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寂しがり屋の龍

ー/ー




 私は、海辺で空を見ていた。

 青く澄んだ色の中に、綿のような雲。

 そしてうるさく鳴くセミたちが、この暑苦しい季節を更に暑くする。

「はぁ、暇だなぁ」

 私はため息をついて砂浜の上に寝転がった。
 熱い砂が肌をじんわりと温める。

 夏休みも後半。
 宿題はほぼ終わってる。

 この二泊三日のお出かけは、すごく憂鬱だ。

 お墓参りのために、祖父の家にお泊りなのだけど、ここはド田舎で、娯楽もほとんど無い。
 ゲームにも飽きた私は、古めかしい家を出て海に来ていた。

「早く帰りたいなぁ」

 なんて、口から出た直後、一人の男性が私のことを覗き込んだ。
 その人は頭に二本の角が生えていて、真っ白な髪を長く伸ばしている。
 白い髪に日の光と空の青が重なって、キラキラと輝いていた。

「こんな場所で昼寝かい?」 

 男性は微笑む。
 とても綺麗で、私の胸がドキドキと音を立てた。

「あ、いいえ、お昼寝では無いです」

 慌てて私は体を起こす。
 男性はにこにこ笑いながら、私を見ていた。

 あの角は本物だろうか?
 いや、本物なわけないか。
 だとするとコスプレ?

 こんな田舎でコスプレしながら歩いているのか?
 イケメンなのにちょっとヤバい人かも。

 何とかこの人から逃げねば!

 などと思っていると、男性は声をあげて笑う。
 何で笑った?

「あはは、いやいや、笑ってすまないね、ちなみにボクの角は本物だよ」
「え?!」

 この男、私の心を読んだ?!

「そう、心が読めるんだ」

 言われて私はびっくりした。
 男は私の隣に座る。

「ちょっとだけ、ボクに時間をくれない?」

 時間って……とも考えたが、私は本物の角を持った男に興味を抱いた。
 だから、時間をくれてやろうと思う。

「それは良かった」

 男が言った。

「いちいち私の心を読まないでくれますか」

 私が言うと、彼は「分かった」と返す。
 私は頷いた。

「実はね、ボクはこの村を守る龍神なんだ」

 龍神?
 マンガやゲームでしか聞かない響きだ。
 男の言葉を信じてるわけでは無いが、確かにこの人は人外だろうと思う。

 だって、人間でこんなに綺麗な人を見たことがないもん。

「昔はすごかったよ、村の人達はボクのためにお祭りをしてくれたり、供え物をしてくれたり。 何か願い事があれば、祈ってもくれた」

 男……龍神は思い出に浸るように、穏やかな表情をしている。

「でも、今はね、お祭りも、供え物も無くなった……仕方のないこと、なんだけど。 それに、ボクを信じてくれている人たちは歳を重ねて、体が不自由になってしまったり、次の段階へと旅立ってしまったりでね」

 喋る龍神の横顔から、笑みが消えた。
 悲しげな眼差しを、海の方へと向けている。

 確かに、私が小さい頃はお祭りがあった気がするけど、いつの間にかお祭りは無くなっていた。

「どうにも寂しくて……ね」

 龍神は下を向く。

「そっか、それは辛いですね」

 そうとしか返せなかった。

「確か、君の名前はミツバだよね」

 と、急に私の名前を言い当てられた。
 私は驚いて目を見開く。
 さすが神様……。

「ボクはレイヤ」

 龍神が名乗った。
 レイヤか、名前はそんなに古臭くないんだなぁ。

「さすが神様ですね、私の名前を言い当てるなんて」

 私が返すとレイヤはくすりと笑う。

「毎年この村に来ているでしょう? 昔、お祭りにも来てくれていたし、君のお母さんがよく『ミツバ』って呼んでいたから」

 へぇ、私の名前を当てたのは神通力的なものでは無いんだ。
 神様って実は万能じゃない感じ?

「確かに、小さい頃は私がじっとしてなかったから、しょっちゅう名前を呼ばれてた気がします」

 私は思い出しながら言った。

「ねえミツバ」
「はい?」

 私がレイヤの方を向くと、彼は私を真っ直ぐに見ている。
 吸い込まれそうな青い瞳が綺麗で、私は呼吸が止まりそうになった。

「ボクを、忘れないでいてくれる?」

 真剣な顔で、レイヤが言う。
 こんな綺麗な人……神様を、忘れることなんて出来やしないと思った。

 だから私は頷く。

 するとレイヤは笑顔になった。

 綺麗で、穏やかな笑顔だ。

「さてと、じゃあボクは行くね、貴重な時間を有難う」

 レイヤは立ち上がる。
 強い風が吹いて、私は目に砂を入れまいと目を閉じた。

 風がおさまって目を開けると、もうレイヤの姿は無かった。

 でも、砂の上にレイヤが座った跡が、少しだけ残っている。
 だから、夢じゃないんだなと、私は思った。



 家に戻ると、母が干していた布団を取り込んでいた。
 父と祖父は居間で将棋をしている。

「ね、おじいちゃん」

 私が呼びかけると、祖父は「なんだい?」と優しく聞いてくれた。
 私は祖父の隣に座る。

「この村を守ってる龍神って、知ってる?」

 そう聞いてみると、祖父の表情は一気に暗くなった。

「ああ、まあな、知っとるよ」

 祖父は悲しそうな顔で言う。

「何でお祭りが無くなったの? もう村のみんなは龍神を信じてないの?」

 私が更に聞くと、祖父が下を向いてしまう。
 しまった、聞いたらまずかったかも。

「ミツバ」

 父が叱るように強い口調で私を呼ぶ。

「いいんだいいんだ、ミツバは小さかったから、分からなくても仕方ない」

 祖父に言われ、つり上がっていた父のまゆが下がる。

「実はなミツバ、ミツバが五歳の頃に、土砂崩れがおきたんだよ……その土砂崩れで神社が埋まってしまったんだ……不思議だがね、神社のところで土砂崩れは止まってな、神主も出かけていて無事でね、村の人にも犠牲者は出なかった。 だがね、神社と一緒に龍神様の御神体も埋まってしまったんだよ」

 祖父の目に涙が浮かぶ。
 神社で土砂崩れが止まったってことは、レイヤは村人を守ったってことだよね?

「それから祭りも無くなって、龍神様を信じていた人間も、年齢に負けて動けなくなったり、亡くなってしまったりしてな……御神体を掘りおこすことができずに、感謝を伝えることも、できなんだ」

 ぽろり、と祖父の目から涙がこぼれ落ちた。
 土砂崩れ……だからレイヤは『仕方のないこと』って言ってたんだ。

 その話しを聞いた私は、レイヤにすごく会いたくなった。

 だから、私は家を飛び出した。
 何処に行けばレイヤに会えるのか分からないけど、とにかく海に向かった。

 セミが鳴く。

 空の色が淡く赤みを帯びる。

 砂浜についた私は、大きく息を吸った。

「レイヤー! もう一度出てきてー!」

 自分が出せる限界の大声で、レイヤを呼ぶ。

「レイヤー!」

 何度も呼んだ。

「レイヤぁ」

 喉の奥がぴりぴりする。
 もう、会えないのかな?
 伝えたいことがあるのに。

 もう一回、もう一回だけ呼ぼう。

「れ……」
「どうしたの?」

 レイヤ、と呼ぼうとしたら、声がした。

 振り向くとそこにはレイヤが立っている。
 夕日の色が髪を染めていて、その綺麗な姿は、神々しい。

「あの、レイヤに言わなきゃいけない事があるの」

 レイヤの目を見て、私は口を開く。

「私のおじいちゃん、レイヤに感謝してる。 埋もれた御神体のことも、掘り出せなくて悔しい思いをしてる。 だから、おじいちゃんと私は、レイヤのことを絶対忘れない!」

 勢いに任せて言って、私はハッとする。

 私、敬語を忘れてた。
 神様相手にタメ口で言っちゃった!

 恐る恐るレイヤを見る。

 レイヤが、泣いていた。

 声も上げず、ただ涙を流していた。

「れ、レイヤ様?」

 呼びかけると、レイヤは涙をぬぐって私に笑顔を見せる。

「嬉しいなぁ、すごく嬉しい」

 鼻の頭を赤くして、笑顔でレイヤが言う。
 私も思わず笑顔になった。

「有難う、ミツバ」

 レイヤは私に頭を下げる。
 そして頭を上げたレイヤは優しい表情で私を見た。

「ミツバ……来年もボクと会ってくれる?」

 そう聞かれた私は、頷く。

「もちろん」

 私が返すと、レイヤはにっこり笑った。
 そして私の方に手を差し出す。

 私はその手を握って、握手した。

 レイヤの手綺麗だな。

 そんな雑念を抱いた私に、レイヤはくすりと笑う。

「手を褒めてくれて有難う、ボクに様をつけなくていいし、タメ口でも大丈夫だからね」

 そう言われて私の顔が熱くなる。

「心読むの禁止!」
「ああ、ごめん」

 次の瞬間、私とレイヤは声をあげて笑った。

 夏の空の下、私は龍神と友達になれた。

 この先もずっと、私はレイヤを忘れないだろう。


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 私は、海辺で空を見ていた。
 青く澄んだ色の中に、綿のような雲。
 そしてうるさく鳴くセミたちが、この暑苦しい季節を更に暑くする。
「はぁ、暇だなぁ」
 私はため息をついて砂浜の上に寝転がった。
 熱い砂が肌をじんわりと温める。
 夏休みも後半。
 宿題はほぼ終わってる。
 この二泊三日のお出かけは、すごく憂鬱だ。
 お墓参りのために、祖父の家にお泊りなのだけど、ここはド田舎で、娯楽もほとんど無い。
 ゲームにも飽きた私は、古めかしい家を出て海に来ていた。
「早く帰りたいなぁ」
 なんて、口から出た直後、一人の男性が私のことを覗き込んだ。
 その人は頭に二本の角が生えていて、真っ白な髪を長く伸ばしている。
 白い髪に日の光と空の青が重なって、キラキラと輝いていた。
「こんな場所で昼寝かい?」 
 男性は微笑む。
 とても綺麗で、私の胸がドキドキと音を立てた。
「あ、いいえ、お昼寝では無いです」
 慌てて私は体を起こす。
 男性はにこにこ笑いながら、私を見ていた。
 あの角は本物だろうか?
 いや、本物なわけないか。
 だとするとコスプレ?
 こんな田舎でコスプレしながら歩いているのか?
 イケメンなのにちょっとヤバい人かも。
 何とかこの人から逃げねば!
 などと思っていると、男性は声をあげて笑う。
 何で笑った?
「あはは、いやいや、笑ってすまないね、ちなみにボクの角は本物だよ」
「え?!」
 この男、私の心を読んだ?!
「そう、心が読めるんだ」
 言われて私はびっくりした。
 男は私の隣に座る。
「ちょっとだけ、ボクに時間をくれない?」
 時間って……とも考えたが、私は本物の角を持った男に興味を抱いた。
 だから、時間をくれてやろうと思う。
「それは良かった」
 男が言った。
「いちいち私の心を読まないでくれますか」
 私が言うと、彼は「分かった」と返す。
 私は頷いた。
「実はね、ボクはこの村を守る龍神なんだ」
 龍神?
 マンガやゲームでしか聞かない響きだ。
 男の言葉を信じてるわけでは無いが、確かにこの人は人外だろうと思う。
 だって、人間でこんなに綺麗な人を見たことがないもん。
「昔はすごかったよ、村の人達はボクのためにお祭りをしてくれたり、供え物をしてくれたり。 何か願い事があれば、祈ってもくれた」
 男……龍神は思い出に浸るように、穏やかな表情をしている。
「でも、今はね、お祭りも、供え物も無くなった……仕方のないこと、なんだけど。 それに、ボクを信じてくれている人たちは歳を重ねて、体が不自由になってしまったり、次の段階へと旅立ってしまったりでね」
 喋る龍神の横顔から、笑みが消えた。
 悲しげな眼差しを、海の方へと向けている。
 確かに、私が小さい頃はお祭りがあった気がするけど、いつの間にかお祭りは無くなっていた。
「どうにも寂しくて……ね」
 龍神は下を向く。
「そっか、それは辛いですね」
 そうとしか返せなかった。
「確か、君の名前はミツバだよね」
 と、急に私の名前を言い当てられた。
 私は驚いて目を見開く。
 さすが神様……。
「ボクはレイヤ」
 龍神が名乗った。
 レイヤか、名前はそんなに古臭くないんだなぁ。
「さすが神様ですね、私の名前を言い当てるなんて」
 私が返すとレイヤはくすりと笑う。
「毎年この村に来ているでしょう? 昔、お祭りにも来てくれていたし、君のお母さんがよく『ミツバ』って呼んでいたから」
 へぇ、私の名前を当てたのは神通力的なものでは無いんだ。
 神様って実は万能じゃない感じ?
「確かに、小さい頃は私がじっとしてなかったから、しょっちゅう名前を呼ばれてた気がします」
 私は思い出しながら言った。
「ねえミツバ」
「はい?」
 私がレイヤの方を向くと、彼は私を真っ直ぐに見ている。
 吸い込まれそうな青い瞳が綺麗で、私は呼吸が止まりそうになった。
「ボクを、忘れないでいてくれる?」
 真剣な顔で、レイヤが言う。
 こんな綺麗な人……神様を、忘れることなんて出来やしないと思った。
 だから私は頷く。
 するとレイヤは笑顔になった。
 綺麗で、穏やかな笑顔だ。
「さてと、じゃあボクは行くね、貴重な時間を有難う」
 レイヤは立ち上がる。
 強い風が吹いて、私は目に砂を入れまいと目を閉じた。
 風がおさまって目を開けると、もうレイヤの姿は無かった。
 でも、砂の上にレイヤが座った跡が、少しだけ残っている。
 だから、夢じゃないんだなと、私は思った。
 家に戻ると、母が干していた布団を取り込んでいた。
 父と祖父は居間で将棋をしている。
「ね、おじいちゃん」
 私が呼びかけると、祖父は「なんだい?」と優しく聞いてくれた。
 私は祖父の隣に座る。
「この村を守ってる龍神って、知ってる?」
 そう聞いてみると、祖父の表情は一気に暗くなった。
「ああ、まあな、知っとるよ」
 祖父は悲しそうな顔で言う。
「何でお祭りが無くなったの? もう村のみんなは龍神を信じてないの?」
 私が更に聞くと、祖父が下を向いてしまう。
 しまった、聞いたらまずかったかも。
「ミツバ」
 父が叱るように強い口調で私を呼ぶ。
「いいんだいいんだ、ミツバは小さかったから、分からなくても仕方ない」
 祖父に言われ、つり上がっていた父のまゆが下がる。
「実はなミツバ、ミツバが五歳の頃に、土砂崩れがおきたんだよ……その土砂崩れで神社が埋まってしまったんだ……不思議だがね、神社のところで土砂崩れは止まってな、神主も出かけていて無事でね、村の人にも犠牲者は出なかった。 だがね、神社と一緒に龍神様の御神体も埋まってしまったんだよ」
 祖父の目に涙が浮かぶ。
 神社で土砂崩れが止まったってことは、レイヤは村人を守ったってことだよね?
「それから祭りも無くなって、龍神様を信じていた人間も、年齢に負けて動けなくなったり、亡くなってしまったりしてな……御神体を掘りおこすことができずに、感謝を伝えることも、できなんだ」
 ぽろり、と祖父の目から涙がこぼれ落ちた。
 土砂崩れ……だからレイヤは『仕方のないこと』って言ってたんだ。
 その話しを聞いた私は、レイヤにすごく会いたくなった。
 だから、私は家を飛び出した。
 何処に行けばレイヤに会えるのか分からないけど、とにかく海に向かった。
 セミが鳴く。
 空の色が淡く赤みを帯びる。
 砂浜についた私は、大きく息を吸った。
「レイヤー! もう一度出てきてー!」
 自分が出せる限界の大声で、レイヤを呼ぶ。
「レイヤー!」
 何度も呼んだ。
「レイヤぁ」
 喉の奥がぴりぴりする。
 もう、会えないのかな?
 伝えたいことがあるのに。
 もう一回、もう一回だけ呼ぼう。
「れ……」
「どうしたの?」
 レイヤ、と呼ぼうとしたら、声がした。
 振り向くとそこにはレイヤが立っている。
 夕日の色が髪を染めていて、その綺麗な姿は、神々しい。
「あの、レイヤに言わなきゃいけない事があるの」
 レイヤの目を見て、私は口を開く。
「私のおじいちゃん、レイヤに感謝してる。 埋もれた御神体のことも、掘り出せなくて悔しい思いをしてる。 だから、おじいちゃんと私は、レイヤのことを絶対忘れない!」
 勢いに任せて言って、私はハッとする。
 私、敬語を忘れてた。
 神様相手にタメ口で言っちゃった!
 恐る恐るレイヤを見る。
 レイヤが、泣いていた。
 声も上げず、ただ涙を流していた。
「れ、レイヤ様?」
 呼びかけると、レイヤは涙をぬぐって私に笑顔を見せる。
「嬉しいなぁ、すごく嬉しい」
 鼻の頭を赤くして、笑顔でレイヤが言う。
 私も思わず笑顔になった。
「有難う、ミツバ」
 レイヤは私に頭を下げる。
 そして頭を上げたレイヤは優しい表情で私を見た。
「ミツバ……来年もボクと会ってくれる?」
 そう聞かれた私は、頷く。
「もちろん」
 私が返すと、レイヤはにっこり笑った。
 そして私の方に手を差し出す。
 私はその手を握って、握手した。
 レイヤの手綺麗だな。
 そんな雑念を抱いた私に、レイヤはくすりと笑う。
「手を褒めてくれて有難う、ボクに様をつけなくていいし、タメ口でも大丈夫だからね」
 そう言われて私の顔が熱くなる。
「心読むの禁止!」
「ああ、ごめん」
 次の瞬間、私とレイヤは声をあげて笑った。
 夏の空の下、私は龍神と友達になれた。
 この先もずっと、私はレイヤを忘れないだろう。