湯冷め
ー/ー 年始めは、祖父母の家に帰省するのがうちの慣習だった。
いつものように帰省したある年の一月四日。
三ヶ日も終わり、祖父と近くのスーパー銭湯を訪れた時のこと。
シャワーを浴びた後で祖父はサウナへ入り、俺は露天風呂へ続くガラスの引き戸を開けて外へ出る。
このスーパー銭湯には帰省のたびによく通っており、露天風呂にはお気に入りの場所があった。
湯船の端に沈められた石の椅子。
半身浴に丁度良い高さで座ると腰の上辺りまで湯に浸かる形になり、特に冬の時期は湯船の熱さと冷えた空気が良い塩梅で気持ちが良い。
その日もパラパラと粉雪が降り始めるくらいに気温の低い夜だった。
冷たい露天風呂の岩床をぺたぺたと歩いて湯船へ向かい、足先からゆっくりと入る。
しばらく肩まで浸かって身体を温めてから、例の石椅子まで歩いて行き腰を掛けた。
そんな時、
「…いやぁ、最近はどうも腰がよ」
唐突に聞こえた声にそちらへ視線を向ける。
湯船のすぐ外、涼む用に置いてあるビーチチェアに老爺が座っていた。
背はかなり低く痩せ型で薄く肋が浮き出ている。
真っ白な頭髪は薄く顔には深い皺が刻まれ、おそらく80歳は超えていそうな雰囲気だ。
耳が遠いのか随分と大きなしゃがれた声で、隣に話し掛けている。
座っている位置からだと柱の影になって見えないが、その裏にも同じようにチェアが置いてあるのだろう。
「仕事はまだしてるんか?」
柱の裏からは、そんな相槌が聞こえた。
家族か友人か。
声は若者ではないがおそらく老爺よりかは幾文か年若い感じ。
50代60代くらいの印象。
何にせよすぐ興味はなくなり、細やかな雪を見ながらボーッと湯に浸かり続ける。
そうして三十分ほどが経ち一旦内湯に戻ろうか、と思い始めた頃。
ふと老爺がまだビーチチェアで会話をしてることに気が付いた。
雪が降るような日だ。
湯にも浸からず三十分も裸でいたら湯冷めどころの話じゃない。
「最近の紅白は知らない歌手ばっかりでつまらんな」
「〇〇も、もう出ないしなぁ」
少し気になって、そちらを見ながら湯船から出る。
柱の裏には誰もいなかった。
今の今まで相槌を打っていた声も止まり、けれど老爺は一人で楽しそうに話を続けている。
それを見て急に怖くなった。
早足で内湯に戻り、ガラスの引き戸を閉める時にチラリとそちらへ視線を向ける。
既にビーチチェアに老爺の姿はなかった。
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