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ー/ー「ねえ、璃子(りこ)! お願い! 私の弟に泳ぎ教えてくれないかなぁ?」
「はあ?」
とあるファミレスにて。
料理を注文し終えるなり、高校時代からの親友、佐々木真弓(ささきまゆみ)は、あたしの前で両手を合わせてそんなことを言ってきた。
あたしはぽかーん。久々に夕飯でもどうよ、なんてメールが来たから、どうしたんだろうと思って来てみたら。それはあたしには、思いもよらない『頼みごと』だった。
「待て待て、なんであたしが? てか、弟さん泳げないん?」
「璃子、確か泳ぎ得意だったじゃん。弟……あ、祐也(ゆうや)って名前なんだだけどさ。前は泳げたんだけど、去年海で溺れかけたことがあって、それから潜るのもダメになっちゃったのよね。水が怖いらしくて」
真弓が小さくため息をつく。
「時間が経てば水に対する恐怖も和らぐかなって思ってたんだけど、あいつ今年中学一年なんだ。小学校と違って、中学はプールあるし、水泳の授業が始まる前に、克服しないと恥ずかしい思いするのは祐也だからさ」
真弓はいっきにまくし立てた。言いたいことは、まあ理解できたけど。
それをなんであたしが。
「真弓が教えてあげればいいじゃん」
「あたしは無理よ、祐也と休み合わないし」
真弓はサービス業。飲食店で働いている。職種が職種なだけに、基本的に土、日、祝日は休めないのだ。それに対してあたしは公務員。カレンダー通りの休みだ。
「ねえお願い! 今日パフェ奢るからさー!」
「無理だって! 泳げない子に泳ぎ教えるならまだしも、水が苦手な子にどうやって教えたらいいかなんてわかんないもん。そういうのって精神的なものでしょ? カウンセリングでも受けさせなよ」
正直あたしには、荷が重い。真弓の弟さんとだって、小さい頃真弓の家に遊びに行った時、何度か顔を合わせた時に軽く挨拶したことがある程度で、顔すらまともに覚えていないのだ。そんな子にいきなりプールで泳ぎを教えるなんて、気まずすぎる。
「カウンセリングとか大げさだよ。もともと泳げるんだから、ちょっと水に慣れれば平気だと思うんだよ。ふとしたきっかけで、多分克服できると踏んでるんだよあたしは」
「そんなこと言われてもなぁ……」
あたしは頭を抱えた。
真弓はいろいろと、弟のことを説明してくれた。溺れた直後は酷いもので、一人でお風呂に入ることもできなかったのだと言う。真弓が一緒に入って面倒を見ていたのだと。だいぶ克服して日常生活を送ることはできるようになったけど、やはりプールはまだ怖いのだという。
真弓は今年二三。弟さんとは十歳以上年が離れているのもあり、だいぶ過保護なところがあった。真弓の話題でたまに出てくる弟さんの話を聞けば、それがよくわかる。だけど、水が怖いというのは、初耳だった。
「一生のお願い! 璃子だから頼んでんのよー!」
「…………あーもうわかったよー」
あたしは白旗を上げた。
「引き受けるよそれ。でも祐也くんの水恐怖症を治せる自信はないからね! 失敗しても文句言うなよ!」
結局克服できなかった時、あたしのせいにされたらたまらない。あたしはそう念を押した。
「わーありがとう! 璃子なら絶対引き受けてくれると思ったよ!」
「もー、相変わらず調子いいんだから」
あたしはふん、と鼻を鳴らした。そういうところは昔から少しも変わっていない。
ようやく料理が運ばれてきた。あたしはミートドリア、真弓はタラコのスパゲティを食べながら、話は続く。
「どこで教えたらいいんだろ。市民プールとか?」
「あ、そうそういいもんあるの」
真弓はカバンをごそごそと漁り始めた。そこから取り出したものは、ここから二駅ほど行った町にある、温水プールのチケット。しかも二枚分。
「え、ここで?」
「うん、なんか親が貰ってきたんだけど、あたし行けないし。それ期限が今月いっぱいだからさ」
ちなみに今は七月上旬だ。
「でもここ、結構すごいプールだよね。流れるプールとかスライダーとか波の出るプールとか、いろいろ遊べるって聞いた」
「うん、大きいとこだよー! 温水プールだけじゃなく、外もあるし。グアムとかハワイとか、そういうビーチをイメージして作られてるらしくて、一日遊べる」
「……なんでわざわざそんなとこに行って、泳ぎを教えなきゃいけないのさ」
そんなに楽しげなプールなら、彼氏と行って遊んでたいのに。
しかし引き受けると言ってしまった手前、断ることはできい。せっかくただでプールに行けるなら、行かない手はないだろう。
受け取ったチケットを鞄に入れる。
しかし真弓はさらに、衝撃的な告白をしてきた。
「ちなみに祐也の学校、来週プール開きがあるらしいから、今週の土日のどっちかで水恐怖症を克服させてね! 頼んだ!」
「はあ!?」
なんという。それはさすがに急すぎるだろうと、あたしは目を丸くして真弓を見る。
真弓はしれっとした顔で、スパゲティをフォークに巻きつけていた。
今週は、何も予定はないけれど。
「土日、どっちがいい?」
「まあどっちでもいいけどさぁ」
「どっちがすいてるかな?」
「変わんなくない? てか祐也くんの都合は?」
「いいのよ、真弓の都合に合わせるから。あいつは泳ぎを教わる立場なんだから」
結局、なるべく仕事に響かないようにと、土曜日に行くことに決まった。
あとは二人で決めてくれと、弟さんの連絡先を赤外線で送信され、その日は解散になった。
まったく無茶なことを。あたしは今日何度目かのため息をついた。土曜日まであと二日。どんなふうに水に慣らしていったらいいんだろうと考えながら、あたしは憂鬱な気分で家へと向かった。
「はあ?」
とあるファミレスにて。
料理を注文し終えるなり、高校時代からの親友、佐々木真弓(ささきまゆみ)は、あたしの前で両手を合わせてそんなことを言ってきた。
あたしはぽかーん。久々に夕飯でもどうよ、なんてメールが来たから、どうしたんだろうと思って来てみたら。それはあたしには、思いもよらない『頼みごと』だった。
「待て待て、なんであたしが? てか、弟さん泳げないん?」
「璃子、確か泳ぎ得意だったじゃん。弟……あ、祐也(ゆうや)って名前なんだだけどさ。前は泳げたんだけど、去年海で溺れかけたことがあって、それから潜るのもダメになっちゃったのよね。水が怖いらしくて」
真弓が小さくため息をつく。
「時間が経てば水に対する恐怖も和らぐかなって思ってたんだけど、あいつ今年中学一年なんだ。小学校と違って、中学はプールあるし、水泳の授業が始まる前に、克服しないと恥ずかしい思いするのは祐也だからさ」
真弓はいっきにまくし立てた。言いたいことは、まあ理解できたけど。
それをなんであたしが。
「真弓が教えてあげればいいじゃん」
「あたしは無理よ、祐也と休み合わないし」
真弓はサービス業。飲食店で働いている。職種が職種なだけに、基本的に土、日、祝日は休めないのだ。それに対してあたしは公務員。カレンダー通りの休みだ。
「ねえお願い! 今日パフェ奢るからさー!」
「無理だって! 泳げない子に泳ぎ教えるならまだしも、水が苦手な子にどうやって教えたらいいかなんてわかんないもん。そういうのって精神的なものでしょ? カウンセリングでも受けさせなよ」
正直あたしには、荷が重い。真弓の弟さんとだって、小さい頃真弓の家に遊びに行った時、何度か顔を合わせた時に軽く挨拶したことがある程度で、顔すらまともに覚えていないのだ。そんな子にいきなりプールで泳ぎを教えるなんて、気まずすぎる。
「カウンセリングとか大げさだよ。もともと泳げるんだから、ちょっと水に慣れれば平気だと思うんだよ。ふとしたきっかけで、多分克服できると踏んでるんだよあたしは」
「そんなこと言われてもなぁ……」
あたしは頭を抱えた。
真弓はいろいろと、弟のことを説明してくれた。溺れた直後は酷いもので、一人でお風呂に入ることもできなかったのだと言う。真弓が一緒に入って面倒を見ていたのだと。だいぶ克服して日常生活を送ることはできるようになったけど、やはりプールはまだ怖いのだという。
真弓は今年二三。弟さんとは十歳以上年が離れているのもあり、だいぶ過保護なところがあった。真弓の話題でたまに出てくる弟さんの話を聞けば、それがよくわかる。だけど、水が怖いというのは、初耳だった。
「一生のお願い! 璃子だから頼んでんのよー!」
「…………あーもうわかったよー」
あたしは白旗を上げた。
「引き受けるよそれ。でも祐也くんの水恐怖症を治せる自信はないからね! 失敗しても文句言うなよ!」
結局克服できなかった時、あたしのせいにされたらたまらない。あたしはそう念を押した。
「わーありがとう! 璃子なら絶対引き受けてくれると思ったよ!」
「もー、相変わらず調子いいんだから」
あたしはふん、と鼻を鳴らした。そういうところは昔から少しも変わっていない。
ようやく料理が運ばれてきた。あたしはミートドリア、真弓はタラコのスパゲティを食べながら、話は続く。
「どこで教えたらいいんだろ。市民プールとか?」
「あ、そうそういいもんあるの」
真弓はカバンをごそごそと漁り始めた。そこから取り出したものは、ここから二駅ほど行った町にある、温水プールのチケット。しかも二枚分。
「え、ここで?」
「うん、なんか親が貰ってきたんだけど、あたし行けないし。それ期限が今月いっぱいだからさ」
ちなみに今は七月上旬だ。
「でもここ、結構すごいプールだよね。流れるプールとかスライダーとか波の出るプールとか、いろいろ遊べるって聞いた」
「うん、大きいとこだよー! 温水プールだけじゃなく、外もあるし。グアムとかハワイとか、そういうビーチをイメージして作られてるらしくて、一日遊べる」
「……なんでわざわざそんなとこに行って、泳ぎを教えなきゃいけないのさ」
そんなに楽しげなプールなら、彼氏と行って遊んでたいのに。
しかし引き受けると言ってしまった手前、断ることはできい。せっかくただでプールに行けるなら、行かない手はないだろう。
受け取ったチケットを鞄に入れる。
しかし真弓はさらに、衝撃的な告白をしてきた。
「ちなみに祐也の学校、来週プール開きがあるらしいから、今週の土日のどっちかで水恐怖症を克服させてね! 頼んだ!」
「はあ!?」
なんという。それはさすがに急すぎるだろうと、あたしは目を丸くして真弓を見る。
真弓はしれっとした顔で、スパゲティをフォークに巻きつけていた。
今週は、何も予定はないけれど。
「土日、どっちがいい?」
「まあどっちでもいいけどさぁ」
「どっちがすいてるかな?」
「変わんなくない? てか祐也くんの都合は?」
「いいのよ、真弓の都合に合わせるから。あいつは泳ぎを教わる立場なんだから」
結局、なるべく仕事に響かないようにと、土曜日に行くことに決まった。
あとは二人で決めてくれと、弟さんの連絡先を赤外線で送信され、その日は解散になった。
まったく無茶なことを。あたしは今日何度目かのため息をついた。土曜日まであと二日。どんなふうに水に慣らしていったらいいんだろうと考えながら、あたしは憂鬱な気分で家へと向かった。
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