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fin.

ー/ー



 わたしは生まれつき目が見えなかった。それでも何不自由なく15歳まで生きてこられたのは国の王様である娘だったということと、いつも付きっきりでお世話をしてくれる執事──フィンがいたからだろう。

 目が見えないからといっても王の娘である以上、教養は身に付けなければならなかった。城にやってくる指導者はどれも一流の人で、わたしが目が見えないという不利があっても知識を叩き込んでいく。

 文字の書き方。お辞儀の角度。
 食べ物の味。歩き方。
 その他教養。

 毎日毎日目紛しく様々な指導者が訪れてはわたしに指導していく。

 王の娘だから。そして目が見えないから。わたしは学校という学びの場に行ったことがなかった。指導者から学ぶことも楽しいけれど、たまには他の人とお話もしてみたかった。

「お嬢様。知っていますか? 人間の目は虹色なんですよ」

 執事のフィンは2人きりの時、突拍子も無く嘘を言う。初めは本当なのかと信じていたが、指導者に教えられてからそんな瞳はないと気付く。

「ふふ、何を言っているのかしら。人間の瞳は住む地域で黒や青だったりすることはあるけれど、虹色なんてことはないわ」
「そうでしょうか。私たちがまだ出会ったことがないだけかもしれませんよ」

 他の人の前では畏まった真面目な人だというのに、わたしの前だと口調も少し砕けておどけてみせる。
 メイドや指導者だって、わたしの前では畏まっているというのに、彼はいつもその逆だった。きっと王も彼のこの姿は見たことがないだろう。

 それが、嬉しかった。
 わたししか知らないフィン。

「……今日は外が騒がしいわ……」
「ええ。今日は国を挙げてのパレードか行われるようで。本日の朝食はキアラお嬢様お1人でと伺っています」
「そうなのね……」

 王様と王妃──父と母は皆の前に立っているのだろう。席に着いて出される食事を待っていれば「本日の朝食メニューになります」とフィンが目の前に置いてくれる気配。

「あら? いつものメイドは?」
「今日はお休みですよ」
「そう」

 ふわっと香る美味しそうな匂い。

「わたしの好きなパンケーキ! いつもこんな素朴なものを食べてはならないとお父様に言われているのに……」
「今日は特別ですよ。お父様もお母様もいらっちゃらない、私たちだけの秘密です」

 フィンはとことんわたしに甘い。
 小さい頃に手探りで階段を登る練習をしていた時、指導者の見えないところで「内緒ですよ」とこっそり手を引いてもらっていた。

 わたしの苦手なピーマンが食事に出てきた時も「これなら食べられますよね」と取り除いてもらった。

 城で舞踏会が開催された時。王の娘だというのに「目が見えないなら踊れないだろう」という決めつけから誰からも声をかけてもらえず、1人虚しく座っていたら「私と踊っていただけませんか」と手を取られた。
 会話もなく本当に一曲踊るだけだったけれど、相手はフィンだと知っている。

 わたしと踊った後のフィンが何人もの女性に声をかけられていたことも、何となく耳に入る。

 フィンはどんな人なのだろう。
 いつもわたしの前ではおどけて面白いことを言ってくれる男性だということはわかるけれど。
 どんな姿なのだろう。

 ……一目、見てみたかった。

 フィンはわたしより15歳上の今年30になる男だった。もしも執事として仕えていなければもっと若い頃に結婚して新しい家庭を築いていただろう。

 フィンは何故わたしの執事なのだろうか。

 そんな疑問を抱きながら、1人でパンケーキを頬張っていれば「お隣失礼しますね」とフィンがテーブルに何かを置いて座る気配。

「今日は私もご一緒しちゃおうかな〜」
「……なんだかんだいつも一緒にいるけれど、執事は食事の時は後ろで見守ってるだけだったわね」
「はい。もう〜いつも美味しそうな料理が並んでいてお腹ぺこぺこで……」
「ふふ。お父さまに一言伝えたらご一緒出来たかもしれないのに」
「いえいえ! お嬢様にとったら優しいお父様かもしれませんが、私にとったら威厳のある王様なので……恐れ多いです」

 わたしといる時は少し気が抜けているのだろうか。執事ならもっと畏まって……欲しいと思ったこともなかった。メイドが沢山いても、雑談してくれる人はフィンしかいなかったから。

「これがお嬢様が好きなパンケーキですか〜」
「食べたことないの?」
「ええ。執事は大忙しですから」
「……ちゃんとお休みはもらってるの?」
「もちろん! ただ……休憩中は色々探し物をしていて」

 探し物?
 何だろうという顔をしていたのだろう。フィンはパンケーキから顔をわたしに向けて「覚えていますか」と優しく言う。

「キアラお嬢様は、小さい頃に夜空に浮かぶお星様を食べてみたいと仰っていたこと」
「……子供の頃なら言っていたかもしれないけれど……教養を身に付けた今ならわかるわ。星々はうんと遠い場所にあって、手には届かないということを」
「それは誰かの言葉が教科書になっただけで、本当は食べることが出来るかもしれませんよ」
「……まあ。フィンったら。また変なことを言って」

 子供の頃はフィンの言葉に夢を持って想像力を働かせていたものだ。夜空は藍色だというけれど、藍色とはどんな色なのだろう。星々は輝くというけれど、きらきら光るとはどういうことなのだろう。

 わたしは目が見えないから、目を閉じて想像することしかできなかった。脳内のキャンバスに、フィンの言葉を足していきわたしだけの絵画が広がっていく。

 わたしが描いた絵画をフィンに見せることが出来たらよかった。下手でも彼はわたしに甘いから「お上手です」しか言わなそうだけれど。

「そんなつまらないことを仰らずに。お月様だって、実は齧ったらパリパリして美味しいかもしれませんし」
「わたしはもう子供じゃないわよ? どうしてそんなお伽話(とぎばなし)が思いつくのかしら」

 フィンとの会話は飽きない。
 勉強などせずにフィンとこうして話し続けていたい。……もしかしたら、フィンにとったらこれもお仕事の1つなのかもしれないけれど。

「お嬢様。パンケーキを食べ終えたら私と外をお散歩しましょう」
「え? この後はまた勉強しなければならないはずだけれど……」
「メイドが今日はお休みだったように、指導者も皆お休みなんです。だからお嬢様、一緒に外に出かけましょう」

 幾分か声を弾ませながらフィンは言う。1日何もないなら、わたしは構わないのだけれど……。

「フィン。お父様やお母様はパレードに出席しているのよね。娘であるわたしは顔を出さなくて良いのかしら」
「はい。大人同士の難しい話もこの後するので。お子様のお嬢様は、お留守番です」
「わたしはもう15歳よ? そろそろ大人になる頃なのに」
「何を仰います。まだまだ子供ですよ」

 わたしにそんなことを言うのは彼だけだ。今日の彼は突拍子も無いことをすることが多いなあと思いながら「わかったわ」と返事をしてパンケーキを頬張る。

「パンケーキのお味はいかが?」
「……お嬢様とご一緒出来たことが嬉しくて、正直味は分かりません」
「まあ。また大袈裟に言って」

 呆れながら、でも嬉しさもあった。

 食べ終えた後、フィンに連れられ城内の廊下を歩くも2人分の足音しか響かない。いつもならメイドや警備のものが入れ替わり立ち替わりで騒がしいのに。

「本当に今日は2人しかいないのね」
「はい。暇でしょう? 私とお散歩するのが最適ですよ」

 行きましょう、とそっと手を引かれる。

 小さなドアから出る気配に、正門では無いと感じた。裏からこっそり、抜け出すように。「勝手に外に出てはいけない」と父と母から言いつけられた言葉を破ってしまったことに多少の罪悪感はありながらも、フィンと一緒に同じことをしていることに胸が高揚した。

 フィンだって、散々外に出たいと喚く私を困ったようにいつも宥めていたのに。
 
 ……そうだ。思い出した。

 小さい頃。目が見えず、城内しか歩き回ることが出来ず退屈で「外に出たい」というわがままを言った。フィンは初めはただの真面目な堅苦しい普通の執事だった。

『知っていますか、お嬢様。人間の目は虹色なんですよ』

『お嬢様。お月様は食べたらどんな味だと思いますか?』

『この世にはこの城よりも大きなお花があるようですよ』

 今なら嘘だとわかる。
 けれど小さかったわたしは興味を惹かれてフィンの話に聴き入っていた。外に出たいというわがままも忘れて、自室でフィンの話を眠くなるまで聴く。

 畏まったフィンが、わたしの前だけでおどけたような人になったのは、ここからだ。わたしが、飽きないように。わたしを、楽しませるように。

 懐かしい。物心ついた時から彼は側にいた。初めはフィンも未成年だったはずなのに執事としてよく仕事してくれた。

 フィンの手を握りながらゆっくり城から離れていく。正門ではパレードの真っ最中なのか騒がしい声が聞こえる。

「なんだか儀式をサボっているみたいだわ……」
「いいんですよ。たまには。お嬢様だって、好きなことをしていいんです」
「……今日が1日お休みなら、フィンだって執事のお仕事休んでもよかったのに」
「急遽だったので。それに……私はキアラお嬢様の隣にいたかったので」

 物語のヒロインになった気分だ。
 フィンはわたしを持ち上げるのが上手い。
 少し熱くなってしまった頬を手で扇ぐわたしを……フィンは見ているのか、真っ直ぐ前を向いているのか。見当もつかない。

 ぬちょ。

 何かを踏んだ。しかし目が見えないわたしには確認のしようもない。

「……フィン。わたし、何か踏んだかしら」
「いいえ。昨日雨が降ったので地面が泥濘(ぬかる)んでるのでしょう。……失礼しますね」
「フィン? わ、きゃあっ」

 横抱きにされる。今までも一緒にいたけれど、こんなに体が触れ合うことはなかった。フィンはわたしを抱えたまま小走りに走る。

 その際に漂う、嗅いだことない匂い。
 ……良い匂いじゃないことはわかる。フィンが走るたびにぬちょ、ぬちょという音は響く。
 今わたしたちが駆け抜けている道は本当にただの抜け道?
 わたしが目に出来ない目の前の世界を……フィンは目の当たりにしている?

「フィン。目の前には何があるの?」
「……少し。生卵が地面で割れていただけですよ」

 本当に?
 だとしたら、フィンの声はどうして震えているの?

「……教えて、フィン」
「お嬢様。いつか、お星様を食べてみたいと仰ってましたよね」

 わたしの問いには答えずフィンは何もないように話しかける。

「フィンったら」
「ご用意出来ました。足場が整ったところで降ろしますね」

 星は食べることが出来るの?
 そんな疑問と、わたしの問いをはぐらかされた不信と。

 一気に泥濘んでる場所を走り抜けたフィンは荒い呼吸をしながらわたしをそっと下ろす。

 城から離れたはずなのに、騒がしい人々の声は聞こえる。祝っているというよりは……争いの声。
 パレードが行われているわけではないのだろうか。
 その声はだんだんとこちらに近づいてきている気がする。

「……お嬢様に、お星様をご用意しました」

 フィンが、わたしの前に差し出した箱の蓋を開ける音がした。わたしの手を取ると、手のひらに何かが転がり落ち……両手で確かめると過去にフィンが言葉にしていたような小さな突起が幾つもあるようで。

「フィン」
「知っています? お星様は食べることが出来るんですよ」
「……フィン」
「お味はいかがですか、お嬢様」

 声の位置が低くなる。
 突っ立っているわたしの前で片膝をついているのだろう。……嘘つきね。

「もう良いのよ、フィン」
「お嬢様──」
「わたしを逃そうとしてくれていたのね」

 朝から父と母がいないのも。城にメイトもいないことも。……わたしには誰も伝えてくることはなかったが、少し前から国同士の争いがあったことは勘づいていた。

 わたしたちの国は負けた。
 父と母は処刑台にいるのだろう。

 フィンの息を飲む気配。目が見えないわたしを騙していたのね。泥濘んでいた道は、多くの死体の上を走っていたのだ。

「愚かなことを……わたしを逃すなんて、罪人を匿うようなことよ」
「……お嬢様は、何も悪くないじゃないですか」
「王様の娘であるわたしは血族を根絶やしにするために処刑されるわ」
「……まだキアラお嬢様は! たったの15歳ですよ……?」
「フィン。あなただけでも逃げるのよ。メイドも指導者も夜のうちに皆亡命したのでしょう? あなたも──」
「最期までお嬢様と一緒にいます!」

 わたしより全然大人の、いつもおどけた様子のフィンが泣いている。

 フィンはいつも嘘つきだった。
 わたしを心から楽しませてくれる嘘つきだった。

 そんな彼から初めての本音だった。
 わたしは王家の娘で、フィンはただの仕えてる一般市民。
 ……そろそろ縁を切らなければ。

「あなたはクビよ、フィン」
「……お嬢様っ」
「さっさと新しい仕事を見つけて、新しい家庭を築きなさい」
「お嬢様、私は──」

 周りが一気に騒がしくなる。敵国の兵士たちに囲まれたのだろう。

「キアラ・コンフェイトだな」
「ええ」
「王家の血族は皆処刑だ! 連れていけ」

 静かに両手を拘束されていたら騒がしい音。「騒ぐな」という声と「お嬢様!」と叫ぶ声が交互に聞こえる。

「あの男は身内か」

 男に尋ねられ「違います」ときっぱり答える。

「彼の家族を殺すと脅し、ここまで連れてきてもらいました」
「それにしては、随分お前を慕っているようだが」
「恐怖で頭がおかしくなってしまったのでしょう、可哀想に」

 腕を引っ張られ歩かされる。
 背後から駆けてきた人に腕を強く握られる。震えている呼吸。取り押さえていた兵士を振り切ってわたしの元へ来たというのか。

「……、情けを……どうか、お情けを……っ、まだ、子供です……」

 わたしはもうすぐ死ぬというのに、手に握ったままの星の感覚を感じるだけだった。感情が何処かへ行ってしまった。

「お、王様は情けで敵国の逃げ遅れた王家の小さい私を助けてくださいました! だから……どうか、()()()の国でもどうか、情けを──」
「情けをかけた結果が、()()()となって我が身を滅ぼす……ことをフィン……お前で知ったよ」

 フィンは元々敵国の王家の子供だった。争いがあって、逃げ遅れた子供を父は殺すことはせずに、わたしの執事として仕えさせていた。

「争わずに共存出来ると思った……兄上たちが、攻め入ってくることを知っていれば、私も手紙に応えることなど……しなかった!」

 15年ほど続いた平和は終わる。それもフィンの自覚なしに事が進んでいた事だった。敵国がどのような国かはわからない。しかし、平和に慣れてしまったわたしたちにフィンは絆され、知らず知らずに手紙で城や国の情報を流してしまったのだろう。

 悪気は無く、兄と連絡を取るために。

「この娘が内通者となる日がくるかもしれない。必ず根絶やしにする」
「あ、あああ……キアラお嬢様……どうか……どうか許して……」
「そこを退け。全く、綺麗な顔だったというのに顔全体が火傷で醜い見た目になって。身内とは思いたくないな」

 わたしが知らないフィンの姿。
 こんな形で知りたくなかった。
 父も母も、メイドたちも、フィンの見た目に言及することはなかったから。

 新しい国になった時、フィンはしっかり生きていけるだろうか。

「王様と王妃は処刑した。明日の朝、娘は処刑する。それまで城内で幽閉しろ」

 兵士に命令する……フィンの兄。
 父と母は一足先に天国へ行ってしまった。

 城に戻ると今まで行ったことのない地下牢へ連れて行かれる。初めて赴く場所だったから勝手が分からず何度も転びそうになってしまえば「鈍臭いな」と1人の兵士に舌打ちされた。

「おい、足を呼んでこい」

 何を指しているのか分からなかった。しばらくすると「……失礼します」と静かに声をかけられ、そっと抱き上げられる。

 わたしに優しくしてくれるのはもう、1人しかいない。

「……フィン」
「……」
「あなたのことは、クビにしたつもりだったけれど」
「私の……俺の意思でここにいますから」

 階段を降りた後、ギィ……と牢屋のドアが開く音。フィンは中に入り、わたしをそっと下ろす。しかし出ていく気配は無くそのまま鍵は閉まってしまう。

「……出て行かないの」
「最期までいると、約束しました」
「情が移りすぎじゃないかしら。わたしは……あなたの国を滅ぼしかけた王様の娘なのよ。……父も、爪が甘かったものね」
「執事として過ごしている方が……俺にとっては幸せでした。誰も俺の容姿に触れずに普通に接してくれて……聞きました? 俺の兄上は開口一番醜い顔だって言いました。酷いですよね」
「……でも、その火傷はわたしの父が起こした争いで……」
「この国での争いじゃなければ、俺は殺されていたでしょう。……でも、あなたのお父様は……俺を助けてくれた」

 小さな子供だった。
 情けは、愚かな行為だったのだろう。
 フィンがそんな立ち回りしなくても、兄に利用された。
 だからこの国は滅ぶ。

「優しい人たちから先にいなくなってしまう……」

 両親を優しい人たちだと言ってくれて、少し心が救われる。

「ねえフィン。このお星様と呼んだお菓子はなんという名前なの?」

 手に握ったままの星を見せる。

「……何を仰います。それは本物のお星様ですよ?」
「こんな時でも調子はいいのね」
「食べることが出来るお星様を探し回ったんです」

 執事として忙しかったはずなのに。
 どうしてそこまでわたしのために時間を割いてくれたのだろう。
 
 優しい、わたしの執事。
 
 わたしがいなくなっても、どうか。

 口の中に入れる。小さな飴玉のようで、コロコロしていて。無数の尖っている部分に、フィンが言葉で表現していた星を思い浮かべた。

「フィン」
「はい」
「いつか、本物のお星さまを食べてみたいわ」
「……バレちゃいましたか、嘘だって」
「あなたはいつも嘘しかつかないじゃない」

 でも、美味しい。
 お菓子の名前は最後まで教えてくれず「お星様」とフィンは言っていた。だからこのお菓子は星なのだろう。そういうことにする。

「もう、いつまで泣いているのよ」
「……お嬢様は、泣かないのですか」
「怖い気持ちはあるわ。でも想像以上にあなたが泣くから……笑えてしまって」
「笑い事じゃないですよ〜……」

 そう呟きながら、また泣く声が聞こえるから。全く、わたしより大人だというのに。苦笑して、その背中を撫でる。

「フィン。どうか幸せになるのよ。生き抜いて」
「……無理です〜……」
「ふふ、わたしは一足先にお星さまになって見守っているわ」

 もう争いが起こる世界になりませんように。
 わたしで最後になりますように。

「……善処します」

 もっと前向きになってよ、と突っ込みながら。
 最後の夜だと思うとやはり眠れなくて、フィンに何か話してほしいとせがむ。

 フィンは、少し考えたあと「では、お星様を食べるために空を飛ぼうとする魚の話です」とその場で思いついた物語を話していく。

 その魚は、空を目指して何度も飛び跳ねているうちに鰭が翼になって遂に飛行出来るようになったという話だった。

「その魚は星を食べることが出来たのね」
「いかがでしたか」
「面白かったわ」

 牢屋の中は肌寒く、身震いすればそっと抱きしめられた。

「……温かい」
「おやすみなさい、お嬢様」

 微睡んで、意識を飛ばす。





 星を食べることには然程(さほど)興味はなかった。ただ願いが1つ叶うなら、一瞬でもいいから目が見えるようになりたかった。

 朝、体を拘束されたまま処刑台まで連れて行かれる。ワッと歓声が聞こえる。大勢の「殺せ」という声が聞こえた。

 俯いていた顔を上げても生憎わたしは何も見えない。頭を押さえつけられ、屈み込むと首を固定された。

 深呼吸。喚くことはしない。
 王家の娘らしく、潔く死のう。

 目を開け、顔を上げると。大勢の人の中に、肌の色が違う男性がいた。その人は静かにこちらをみていて……わたしと目が合ったことに「お嬢様」と呟き手を伸ばして走ってくる。でも、もう──。

 刃が落とされる。

 最初で最後の視界はフィンだった。
 お星さまがきっと願いを与えてくださったのだわ。

 昨日食べたお星さまは本物だったのかもしれない。もう確認しようもないけれど。

 わたしはフィンに微笑みながら、首を刎ねられた。





【いつか、お星さまを食べてみたいわ】完


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 目が見えないからといっても王の娘である以上、教養は身に付けなければならなかった。城にやってくる指導者はどれも一流の人で、わたしが目が見えないという不利があっても知識を叩き込んでいく。
 文字の書き方。お辞儀の角度。
 食べ物の味。歩き方。
 その他教養。
 毎日毎日目紛しく様々な指導者が訪れてはわたしに指導していく。
 王の娘だから。そして目が見えないから。わたしは学校という学びの場に行ったことがなかった。指導者から学ぶことも楽しいけれど、たまには他の人とお話もしてみたかった。
「お嬢様。知っていますか? 人間の目は虹色なんですよ」
 執事のフィンは2人きりの時、突拍子も無く嘘を言う。初めは本当なのかと信じていたが、指導者に教えられてからそんな瞳はないと気付く。
「ふふ、何を言っているのかしら。人間の瞳は住む地域で黒や青だったりすることはあるけれど、虹色なんてことはないわ」
「そうでしょうか。私たちがまだ出会ったことがないだけかもしれませんよ」
 他の人の前では畏まった真面目な人だというのに、わたしの前だと口調も少し砕けておどけてみせる。
 メイドや指導者だって、わたしの前では畏まっているというのに、彼はいつもその逆だった。きっと王も彼のこの姿は見たことがないだろう。
 それが、嬉しかった。
 わたししか知らないフィン。
「……今日は外が騒がしいわ……」
「ええ。今日は国を挙げてのパレードか行われるようで。本日の朝食はキアラお嬢様お1人でと伺っています」
「そうなのね……」
 王様と王妃──父と母は皆の前に立っているのだろう。席に着いて出される食事を待っていれば「本日の朝食メニューになります」とフィンが目の前に置いてくれる気配。
「あら? いつものメイドは?」
「今日はお休みですよ」
「そう」
 ふわっと香る美味しそうな匂い。
「わたしの好きなパンケーキ! いつもこんな素朴なものを食べてはならないとお父様に言われているのに……」
「今日は特別ですよ。お父様もお母様もいらっちゃらない、私たちだけの秘密です」
 フィンはとことんわたしに甘い。
 小さい頃に手探りで階段を登る練習をしていた時、指導者の見えないところで「内緒ですよ」とこっそり手を引いてもらっていた。
 わたしの苦手なピーマンが食事に出てきた時も「これなら食べられますよね」と取り除いてもらった。
 城で舞踏会が開催された時。王の娘だというのに「目が見えないなら踊れないだろう」という決めつけから誰からも声をかけてもらえず、1人虚しく座っていたら「私と踊っていただけませんか」と手を取られた。
 会話もなく本当に一曲踊るだけだったけれど、相手はフィンだと知っている。
 わたしと踊った後のフィンが何人もの女性に声をかけられていたことも、何となく耳に入る。
 フィンはどんな人なのだろう。
 いつもわたしの前ではおどけて面白いことを言ってくれる男性だということはわかるけれど。
 どんな姿なのだろう。
 ……一目、見てみたかった。
 フィンはわたしより15歳上の今年30になる男だった。もしも執事として仕えていなければもっと若い頃に結婚して新しい家庭を築いていただろう。
 フィンは何故わたしの執事なのだろうか。
 そんな疑問を抱きながら、1人でパンケーキを頬張っていれば「お隣失礼しますね」とフィンがテーブルに何かを置いて座る気配。
「今日は私もご一緒しちゃおうかな〜」
「……なんだかんだいつも一緒にいるけれど、執事は食事の時は後ろで見守ってるだけだったわね」
「はい。もう〜いつも美味しそうな料理が並んでいてお腹ぺこぺこで……」
「ふふ。お父さまに一言伝えたらご一緒出来たかもしれないのに」
「いえいえ! お嬢様にとったら優しいお父様かもしれませんが、私にとったら威厳のある王様なので……恐れ多いです」
 わたしといる時は少し気が抜けているのだろうか。執事ならもっと畏まって……欲しいと思ったこともなかった。メイドが沢山いても、雑談してくれる人はフィンしかいなかったから。
「これがお嬢様が好きなパンケーキですか〜」
「食べたことないの?」
「ええ。執事は大忙しですから」
「……ちゃんとお休みはもらってるの?」
「もちろん! ただ……休憩中は色々探し物をしていて」
 探し物?
 何だろうという顔をしていたのだろう。フィンはパンケーキから顔をわたしに向けて「覚えていますか」と優しく言う。
「キアラお嬢様は、小さい頃に夜空に浮かぶお星様を食べてみたいと仰っていたこと」
「……子供の頃なら言っていたかもしれないけれど……教養を身に付けた今ならわかるわ。星々はうんと遠い場所にあって、手には届かないということを」
「それは誰かの言葉が教科書になっただけで、本当は食べることが出来るかもしれませんよ」
「……まあ。フィンったら。また変なことを言って」
 子供の頃はフィンの言葉に夢を持って想像力を働かせていたものだ。夜空は藍色だというけれど、藍色とはどんな色なのだろう。星々は輝くというけれど、きらきら光るとはどういうことなのだろう。
 わたしは目が見えないから、目を閉じて想像することしかできなかった。脳内のキャンバスに、フィンの言葉を足していきわたしだけの絵画が広がっていく。
 わたしが描いた絵画をフィンに見せることが出来たらよかった。下手でも彼はわたしに甘いから「お上手です」しか言わなそうだけれど。
「そんなつまらないことを仰らずに。お月様だって、実は齧ったらパリパリして美味しいかもしれませんし」
「わたしはもう子供じゃないわよ? どうしてそんなお|伽話《とぎばなし》が思いつくのかしら」
 フィンとの会話は飽きない。
 勉強などせずにフィンとこうして話し続けていたい。……もしかしたら、フィンにとったらこれもお仕事の1つなのかもしれないけれど。
「お嬢様。パンケーキを食べ終えたら私と外をお散歩しましょう」
「え? この後はまた勉強しなければならないはずだけれど……」
「メイドが今日はお休みだったように、指導者も皆お休みなんです。だからお嬢様、一緒に外に出かけましょう」
 幾分か声を弾ませながらフィンは言う。1日何もないなら、わたしは構わないのだけれど……。
「フィン。お父様やお母様はパレードに出席しているのよね。娘であるわたしは顔を出さなくて良いのかしら」
「はい。大人同士の難しい話もこの後するので。お子様のお嬢様は、お留守番です」
「わたしはもう15歳よ? そろそろ大人になる頃なのに」
「何を仰います。まだまだ子供ですよ」
 わたしにそんなことを言うのは彼だけだ。今日の彼は突拍子も無いことをすることが多いなあと思いながら「わかったわ」と返事をしてパンケーキを頬張る。
「パンケーキのお味はいかが?」
「……お嬢様とご一緒出来たことが嬉しくて、正直味は分かりません」
「まあ。また大袈裟に言って」
 呆れながら、でも嬉しさもあった。
 食べ終えた後、フィンに連れられ城内の廊下を歩くも2人分の足音しか響かない。いつもならメイドや警備のものが入れ替わり立ち替わりで騒がしいのに。
「本当に今日は2人しかいないのね」
「はい。暇でしょう? 私とお散歩するのが最適ですよ」
 行きましょう、とそっと手を引かれる。
 小さなドアから出る気配に、正門では無いと感じた。裏からこっそり、抜け出すように。「勝手に外に出てはいけない」と父と母から言いつけられた言葉を破ってしまったことに多少の罪悪感はありながらも、フィンと一緒に同じことをしていることに胸が高揚した。
 フィンだって、散々外に出たいと喚く私を困ったようにいつも宥めていたのに。
 ……そうだ。思い出した。
 小さい頃。目が見えず、城内しか歩き回ることが出来ず退屈で「外に出たい」というわがままを言った。フィンは初めはただの真面目な堅苦しい普通の執事だった。
『知っていますか、お嬢様。人間の目は虹色なんですよ』
『お嬢様。お月様は食べたらどんな味だと思いますか?』
『この世にはこの城よりも大きなお花があるようですよ』
 今なら嘘だとわかる。
 けれど小さかったわたしは興味を惹かれてフィンの話に聴き入っていた。外に出たいというわがままも忘れて、自室でフィンの話を眠くなるまで聴く。
 畏まったフィンが、わたしの前だけでおどけたような人になったのは、ここからだ。わたしが、飽きないように。わたしを、楽しませるように。
 懐かしい。物心ついた時から彼は側にいた。初めはフィンも未成年だったはずなのに執事としてよく仕事してくれた。
 フィンの手を握りながらゆっくり城から離れていく。正門ではパレードの真っ最中なのか騒がしい声が聞こえる。
「なんだか儀式をサボっているみたいだわ……」
「いいんですよ。たまには。お嬢様だって、好きなことをしていいんです」
「……今日が1日お休みなら、フィンだって執事のお仕事休んでもよかったのに」
「急遽だったので。それに……私はキアラお嬢様の隣にいたかったので」
 物語のヒロインになった気分だ。
 フィンはわたしを持ち上げるのが上手い。
 少し熱くなってしまった頬を手で扇ぐわたしを……フィンは見ているのか、真っ直ぐ前を向いているのか。見当もつかない。
 ぬちょ。
 何かを踏んだ。しかし目が見えないわたしには確認のしようもない。
「……フィン。わたし、何か踏んだかしら」
「いいえ。昨日雨が降ったので地面が|泥濘《ぬかる》んでるのでしょう。……失礼しますね」
「フィン? わ、きゃあっ」
 横抱きにされる。今までも一緒にいたけれど、こんなに体が触れ合うことはなかった。フィンはわたしを抱えたまま小走りに走る。
 その際に漂う、嗅いだことない匂い。
 ……良い匂いじゃないことはわかる。フィンが走るたびにぬちょ、ぬちょという音は響く。
 今わたしたちが駆け抜けている道は本当にただの抜け道?
 わたしが目に出来ない目の前の世界を……フィンは目の当たりにしている?
「フィン。目の前には何があるの?」
「……少し。生卵が地面で割れていただけですよ」
 本当に?
 だとしたら、フィンの声はどうして震えているの?
「……教えて、フィン」
「お嬢様。いつか、お星様を食べてみたいと仰ってましたよね」
 わたしの問いには答えずフィンは何もないように話しかける。
「フィンったら」
「ご用意出来ました。足場が整ったところで降ろしますね」
 星は食べることが出来るの?
 そんな疑問と、わたしの問いをはぐらかされた不信と。
 一気に泥濘んでる場所を走り抜けたフィンは荒い呼吸をしながらわたしをそっと下ろす。
 城から離れたはずなのに、騒がしい人々の声は聞こえる。祝っているというよりは……争いの声。
 パレードが行われているわけではないのだろうか。
 その声はだんだんとこちらに近づいてきている気がする。
「……お嬢様に、お星様をご用意しました」
 フィンが、わたしの前に差し出した箱の蓋を開ける音がした。わたしの手を取ると、手のひらに何かが転がり落ち……両手で確かめると過去にフィンが言葉にしていたような小さな突起が幾つもあるようで。
「フィン」
「知っています? お星様は食べることが出来るんですよ」
「……フィン」
「お味はいかがですか、お嬢様」
 声の位置が低くなる。
 突っ立っているわたしの前で片膝をついているのだろう。……嘘つきね。
「もう良いのよ、フィン」
「お嬢様──」
「わたしを逃そうとしてくれていたのね」
 朝から父と母がいないのも。城にメイトもいないことも。……わたしには誰も伝えてくることはなかったが、少し前から国同士の争いがあったことは勘づいていた。
 わたしたちの国は負けた。
 父と母は処刑台にいるのだろう。
 フィンの息を飲む気配。目が見えないわたしを騙していたのね。泥濘んでいた道は、多くの死体の上を走っていたのだ。
「愚かなことを……わたしを逃すなんて、罪人を匿うようなことよ」
「……お嬢様は、何も悪くないじゃないですか」
「王様の娘であるわたしは血族を根絶やしにするために処刑されるわ」
「……まだキアラお嬢様は! たったの15歳ですよ……?」
「フィン。あなただけでも逃げるのよ。メイドも指導者も夜のうちに皆亡命したのでしょう? あなたも──」
「最期までお嬢様と一緒にいます!」
 わたしより全然大人の、いつもおどけた様子のフィンが泣いている。
 フィンはいつも嘘つきだった。
 わたしを心から楽しませてくれる嘘つきだった。
 そんな彼から初めての本音だった。
 わたしは王家の娘で、フィンはただの仕えてる一般市民。
 ……そろそろ縁を切らなければ。
「あなたはクビよ、フィン」
「……お嬢様っ」
「さっさと新しい仕事を見つけて、新しい家庭を築きなさい」
「お嬢様、私は──」
 周りが一気に騒がしくなる。敵国の兵士たちに囲まれたのだろう。
「キアラ・コンフェイトだな」
「ええ」
「王家の血族は皆処刑だ! 連れていけ」
 静かに両手を拘束されていたら騒がしい音。「騒ぐな」という声と「お嬢様!」と叫ぶ声が交互に聞こえる。
「あの男は身内か」
 男に尋ねられ「違います」ときっぱり答える。
「彼の家族を殺すと脅し、ここまで連れてきてもらいました」
「それにしては、随分お前を慕っているようだが」
「恐怖で頭がおかしくなってしまったのでしょう、可哀想に」
 腕を引っ張られ歩かされる。
 背後から駆けてきた人に腕を強く握られる。震えている呼吸。取り押さえていた兵士を振り切ってわたしの元へ来たというのか。
「……、情けを……どうか、お情けを……っ、まだ、子供です……」
 わたしはもうすぐ死ぬというのに、手に握ったままの星の感覚を感じるだけだった。感情が何処かへ行ってしまった。
「お、王様は情けで敵国の逃げ遅れた王家の小さい私を助けてくださいました! だから……どうか、|私《・》|た《・》|ち《・》の国でもどうか、情けを──」
「情けをかけた結果が、|内《・》|通《・》|者《・》となって我が身を滅ぼす……ことをフィン……お前で知ったよ」
 フィンは元々敵国の王家の子供だった。争いがあって、逃げ遅れた子供を父は殺すことはせずに、わたしの執事として仕えさせていた。
「争わずに共存出来ると思った……兄上たちが、攻め入ってくることを知っていれば、私も手紙に応えることなど……しなかった!」
 15年ほど続いた平和は終わる。それもフィンの自覚なしに事が進んでいた事だった。敵国がどのような国かはわからない。しかし、平和に慣れてしまったわたしたちにフィンは絆され、知らず知らずに手紙で城や国の情報を流してしまったのだろう。
 悪気は無く、兄と連絡を取るために。
「この娘が内通者となる日がくるかもしれない。必ず根絶やしにする」
「あ、あああ……キアラお嬢様……どうか……どうか許して……」
「そこを退け。全く、綺麗な顔だったというのに顔全体が火傷で醜い見た目になって。身内とは思いたくないな」
 わたしが知らないフィンの姿。
 こんな形で知りたくなかった。
 父も母も、メイドたちも、フィンの見た目に言及することはなかったから。
 新しい国になった時、フィンはしっかり生きていけるだろうか。
「王様と王妃は処刑した。明日の朝、娘は処刑する。それまで城内で幽閉しろ」
 兵士に命令する……フィンの兄。
 父と母は一足先に天国へ行ってしまった。
 城に戻ると今まで行ったことのない地下牢へ連れて行かれる。初めて赴く場所だったから勝手が分からず何度も転びそうになってしまえば「鈍臭いな」と1人の兵士に舌打ちされた。
「おい、足を呼んでこい」
 何を指しているのか分からなかった。しばらくすると「……失礼します」と静かに声をかけられ、そっと抱き上げられる。
 わたしに優しくしてくれるのはもう、1人しかいない。
「……フィン」
「……」
「あなたのことは、クビにしたつもりだったけれど」
「私の……俺の意思でここにいますから」
 階段を降りた後、ギィ……と牢屋のドアが開く音。フィンは中に入り、わたしをそっと下ろす。しかし出ていく気配は無くそのまま鍵は閉まってしまう。
「……出て行かないの」
「最期までいると、約束しました」
「情が移りすぎじゃないかしら。わたしは……あなたの国を滅ぼしかけた王様の娘なのよ。……父も、爪が甘かったものね」
「執事として過ごしている方が……俺にとっては幸せでした。誰も俺の容姿に触れずに普通に接してくれて……聞きました? 俺の兄上は開口一番醜い顔だって言いました。酷いですよね」
「……でも、その火傷はわたしの父が起こした争いで……」
「この国での争いじゃなければ、俺は殺されていたでしょう。……でも、あなたのお父様は……俺を助けてくれた」
 小さな子供だった。
 情けは、愚かな行為だったのだろう。
 フィンがそんな立ち回りしなくても、兄に利用された。
 だからこの国は滅ぶ。
「優しい人たちから先にいなくなってしまう……」
 両親を優しい人たちだと言ってくれて、少し心が救われる。
「ねえフィン。このお星様と呼んだお菓子はなんという名前なの?」
 手に握ったままの星を見せる。
「……何を仰います。それは本物のお星様ですよ?」
「こんな時でも調子はいいのね」
「食べることが出来るお星様を探し回ったんです」
 執事として忙しかったはずなのに。
 どうしてそこまでわたしのために時間を割いてくれたのだろう。
 優しい、わたしの執事。
 わたしがいなくなっても、どうか。
 口の中に入れる。小さな飴玉のようで、コロコロしていて。無数の尖っている部分に、フィンが言葉で表現していた星を思い浮かべた。
「フィン」
「はい」
「いつか、本物のお星さまを食べてみたいわ」
「……バレちゃいましたか、嘘だって」
「あなたはいつも嘘しかつかないじゃない」
 でも、美味しい。
 お菓子の名前は最後まで教えてくれず「お星様」とフィンは言っていた。だからこのお菓子は星なのだろう。そういうことにする。
「もう、いつまで泣いているのよ」
「……お嬢様は、泣かないのですか」
「怖い気持ちはあるわ。でも想像以上にあなたが泣くから……笑えてしまって」
「笑い事じゃないですよ〜……」
 そう呟きながら、また泣く声が聞こえるから。全く、わたしより大人だというのに。苦笑して、その背中を撫でる。
「フィン。どうか幸せになるのよ。生き抜いて」
「……無理です〜……」
「ふふ、わたしは一足先にお星さまになって見守っているわ」
 もう争いが起こる世界になりませんように。
 わたしで最後になりますように。
「……善処します」
 もっと前向きになってよ、と突っ込みながら。
 最後の夜だと思うとやはり眠れなくて、フィンに何か話してほしいとせがむ。
 フィンは、少し考えたあと「では、お星様を食べるために空を飛ぼうとする魚の話です」とその場で思いついた物語を話していく。
 その魚は、空を目指して何度も飛び跳ねているうちに鰭が翼になって遂に飛行出来るようになったという話だった。
「その魚は星を食べることが出来たのね」
「いかがでしたか」
「面白かったわ」
 牢屋の中は肌寒く、身震いすればそっと抱きしめられた。
「……温かい」
「おやすみなさい、お嬢様」
 微睡んで、意識を飛ばす。
 星を食べることには|然程《さほど》興味はなかった。ただ願いが1つ叶うなら、一瞬でもいいから目が見えるようになりたかった。
 朝、体を拘束されたまま処刑台まで連れて行かれる。ワッと歓声が聞こえる。大勢の「殺せ」という声が聞こえた。
 俯いていた顔を上げても生憎わたしは何も見えない。頭を押さえつけられ、屈み込むと首を固定された。
 深呼吸。喚くことはしない。
 王家の娘らしく、潔く死のう。
 目を開け、顔を上げると。大勢の人の中に、肌の色が違う男性がいた。その人は静かにこちらをみていて……わたしと目が合ったことに「お嬢様」と呟き手を伸ばして走ってくる。でも、もう──。
 刃が落とされる。
 最初で最後の視界はフィンだった。
 お星さまがきっと願いを与えてくださったのだわ。
 昨日食べたお星さまは本物だったのかもしれない。もう確認しようもないけれど。
 わたしはフィンに微笑みながら、首を刎ねられた。
【いつか、お星さまを食べてみたいわ】完