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ー/ー「…………ぴゃっ!?」
その日の講義が終わり、ようやく一息ついた平日の夕方。俺はスマホを開いて、ついつい奇声を発してしまった。
二十歳の男子大学生がなんつー声を、と後悔し、慌てて辺りを見まわす。いや、びっくりしすぎてつい。ちょうど俺の周辺の席の学生たちは、みんな講堂を出ていったあとだったからもーまんたいだった。
良かった! 心の底から良かった!
気を取り直してスマホの画面へと、そこに表示されているラインメッセージへと目を戻した。
それは紛れもない、俺の彼女から。彼女からのラインは普通に嬉しいんだけどね。問題なのはメッセージの内容だった。
「よ、読めねええええっ」
もう日本語じゃなかった。記号を使ったただの羅列がずらりと。暗号かっていう。
彼女曰く、これは『ギャル文字』というものらしい。
そう、俺の彼女、ミサキは元ギャルだった。一時期流行ったガングロ系の。ニッサロとかで肌を真っ黒に焼いて、目のまわりを白く塗ったりとかもする、ちょっと……いや、かなり独特なメイクが特徴の、あのギャルだ。
一方、俺はといえば内気でおとなしい草食男子。って自分で言っちゃうのもちょっとあれだけど。女の子とはあんまり縁のない学生生活を送ってきた。女の子と付き合ったことはあったんだよ。なかなか自分からは積極的になれない奥手だったからあんまり進展はなかったけど。
そんな俺からすれば、ギャルっていうのはもっとも縁がないのはずの人種だったし、ぶっちゃけ苦手で嫌いなタイプでもあった。
ガングロとか。……正直怖い。
そんな俺が、なんでミサキと付き合ってるのか。それは至極単純で、彼女の方から俺に告ってきたからだ。
あれは半年ほど前の、日曜日。俺は音ゲー仲間とゲーセンにいた。
そこで、本当にいきなり。
「ああああ! おにーさんちょおおおタイプなんだけどっ! そーしょくけーって顔だしぃ! ねっねっねっ! カノジョは!? カノジョいんのおっ!?」
「びゃっ!?」
何事かって感じだった。だって、そんなテンションでいきなり駆け寄ってきて彼女は、豹柄のタンクトップにデニムのショーパン、全身真っ黒く焼けてて、明らかに痛みきったくすんだ金髪頭にヤマンバみたいなメイクだったし。
もう、言ってることの意味が……いや意味はわかるけど。
唖然と固まる俺。
「あひゃー、びゃ!? とかなんだしウケるぅ!」
「え、あ、いや……」
「カノジョはああっ?」
「い、い、いませんけど……」
なんで俺も、律儀に答えちゃうんだか。
俺は完全に引いていた。もう全身から拒絶反応が……。
そんな俺とは逆に、彼女は……。
「うおおおお、なんか可愛いいいい!」
「ええええどこが……っ!?」
「だって『どーてい』とかっ!」
いやそんなこと一言も言ってない。
「……童貞だったんだな、おまえ」
「あ、いや……」
「あ、じゃあ、俺ら、ちょっとあっちでメダルゲームしてくるわ。ごゆるり」
音ゲー仲間は三人とも、その場を離れて去っていく。
っておい待てよ、おまえらメダルゲームとかしたことないだろ。いつも音ゲーかたまにシューティングゲームくらいでっ。
面倒ごとに巻き込まれないように逃げやがったなー俺を見捨ててっ。
だけど追いかける前に、再びギャルの攻撃。
「やああああっぱりい! 経験ないの可愛いいいい! じゃあ、ミサと付き合おっ」
「……んお!?」
もう意味がわからない。何この展開。ミサって名前か。ヤマンバギャルのテンションに、ただただ圧倒されていた。
「んおってそれゴリラー!」
ついでにツッコミの意味もわからない。
日本語で……日本語でおけい?
「とりま、行くよぉっ」
俺の腕に、ヤマンバの腕が絡みついてくる。どぎつい香水の匂いに顔をしかめると、変な顔ウケるぅと爆笑された。
いや本当に笑うツボもわからないし、ヤマンバよりまともな顔しとるわ! と、気の弱い俺は心の内だけで突っ込む。
そのまま拒否る間もなくゲーセンを連れ出された。
「そういえば、どーていさん名前はあ!?」
クレープを食べて、ミョウチクリンなものが売ってる雑貨屋(ヤマンバ曰くギャンカワなモノがいっぱい売ってるらしい)をぶらぶらして、一時間ほど街をさ迷って、ようやく名前を尋ねられた。
そういえば名乗ってない。名乗ってもらってもないけど。
「野村(のむら)……です」
主に精神疲労でくたくたな俺は、力なく答える。
「ちがーう名前のほうっ!」
なんでこんな、テンション高いんだ……。ヤマンバだから?
「リュウヤ……」
「やあだあああ可愛くなああいっ、『りゅっちゃん』にしよーっ」
「もう、好きに……」
突っ込む気力もない。
「あーい!」
俺はりゅっちゃんになった。
そのあとも、なんだか連れまわされた。ああ、俺の休日が……。
拒否ればいい話なんだけど、俺が何か言おうとするたびに彼女の弾丸トークが邪魔をする。一言返せば十倍くらいの言葉が返ってくるし、もうこっそり逃げてやろうともしたけれど、次の瞬間には隣で腕を掴まれてるし。
……早々に根負けした。
結局日が暮れるまで付き合わされた。
「うっわーもうこんな時間! りゅっちゃん、そろそろ帰るぅ?」
「か、かか、帰りまひょう!」
俺は、ここぞとばかりに全力で頷く。力を入れすぎて噛んだけど、そこを気にしてる場合じゃない。
「んーでもぉその前にー……バイバイのチュゥはー?」
「…………は?」
びっくりしすぎてすごく低い声が出た。
対象的に彼女は、相変わらずのきゃぴきゃぴとした声で、
「だぁかぁらぁ、チュゥ! ミサたち付き合ってるっしょ!?」
俺は再び言葉もなく唖然。何言ってんのこの子、こんな公然のド真ん中で。そもそも付き合ってないし。
「ほぉら、照れてないでっ! ミサからしちゃうよぉっ」
蒼白になる俺に、ヤマンバギャルは照れてると思ったらしい。いやいやいやいや、引いてんだよ。
「んんー」
両腕をがっと掴まれ、目を閉じた彼女の顔が迫ってくる。そこそこ慣れたはずの香水の匂いもきつくなって、俺はもう限界だった。
「やめろよ……!」
反射的に、もう何年もこんな声出してなかったんじゃないの、ってくらいの大声をあげていた。
同時に彼女の肩を、ばん、と突き返す。
今度はヤマンバギャルが、白く縁取られた目をいっぱいに見開いて固まっていた。
「付き合ってるわけないだろっ! お、俺は君みたいな子好きじゃないっ。テンション高くてうるさくて、平気で腕とか触ってくるし! 人の話聞かないし、勝手につれ回すしっ。そもそも、ギャルが嫌いなんだ! そんなヤマンバみたいな格好、恥ずかしくないのか!? もうそばにくるな、俺はき、君が嫌いだっ」
……イライラしてたのもある。音ゲー仲間には逃げられるし、やりたかったゲームできないし。彼女の見た目もやかましいテンションもきつい香水の匂いも、生理的に合わなすぎて一緒にいることじたいが苦痛だった。
だからつい。普段は絶対言わないような酷い言葉を口にしていた。
すぐにはっとして、彼女を見る。彼女は呆然と突っ立ったままだった。
濃すぎるメイクからは、表情は読み取れない。
俺は焦った。いくら外見がヤマンバみたいなギャルだからって、一応女の子なのに。一時の感情に任せて、言いすぎでは!?
「もぉ、いいっ」
「……え?」
「ムカ着火ファイヤアアアア」
「お……っ!?」
なんだその、魔女っ子アニメの必殺技みたいなのおおおお!
ヤマンバが踵を返し、走り去っていくのを、俺は黙って見送るしかなかった。
ちなみにあとで調べたら、ムカ着火ファイヤアアアアはとにかく怒ってる時に使うギャル語らしい。つまり彼女は怒っていたのだ。
普通に考えて、俺が言ったの正論だよな? あっちが非常識だった。なのに、やっぱりギャルとはいえ女の子に酷い言葉を言って怒らせてしまったことには、少なからず罪悪感を抱いてしまっていた。怒りがおさまると、なおさらそっちの感情が強くなる。
もし会ったら嫌だなーという気持ちから、俺はあのゲーセンとその周辺を避けて遊ぶようになった。
そして無事、そのギャルの子に会うこともなく平和に一ヶ月が過ぎた頃。
久しぶりに例のゲーセンに行こうと、友人たちに誘われた。
しぶる俺にそのうちの一人がたたみかけてくる。
「もういないって、この前の子。あれただの逆ナンだろ? 他に遊ぶ子見つけてるよ。おまえのことなんて、もう眼中にないって」
「……だよなー」
それもそうだな、と思う。彼女を気にしすぎる自分が、ちょっと自意識過剰に思えて俺は苦笑した。
その日は久々に、馴染みのゲーセンで音ゲー三昧だった。大通りから外れた場所にある小さなゲーセンだから、小さいし人もいない。このこじんまりとした感じが好きなのだ。
音ゲーを始めて二時間ほどたった頃。
それは不意討ちだった。
「りゅ、りゅっちゃんっ」
ぎくりと、反射的に跳ねあがる俺の体。
その声は、つかその呼び方は。真っ先にあのヤマンバの姿が脳裏に蘇り、躊躇する頭を無理矢理回転させて、俺は後方を振り返った。
「……んあ!?」
だけど予想に反し、そこに立っていたのはあの子とは別人だった。
黒髪に薄化粧。パーカーに青いジーンズ。なんてことのない、普通の格好をした女の子だった。
「あれ……?」
人違い? というか、呼ばれた気がしたのも俺の勘違い?
その女の子と目が合ってしまい、慌てて会釈しゲームの方に向き直ろうとした時。
「りゅっちゃんてばあっ! ……シカト、や、やめておくんなましっ」
おくんなましってなんだ。あまりにも不自然な語尾に、再び振り返る。
ようやく悟った。
「もしかして、この前のヤマンバ……」
「ヤマンバって言うなぁっ」
このテンションと声。間違いない。面影がないけど、あの子だ。
元ヤマンバで今は普通の外見のその子は、はっとしたように口を塞ぐ。
何も言わず、じーっと俺の顔を見上げてきた。
ついしげしげと、俺もその子を見つめてしまった。ギャルメイクを取ると、意外にも結構可愛い。
前はあれだけ喋りまくってたのに、今は無言で、だけど何か言いたそうにひたすら俺を見つめてくる彼女。ふいに、薄い眉がハの字に歪んだ。
「もう、ギャルやめたのでぇ、ミサ……じゃなくて、わた、わたしと、付き合ってくださいっ」
「…………は?」
何その、たどたどしい敬語。若干語尾伸びてるし。
「ギャル、嫌いなんです、よね!? ギャルやめたんで、付き合ってくだしゃいっ」
今度は噛んだ。
「いや、別に君がギャルだからって理由だけで、断ったわけじゃ……」
「ええじゃあなんでえ!? ……ですか?」
「取ってつけたように『ですか』をつけなくていいから。てか敬語じゃなくても。初対面だったし、会っていきなり好きって言われても、からかわれてるのかなって……」
そこで彼女の目付きが変わる。きっと俺を睨んで、
「違うううう! ミサからかってなんかなかったしぃ! ミサはあ、インスピレーションでしか恋できないのっ! ミサ、ホントにっ……りゅっちゃんのこと……っ」
「……へっ?」
今度はなんと、泣き出してしまった。さすがに焦る。
おろおろと視線を移ろわせる俺。ど、どうしたら……。
彼女は声をあげて泣きながら、わめいた。
「ミサ、りゅっちゃんのためならギャルやめる! 髪だって黒くしたし、メイクも薄くしたし、服だって……っ」
「う、うん、見てわかるけど……」
「髪も肌も痛んでるけどちゃんと手入れもするからぁ! 汚い言葉も使わない、敬語するぅ!」
いや、敬語するって日本語からしておかしい。
「あ、あんまり騒いじゃ……」
わんわん泣きながら訴えてくる彼女の声はゲーセン内に響きわたり、何事かと客たちが集まってきていた。
ふいにがばっと、抱きしめられる。
慣れない女の子の柔らかい感触にどぎまぎしながらも、この状態で突き放すのも……。
抱きしめ返すこともできずに、しょうがないから彼女の肩に両肩を添えた。
泣き声が、少し小さくなった気がする。
「別に、友達から始めればいいんじゃないの?」
「ちょっと……いい子そうだし」
「ついでに童貞捧げたら?」
男友達の言葉も、俺の背を後押しした。
「はぁ……」
俺は小さくため息をついた。
いやあ、なんでこんなことに?
「ーーわかったよ。えっと、ミサちゃん?」
「ミサ……『キ』!」
「ミサキ……さん? お付き合いとかいきなりはちょっと……。でも友達からだったら」
「……ホント?」
がばっと顔をあげたミサキさん。鼻水鼻水。
近くで見ると、確かに肌はボロボロだった。そりゃまあ、無理矢理焼いたりどぎついメイクしてればなぁ。髪におそるおそる手をやると、こっちもごわごわ。
酷い顔だ。だけどヤマンバよりは、何百倍もマシだけど。
「ホント」
「……ちゅ、チュウ」
「はまだだめっ。だから友達っ」
「それでもいいっ、嬉しいっ! りゅっちゃん、りゅっちゃん大好きぃ!」
泣き笑いで死ぬほどきつく抱きしめられた。ていうか、外見変えても中身まんま変わってないじゃん。
それでもあの香水の匂いはなくなって、変わりに控えめなシャンプーの香りが鼻孔をくすぐった。
これなら嫌いじゃないし、むしろ……ちょっとドキドキする。
ゲーセンの客たちからは、盛大な拍手が巻きおこっていた。
そこから本名を聞いて、連絡先を交換して、二人で出かけたりする仲になるまでそう時間はかからなかった。
ちょっと、常識を欠いてるのはいただけないけれど、悪いこじゃない。
俺なんかのために服装やメイクを変えて、料理なんかも練習してくれたりしてそこは純粋に嬉しかったし、可愛いとも思った。
そうしてちゃんと付き合い始めて、もう半年も経つ。
怒った時にギャル文字を使ってくるミサキのアピールは、健在だった。
これを放っておくとあとが怖い。解読する時間も惜しい。
今なら多分、ミサキは家にいるはず。俺は彼女の家に急いだ。
ミサキは専門学生で、一人暮らしだ。俺は実家なので、よく部屋に遊びに行く。
ちなみに童貞は卒業した。てか、付き合って三日で半ば無理矢理奪われた。これ秘密な。
ミサキんちで呼び鈴を鳴らすと、彼女はすぐに出てきた。
「りゅっちゃん、おかえりぃ!」
にぱにぱ笑うミサキ。服装とメイクはもうギャルじゃない。むしろ清楚系だ。
あれ、怒ってなくない?
「ぎゃ、ギャル文字が送られてきたけど、俺……何かした?」
「えっ?」
言い訳をしても火に油になると思い、単刀直入に聞いた。
ミサキは一瞬ぽかんとして、盛大に爆笑した。
「違うよ! きょ、今日半年の記念日じぁゃんっ。だから一緒に祝いたくて、でも、は、恥ずかしいからっ! あ、暗号で送ったのっ」
暗号。今度はこっちが爆笑する番だった。
確かに、俺にとってギャル文字は暗号だけども。
ふと思った。
もしかしたら、ミサキにとってのギャル文字は他に意味があるのかもしれない。今みたいに、なかなか素直に言えないような恥ずかしい気持ちを隠すためとか。
ギャルだった頃のあの、どぎついメイクやテンションも、ミサキの中の何か大切なものを隠すための、いや、守るための鎧だったのかも。
「ミサキ」
俺は玄関のドアを閉めて、ミサキの体をぎゅっと抱きしめた。
そういうふうに考えると、あのヤマンバファッションも少しだけ許せそうな気分になるから不思議だ。
まあ、またあの格好するって言い出したら全力で止めるけど。
二人で部屋の中に進むと、手料理が用意されていた。
「作ったのぉ!」
「ありがとー、ちゃんとできた?」
「うん、今度は米洗剤で洗わなかったよ?」
「…………あ、洗ってたの? 洗剤で?」
「うん!」
「…………」
ーーまあ、だいぶ変な子だけど……元ギャルなミサキは今では俺の、可愛い彼女なのだ。
おわり
その日の講義が終わり、ようやく一息ついた平日の夕方。俺はスマホを開いて、ついつい奇声を発してしまった。
二十歳の男子大学生がなんつー声を、と後悔し、慌てて辺りを見まわす。いや、びっくりしすぎてつい。ちょうど俺の周辺の席の学生たちは、みんな講堂を出ていったあとだったからもーまんたいだった。
良かった! 心の底から良かった!
気を取り直してスマホの画面へと、そこに表示されているラインメッセージへと目を戻した。
それは紛れもない、俺の彼女から。彼女からのラインは普通に嬉しいんだけどね。問題なのはメッセージの内容だった。
「よ、読めねええええっ」
もう日本語じゃなかった。記号を使ったただの羅列がずらりと。暗号かっていう。
彼女曰く、これは『ギャル文字』というものらしい。
そう、俺の彼女、ミサキは元ギャルだった。一時期流行ったガングロ系の。ニッサロとかで肌を真っ黒に焼いて、目のまわりを白く塗ったりとかもする、ちょっと……いや、かなり独特なメイクが特徴の、あのギャルだ。
一方、俺はといえば内気でおとなしい草食男子。って自分で言っちゃうのもちょっとあれだけど。女の子とはあんまり縁のない学生生活を送ってきた。女の子と付き合ったことはあったんだよ。なかなか自分からは積極的になれない奥手だったからあんまり進展はなかったけど。
そんな俺からすれば、ギャルっていうのはもっとも縁がないのはずの人種だったし、ぶっちゃけ苦手で嫌いなタイプでもあった。
ガングロとか。……正直怖い。
そんな俺が、なんでミサキと付き合ってるのか。それは至極単純で、彼女の方から俺に告ってきたからだ。
あれは半年ほど前の、日曜日。俺は音ゲー仲間とゲーセンにいた。
そこで、本当にいきなり。
「ああああ! おにーさんちょおおおタイプなんだけどっ! そーしょくけーって顔だしぃ! ねっねっねっ! カノジョは!? カノジョいんのおっ!?」
「びゃっ!?」
何事かって感じだった。だって、そんなテンションでいきなり駆け寄ってきて彼女は、豹柄のタンクトップにデニムのショーパン、全身真っ黒く焼けてて、明らかに痛みきったくすんだ金髪頭にヤマンバみたいなメイクだったし。
もう、言ってることの意味が……いや意味はわかるけど。
唖然と固まる俺。
「あひゃー、びゃ!? とかなんだしウケるぅ!」
「え、あ、いや……」
「カノジョはああっ?」
「い、い、いませんけど……」
なんで俺も、律儀に答えちゃうんだか。
俺は完全に引いていた。もう全身から拒絶反応が……。
そんな俺とは逆に、彼女は……。
「うおおおお、なんか可愛いいいい!」
「ええええどこが……っ!?」
「だって『どーてい』とかっ!」
いやそんなこと一言も言ってない。
「……童貞だったんだな、おまえ」
「あ、いや……」
「あ、じゃあ、俺ら、ちょっとあっちでメダルゲームしてくるわ。ごゆるり」
音ゲー仲間は三人とも、その場を離れて去っていく。
っておい待てよ、おまえらメダルゲームとかしたことないだろ。いつも音ゲーかたまにシューティングゲームくらいでっ。
面倒ごとに巻き込まれないように逃げやがったなー俺を見捨ててっ。
だけど追いかける前に、再びギャルの攻撃。
「やああああっぱりい! 経験ないの可愛いいいい! じゃあ、ミサと付き合おっ」
「……んお!?」
もう意味がわからない。何この展開。ミサって名前か。ヤマンバギャルのテンションに、ただただ圧倒されていた。
「んおってそれゴリラー!」
ついでにツッコミの意味もわからない。
日本語で……日本語でおけい?
「とりま、行くよぉっ」
俺の腕に、ヤマンバの腕が絡みついてくる。どぎつい香水の匂いに顔をしかめると、変な顔ウケるぅと爆笑された。
いや本当に笑うツボもわからないし、ヤマンバよりまともな顔しとるわ! と、気の弱い俺は心の内だけで突っ込む。
そのまま拒否る間もなくゲーセンを連れ出された。
「そういえば、どーていさん名前はあ!?」
クレープを食べて、ミョウチクリンなものが売ってる雑貨屋(ヤマンバ曰くギャンカワなモノがいっぱい売ってるらしい)をぶらぶらして、一時間ほど街をさ迷って、ようやく名前を尋ねられた。
そういえば名乗ってない。名乗ってもらってもないけど。
「野村(のむら)……です」
主に精神疲労でくたくたな俺は、力なく答える。
「ちがーう名前のほうっ!」
なんでこんな、テンション高いんだ……。ヤマンバだから?
「リュウヤ……」
「やあだあああ可愛くなああいっ、『りゅっちゃん』にしよーっ」
「もう、好きに……」
突っ込む気力もない。
「あーい!」
俺はりゅっちゃんになった。
そのあとも、なんだか連れまわされた。ああ、俺の休日が……。
拒否ればいい話なんだけど、俺が何か言おうとするたびに彼女の弾丸トークが邪魔をする。一言返せば十倍くらいの言葉が返ってくるし、もうこっそり逃げてやろうともしたけれど、次の瞬間には隣で腕を掴まれてるし。
……早々に根負けした。
結局日が暮れるまで付き合わされた。
「うっわーもうこんな時間! りゅっちゃん、そろそろ帰るぅ?」
「か、かか、帰りまひょう!」
俺は、ここぞとばかりに全力で頷く。力を入れすぎて噛んだけど、そこを気にしてる場合じゃない。
「んーでもぉその前にー……バイバイのチュゥはー?」
「…………は?」
びっくりしすぎてすごく低い声が出た。
対象的に彼女は、相変わらずのきゃぴきゃぴとした声で、
「だぁかぁらぁ、チュゥ! ミサたち付き合ってるっしょ!?」
俺は再び言葉もなく唖然。何言ってんのこの子、こんな公然のド真ん中で。そもそも付き合ってないし。
「ほぉら、照れてないでっ! ミサからしちゃうよぉっ」
蒼白になる俺に、ヤマンバギャルは照れてると思ったらしい。いやいやいやいや、引いてんだよ。
「んんー」
両腕をがっと掴まれ、目を閉じた彼女の顔が迫ってくる。そこそこ慣れたはずの香水の匂いもきつくなって、俺はもう限界だった。
「やめろよ……!」
反射的に、もう何年もこんな声出してなかったんじゃないの、ってくらいの大声をあげていた。
同時に彼女の肩を、ばん、と突き返す。
今度はヤマンバギャルが、白く縁取られた目をいっぱいに見開いて固まっていた。
「付き合ってるわけないだろっ! お、俺は君みたいな子好きじゃないっ。テンション高くてうるさくて、平気で腕とか触ってくるし! 人の話聞かないし、勝手につれ回すしっ。そもそも、ギャルが嫌いなんだ! そんなヤマンバみたいな格好、恥ずかしくないのか!? もうそばにくるな、俺はき、君が嫌いだっ」
……イライラしてたのもある。音ゲー仲間には逃げられるし、やりたかったゲームできないし。彼女の見た目もやかましいテンションもきつい香水の匂いも、生理的に合わなすぎて一緒にいることじたいが苦痛だった。
だからつい。普段は絶対言わないような酷い言葉を口にしていた。
すぐにはっとして、彼女を見る。彼女は呆然と突っ立ったままだった。
濃すぎるメイクからは、表情は読み取れない。
俺は焦った。いくら外見がヤマンバみたいなギャルだからって、一応女の子なのに。一時の感情に任せて、言いすぎでは!?
「もぉ、いいっ」
「……え?」
「ムカ着火ファイヤアアアア」
「お……っ!?」
なんだその、魔女っ子アニメの必殺技みたいなのおおおお!
ヤマンバが踵を返し、走り去っていくのを、俺は黙って見送るしかなかった。
ちなみにあとで調べたら、ムカ着火ファイヤアアアアはとにかく怒ってる時に使うギャル語らしい。つまり彼女は怒っていたのだ。
普通に考えて、俺が言ったの正論だよな? あっちが非常識だった。なのに、やっぱりギャルとはいえ女の子に酷い言葉を言って怒らせてしまったことには、少なからず罪悪感を抱いてしまっていた。怒りがおさまると、なおさらそっちの感情が強くなる。
もし会ったら嫌だなーという気持ちから、俺はあのゲーセンとその周辺を避けて遊ぶようになった。
そして無事、そのギャルの子に会うこともなく平和に一ヶ月が過ぎた頃。
久しぶりに例のゲーセンに行こうと、友人たちに誘われた。
しぶる俺にそのうちの一人がたたみかけてくる。
「もういないって、この前の子。あれただの逆ナンだろ? 他に遊ぶ子見つけてるよ。おまえのことなんて、もう眼中にないって」
「……だよなー」
それもそうだな、と思う。彼女を気にしすぎる自分が、ちょっと自意識過剰に思えて俺は苦笑した。
その日は久々に、馴染みのゲーセンで音ゲー三昧だった。大通りから外れた場所にある小さなゲーセンだから、小さいし人もいない。このこじんまりとした感じが好きなのだ。
音ゲーを始めて二時間ほどたった頃。
それは不意討ちだった。
「りゅ、りゅっちゃんっ」
ぎくりと、反射的に跳ねあがる俺の体。
その声は、つかその呼び方は。真っ先にあのヤマンバの姿が脳裏に蘇り、躊躇する頭を無理矢理回転させて、俺は後方を振り返った。
「……んあ!?」
だけど予想に反し、そこに立っていたのはあの子とは別人だった。
黒髪に薄化粧。パーカーに青いジーンズ。なんてことのない、普通の格好をした女の子だった。
「あれ……?」
人違い? というか、呼ばれた気がしたのも俺の勘違い?
その女の子と目が合ってしまい、慌てて会釈しゲームの方に向き直ろうとした時。
「りゅっちゃんてばあっ! ……シカト、や、やめておくんなましっ」
おくんなましってなんだ。あまりにも不自然な語尾に、再び振り返る。
ようやく悟った。
「もしかして、この前のヤマンバ……」
「ヤマンバって言うなぁっ」
このテンションと声。間違いない。面影がないけど、あの子だ。
元ヤマンバで今は普通の外見のその子は、はっとしたように口を塞ぐ。
何も言わず、じーっと俺の顔を見上げてきた。
ついしげしげと、俺もその子を見つめてしまった。ギャルメイクを取ると、意外にも結構可愛い。
前はあれだけ喋りまくってたのに、今は無言で、だけど何か言いたそうにひたすら俺を見つめてくる彼女。ふいに、薄い眉がハの字に歪んだ。
「もう、ギャルやめたのでぇ、ミサ……じゃなくて、わた、わたしと、付き合ってくださいっ」
「…………は?」
何その、たどたどしい敬語。若干語尾伸びてるし。
「ギャル、嫌いなんです、よね!? ギャルやめたんで、付き合ってくだしゃいっ」
今度は噛んだ。
「いや、別に君がギャルだからって理由だけで、断ったわけじゃ……」
「ええじゃあなんでえ!? ……ですか?」
「取ってつけたように『ですか』をつけなくていいから。てか敬語じゃなくても。初対面だったし、会っていきなり好きって言われても、からかわれてるのかなって……」
そこで彼女の目付きが変わる。きっと俺を睨んで、
「違うううう! ミサからかってなんかなかったしぃ! ミサはあ、インスピレーションでしか恋できないのっ! ミサ、ホントにっ……りゅっちゃんのこと……っ」
「……へっ?」
今度はなんと、泣き出してしまった。さすがに焦る。
おろおろと視線を移ろわせる俺。ど、どうしたら……。
彼女は声をあげて泣きながら、わめいた。
「ミサ、りゅっちゃんのためならギャルやめる! 髪だって黒くしたし、メイクも薄くしたし、服だって……っ」
「う、うん、見てわかるけど……」
「髪も肌も痛んでるけどちゃんと手入れもするからぁ! 汚い言葉も使わない、敬語するぅ!」
いや、敬語するって日本語からしておかしい。
「あ、あんまり騒いじゃ……」
わんわん泣きながら訴えてくる彼女の声はゲーセン内に響きわたり、何事かと客たちが集まってきていた。
ふいにがばっと、抱きしめられる。
慣れない女の子の柔らかい感触にどぎまぎしながらも、この状態で突き放すのも……。
抱きしめ返すこともできずに、しょうがないから彼女の肩に両肩を添えた。
泣き声が、少し小さくなった気がする。
「別に、友達から始めればいいんじゃないの?」
「ちょっと……いい子そうだし」
「ついでに童貞捧げたら?」
男友達の言葉も、俺の背を後押しした。
「はぁ……」
俺は小さくため息をついた。
いやあ、なんでこんなことに?
「ーーわかったよ。えっと、ミサちゃん?」
「ミサ……『キ』!」
「ミサキ……さん? お付き合いとかいきなりはちょっと……。でも友達からだったら」
「……ホント?」
がばっと顔をあげたミサキさん。鼻水鼻水。
近くで見ると、確かに肌はボロボロだった。そりゃまあ、無理矢理焼いたりどぎついメイクしてればなぁ。髪におそるおそる手をやると、こっちもごわごわ。
酷い顔だ。だけどヤマンバよりは、何百倍もマシだけど。
「ホント」
「……ちゅ、チュウ」
「はまだだめっ。だから友達っ」
「それでもいいっ、嬉しいっ! りゅっちゃん、りゅっちゃん大好きぃ!」
泣き笑いで死ぬほどきつく抱きしめられた。ていうか、外見変えても中身まんま変わってないじゃん。
それでもあの香水の匂いはなくなって、変わりに控えめなシャンプーの香りが鼻孔をくすぐった。
これなら嫌いじゃないし、むしろ……ちょっとドキドキする。
ゲーセンの客たちからは、盛大な拍手が巻きおこっていた。
そこから本名を聞いて、連絡先を交換して、二人で出かけたりする仲になるまでそう時間はかからなかった。
ちょっと、常識を欠いてるのはいただけないけれど、悪いこじゃない。
俺なんかのために服装やメイクを変えて、料理なんかも練習してくれたりしてそこは純粋に嬉しかったし、可愛いとも思った。
そうしてちゃんと付き合い始めて、もう半年も経つ。
怒った時にギャル文字を使ってくるミサキのアピールは、健在だった。
これを放っておくとあとが怖い。解読する時間も惜しい。
今なら多分、ミサキは家にいるはず。俺は彼女の家に急いだ。
ミサキは専門学生で、一人暮らしだ。俺は実家なので、よく部屋に遊びに行く。
ちなみに童貞は卒業した。てか、付き合って三日で半ば無理矢理奪われた。これ秘密な。
ミサキんちで呼び鈴を鳴らすと、彼女はすぐに出てきた。
「りゅっちゃん、おかえりぃ!」
にぱにぱ笑うミサキ。服装とメイクはもうギャルじゃない。むしろ清楚系だ。
あれ、怒ってなくない?
「ぎゃ、ギャル文字が送られてきたけど、俺……何かした?」
「えっ?」
言い訳をしても火に油になると思い、単刀直入に聞いた。
ミサキは一瞬ぽかんとして、盛大に爆笑した。
「違うよ! きょ、今日半年の記念日じぁゃんっ。だから一緒に祝いたくて、でも、は、恥ずかしいからっ! あ、暗号で送ったのっ」
暗号。今度はこっちが爆笑する番だった。
確かに、俺にとってギャル文字は暗号だけども。
ふと思った。
もしかしたら、ミサキにとってのギャル文字は他に意味があるのかもしれない。今みたいに、なかなか素直に言えないような恥ずかしい気持ちを隠すためとか。
ギャルだった頃のあの、どぎついメイクやテンションも、ミサキの中の何か大切なものを隠すための、いや、守るための鎧だったのかも。
「ミサキ」
俺は玄関のドアを閉めて、ミサキの体をぎゅっと抱きしめた。
そういうふうに考えると、あのヤマンバファッションも少しだけ許せそうな気分になるから不思議だ。
まあ、またあの格好するって言い出したら全力で止めるけど。
二人で部屋の中に進むと、手料理が用意されていた。
「作ったのぉ!」
「ありがとー、ちゃんとできた?」
「うん、今度は米洗剤で洗わなかったよ?」
「…………あ、洗ってたの? 洗剤で?」
「うん!」
「…………」
ーーまあ、だいぶ変な子だけど……元ギャルなミサキは今では俺の、可愛い彼女なのだ。
おわり
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