【Chapter1】②
ー/ー
◇ ◇ ◇
今日、学校で。終業式の後のホームルームでの出来事だった。
「はいはい! 先生!」
クラスのムードメーカーでもある前川 建太が真っ直ぐ手を上げて発言機会を求める。
「なんですか? 前川くん」
「先生、結婚するってホントですかぁ?」
八木に指されて、前川が明るいよく通る声で新情報を暴露した。
「あ、はい。よく知ってますね。……他の先生に聞いたんですか?」
すんなり認める担任である八木 遼一郎の、少し照れたような表情。
「そうでーす。山本先生なんですけど、『八木先生、休み中に結婚式挙げるんだ。なんかいいレストランなんだって! ご馳走出るよな!? おれ、呼ばれててさぁ』って、すげー楽しみにしてましたよ~」
「やまもっちゃん、子どもかよ……」
「八木せんせー、おめでとー!」
二人のやり取りを端緒にざわつく教室の中で、郁はまさしく寝耳に水の話にただ呆然としていた。
郁は八木のことが好きだった。誰にも言えない恋をしていた。
恋愛対象が同性であることで、郁はどうしても周りと馴染めない部分がある。
──仲間外れにされたと感じたことはない。そもそも細心の注意を払っているため、周りの誰にも気づかれてはいない自信はあった。
ただ、郁自身が秘密を抱えていることで、過剰に構えてしまっているだけなのだと自覚している。
教室で昼休みに弁当を食べながらの話題は、どうしても恋愛絡みに流れて行く。
男子校で男しかいないため夢見がちになる半面、女子の目や耳を気にする必要がないので遠慮もなくなるからだ。
表面上、話を合わせるだけならさして難しくはなかった。
しかし、こちらの内面に踏み込まれると返す言葉に困る。好みの女の子のタイプ、交際経験から初恋の想い出に至るまで、ありのままに口にはできない。
郁は女性に恋愛感情を抱いたことなどないのだから。
女性を敵視したことはないし、嫌いなわけでもない。友人として好ましいと感じることは当然ある。
だからと言って、ただの好感が特別なものに変わることは決してないのだ。
すべてに適当な『設定』を作り上げて、尤もらしいことを並べるのが、面倒を通り越して苦痛で堪らなくなってしまった。
ある日の四限の授業が終わるなり、郁は弁当を持ってそっと教室を後にした。
もともと郁は、いつも誰かとつるんでいたいわけでも何でもない。それどころか単独行動も苦にならないタイプだ。
どこかひとりになれるところを探して食べよう、とうろついていた際に廊下で八木と顔を合わせたのだ。
「羽住くん、お昼ですか? ……よかったら、準備室で食べて行きませんか?」
郁が手にした弁当包みを見て何らかの事情を察したのか、八木が穏やかな声で誘ってくれた。
「……はい」
突然のことにどうしていいかわからないま、郁は彼について行った。八木は誰もいない理科準備室の、中央のテーブルとくたびれたソファのセットを使うよう郁に促す。
本当に生徒が座っても構わないのだろうか、とおずおずとソファに腰を下ろした郁に、八木はそのまま奥に進んで行って声を掛けて来た。
「僕はこっちの自分の席で食べますから。昼休みは他の先生も来られませんし、何も気にしなくていいんですよ」
「……はぁ」
それでも、気を張っていたのは初めだけだった。
思い切って弁当を開いて食べながら、ぽつぽつと話し掛けると八木がごく普通に返してくれる。その様子に、郁も徐々に平常心を取り戻すことができた。
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今日、学校で。終業式の後のホームルームでの出来事だった。
「はいはい! 先生!」
クラスのムードメーカーでもある|前川《まえかわ》 |建太《けんた》が真っ直ぐ手を上げて発言機会を求める。
「なんですか? 前川くん」
「先生、結婚するってホントですかぁ?」
八木に指されて、前川が明るいよく通る声で新情報を暴露した。
「あ、はい。よく知ってますね。……他の先生に聞いたんですか?」
すんなり認める担任である八木 |遼一郎《りょういちろう》の、少し照れたような表情。
「そうでーす。|山本《やまもと》先生なんですけど、『八木先生、休み中に結婚式挙げるんだ。なんかいいレストランなんだって! ご馳走出るよな!? おれ、呼ばれててさぁ』って、すげー楽しみにしてましたよ~」
「やまもっちゃん、子どもかよ……」
「八木せんせー、おめでとー!」
二人のやり取りを端緒にざわつく教室の中で、郁はまさしく寝耳に水の話にただ呆然としていた。
郁は八木のことが好きだった。誰にも言えない恋をしていた。
恋愛対象が同性であることで、郁はどうしても周りと馴染めない部分がある。
──仲間外れにされたと感じたことはない。そもそも細心の注意を払っているため、周りの誰にも気づかれてはいない自信はあった。
ただ、郁自身が秘密を抱えていることで、過剰に構えてしまっているだけなのだと自覚している。
教室で昼休みに弁当を食べながらの話題は、どうしても恋愛絡みに流れて行く。
男子校で男しかいないため夢見がちになる半面、女子の目や耳を気にする必要がないので遠慮もなくなるからだ。
表面上、話を合わせるだけならさして難しくはなかった。
しかし、こちらの内面に踏み込まれると返す言葉に困る。好みの女の子のタイプ、交際経験から初恋の想い出に至るまで、ありのままに口にはできない。
郁は女性に恋愛感情を抱いたことなどないのだから。
女性を敵視したことはないし、嫌いなわけでもない。友人として好ましいと感じることは当然ある。
だからと言って、ただの好感が特別なものに変わることは決してないのだ。
すべてに適当な『設定』を作り上げて、|尤《もっと》もらしいことを並べるのが、面倒を通り越して苦痛で堪らなくなってしまった。
ある日の四限の授業が終わるなり、郁は弁当を持ってそっと教室を後にした。
もともと郁は、いつも誰かとつるんでいたいわけでも何でもない。それどころか単独行動も苦にならないタイプだ。
どこかひとりになれるところを探して食べよう、とうろついていた際に廊下で八木と顔を合わせたのだ。
「羽住くん、お昼ですか? ……よかったら、準備室で食べて行きませんか?」
郁が手にした弁当包みを見て何らかの事情を察したのか、八木が穏やかな声で誘ってくれた。
「……はい」
突然のことにどうしていいかわからないま、郁は彼について行った。八木は誰もいない理科準備室の、中央のテーブルとくたびれたソファのセットを使うよう郁に促す。
本当に生徒が座っても構わないのだろうか、とおずおずとソファに腰を下ろした郁に、八木はそのまま奥に進んで行って声を掛けて来た。
「僕はこっちの自分の席で食べますから。昼休みは他の先生も来られませんし、何も気にしなくていいんですよ」
「……はぁ」
それでも、気を張っていたのは初めだけだった。
思い切って弁当を開いて食べながら、ぽつぽつと話し掛けると八木がごく普通に返してくれる。その様子に、郁も徐々に平常心を取り戻すことができた。