妹
ー/ー 今から四十年近く前、私には妹が一人いた。
小学五年生の春。
父の仕事の関係である引っ越すこととなったのは、ある都市のマンモス団地。
何棟ものアパートが立ち並ぶ敷地内には公園も設置されており、部屋は両親と妹と私の四人家族で過ごすには少し手狭だが、すぐ傍に転校先の小学校があり立地は抜群。
団地からその学校に通う子も多く、その関係で新たな友人もすんなりと出来た。
ただ妹の方は生来の引っ込み思案な性格が災いして中々友人関係を築けなかったらしく、引っ越してからはいつも私の後ろを付いて回っていた。
最初は兄としてちょっとした義務感を抱いていたものの、段々と妹を鬱陶しく感じる事が増えて来る。
別に嫌いになったという訳ではないが、同学年の男友達と遊ぼうという時なんかも付いて来るものだからどうしてもそちらに気を使わないといけない。
友人からも何となく「またいるのか」といった空気を感じることがあり、
「今日は母ちゃんに遊んで貰えよ」
といったように突き放すことが多くなった。
そうして半年近くが過ぎた秋の始め。
学校で友人と遊ぶ約束をしてランドセルを置きに部屋へ帰ると、妹が一人で留守番をしていた。
母は買い物に出掛けているらしい。
「兄ちゃん、友達と遊んでくるから。留守番くらいできるだろ」
そう言って部屋を出ようとするが、
「一人はやだ」
と、妹に泣きそうな顔で腕を掴まれ止められる。
少しの押し問答の後、仕方なく妹を連れて公園へ向かうことにした。合流した友人達は少し面倒臭そうな様子を見せたが、
「母ちゃんが戻ってきたら帰らせるから」
と説明すると、それならまぁ良いかと納得する。
元々は団地全体を使って鬼ごっこをしようと計画していたのだが、妹がいる間はかくれんぼをしようということになった。
じゃんけんで決めた鬼役が百秒を数えているうちに、皆バラバラに隠れ場所を探し始める。
私は妹を連れ、前々から目を付けていた場所へ向かった。
それは団地の隅、小さな稲荷社の周りに木の植えられた小さな緑地。
奥の木は登るのに丁度良い高さで、周りの葉がうまいこと身を隠してくれる。
「俺はこの木の上にいるから、そこの裏に隠れておいて」
妹には稲荷社の裏に隠れるように言って、私は木の上に登り、そしてこの時を境に妹は消えてしまった。
しばらくして鬼役の友人に呆気なく見つかり、そのまま鬼ごっこを始め、夕方まで遊んで家に帰り家族で夕飯を食べて床に就く。
私含め、誰一人として妹がいなくなったことに気付く者はいなかった。
そうして妹のことなどついぞ思い出さないまま大人になり、仕事に就いて独り立ちし四十年以上が過ぎたつい先日。
老朽化した団地の再開発の話が持ち上がり両親が動けるうちにと引っ越しを決め、その手伝いの為久しぶりに団地へ帰省した。
昔に比べ随分と寂れたアパートに、遊具の撤去された敷地内の公園。
一方で部屋は子供の頃から変わらず手狭で散らかっている。
それらも全て見納めかと思うと、どうしようもなく寂しい気持ちに少し涙腺が緩んだ。
そして両親と三人で部屋の片付けを始め、あれこれ言いながら引っ越し先に持っていくものと処分するものを分けていた時、押し入れの中から弁当箱サイズのブリキ缶が出てきた。
蓋を開けて中身を確認すると、入っていたのは何十枚もの写真。
子供の頃、父が流行りに乗って買ってきたフィルムカメラで撮ったものだろう。
懐かしくなり写真をペラペラと捲ってゆく。
そしてその一番下に仕舞われていた写真は、この部屋のリビングで私と妹を写したものだった。
何の違和感もなくただ懐かしい気分で、
あぁ、そうだ親父がカメラ買ってきたのは妹がまだいた時、消える少し前だったっけ。
なんて考え、そこでやっと思考の異常に気付く。 先程まではすっかり覚えてなどいなかったのに、かつて妹がいて消えてしまったのだということがまるで自然な当然のように腑に落ちていた。
夢の中ではそれが夢だと分からず、目が覚めてからそのことに気付いたような感覚。
混乱したままの思考で両親に写真を見せて記憶に関しても説明するが、二人とも私に妹なんていないと口を揃える。
じゃあ写真に写っている女の子は誰なのかというのは、それも分からない。
他に何か手掛かりになるものはないかと片付けを進めるが、結局記憶の中の妹に関係するものはその写真以外に何も見つからなかった。
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