それ以来、郁は毎日とは行かないが昼休みに理科準備室を訪れては弁当を食べるようになった。
常に一人で食事して作業している八木と言葉を交わすのが、密かな楽しみだった。
大きな身体に似合わずなのか、あるいは
相応しく、なのか。
生徒に対しても丁寧な言葉遣いを崩さず、優しく親切な彼。
いつでも柔和な表情を浮かべて、部屋を訪れる郁を温かく迎えてくれる。
クラスでも孤立してはいないが、どこか浮いている郁を気に掛けてくれているのを感じていた。
八木の中での線引きなのか、二人きりで部屋で過ごすことは受け入れても、決して差し向かいで食事することはない。
彼は必ず窓際の自分のデスクで仕出し弁当やパンを食べていた。
食べながら、またそのあと八木は仕事をしながら。とりとめのない話をするのが恒例になっていたのだ。
日に日に彼に惹かれて行く自分に戸惑っていた。この気持ちを認めたら、もう引き返せない気がした。
そう感じた時点で、すでに境界線らしきものなどとうに超えていたのだと郁は思う。
特定の生徒とこういう時間を持つのは、決して褒められたことではないだろう。それでも、郁は八木に訪問を止められたことも、口止めされたこともなかった。
だから。
──八木も自分を想ってくれているのではないか、と淡い期待を抱いてしまった。
けれどもそれは、単なる郁の思い込み、……願望だったということなのか。
結婚することさえ、事前に知らせてはもらえなかった。特別隠していたわけではない筈だ。それは前川への対応からも明白だった。
八木にとって郁は、クラスの受け持ちの生徒の一人に過ぎなかったのだ。その事実を改めて突き付けられた気がした。
彼はあくまでも「教師として」、困難を抱えた生徒のケアをしているという意識でしかなかったのだろう。
郁がそれを、個人的な好意だと勘違いしてしまっただけで。
二人きりの準備室に流れる空気を、郁が特別なものだと思いたかっただけ、なのだ。それが、現実。