200. 国民総貴族
ー/ー「みなさん、はるばるようこそ!」
レオンは旧友を迎えるかのような気さくさで言い放った。
「大アルカナ王国建国十五周年記念式典にお集まりいただき、ありがとうございます」
レスター三世は、その姿をじっと見つめながら、十五年前の記憶を脳裏に思い浮かべていた。十五年前、クーベルノーツの街を救った英雄として王宮に現れた時、レオンは頼りないただの小僧だったのだ。
取るに足らない男――。
そう鼻で嗤った記憶しかない。
しかし、そんな男が今や一国の王として大陸中の諸侯を前に、臆することもなく堂々と立っているのだから、その変貌ぶりはまさに伝説そのものだった。
六十年の経験が「この男、ただ者ではない」と告げている。
「今回皆様にお越しいただいたのは、我が国を知っていただき、国交を樹立してまいりたいと考えているからです」
レオンはにこやかに諸侯を見回しながら続けた。その視線には敵意も傲慢さもなく、ただ純粋に対話を求めているように見えた。
「ご覧になっていただいたように、我が国はちょっと違った路線で国づくりを行っています。今後、皆さまの国との交流を進める中で、さらなる多様性を得ていければと考えております」
レスター三世は苦虫を噛み潰したような表情でレオンを見つめていたし、周囲の諸侯たちも同様に警戒心を隠せず、この若き王の言葉を値踏みしていた。
「何が目的じゃ?」
社交辞令や建前をいくら聞いても何も分からない。レスター三世は、意を決して声を上げた。
その声は会議場に鋭く響き、周囲の諸侯たちもはっと息を呑んだ。誰もが同じことを聞きたかったのだ。
「綺麗事はいい。本音を聞かせてもらおうか」
レスター三世は六十年かけて培った眼力でレオンを射抜き、王と王、老獪と若さ、二つの意志が空中でぶつかり合った。
「私は『誰もが笑顔で暮らせる世界』を作りたいだけですね」
レオンはレスター三世の視線を真正面から受け止めながら丁寧に言葉を紡ぎ、その声には一片の揺らぎもなかった。
レスター三世は一瞬言葉を失い、そして次の瞬間、怒りが込み上げてきてテーブルを叩いた。
「世迷言を! いいか? 人間なんていうものは『サルの毛が抜けた』ような野蛮で度し難い動物じゃ! 牙を抜き、しっかりと管理してやらねばバカやって自滅する、ただの動物なんじゃ!」
その言葉には六十年の経験が込められていた。謀反、暗殺、裏切り、内乱――レスター三世は人間の醜さをこれでもかと見てきた。信じた者に裏切られ、愛した者に刃を向けられ、それでも生き残ってきたからこそ分かるのだ。人間を信じてはいけない、人間を野放しにしてはいけない、恐怖と法で縛り付けて反抗の芽を摘み、厳しく管理してこそかろうじて秩序が保てるのだと。
「そんなぬるい世界、すぐに崩壊するわ!!」
レスター三世が唾を飛ばしながら叫ぶと、会議場の諸侯たちも深く頷いた。彼らも同じ考えなのだ。人間の本質を知る者なら、誰もがそう考える。
しかしレオンはにっこりと笑いながら、穏やかな自信を込めて答えた。
「でも、何年もこの国は安定して、みんな笑顔ですよ?」
「ふん! そんなのは今のうちだけじゃ! そのうち人生に行き詰まった連中が酒やドラッグに走り、犯罪が横行し、一気に崩壊するわい!」
それは歴史が証明している真実だった。豊かになった国は必ず堕落し、民は怠惰になって快楽に溺れ、やがて内側から腐っていく。それが人間社会の宿命なのだ。
「うーん……うちの国では衣食住、医療は無料提供なので、行き詰まらないんですよ。それにエアモンが監視しているから、違法ドラッグや犯罪はやれないんです」
レスター三世は言葉を失った。衣食住と医療が無料で、働かなくてもいい社会など聞いたことがない。そんなのはおとぎ話の中にしかないのだ。
「労働はみんなアンドロイドがやっちゃいますからね。みんな、自分の好きなやりがいのあることに挑戦してますよ」
「そ、それは……国民全員が貴族……ってことか?」
「そうですね。国民総貴族。それが、この国の実態です」
会議場がしんと静まり返り、諸侯たちは互いに顔を見合わせた。国民全員が貴族という言葉の意味を、彼らは理解できずにいた。
「馬鹿な! そんなことしたら、奴らは付け上がって……」
「付け上がって、どうなるんですか?」
レオンが静かに問い返すと、レスター三世は口を開いたまま固まってしまった。みんなが貴族であることの弊害を説こうとしたのだが、何も思いつかなかったのだ。貴族が増えすぎると権力争いが起きる? しかし全員が貴族なら争う意味がない。何も言い返せない事態に、レスター三世は歯を食いしばった。
「まぁ、もちろん、みんなが金銀財宝をジャラジャラと身に着けるわけにはいきませんが、贅沢を志向しなければ笑顔で暮らせますよ」
「ぜ、贅沢の無い社会など地獄じゃ!」
「でも、エアモンはいるし、最高峰のワインもある。十分に満足いく生活水準だと思いますよ?」
レオンが穏やかに微笑むと、レスター三世の脳裏にさっき飲んだあのワインの味が蘇ってきた。あれほどの芸術品を「日常」として味わえるレベルなら、贅沢を志向する意味は変わってしまうかもしれない――。
レスター三世にはレオンの笑顔が眩しく見えた。
レオンは旧友を迎えるかのような気さくさで言い放った。
「大アルカナ王国建国十五周年記念式典にお集まりいただき、ありがとうございます」
レスター三世は、その姿をじっと見つめながら、十五年前の記憶を脳裏に思い浮かべていた。十五年前、クーベルノーツの街を救った英雄として王宮に現れた時、レオンは頼りないただの小僧だったのだ。
取るに足らない男――。
そう鼻で嗤った記憶しかない。
しかし、そんな男が今や一国の王として大陸中の諸侯を前に、臆することもなく堂々と立っているのだから、その変貌ぶりはまさに伝説そのものだった。
六十年の経験が「この男、ただ者ではない」と告げている。
「今回皆様にお越しいただいたのは、我が国を知っていただき、国交を樹立してまいりたいと考えているからです」
レオンはにこやかに諸侯を見回しながら続けた。その視線には敵意も傲慢さもなく、ただ純粋に対話を求めているように見えた。
「ご覧になっていただいたように、我が国はちょっと違った路線で国づくりを行っています。今後、皆さまの国との交流を進める中で、さらなる多様性を得ていければと考えております」
レスター三世は苦虫を噛み潰したような表情でレオンを見つめていたし、周囲の諸侯たちも同様に警戒心を隠せず、この若き王の言葉を値踏みしていた。
「何が目的じゃ?」
社交辞令や建前をいくら聞いても何も分からない。レスター三世は、意を決して声を上げた。
その声は会議場に鋭く響き、周囲の諸侯たちもはっと息を呑んだ。誰もが同じことを聞きたかったのだ。
「綺麗事はいい。本音を聞かせてもらおうか」
レスター三世は六十年かけて培った眼力でレオンを射抜き、王と王、老獪と若さ、二つの意志が空中でぶつかり合った。
「私は『誰もが笑顔で暮らせる世界』を作りたいだけですね」
レオンはレスター三世の視線を真正面から受け止めながら丁寧に言葉を紡ぎ、その声には一片の揺らぎもなかった。
レスター三世は一瞬言葉を失い、そして次の瞬間、怒りが込み上げてきてテーブルを叩いた。
「世迷言を! いいか? 人間なんていうものは『サルの毛が抜けた』ような野蛮で度し難い動物じゃ! 牙を抜き、しっかりと管理してやらねばバカやって自滅する、ただの動物なんじゃ!」
その言葉には六十年の経験が込められていた。謀反、暗殺、裏切り、内乱――レスター三世は人間の醜さをこれでもかと見てきた。信じた者に裏切られ、愛した者に刃を向けられ、それでも生き残ってきたからこそ分かるのだ。人間を信じてはいけない、人間を野放しにしてはいけない、恐怖と法で縛り付けて反抗の芽を摘み、厳しく管理してこそかろうじて秩序が保てるのだと。
「そんなぬるい世界、すぐに崩壊するわ!!」
レスター三世が唾を飛ばしながら叫ぶと、会議場の諸侯たちも深く頷いた。彼らも同じ考えなのだ。人間の本質を知る者なら、誰もがそう考える。
しかしレオンはにっこりと笑いながら、穏やかな自信を込めて答えた。
「でも、何年もこの国は安定して、みんな笑顔ですよ?」
「ふん! そんなのは今のうちだけじゃ! そのうち人生に行き詰まった連中が酒やドラッグに走り、犯罪が横行し、一気に崩壊するわい!」
それは歴史が証明している真実だった。豊かになった国は必ず堕落し、民は怠惰になって快楽に溺れ、やがて内側から腐っていく。それが人間社会の宿命なのだ。
「うーん……うちの国では衣食住、医療は無料提供なので、行き詰まらないんですよ。それにエアモンが監視しているから、違法ドラッグや犯罪はやれないんです」
レスター三世は言葉を失った。衣食住と医療が無料で、働かなくてもいい社会など聞いたことがない。そんなのはおとぎ話の中にしかないのだ。
「労働はみんなアンドロイドがやっちゃいますからね。みんな、自分の好きなやりがいのあることに挑戦してますよ」
「そ、それは……国民全員が貴族……ってことか?」
「そうですね。国民総貴族。それが、この国の実態です」
会議場がしんと静まり返り、諸侯たちは互いに顔を見合わせた。国民全員が貴族という言葉の意味を、彼らは理解できずにいた。
「馬鹿な! そんなことしたら、奴らは付け上がって……」
「付け上がって、どうなるんですか?」
レオンが静かに問い返すと、レスター三世は口を開いたまま固まってしまった。みんなが貴族であることの弊害を説こうとしたのだが、何も思いつかなかったのだ。貴族が増えすぎると権力争いが起きる? しかし全員が貴族なら争う意味がない。何も言い返せない事態に、レスター三世は歯を食いしばった。
「まぁ、もちろん、みんなが金銀財宝をジャラジャラと身に着けるわけにはいきませんが、贅沢を志向しなければ笑顔で暮らせますよ」
「ぜ、贅沢の無い社会など地獄じゃ!」
「でも、エアモンはいるし、最高峰のワインもある。十分に満足いく生活水準だと思いますよ?」
レオンが穏やかに微笑むと、レスター三世の脳裏にさっき飲んだあのワインの味が蘇ってきた。あれほどの芸術品を「日常」として味わえるレベルなら、贅沢を志向する意味は変わってしまうかもしれない――。
レスター三世にはレオンの笑顔が眩しく見えた。
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