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重たい愛って好き?

ー/ー




「今日からうちのクラスに転校してきた雨宮さんだ」

6月末、ベタつく前髪に苛立ちを覚える。
1人涼しそうな顔をした女が、長い髪をなびかせて教室に入る。

「雨宮です。よろしくお願いします。」

透き通る声、ガラスのような透明感が夏休み前の浮ついた男共を活気づける。
「雨宮の席はあそこな」
そう言って私の隣の空いてる席を指さした。
彼女が通る場所はひんやり涼しくなり、まるで蒸し暑い部屋に時々入ってくる風のようで一気にクラスの心を奪っていった。
朝礼後、あの女が話しかけてきた。

「楓ちゃん、はじめまして、よろしくね」
「……え?よろしく……」

女は私の筆箱を見てこう続けた。
「そのあざらしちゃん知ってるよ!その筆箱、河上水族館とコラボしてた時のやつだよね」
「……ほんとに!?マニアックなのに知ってる人がいるなんて嬉しい!」
……雨宮さんとはすぐ仲良くなれそうだ。
代名詞で呼んで申し訳なくなってきた。
「あ、そうそう、これも。あざらしちゃんのオトモのらっこさん。
私この子ね、5年前に知ったの!」
……5年前か、このキャラクターにハマったのは私と同じくらいだ。でも身の回りの物を見る限りヘビーユーザーとかでは無さそうだ。




「楓ちゃん、お昼一緒に食べていいかな?」
雨宮さんからお昼に誘われた。丁寧そうな彼女には少し不釣合いなコンビニのおにぎりが置いてある。
「……いいよ、雨宮さんはコンビニ派なんだ?意外だね」
「うん、引っ越したばかりでまだ片付けが終わってなくて。次の休みまではコンビニ生活かも」
学校があると片付けも大変でしょー?
ビニールを引っ張りながら彼女は私の弁当を覗き込む。
「ミートボールすきなんでしょ?」
「……え?なんで?」
「んー、なんとなく!ほら、他の具に比べていっぱい入ってるから」
「あー……確かに、小さい頃私が美味しいって言ってからずっと多めに入ってるんだよね。
でも今は別にそんなに好きじゃないっていうか……」

「あー、変わったんだね」

彼女はほんの一瞬だけ目を伏せ小さく呟いた。
私は特に気にもとめず、そこからは先程と変わらず他愛ない会話が続いた。




「楓ちゃん、帰宅部だよね?一緒に帰ろうよ」
「あー、いいよ?」
「良かった!帰り道ね、同じ方向なんだけどまだ1人だと少し心細くて、嬉しい」
住宅もほとんどない、田んぼと畑だけが続く道を歩く。
轢かれた虫、カエルの鳴き声、都会の人にはしんどくないだろうか?
「……雨宮さん、この辺虫多いけど大丈夫?慣れてないでしょ」
「え?大丈夫だよ!ありがとう、楓ちゃんに気を使って貰える日が来るなんて、嬉しい」
「……そんな大袈裟な」
先程からかなり私をリスペクトしているように感じるけど、私何かしたかな……

「ねぇ、楓ちゃん。コタロウは元気?」
「……コタロウ?」
コタロウは2年ほど前に亡くなった近所の雑種である。
「もう居ないんだよね……おじいちゃんだったから。……雨宮さんってこの辺の人だったの?東京から越してきたって言ってたよね」
「え?ずっと東京だよ?」
「……じゃあ親戚がこの辺に住んでるとか?」
「いや?誰もいない」
彼女の表情は相変わらず微笑んだまま。
私は得体の知れない恐怖と好奇心が疼いた。

「……ちょっと聞いていい?」
恐る恐る口を開くと、彼女はぱぁっと嬉しそうな顔をして「うん!」と答えた。


「なんで初めて会った時、名前を知ってたの?」
何も話してないのに、昔好きだった食べ物もコタロウの事も……よく考えたら家のルートも教えてない。

私の問いを聞くと彼女は微笑みながらこう言った。


「"真希の日記"ってしってる?」


「真希の日記……?」
真希とは私の母である。スマホをポチポチしている事が多い母だが、ブログを書く趣味があるとは知らなかった。
「うん、私ね?10年前から愛読してるの。ブロガーの真希さんの日々の記録が載せられている。失礼かもしれないけど別に面白くて読んでる訳じゃないの。」

まっすぐ私だけを見て答える彼女は綺麗だが少し狂気じみていた。
「……じゃあ、なんで?」

「楓ちゃん、あなたに惹かれたの」

「……私?」
私の手を絶対に離せない強さで握り彼女は言葉を続ける。蒸し暑さとは縁遠い、ひんやりとした手のひらだった。

「好きな食べ物はミートボール、得意な運動は水泳。好きな科目は技術で苦手科目は国語。毎日の日課は帰り道コタロウと遊ぶことで最近はオンラインゲームにハマってる。」

「……は?なんでそんな事……」
「住所年齢通ってた小学校から高校、通学ルートまで、調べたらすぐわかった。真希さんは少し慎重になるべきだよね」
"自分は何も間違っていない"と言いたげな表情で更に続ける。
「……でもね、最近楓ちゃんに関する投稿がぐっと減ったの……仕方ないよね、思春期だし。でも私、いても経っても居られなくて……
だから同じ学校に転校してきたの」

……聞かなければ良かった。
「家も近くなんだよ?毎朝迎えに行くからね!
……あ!彼氏なんか作ったらダメだよ?楓ちゃんかわいいから心配!
でも嬉しい……これからは毎日一緒だね!大学生になったらさ、一緒に住もうよ!
これからは私達、ずーっと一緒だよ」


蒸し暑い6月末に
全身から寒気を感じた。



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「今日からうちのクラスに転校してきた雨宮さんだ」
6月末、ベタつく前髪に苛立ちを覚える。
1人涼しそうな顔をした女が、長い髪をなびかせて教室に入る。
「雨宮です。よろしくお願いします。」
透き通る声、ガラスのような透明感が夏休み前の浮ついた男共を活気づける。
「雨宮の席はあそこな」
そう言って私の隣の空いてる席を指さした。
彼女が通る場所はひんやり涼しくなり、まるで蒸し暑い部屋に時々入ってくる風のようで一気にクラスの心を奪っていった。
朝礼後、あの女が話しかけてきた。
「楓ちゃん、はじめまして、よろしくね」
「……え?よろしく……」
女は私の筆箱を見てこう続けた。
「そのあざらしちゃん知ってるよ!その筆箱、河上水族館とコラボしてた時のやつだよね」
「……ほんとに!?マニアックなのに知ってる人がいるなんて嬉しい!」
……雨宮さんとはすぐ仲良くなれそうだ。
代名詞で呼んで申し訳なくなってきた。
「あ、そうそう、これも。あざらしちゃんのオトモのらっこさん。
私この子ね、5年前に知ったの!」
……5年前か、このキャラクターにハマったのは私と同じくらいだ。でも身の回りの物を見る限りヘビーユーザーとかでは無さそうだ。
「楓ちゃん、お昼一緒に食べていいかな?」
雨宮さんからお昼に誘われた。丁寧そうな彼女には少し不釣合いなコンビニのおにぎりが置いてある。
「……いいよ、雨宮さんはコンビニ派なんだ?意外だね」
「うん、引っ越したばかりでまだ片付けが終わってなくて。次の休みまではコンビニ生活かも」
学校があると片付けも大変でしょー?
ビニールを引っ張りながら彼女は私の弁当を覗き込む。
「ミートボールすきなんでしょ?」
「……え?なんで?」
「んー、なんとなく!ほら、他の具に比べていっぱい入ってるから」
「あー……確かに、小さい頃私が美味しいって言ってからずっと多めに入ってるんだよね。
でも今は別にそんなに好きじゃないっていうか……」
「あー、変わったんだね」
彼女はほんの一瞬だけ目を伏せ小さく呟いた。
私は特に気にもとめず、そこからは先程と変わらず他愛ない会話が続いた。
「楓ちゃん、帰宅部だよね?一緒に帰ろうよ」
「あー、いいよ?」
「良かった!帰り道ね、同じ方向なんだけどまだ1人だと少し心細くて、嬉しい」
住宅もほとんどない、田んぼと畑だけが続く道を歩く。
轢かれた虫、カエルの鳴き声、都会の人にはしんどくないだろうか?
「……雨宮さん、この辺虫多いけど大丈夫?慣れてないでしょ」
「え?大丈夫だよ!ありがとう、楓ちゃんに気を使って貰える日が来るなんて、嬉しい」
「……そんな大袈裟な」
先程からかなり私をリスペクトしているように感じるけど、私何かしたかな……
「ねぇ、楓ちゃん。コタロウは元気?」
「……コタロウ?」
コタロウは2年ほど前に亡くなった近所の雑種である。
「もう居ないんだよね……おじいちゃんだったから。……雨宮さんってこの辺の人だったの?東京から越してきたって言ってたよね」
「え?ずっと東京だよ?」
「……じゃあ親戚がこの辺に住んでるとか?」
「いや?誰もいない」
彼女の表情は相変わらず微笑んだまま。
私は得体の知れない恐怖と好奇心が疼いた。
「……ちょっと聞いていい?」
恐る恐る口を開くと、彼女はぱぁっと嬉しそうな顔をして「うん!」と答えた。
「なんで初めて会った時、名前を知ってたの?」
何も話してないのに、昔好きだった食べ物もコタロウの事も……よく考えたら家のルートも教えてない。
私の問いを聞くと彼女は微笑みながらこう言った。
「"真希の日記"ってしってる?」
「真希の日記……?」
真希とは私の母である。スマホをポチポチしている事が多い母だが、ブログを書く趣味があるとは知らなかった。
「うん、私ね?10年前から愛読してるの。ブロガーの真希さんの日々の記録が載せられている。失礼かもしれないけど別に面白くて読んでる訳じゃないの。」
まっすぐ私だけを見て答える彼女は綺麗だが少し狂気じみていた。
「……じゃあ、なんで?」
「楓ちゃん、あなたに惹かれたの」
「……私?」
私の手を絶対に離せない強さで握り彼女は言葉を続ける。蒸し暑さとは縁遠い、ひんやりとした手のひらだった。
「好きな食べ物はミートボール、得意な運動は水泳。好きな科目は技術で苦手科目は国語。毎日の日課は帰り道コタロウと遊ぶことで最近はオンラインゲームにハマってる。」
「……は?なんでそんな事……」
「住所年齢通ってた小学校から高校、通学ルートまで、調べたらすぐわかった。真希さんは少し慎重になるべきだよね」
"自分は何も間違っていない"と言いたげな表情で更に続ける。
「……でもね、最近楓ちゃんに関する投稿がぐっと減ったの……仕方ないよね、思春期だし。でも私、いても経っても居られなくて……
だから同じ学校に転校してきたの」
……聞かなければ良かった。
「家も近くなんだよ?毎朝迎えに行くからね!
……あ!彼氏なんか作ったらダメだよ?楓ちゃんかわいいから心配!
でも嬉しい……これからは毎日一緒だね!大学生になったらさ、一緒に住もうよ!
これからは私達、ずーっと一緒だよ」
蒸し暑い6月末に
全身から寒気を感じた。