表示設定
表示設定
目次 目次




第5話:【たまの記憶】始まりの日、神を脅す

ー/ー



 眩い光が収まったとき、私は見知らぬ白い空間に立っていた。
 視界が高い。四本の脚ではなく、しなやかな二本の脚で立っている。
 これが、この世界のシステムが私に与えた「救世主」としての受肉。漆黒の髪を持つ少女の姿だった。

(あのアホな子供を助けて死んだはずの私が、なぜ。)

 目の前で、羽を生やした女が真っ青な顔で震えている。

「あ、ありえない……召喚事故よ、これ!なんで『勇者』と一緒に、ボロ家と一般人がセットで付いてきちゃうのよぉ!」

(……こいつが神?笑わせないで。あいつに比べれば、ただの透き通ったゴミみたいな存在ね)

 私は、空間の裂け目から見える「我が家」のリビングを見つめた。
 そこには、気を失って倒れているカズヤがいる。
 
「……あの男をどうするつもり?」

 私の声は、私自身が驚くほど冷たく、鋭い響きを持っていた。
 女神――ルミナは、ビクッと肩を揺らして私を見た。

「えっ……あ、はい! 本来、救世主である『ターメイン』様――あなただけがいれば十分なのです。付随してしまった彼とあの家は、この世界の異物。速やかに処分して、彼はどこか……」

「あいつを一人にしようというの?」

 私は一歩、女神へ踏み出した。
 「救世主」として与えられたこの体には、戦うための力が宿っているのがわかる。
 だが、そんなものはどうでもいい。

「いいから聞きなさい、ポンコツ」

 私はルミナの首筋に指を添えた。逃がさない。

「あいつを、あの家から出すな。あいつが愛したリビング、あいつが愛した日常。それをすべて揃えた状態で、あいつを守りなさい」

「む、無茶よ!あんな巨大な質量をこの世界で維持し続けるなんて、どれだけの神力がかかると……! 私の給料……じゃなくて、神界の予算が溶けちゃうわ!」

「……じゃぁ、足りないぶんは、私が稼いできてあげるわよ」

 ルミナが目を丸くした。

「稼ぐ……? あなたが?」

「あんたの仕事は、あいつを魔王だか何だかにぶつけることでしょう? いいわ、その救世主ターメインの役、私が引き受けてあげる。外に出て、魔獣を狩り、実績を積み、あんたに神力を献上してあげるわ。……その代わり」

 私は女神の顔を覗き込み、極上の笑みを浮かべた。

「あいつが誰にも邪魔されず、一生あの家でダラダラ過ごせるように調整しなさい。……いいわね? 家は、人間も魔物も来られないほど高い場所に置きなさい。……全部、私の『労働』で払ってあげる」

 ルミナは呆然としていたが、やがて損得勘定を始めたのか、瞳に光が戻った。

「……つまり。あなたは私に協力して魔王軍を討伐する。私はその見返りに、イレギュラーである彼を『聖域(あの家)』で養う……。ギブ・アンド・テイクってことね?」

「話が早くて助かるわ。……あいつを『勇者』にしようなんて、二度と考えないことよ。あいつはただの、私の飼い主なんだから」

 ルミナは涙目で激しく首を縦に振った。

 こうして、世界一高い場所にある“快適な檻”が完成した。
 巨大樹のてっぺん。女神が泣きながら神力を注ぎ、異世界の理から切り離した「聖域」。

(……魔王を倒す? そんなの、知ったことじゃないわ)

 私の王は、あのソファでコーラを飲んでいる男だけだ。
 あいつの平和を脅かすものを私が裏で全部噛み殺して回るだけ。

 光に包まれてリビングへ戻る直前、私は再び“黒猫たま”の姿に戻った。
 二本の脚よりも、こっちの方が、あいつに撫でられやすいから。

 リビングの床に着地した瞬間、窓の外には果てしない雲海が広がっていた。

「……たま。いるか? 変な夢見てさ――」

 目を覚ましたカズヤが、寝ぼけた声で私を呼ぶ。
 私は当たり前のようにその膝に飛び乗り、満足げに喉を鳴らした。

(ただいま。安心しなさい。あんたのニート生活は、私が一生保障してあげるわ)

 あいつが何も知らずに昼寝をしている間、私は窓から忍び出て、この世界を「掃除」しに行こう。
 あいつの隣に、ずっと居座るために。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第6話:異世界のブロードバンド


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 眩い光が収まったとき、私は見知らぬ白い空間に立っていた。
 視界が高い。四本の脚ではなく、しなやかな二本の脚で立っている。
 これが、この世界のシステムが私に与えた「救世主」としての受肉。漆黒の髪を持つ少女の姿だった。
(あのアホな子供を助けて死んだはずの私が、なぜ。)
 目の前で、羽を生やした女が真っ青な顔で震えている。
「あ、ありえない……召喚事故よ、これ!なんで『勇者』と一緒に、ボロ家と一般人がセットで付いてきちゃうのよぉ!」
(……こいつが神?笑わせないで。あいつに比べれば、ただの透き通ったゴミみたいな存在ね)
 私は、空間の裂け目から見える「我が家」のリビングを見つめた。
 そこには、気を失って倒れているカズヤがいる。
「……あの男をどうするつもり?」
 私の声は、私自身が驚くほど冷たく、鋭い響きを持っていた。
 女神――ルミナは、ビクッと肩を揺らして私を見た。
「えっ……あ、はい! 本来、救世主である『ターメイン』様――あなただけがいれば十分なのです。付随してしまった彼とあの家は、この世界の異物。速やかに処分して、彼はどこか……」
「あいつを一人にしようというの?」
 私は一歩、女神へ踏み出した。
 「救世主」として与えられたこの体には、戦うための力が宿っているのがわかる。
 だが、そんなものはどうでもいい。
「いいから聞きなさい、ポンコツ」
 私はルミナの首筋に指を添えた。逃がさない。
「あいつを、あの家から出すな。あいつが愛したリビング、あいつが愛した日常。それをすべて揃えた状態で、あいつを守りなさい」
「む、無茶よ!あんな巨大な質量をこの世界で維持し続けるなんて、どれだけの神力がかかると……! 私の給料……じゃなくて、神界の予算が溶けちゃうわ!」
「……じゃぁ、足りないぶんは、私が稼いできてあげるわよ」
 ルミナが目を丸くした。
「稼ぐ……? あなたが?」
「あんたの仕事は、あいつを魔王だか何だかにぶつけることでしょう? いいわ、その救世主ターメインの役、私が引き受けてあげる。外に出て、魔獣を狩り、実績を積み、あんたに神力を献上してあげるわ。……その代わり」
 私は女神の顔を覗き込み、極上の笑みを浮かべた。
「あいつが誰にも邪魔されず、一生あの家でダラダラ過ごせるように調整しなさい。……いいわね? 家は、人間も魔物も来られないほど高い場所に置きなさい。……全部、私の『労働』で払ってあげる」
 ルミナは呆然としていたが、やがて損得勘定を始めたのか、瞳に光が戻った。
「……つまり。あなたは私に協力して魔王軍を討伐する。私はその見返りに、イレギュラーである彼を『聖域(あの家)』で養う……。ギブ・アンド・テイクってことね?」
「話が早くて助かるわ。……あいつを『勇者』にしようなんて、二度と考えないことよ。あいつはただの、私の飼い主なんだから」
 ルミナは涙目で激しく首を縦に振った。
 こうして、世界一高い場所にある“快適な檻”が完成した。
 巨大樹のてっぺん。女神が泣きながら神力を注ぎ、異世界の理から切り離した「聖域」。
(……魔王を倒す? そんなの、知ったことじゃないわ)
 私の王は、あのソファでコーラを飲んでいる男だけだ。
 あいつの平和を脅かすものを私が裏で全部噛み殺して回るだけ。
 光に包まれてリビングへ戻る直前、私は再び“黒猫たま”の姿に戻った。
 二本の脚よりも、こっちの方が、あいつに撫でられやすいから。
 リビングの床に着地した瞬間、窓の外には果てしない雲海が広がっていた。
「……たま。いるか? 変な夢見てさ――」
 目を覚ましたカズヤが、寝ぼけた声で私を呼ぶ。
 私は当たり前のようにその膝に飛び乗り、満足げに喉を鳴らした。
(ただいま。安心しなさい。あんたのニート生活は、私が一生保障してあげるわ)
 あいつが何も知らずに昼寝をしている間、私は窓から忍び出て、この世界を「掃除」しに行こう。
 あいつの隣に、ずっと居座るために。