199. 国王『レオン・アルカナ』

ー/ー



 こんなワインを作れる国が、本当に存在するのか。

 これは、人間の技術なのか。

 神の御業ではないのか――。

「この年のは割といい出来で、皆さまに喜んでいただいておりますわ。ふふっ」

 ミーシャは、してやったりという顔で微笑んだ。

「ちょっと待て……」

 レスター三世は、ようやく声を絞り出した。

 喉が渇いている。しかし、目の前のワインを飲む気にはなれなかった。これ以上飲んだら、何かが決定的に壊れてしまいそうだった。

「一体何をやったのじゃ? この雑味の無い透き通る味……ありえんよ」

 六十年間、ワインを飲み続けてきた経験が、そう告げていた。

 この透明感は、普通の製法では実現できない。

 葡萄には、必ず傷んだ粒が混じる。収穫の過程で潰れたもの、虫に食われたもの、病気にかかったもの。それらが混入すると、どうしても味に濁りが出る。

 一流のワイナリーは、それを極力排除しようとする。しかし、完全に取り除くことは不可能だ。人の手では、限界がある。

 だからこそ、この透き通る味は「ありえない」のだ。

 ミーシャはニコッと笑うと人差し指を立て、自慢げに説明していく。

「葉にライトを当てたり、雨が当たらないように屋根付きの畑という工夫もあるんですが、一番効いてるのは、ブドウをですね、一粒一粒選別しているんですよ。ふふっ」

「……は?」

 レスター三世は、言葉の意味を理解できなかった。

「一粒ずつ?! 一体どうやって?」

 声が裏返った。

 一房の葡萄に、粒は数十個ある。

 一本の木に、房は数百ある。

 一つの畑に、木は数千本ある。

 それを「一粒ずつ」選別する?

 途方もない労力だ。人の手では到底不可能である。

「それはアンドロイドたちですわ」

 ミーシャはアリスXI(イレブン)の肩に手を置いて得意げに微笑んだ。

「二十四時間休みなく、淡々とより分けてくれるんですのよ? ふふっ」

 その言葉が、レスター三世の脳裏で反響した。

 アンドロイド。

 人でないもの。

 疲れを知らず、飽きを知らず、眠りを必要としない存在。

 それが、二十四時間。

 一粒一粒。

 完璧に。

「ア、アンドロイド……」

 レスター三世は、ガクッと肩を落とした。

 最後の砦が、崩れ去った。

 技術では負けた。それは認めていた。

 しかし、文化では負けないと思っていた。

 ワインという、何世代にもわたって受け継がれてきた芸術。それだけは、歴史の浅いこの国に負けるはずがないと。

 しかし、現実は違った。

 この国は、文化すらも「技術」で凌駕してきたのだ。

 人間の限界を超えた労力を投入することで、人間には不可能な品質を実現している。

 それは、ある意味で反則だ。

 しかし、結果として生まれたワインは、紛れもない傑作だった。

 反則だと叫んでも、この味の前では虚しいだけだ。

 ――一体どこまで負け続けてしまうのか?

 レスター三世は、ぶるっと震えた。

 それは寒さからではなく、恐怖だった。

 この国の底知れなさへの、純粋な恐怖――。

 隣を見ると、他の諸侯たちが同情するような表情を浮かべていた。

 皆、ワインを飲んで、洗礼を受けていたのだ。

 ――我々は、どうすればいいのだ。

 答えは、誰も持っていなかった。

 アリスXI(イレブン)が、にっこりと微笑みながら、新しいワインを注いでいる。

 その完璧な笑顔が、今はどこか不気味に見えた。


      ◇


 その後、一行は会議場へと席を移した。

 円形に席が並ぶ荘厳な空間で、天井は吹き抜けになっており、遥か頭上には天蓋(キャノピー)の底面が見える。黄金に輝く『星に剣』の国章が、まるで神の眼のようにこちらを見下ろしていた。

 壁面の向こうには碧落湖(ブルーインパクト)の美しい湖面が揺れている。陽の光に煌めく水面と、その上を飛び交うエアモンたち、湖畔に林立するタワー群が、この国の繁栄をこれでもかと見せつける。

 諸侯たちは、それぞれ用意された席に着いていたが、誰もが硬い表情を浮かべていた。

 これから何が始まるのかという不安が、彼らの心を締め付けているのかもしれない。

「大アルカナ王国、国王『レオン・アルカナ』の入場です!」

 アリス(テン)が金髪を優雅に揺らしながら凛とした声で告げ、恭しく頭を下げた。

 レスター三世は眼鏡をずらし、その美しい外見の下のガラスの頭をちらりとのぞいてキュッと口を結ぶ。この国では見た目と実体に乖離がある。その複雑な事態に思わずため息をついた。

 パチパチと会議場に響いた拍手は形式的で、どこか空虚なものだった。心から歓迎しているわけではないことは明らかだった。

 アリスたちが恭しくドアを開けると、一人の男が元気よく入ってくる。

 三十代の精悍な男で、短く刈り込んだ茶色の髪と、鋭くも温かみのある翠色の瞳が印象的だった。

 背筋はまっすぐに伸び、歩く姿には自信が漲っており、ビシッとしたスーツに身を包んでにこやかに微笑みながら手を上げる姿は、まさに一国の王にふさわしい風格を備えていた。

 その後ろには可愛らしい青い龍のエアモンが忠実な従者のようにふわふわと宙を飛んでついてくる。






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 こんなワインを作れる国が、本当に存在するのか。
 これは、人間の技術なのか。
 神の御業ではないのか――。
「この年のは割といい出来で、皆さまに喜んでいただいておりますわ。ふふっ」
 ミーシャは、してやったりという顔で微笑んだ。
「ちょっと待て……」
 レスター三世は、ようやく声を絞り出した。
 喉が渇いている。しかし、目の前のワインを飲む気にはなれなかった。これ以上飲んだら、何かが決定的に壊れてしまいそうだった。
「一体何をやったのじゃ? この雑味の無い透き通る味……ありえんよ」
 六十年間、ワインを飲み続けてきた経験が、そう告げていた。
 この透明感は、普通の製法では実現できない。
 葡萄には、必ず傷んだ粒が混じる。収穫の過程で潰れたもの、虫に食われたもの、病気にかかったもの。それらが混入すると、どうしても味に濁りが出る。
 一流のワイナリーは、それを極力排除しようとする。しかし、完全に取り除くことは不可能だ。人の手では、限界がある。
 だからこそ、この透き通る味は「ありえない」のだ。
 ミーシャはニコッと笑うと人差し指を立て、自慢げに説明していく。
「葉にライトを当てたり、雨が当たらないように屋根付きの畑という工夫もあるんですが、一番効いてるのは、ブドウをですね、一粒一粒選別しているんですよ。ふふっ」
「……は?」
 レスター三世は、言葉の意味を理解できなかった。
「一粒ずつ?! 一体どうやって?」
 声が裏返った。
 一房の葡萄に、粒は数十個ある。
 一本の木に、房は数百ある。
 一つの畑に、木は数千本ある。
 それを「一粒ずつ」選別する?
 途方もない労力だ。人の手では到底不可能である。
「それはアンドロイドたちですわ」
 ミーシャはアリス|XI《イレブン》の肩に手を置いて得意げに微笑んだ。
「二十四時間休みなく、淡々とより分けてくれるんですのよ? ふふっ」
 その言葉が、レスター三世の脳裏で反響した。
 アンドロイド。
 人でないもの。
 疲れを知らず、飽きを知らず、眠りを必要としない存在。
 それが、二十四時間。
 一粒一粒。
 完璧に。
「ア、アンドロイド……」
 レスター三世は、ガクッと肩を落とした。
 最後の砦が、崩れ去った。
 技術では負けた。それは認めていた。
 しかし、文化では負けないと思っていた。
 ワインという、何世代にもわたって受け継がれてきた芸術。それだけは、歴史の浅いこの国に負けるはずがないと。
 しかし、現実は違った。
 この国は、文化すらも「技術」で凌駕してきたのだ。
 人間の限界を超えた労力を投入することで、人間には不可能な品質を実現している。
 それは、ある意味で反則だ。
 しかし、結果として生まれたワインは、紛れもない傑作だった。
 反則だと叫んでも、この味の前では虚しいだけだ。
 ――一体どこまで負け続けてしまうのか?
 レスター三世は、ぶるっと震えた。
 それは寒さからではなく、恐怖だった。
 この国の底知れなさへの、純粋な恐怖――。
 隣を見ると、他の諸侯たちが同情するような表情を浮かべていた。
 皆、ワインを飲んで、洗礼を受けていたのだ。
 ――我々は、どうすればいいのだ。
 答えは、誰も持っていなかった。
 アリス|XI《イレブン》が、にっこりと微笑みながら、新しいワインを注いでいる。
 その完璧な笑顔が、今はどこか不気味に見えた。
      ◇
 その後、一行は会議場へと席を移した。
 円形に席が並ぶ荘厳な空間で、天井は吹き抜けになっており、遥か頭上には|天蓋《キャノピー》の底面が見える。黄金に輝く『星に剣』の国章が、まるで神の眼のようにこちらを見下ろしていた。
 壁面の向こうには|碧落湖《ブルーインパクト》の美しい湖面が揺れている。陽の光に煌めく水面と、その上を飛び交うエアモンたち、湖畔に林立するタワー群が、この国の繁栄をこれでもかと見せつける。
 諸侯たちは、それぞれ用意された席に着いていたが、誰もが硬い表情を浮かべていた。
 これから何が始まるのかという不安が、彼らの心を締め付けているのかもしれない。
「大アルカナ王国、国王『レオン・アルカナ』の入場です!」
 アリス|X《テン》が金髪を優雅に揺らしながら凛とした声で告げ、恭しく頭を下げた。
 レスター三世は眼鏡をずらし、その美しい外見の下のガラスの頭をちらりとのぞいてキュッと口を結ぶ。この国では見た目と実体に乖離がある。その複雑な事態に思わずため息をついた。
 パチパチと会議場に響いた拍手は形式的で、どこか空虚なものだった。心から歓迎しているわけではないことは明らかだった。
 アリスたちが恭しくドアを開けると、一人の男が元気よく入ってくる。
 三十代の精悍な男で、短く刈り込んだ茶色の髪と、鋭くも温かみのある翠色の瞳が印象的だった。
 背筋はまっすぐに伸び、歩く姿には自信が漲っており、ビシッとしたスーツに身を包んでにこやかに微笑みながら手を上げる姿は、まさに一国の王にふさわしい風格を備えていた。
 その後ろには可愛らしい青い龍のエアモンが忠実な従者のようにふわふわと宙を飛んでついてくる。