敷かれたレール
ー/ー「百合香、風呂入りなさい」
平日17時のアニメは1週間を乗り越えるためのご褒美だった。
私は聞こえないふりをして、目の前の映像だけに集中する。
「風呂に入りなさい!!」
その声は全てをかき消すほど大きく、耳がジリジリした。
ため息をついて立ち上がり、仕方なく風呂場に向かう。
ここで行かないとどんどん煩くなるから。
「頭ちゃんと洗いなさいね、今日汗臭いから」
余計なひと言に返事すらしたくなくなる。
「あ!シャンプーはオレンジのやつ使いなさいね!」
……突然大きな声を出すのは辞めてほしい。
「あんたは義末高校の情報科に入りなさい将来仕事困らないから」
たくさんのパンフレットがまるで見えていないかのように、ファイルから進路表を取り出し記名をする。
「私、ここの美術科に行きたいんだけど…」
眉間にしわが寄る、目の前の顔は少し不機嫌そうだ。
「なにそこ、家から遠いじゃないの!私が通うのが大変になる!
……あと美術科行っても仕事なんてないんだから辞めなさい!」
義末高校なら近いから送り迎えも出来るし、多めにお小遣いもあげるから!
だそうで、私に選択権は無さそうだ。
「スクールバッグにこんな化粧品入れてていいの?」
目の前でカバンの中身を全て出される。
「流石にやめて、もう高校生だよ!」
手を振り払うも鼻で笑い再度作業を進める。
「あんたが忘れ物したら怒られるでしょ?
お母さんはそうなって欲しくないのよ〜」
教科書、ノート、下敷き。シャーペンは芯の本数まで。
「HBの細いシャーペンは使いにくいから、お母さんのこれを使いなさい」
シャーペンを入れ替えて、気が済んだのか丁寧に中身をもとに戻す。
「あ、歯ブラシは新しいの使いなさいね
あと今日あんたの好きなお笑いやってるから早く風呂入りなさい」
適当に相槌を打ち風呂場に向かう。
「……本当にあの子は私がいないと駄目ね」
「小田さんこれ間違えてるよ〜」
キーボードの軽やかな音、電話の声。
私は手を止め右上を向く、A4用紙に付箋が2つ
「あ…、すみません」
頭を下げ、エンターキーをただ見つめる。
頭が重く持ち上がらない。
「気をつけてね」の声にトゲを感じた。
怖い。目を合わせられない。
私はこんなくだらないミスをする人間なんだ。
何もできない、本当に使えない。
やっぱり私は駄目なんだ。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
私を殺してください。
「しばらくゆっくりしなさい、あんたにはあの仕事は難しすぎたのよ」
居間で通販番組が流れる。
全自動腹筋マシン29800円が今ならなんと15000円だそう。
「次は短時間のパートにしなさい」
スーパー、コンビニ、ドラッグストア。
愛想悪いから向いてないかも。
「まだお父さんも元気だから、気分転換でいいのよ
あ、お昼は冷凍パスタ食べなさい」
フリーダイヤルの歌がやけにはっきりと聞こえた
「洗濯物やったよ、ご飯も作った冷凍庫に入ってるご飯をチンして作った」
「あぁ、そう」
「食器用洗剤はどれを買ったらいい?ついでになにか食材買ったほうがいい?」
「うん、トマトを買っといて……砂糖かけて食べなさい」
「テレビは、今日は何を見たらいい?」
「あのね、百合香、あんたね……幸せにね、なりなさい」
細く血管が浮き出たシワだらけの手の甲にたくさんの点滴跡。管だらけの体。
「仕事をしなさい……あんたは」
息が遠く、小さな声。
「お母さん」
私は目の前の細い指を握り真っ直ぐ目を合わせる。
「あなたがね、あなたが、私をこうさせたのよ
生きづらいよ、私はね、仕事もろくにできないのよ
あの時美術科に行ってれば、私はこうはなってなかったのに
もっといいね貰えて、お金稼げてたのに
あなたが事務がいいって言ったからこうなったの
あなたがね、このどうしようもない化け物を作ったの
責任をとって、責任をちゃんと、とって
どうしたらいいの」
「……そうだ…ごめんね」
ベッドサイドモニタのアラームが鳴った。
「万が一の事態に備えてください」
頭を下げて医者は部屋を出た。
ここには私とお母さんの二人水入らずだ。
「お母さん、備えるってなに」
「………」
「お母さん、歯ブラシが開いてきてストックもない」
「………」
荒い息だけが室内に残る。
「お母さん私この後何したらいい?私一人だと何もできない」
母は重いまぶたをあげて口を開く。
「わかった」
私はノートの切れ端とボールペンを取り部屋を出る。
遠くからベッドサイドモニタの長い音が聞こえる。
私はエレベーターで屋上へ向かった。
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