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ー/ー



 ――俺の彼女はいわゆるツンデレ属性だ。
おわりおわり 見た目ものすごく可愛いんだけど、いや、ホント、世界の三大美女と並んでもまったく引けを取らないくらいに可愛いんだけど、これがなかなか素直じゃない。
 いつもツンツンしていてデレがないのだ。
 その上かなりバイオレンスだから、付き合うのは命懸け。ええ命懸けですとも。
 そんな彼女――浅野(あさの)ひかると俺――梅倉涼夜(うめくらりょうや)が同棲生活を始めてもうすぐ半年が過ぎようとしていた時、事件は起きた。


「アンタさ、あたしのことナメてんの? いっぺん地獄、堕ちてみる?」


 地を這うような低い、けれども静かな彼女の声が俺の鼓膜を震わせる。
 目の前で腕組みをして胡座をかいている彼女の少女のように可愛い顔は、先ほどから無表情を保ち続けていた。
 一方俺はもうかれこれ一時間くらい正座のまま。そろそろ足の指が限界を迎えようとしている。
 血が、止まる!


「約束、まさか忘れたわけじゃないでしょうね?」


 普通の子よりもやや大きい二重の瞳が、苛立たしげに細まる。
 俺はふるふると首を振り、蚊の鳴くような声で覚えてますと答えるのがやっとだった。


「ならどうしてあんなもの買ったの? 喧嘩売ってんの、ねえ、ああ?」


 徐々に悪くなっていくひかるちゃんの口調に、俺は身震いする。
 来る、バイオレンスが来る!
 俺は両手を真上に掲げ、そのまま畳に突っ伏した。
 一言で説明するなら、土下座だ。


「わ、悪かった! 俺が悪かった! お金はなるべく切り詰めて、早くお金貯めて結婚するって約束だったもんな。そのためにひかるちゃんも靴とか服とかマグロの姿煮とか我慢してるんだもんな。わかってはいたんだよ……。だけど――」


 俺はぐっと拳を握り、唇を噛んだ。


「だからこそ、ひかるちゃんにあの服着てほしかったんだ! 俺の安い給料じゃブランドも何も買ってやれなくて、いっつも不自由な思いさせてると思ったから! だから……っ、だからせめて世界一可愛いキミに、一番似合う服を……っ!」


 そこで俺の言葉は途切れる。
 なんと、ひかるちゃんが笑っていたのだ。普段なら滅多に見せることのない、まさに天使のような極上の微笑み。
 ついに彼女にデレ期到来か!?


「わ、わかってくれたんだね、俺の気持ちっ」
「歯、食いしばれや」
「…………え?」


 彼女の言葉を疑問に思ったのもつかの間、神速的スピードで伸びてきた彼女の腕に、胸ぐらを掴まれていた。


「ひいっ……」
「何が一番似合う服をだ? ざけたこと言ってんじゃねーぞコラ! てめーが買って着たのはメイド服じゃねぇかよ! こんな外にも着ていけねえような服、どこで着ろってんだ!」
「い、家で……っ、俺だけのために……」
「あのなー、金に余裕があるならおまえの趣味にゴチャゴチャ言わん。絶対着ねーけど、即効破いて燃やすけどっ! とりあえず買うことだけは許す」
「それじゃ意味な……グホッ」


 さらにきつく締め上げられて、俺の言葉はそこで途切れる。
 く、空気の通り道が!
 見ると彼女の白い細腕は、ぷるぷると震えていた。
 あれは紛れもない怒りだ。
 来る、罵声だけじゃなくて、拳が! 足が! リモコンがぁ!
 彼女の腕力をナメちゃいけない。彼女、この間安売りしていた十キロのコメを三つ右肩に乗せて、走ってましたから!


「覚悟はできてんだろーな? 言い訳ばっかしてる悪い子にゃ、お仕置きが必要だ!」


 胸ぐらを掴む手はそのまま、彼女は空いている方の手で拳を作ってみせた。
 本気だ、これは本気の目だ!


「お、落ちつくんだひかるちゃあああん!!」


 俺は彼女の肩に両手をおいて、彼女の荒ぶった心を鎮めようとした。
 そうしてどうにか立ち上がったが、一時間以上正座していた足は猛烈に痺れていた。


「ぬおっ!!」


 俺はバランスを崩し、真後ろへと倒れこんだ。
 ガツンという激しい音と、頭に強い衝撃。
 そういえば、後ろにはタンスが……。
 俺の目の前には、お星様がキラキラと瞬いていた。


「リョウ! リョウ……!!」


 遥か彼方で、天使が俺を呼んでいる。
 そんな声に恍惚としながらも、俺は意識を手放した――。




 ――小さい頃からずっと、二歳年上の天真爛漫な彼女が好きだった。俺たちは幼なじみだった。
 あの頃からツンデレ属性とバイオレンスな性格は変わらなかったけど、そのせいでよく怪我もしていたけれど、なんだかんだで俺のことを構ってくれる彼女のことが大好きだったのだ。
 彼女の愛らしい顔や声も、猪を素手でのしたあの怪力も。
 いろいろなところが人間を超越していて、だからこそ俺のアイドルだった。
 笑いたければ笑えばいい。
 たとえ周りからドMな変態だと罵られても、俺は彼女の一握りのデレを待ち続ける。
 そう決めたんだ――。


「……リョウ、ねえ、リョウってば」


 泣きそうな声がする。
 俺はゆっくりと瞳を開けた。
 目の前には――メイド……さん?


「良かったー目、開いたっ」


 そしてこの声は、ひかるちゃん?
 俺はベッドから飛び起きた。途端に額から何かが落ちた。
 拾いあげると、それは白い濡れタオルだった。
 そして目の前にはやはり、俺の買ったメイド服を着たひかるちゃんの姿だ。


「なんで……」
「ち、違うのっ! これはその、お詫びというか。あたしのせいで怪我しちゃったんだし」


 恥ずかしそうにもじもじしながら、何か言っている。けれども軽い耳鳴りがしてよく聞き取れなかった。


「それにこのメイド服……すごく高かったんでしょ? 明日捨てるのは譲らないけど、もったいないって思ったのよ! 別に、アンタのためなんかじゃ……」
「そうか、これは夢なのか!」
「…………は?」
「だって、ひかるちゃんがこんな優しいはずないもん」
「なんですって?」


 そうだよ、こんなの嬉しすぎる夢に決まってる。
 夢なら何も怖くない。彼女のバイオレンスだって。
 俺はメイド服姿の彼女を思い切り抱きしめた。


「愛してるよ、ひかるちゃん!」




耳元で息を呑む気配がしたけれど、構わず続けた。
 大丈夫、夢なんだから。


「ずっとデレを待ってるから。バイオレンスは怖いけど、愛してるんだから。おじいさんになってもずっとずっと愛してるから」
「え?」


 そこで俺は気が抜けて、替わりに強烈な睡魔に襲われた。仕事疲れかな。夢の中なのに睡魔とか笑える。
 俺は戸惑う彼女を残して、ベッドへと倒れこんだ。
 薄目を開けると、やはりまだメイド姿だ。
 彼女は大きくため息を吐いた。


「呆れた。夢と現(うつつ)の区別もつかないなんて。明日は病院でレントゲンね」


 それから薄く微笑む。


「もう、勝手に夢だと思っていればいいわ。そうよ、これは一夜限りの夢よ。明日からはまた働き蜂のようにコキ使って、虐めてあげる。泣き出しそうなアナタが、たまらなく好きなんだから」


 言葉はよくわからなかった。
 ただ、俺の髪を梳く彼女の手は優しい。
 俺は目を閉じた。
 とても幸せな気分だ。
 瞼の裏には俺だけの天使。
 そうして意識を落とす寸前まで、俺は一夜限りの甘い夢に酔いしれていた――。






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おわりおわり 見た目ものすごく可愛いんだけど、いや、ホント、世界の三大美女と並んでもまったく引けを取らないくらいに可愛いんだけど、これがなかなか素直じゃない。
 いつもツンツンしていてデレがないのだ。
 その上かなりバイオレンスだから、付き合うのは命懸け。ええ命懸けですとも。
 そんな彼女――浅野(あさの)ひかると俺――梅倉涼夜(うめくらりょうや)が同棲生活を始めてもうすぐ半年が過ぎようとしていた時、事件は起きた。
「アンタさ、あたしのことナメてんの? いっぺん地獄、堕ちてみる?」
 地を這うような低い、けれども静かな彼女の声が俺の鼓膜を震わせる。
 目の前で腕組みをして胡座をかいている彼女の少女のように可愛い顔は、先ほどから無表情を保ち続けていた。
 一方俺はもうかれこれ一時間くらい正座のまま。そろそろ足の指が限界を迎えようとしている。
 血が、止まる!
「約束、まさか忘れたわけじゃないでしょうね?」
 普通の子よりもやや大きい二重の瞳が、苛立たしげに細まる。
 俺はふるふると首を振り、蚊の鳴くような声で覚えてますと答えるのがやっとだった。
「ならどうしてあんなもの買ったの? 喧嘩売ってんの、ねえ、ああ?」
 徐々に悪くなっていくひかるちゃんの口調に、俺は身震いする。
 来る、バイオレンスが来る!
 俺は両手を真上に掲げ、そのまま畳に突っ伏した。
 一言で説明するなら、土下座だ。
「わ、悪かった! 俺が悪かった! お金はなるべく切り詰めて、早くお金貯めて結婚するって約束だったもんな。そのためにひかるちゃんも靴とか服とかマグロの姿煮とか我慢してるんだもんな。わかってはいたんだよ……。だけど――」
 俺はぐっと拳を握り、唇を噛んだ。
「だからこそ、ひかるちゃんにあの服着てほしかったんだ! 俺の安い給料じゃブランドも何も買ってやれなくて、いっつも不自由な思いさせてると思ったから! だから……っ、だからせめて世界一可愛いキミに、一番似合う服を……っ!」
 そこで俺の言葉は途切れる。
 なんと、ひかるちゃんが笑っていたのだ。普段なら滅多に見せることのない、まさに天使のような極上の微笑み。
 ついに彼女にデレ期到来か!?
「わ、わかってくれたんだね、俺の気持ちっ」
「歯、食いしばれや」
「…………え?」
 彼女の言葉を疑問に思ったのもつかの間、神速的スピードで伸びてきた彼女の腕に、胸ぐらを掴まれていた。
「ひいっ……」
「何が一番似合う服をだ? ざけたこと言ってんじゃねーぞコラ! てめーが買って着たのはメイド服じゃねぇかよ! こんな外にも着ていけねえような服、どこで着ろってんだ!」
「い、家で……っ、俺だけのために……」
「あのなー、金に余裕があるならおまえの趣味にゴチャゴチャ言わん。絶対着ねーけど、即効破いて燃やすけどっ! とりあえず買うことだけは許す」
「それじゃ意味な……グホッ」
 さらにきつく締め上げられて、俺の言葉はそこで途切れる。
 く、空気の通り道が!
 見ると彼女の白い細腕は、ぷるぷると震えていた。
 あれは紛れもない怒りだ。
 来る、罵声だけじゃなくて、拳が! 足が! リモコンがぁ!
 彼女の腕力をナメちゃいけない。彼女、この間安売りしていた十キロのコメを三つ右肩に乗せて、走ってましたから!
「覚悟はできてんだろーな? 言い訳ばっかしてる悪い子にゃ、お仕置きが必要だ!」
 胸ぐらを掴む手はそのまま、彼女は空いている方の手で拳を作ってみせた。
 本気だ、これは本気の目だ!
「お、落ちつくんだひかるちゃあああん!!」
 俺は彼女の肩に両手をおいて、彼女の荒ぶった心を鎮めようとした。
 そうしてどうにか立ち上がったが、一時間以上正座していた足は猛烈に痺れていた。
「ぬおっ!!」
 俺はバランスを崩し、真後ろへと倒れこんだ。
 ガツンという激しい音と、頭に強い衝撃。
 そういえば、後ろにはタンスが……。
 俺の目の前には、お星様がキラキラと瞬いていた。
「リョウ! リョウ……!!」
 遥か彼方で、天使が俺を呼んでいる。
 そんな声に恍惚としながらも、俺は意識を手放した――。
 ――小さい頃からずっと、二歳年上の天真爛漫な彼女が好きだった。俺たちは幼なじみだった。
 あの頃からツンデレ属性とバイオレンスな性格は変わらなかったけど、そのせいでよく怪我もしていたけれど、なんだかんだで俺のことを構ってくれる彼女のことが大好きだったのだ。
 彼女の愛らしい顔や声も、猪を素手でのしたあの怪力も。
 いろいろなところが人間を超越していて、だからこそ俺のアイドルだった。
 笑いたければ笑えばいい。
 たとえ周りからドMな変態だと罵られても、俺は彼女の一握りのデレを待ち続ける。
 そう決めたんだ――。
「……リョウ、ねえ、リョウってば」
 泣きそうな声がする。
 俺はゆっくりと瞳を開けた。
 目の前には――メイド……さん?
「良かったー目、開いたっ」
 そしてこの声は、ひかるちゃん?
 俺はベッドから飛び起きた。途端に額から何かが落ちた。
 拾いあげると、それは白い濡れタオルだった。
 そして目の前にはやはり、俺の買ったメイド服を着たひかるちゃんの姿だ。
「なんで……」
「ち、違うのっ! これはその、お詫びというか。あたしのせいで怪我しちゃったんだし」
 恥ずかしそうにもじもじしながら、何か言っている。けれども軽い耳鳴りがしてよく聞き取れなかった。
「それにこのメイド服……すごく高かったんでしょ? 明日捨てるのは譲らないけど、もったいないって思ったのよ! 別に、アンタのためなんかじゃ……」
「そうか、これは夢なのか!」
「…………は?」
「だって、ひかるちゃんがこんな優しいはずないもん」
「なんですって?」
 そうだよ、こんなの嬉しすぎる夢に決まってる。
 夢なら何も怖くない。彼女のバイオレンスだって。
 俺はメイド服姿の彼女を思い切り抱きしめた。
「愛してるよ、ひかるちゃん!」
耳元で息を呑む気配がしたけれど、構わず続けた。
 大丈夫、夢なんだから。
「ずっとデレを待ってるから。バイオレンスは怖いけど、愛してるんだから。おじいさんになってもずっとずっと愛してるから」
「え?」
 そこで俺は気が抜けて、替わりに強烈な睡魔に襲われた。仕事疲れかな。夢の中なのに睡魔とか笑える。
 俺は戸惑う彼女を残して、ベッドへと倒れこんだ。
 薄目を開けると、やはりまだメイド姿だ。
 彼女は大きくため息を吐いた。
「呆れた。夢と現(うつつ)の区別もつかないなんて。明日は病院でレントゲンね」
 それから薄く微笑む。
「もう、勝手に夢だと思っていればいいわ。そうよ、これは一夜限りの夢よ。明日からはまた働き蜂のようにコキ使って、虐めてあげる。泣き出しそうなアナタが、たまらなく好きなんだから」
 言葉はよくわからなかった。
 ただ、俺の髪を梳く彼女の手は優しい。
 俺は目を閉じた。
 とても幸せな気分だ。
 瞼の裏には俺だけの天使。
 そうして意識を落とす寸前まで、俺は一夜限りの甘い夢に酔いしれていた――。