5食パック) :300L(ルミナ)
 ・コーラ(1.5L)      :150L
・ちくわ(3本入り)    :100L

「通貨単位が『L』なのは気になるが……ポイントなら半年分貯まってるからな」

 ルミナによれば、このポイントは俺が「生存し続けること」で付与されるらしい。ニートにとっては夢のようなシステムだ。
 俺は震える指で「ちくわ」をポチった。

「ナァ?」

 足元でたまが、不思議そうに俺を見上げている。

「たま、見てろよ。これで本当に届いたら、俺たちの生活は完全無欠の『聖域』になる。もう一歩も外に出なくていいんだ」

「ナァ(最初から出る気なかったくせに)」

「いいだろう?そうだよな、俺もそう思う!」

 俺は勝手に納得した。たまは呆れたように尻尾を揺らした。

 注文確定ボタンを押すと、画面に『最短5秒でお届け!』という、日本の大手通販サイトも真っ青のありえない爆速メッセージが表示された。

「……5秒? 玄関のドアも開けてないのに、どうやって……」

 俺がリビングの時計に目をやった、その時だった。

 ピンポーン。

 静かなリビングに、聞き慣れたインターホンの音が鳴り響いた。
 俺は心臓が跳ね上がるのを感じながら、玄関へと駆け出した。

 玄関の前に立つと、俺は一度深呼吸した。
(落ち着け……これはただの通販だ。異世界だろうが何だろうが、宅配は宅配だ……!)

 震える手でドアノブを回す。
 ギィ……。

 そこには――

「……ちくわだ」

 玄関マットの上に、見慣れたビニール包装の“ちくわ(3本入り)”が、ぽつんと置かれていた。

 配送員の姿はない。
 足跡もない。
 気配すらない。

 ただ、商品だけが“当然のように”届けられていた。

「……すげぇ。これ、もう日本より便利じゃないか?」

 俺はちくわを抱きしめ、震えた。

「ナァ(震えるほど嬉しいの…?)」

「だよな! 俺もそう思う!」

 たまは「いや、そうじゃない」と言いたげに耳を倒した。

「……そういえば、たま。この“ルミナショッピング”って、どうやって届いてるんだ?」

「ナァ(知らない方が幸せよ)」

「うん!深く考えるのはよくないよな!」

 俺は玄関の外を覗いた。
 そこは森の中。獣道のような細い道が続いているだけで、宅配トラックどころか、車輪の跡すらない。

「……どう考えても、物理的に無理だろ」

「ナァ(だから言ったでしょ)」

「そうだよな! たまは物知りだな!」

 たまは「違う」と言いたげに尻尾を叩きつけた。


――その日の夜。

 カズヤがちくわを抱きしめたままソファで寝落ちした頃、わずかに開いた窓から外に出るたま。

 月明かりの差し込む窓辺に、黒い影がひらりと降り立つ。

(まったく。あの男、何も気づいてないわね)

 人化したたまは森の闇へと消えてゆく。
 足音は一切ない。草を踏む気配すら残さない。

 森の奥は、昼とは別の顔を見せていた。
 魔力に濁った空気が揺れ、獣の唸り声が遠くで響く。

(さて……狩りの時間ね。今夜も“ポイント”とかいうものを稼がないと)

 たまの瞳が、月光を反射して細く光った。



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 巨大樹の上から、地上へと拠点が移って三日が経った。
 この三日間、俺が何をしていたかと言えば、ただひたすらにスマホの画面とにらめっこをしていた。
「……つながる。本当につながるぞ、たま!」
 リビングのソファで、俺は震える手でスマホを掲げた。
 巨大樹の上にいた半年間、ネット環境は最悪だった。あの日、転移の瞬間に読み込んでいた動画の「続き」が、神界の細い糸のような回線を伝って、数日に数秒分だけ更新されるという、石器時代のような通信速度だったのだ。
 それがどうだ。この城壁の見える森の中に移設されてからというもの、アンテナの表示は常に「フル」だ。
「動画が……止まらない。高画質(FHD)で見られるなんて、いつ以来だ?」
 俺はむせび泣きながら、かつてのお気に入りチャンネルの動画を次々と再生した。
 ふと、疑問が湧く。なぜこの異世界で日本のサーバーにアクセスできているのか。
 だが、そんなことはどうでもいい。電気だってガスだって、理屈はわからんが使えるのだ。ネットだけ特別扱いして悩むのは、無料Wi-Fiを見つけて暗号化方式を心配するような野暮な真似だ。
「よし、次は『検証』だ」
 俺はブラウザを立ち上げ、ブックマークの最上段にあるサイトを開いた。
 ――【ルミナショッピング】。
 あの日、女神ルミナが俺のスマホに追加していった、唯一この世界で使える通販サイトだ。
「……いける! カートに入れられるぞ!」
 俺は画面をスクロールした。
 そこには、俺がかつて住んでいた世界の、ありふれた日用品が並んでいた。
 ・冷凍うどん(5食パック) :300L(ルミナ)
 ・コーラ(1.5L)      :150L
・ちくわ(3本入り)    :100L
「通貨単位が『L』なのは気になるが……ポイントなら半年分貯まってるからな」
 ルミナによれば、このポイントは俺が「生存し続けること」で付与されるらしい。ニートにとっては夢のようなシステムだ。
 俺は震える指で「ちくわ」をポチった。
「ナァ?」
 足元でたまが、不思議そうに俺を見上げている。
「たま、見てろよ。これで本当に届いたら、俺たちの生活は完全無欠の『聖域』になる。もう一歩も外に出なくていいんだ」
「ナァ(最初から出る気なかったくせに)」
「いいだろう?そうだよな、俺もそう思う!」
 俺は勝手に納得した。たまは呆れたように尻尾を揺らした。
 注文確定ボタンを押すと、画面に『最短5秒でお届け!』という、日本の大手通販サイトも真っ青のありえない爆速メッセージが表示された。
「……5秒? 玄関のドアも開けてないのに、どうやって……」
 俺がリビングの時計に目をやった、その時だった。
 ピンポーン。
 静かなリビングに、聞き慣れたインターホンの音が鳴り響いた。
 俺は心臓が跳ね上がるのを感じながら、玄関へと駆け出した。
 玄関の前に立つと、俺は一度深呼吸した。
(落ち着け……これはただの通販だ。異世界だろうが何だろうが、宅配は宅配だ……!)
 震える手でドアノブを回す。
 ギィ……。
 そこには――
「……ちくわだ」
 玄関マットの上に、見慣れたビニール包装の“ちくわ(3本入り)”が、ぽつんと置かれていた。
 配送員の姿はない。
 足跡もない。
 気配すらない。
 ただ、商品だけが“当然のように”届けられていた。
「……すげぇ。これ、もう日本より便利じゃないか?」
 俺はちくわを抱きしめ、震えた。
「ナァ(震えるほど嬉しいの…?)」
「だよな! 俺もそう思う!」
 たまは「いや、そうじゃない」と言いたげに耳を倒した。
「……そういえば、たま。この“ルミナショッピング”って、どうやって届いてるんだ?」
「ナァ(知らない方が幸せよ)」
「うん!深く考えるのはよくないよな!」
 俺は玄関の外を覗いた。
 そこは森の中。獣道のような細い道が続いているだけで、宅配トラックどころか、車輪の跡すらない。
「……どう考えても、物理的に無理だろ」
「ナァ(だから言ったでしょ)」
「そうだよな! たまは物知りだな!」
 たまは「違う」と言いたげに尻尾を叩きつけた。
――その日の夜。
 カズヤがちくわを抱きしめたままソファで寝落ちした頃、わずかに開いた窓から外に出るたま。
 月明かりの差し込む窓辺に、黒い影がひらりと降り立つ。
(まったく。あの男、何も気づいてないわね)
 人化したたまは森の闇へと消えてゆく。
 足音は一切ない。草を踏む気配すら残さない。
 森の奥は、昼とは別の顔を見せていた。
 魔力に濁った空気が揺れ、獣の唸り声が遠くで響く。
(さて……狩りの時間ね。今夜も“ポイント”とかいうものを稼がないと)
 たまの瞳が、月光を反射して細く光った。