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【2】②

ー/ー



初対面で郁海を食い入るほど見つめて来た祥真は、予想に反してその場で入部届を書いて帰った。
 六月公演が近くなり、それぞれの部員の担当も決まる。
 問題は、リュウの脚本が遅れていて肝心の演目についてアウトラインしかわからないことだ。
 まったくの白紙ではないため、配役はもちろん裏方についても割り当てだけは可能だった。
 今回、郁海はとりあえず小道具担当になる。必要になるものの大まかな部分は出ているので、できることを進めて行くのは難しくない。
 リュウに「書かせる」ことに普段以上に時間と労力を割かざるを得ないため、今回は彼に張り付くのが本務になりそうだ、と始める前から疲労感に襲われてしまった。
 四年生の身なのに責任者ではなく、空き時間に入れるかどうか、といったところだ。それこそ、最初は「興味のある所に顔を出して」くらいの緩い指示を与えられる一年生と戦力としては変わらない。
 祥真は素人であるだけではなく「役者になりたい」「脚本が書きたい」と言った強烈な目的意識を持っていないようだった。
 そのため、声を掛けられた部署を日替わりで回っているような状態だ。
 ただ、それが悪いとは郁海は考えていない。
 やることがないから適当に流せばいい、と言動に表れているというのなら話は別だが彼はその点では非常に前向きだからだ。
 祥真は「これ!」という拘りがない分、なんでも精一杯真面目に取り組んでいて好感を持てた。

「祠堂さんて、……ちょっと困った人ですよね」
 さすがに遠慮がちではあるが、そう零したくなる気持ちは郁海にもよくわかるので彼の言葉を嗜める気にはならない。
「あの人は天才だから」
 自然と口から出た言葉に再認識させられた。
 そう、リュウは天才だ。
 郁海とは違う。郁海も自分の脚本が、演出が、箸にも棒にも掛からない、どうしようもないものだとは考えていない。
 表現者にはありがちなのだろうが、郁海もそれなり以上に自信はある。
 ただ、リュウという「ホンモノの才能」を見せつけられると、所詮己の程度がわかってしまうのだ。
 ……ここで「それでも自分はすごい」と無心に突き進めるか否かが、創り出す者(クリエイター)として生きて行けるかどうかの別れ道なのかもしれない、とも感じる。
 何か思うところがありそうな、しかし無言を貫く後輩は、いったいリュウと郁海をどう捉えていたのだろう。

 十月公演で、郁海は宣伝担当メインになった。
 準備として大きいのはやはり立て看板だ。
 フライヤーは、PCで作成して大学のコピーセンターで印刷機に掛ければいい。大きさに制限はあるが、カラーポスターの印刷も可能だった。
 もちろん有料だが、OBやOGの昔語りを聞くといちいち業者に出していた時代もあったそうなので費用は格段に安くつく。
 郁海は残念ながら絵心はさほどないので、とりあえず考えたイメージを他の部員に絵に起こしてもらった。
 そのデザイン画を元に看板の作成に掛かる。拡大コピーした元絵を看板に写して、塗料で色を載せて行くのだ。
 立て看板の内の一枚の作業を、実際に行ったのは祥真だった。
 手先が特別器用というわけではないが、とにかくやる気があり一見よりずっと気配りも行き届いているため、とりわけ難度が高くなければ支障もない。
 そして学生演劇において、そこまで高度なことなどそうはなかった。
 熱心で、人目がなくとも手を抜かない姿には感心させられる。
 大まかな塗装の終わった看板は、文句のつけようのない出来だった。 
 デザイン画や郁海の都度の指示を守り、それでいてバランスが崩れそうな部分は適度に修正している。
「お前っていい加減、じゃないけどもっと雑そうに見えてたんだ」
 遅過ぎるかもしれないが、ここで黙したらより悪い。
 今更と感じつつも謝罪を述べた郁海に、彼は見るからに動揺を表した。
 祥真はむしろ、「愚直な自分」を卑下しているように見受けられる。自信に溢れたメンバーに囲まれる初心者の心理としては無理もなかった。
 傍にいた雅が口添えしてくれたこともあり、祥真はぱっと顔を輝かせて照明を手伝った際の心境を語る。
 その嬉しそうな様子に、思わず演劇論の欠片が口をついて出てしまった。彼が結果的に担っている「便利屋」的な使われ方に関しても。
 言う気がなかったのは事実だが、すべて掛け値なしの本心だ。
 雅が発した「舞台監督を目指せばいい」という論に、郁海も同意する。
 こういう人物にこそ向いている役職ではないか。

 初めて部室で顔を合わせたあの日。
 正直なところ、「こいつもか」と思った。
 本音では少しだけ落胆した。言葉を交わす前だから外見だけで。……いや、たとえ話したとしても、郁海は常に自分を作っているから何も変わらないとわかってはいても。
 郁海が多少なりとも仮面を外す相手は、身近では雅しかいない。他には、この一年ほどはいないけれど恋人の前くらいだ。
 ただそれ以降の彼は、同じように郁海を目で追ってはいても、あの時とは何かが違っていた。
 どうやら祥真は、郁海を実態以上に素晴らしい力量の持ち主だと見做しているらしい。そんなことがないのは郁海が一番よく知っているものの、その期待に応えたいとも思う。
 何でも涼しい顔で難なくこなすとは到底言い難いが、だからこそ一生懸命な彼がひとつずつできることを増やしていくのをこの目で見ていた。
 最初は真っ直ぐな彼を微笑ましく見守っていた筈なのに、いつからか「慕ってくれる可愛い後輩」だけではなくなっていた、祥真。
 今気づいたわけではない。おそらくは、もっとずっと前からそうだった。
 本当にいつの間に感情が移り変わったのか、自分でも明確には判断できない。

 ──だけど俺は、こいつが。

    ◇  ◇  ◇
「──から十二月入ったしさぁ、公演前の景気づけに。金曜でいいか?」
「大丈夫です」
「たまには外行きたいですよね~」
 郁海が部室のドアを開けると、内容は不明だが部長の敦紀が訊くのに室内から答える声が上がっているところだった。
「それはそれとして、クリスマスにもやりませんか? 予約取れなさそうだし、部室(ここ)でもいいんで打ち上げ代わり?」
「え~、それはない! クリスマスなんてみんな忙しいに決まってるじゃん」
 後輩の案を、崇彦が即座に却下する。「十月」の彼女とは順調に続いているらしい。
 どうやら飲み会の予定のようだ、と郁海は見当を付けた。
「お? 佐治。それはクリスマスデートなんてしたこともない俺への嫌味か?」
 しかし、敦紀が大袈裟に手振りまでつけて後輩に絡んで行く。
 もちろん本気でないのは全員承知の上だ。
「とんでもないっす! ……だ、第一、俺『デート』なんてひとことも言ってないじゃないすか! その、お友達とパーティとか」
「恋人もいない二十二の男が、どんな『お友達』とどんな『パーティ』すんだよ! 言い訳にしても適当過ぎんだろ」
 口調は強いが、敦紀はすでに半笑いだ。
「あー、えっと。副島さん、金曜日コンパしようって話してるんですけどどうされます、か?」
「おう、行く」
 矛先を逸らす意図も込めてか崇彦に問われて、気軽に答える。
「え!? ……あ、いえ。はい!」
 訊いておきながら驚くなよ、と思わなくはないものの気にはならない。
 郁海がサークルの飲み会を始め、公演の準備や稽古を除く集まりに顔を出すこと自体が珍しかった。
 当然断られる前提だったらしい彼の驚きの表情も仕方がない。
 郁海に参加して欲しくないわけではなく、リュウの予定が何より優先するのをサークルの皆が知っているからだ。
 そのリュウがデートだと浮かれていたからこそ生まれた空き時間だった。
 今日も『彼女』の希望で出掛けるという話をしていた彼。
 そして今回はともかく、ほぼ断られるのを承知でそれでも一応は誘わなければならない後輩に郁海は申し訳なくさえ感じている。
「いつもの店?」
「そのつもりでしたけど、……あ、でも副島さんが来られるならグレードアップしても──」
 上擦った崇彦の声に笑いが堪えられなかった。
「俺は何者だってんだよ。主役でも祝い事でもないんだからそんな必要ないって。それにあの店美味くて好きだよ。久し振りだからすげえ楽しみ」
 サークルの会合でよく使う洋風居酒屋は大学近くで行きやすく、二駅向こうに一人暮らししている郁海にとっては帰りやすくもある。
 料理やドリンクも、味はもちろん設定コース以外にも要望に応えてくれて何かと助かっていた。他の部活やサークルの利用率も高いらしい。


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初対面で郁海を食い入るほど見つめて来た祥真は、予想に反してその場で入部届を書いて帰った。
 六月公演が近くなり、それぞれの部員の担当も決まる。
 問題は、リュウの脚本が遅れていて肝心の演目についてアウトラインしかわからないことだ。
 まったくの白紙ではないため、配役はもちろん裏方についても割り当てだけは可能だった。
 今回、郁海はとりあえず小道具担当になる。必要になるものの大まかな部分は出ているので、できることを進めて行くのは難しくない。
 リュウに「書かせる」ことに普段以上に時間と労力を割かざるを得ないため、今回は彼に張り付くのが本務になりそうだ、と始める前から疲労感に襲われてしまった。
 四年生の身なのに責任者ではなく、空き時間に入れるかどうか、といったところだ。それこそ、最初は「興味のある所に顔を出して」くらいの緩い指示を与えられる一年生と戦力としては変わらない。
 祥真は素人であるだけではなく「役者になりたい」「脚本が書きたい」と言った強烈な目的意識を持っていないようだった。
 そのため、声を掛けられた部署を日替わりで回っているような状態だ。
 ただ、それが悪いとは郁海は考えていない。
 やることがないから適当に流せばいい、と言動に表れているというのなら話は別だが彼はその点では非常に前向きだからだ。
 祥真は「これ!」という拘りがない分、なんでも精一杯真面目に取り組んでいて好感を持てた。
「祠堂さんて、……ちょっと困った人ですよね」
 さすがに遠慮がちではあるが、そう零したくなる気持ちは郁海にもよくわかるので彼の言葉を嗜める気にはならない。
「あの人は天才だから」
 自然と口から出た言葉に再認識させられた。
 そう、リュウは天才だ。
 郁海とは違う。郁海も自分の脚本が、演出が、箸にも棒にも掛からない、どうしようもないものだとは考えていない。
 表現者にはありがちなのだろうが、郁海もそれなり以上に自信はある。
 ただ、リュウという「ホンモノの才能」を見せつけられると、所詮己の程度がわかってしまうのだ。
 ……ここで「それでも自分はすごい」と無心に突き進めるか否かが、|創り出す者《クリエイター》として生きて行けるかどうかの別れ道なのかもしれない、とも感じる。
 何か思うところがありそうな、しかし無言を貫く後輩は、いったいリュウと郁海をどう捉えていたのだろう。
 十月公演で、郁海は宣伝担当メインになった。
 準備として大きいのはやはり立て看板だ。
 フライヤーは、PCで作成して大学のコピーセンターで印刷機に掛ければいい。大きさに制限はあるが、カラーポスターの印刷も可能だった。
 もちろん有料だが、OBやOGの昔語りを聞くといちいち業者に出していた時代もあったそうなので費用は格段に安くつく。
 郁海は残念ながら絵心はさほどないので、とりあえず考えたイメージを他の部員に絵に起こしてもらった。
 そのデザイン画を元に看板の作成に掛かる。拡大コピーした元絵を看板に写して、塗料で色を載せて行くのだ。
 立て看板の内の一枚の作業を、実際に行ったのは祥真だった。
 手先が特別器用というわけではないが、とにかくやる気があり一見よりずっと気配りも行き届いているため、とりわけ難度が高くなければ支障もない。
 そして学生演劇において、そこまで高度なことなどそうはなかった。
 熱心で、人目がなくとも手を抜かない姿には感心させられる。
 大まかな塗装の終わった看板は、文句のつけようのない出来だった。 
 デザイン画や郁海の都度の指示を守り、それでいてバランスが崩れそうな部分は適度に修正している。
「お前っていい加減、じゃないけどもっと雑そうに見えてたんだ」
 遅過ぎるかもしれないが、ここで黙したらより悪い。
 今更と感じつつも謝罪を述べた郁海に、彼は見るからに動揺を表した。
 祥真はむしろ、「愚直な自分」を卑下しているように見受けられる。自信に溢れたメンバーに囲まれる初心者の心理としては無理もなかった。
 傍にいた雅が口添えしてくれたこともあり、祥真はぱっと顔を輝かせて照明を手伝った際の心境を語る。
 その嬉しそうな様子に、思わず演劇論の欠片が口をついて出てしまった。彼が結果的に担っている「便利屋」的な使われ方に関しても。
 言う気がなかったのは事実だが、すべて掛け値なしの本心だ。
 雅が発した「舞台監督を目指せばいい」という論に、郁海も同意する。
 こういう人物にこそ向いている役職ではないか。
 初めて部室で顔を合わせたあの日。
 正直なところ、「こいつもか」と思った。
 本音では少しだけ落胆した。言葉を交わす前だから外見だけで。……いや、たとえ話したとしても、郁海は常に自分を作っているから何も変わらないとわかってはいても。
 郁海が多少なりとも仮面を外す相手は、身近では雅しかいない。他には、この一年ほどはいないけれど恋人の前くらいだ。
 ただそれ以降の彼は、同じように郁海を目で追ってはいても、あの時とは何かが違っていた。
 どうやら祥真は、郁海を実態以上に素晴らしい力量の持ち主だと見做しているらしい。そんなことがないのは郁海が一番よく知っているものの、その期待に応えたいとも思う。
 何でも涼しい顔で難なくこなすとは到底言い難いが、だからこそ一生懸命な彼がひとつずつできることを増やしていくのをこの目で見ていた。
 最初は真っ直ぐな彼を微笑ましく見守っていた筈なのに、いつからか「慕ってくれる可愛い後輩」だけではなくなっていた、祥真。
 今気づいたわけではない。おそらくは、もっとずっと前からそうだった。
 本当にいつの間に感情が移り変わったのか、自分でも明確には判断できない。
 ──だけど俺は、こいつが。
    ◇  ◇  ◇
「──から十二月入ったしさぁ、公演前の景気づけに。金曜でいいか?」
「大丈夫です」
「たまには外行きたいですよね~」
 郁海が部室のドアを開けると、内容は不明だが部長の敦紀が訊くのに室内から答える声が上がっているところだった。
「それはそれとして、クリスマスにもやりませんか? 予約取れなさそうだし、|部室《ここ》でもいいんで打ち上げ代わり?」
「え~、それはない! クリスマスなんてみんな忙しいに決まってるじゃん」
 後輩の案を、崇彦が即座に却下する。「十月」の彼女とは順調に続いているらしい。
 どうやら飲み会の予定のようだ、と郁海は見当を付けた。
「お? 佐治。それはクリスマスデートなんてしたこともない俺への嫌味か?」
 しかし、敦紀が大袈裟に手振りまでつけて後輩に絡んで行く。
 もちろん本気でないのは全員承知の上だ。
「とんでもないっす! ……だ、第一、俺『デート』なんてひとことも言ってないじゃないすか! その、お友達とパーティとか」
「恋人もいない二十二の男が、どんな『お友達』とどんな『パーティ』すんだよ! 言い訳にしても適当過ぎんだろ」
 口調は強いが、敦紀はすでに半笑いだ。
「あー、えっと。副島さん、金曜日コンパしようって話してるんですけどどうされます、か?」
「おう、行く」
 矛先を逸らす意図も込めてか崇彦に問われて、気軽に答える。
「え!? ……あ、いえ。はい!」
 訊いておきながら驚くなよ、と思わなくはないものの気にはならない。
 郁海がサークルの飲み会を始め、公演の準備や稽古を除く集まりに顔を出すこと自体が珍しかった。
 当然断られる前提だったらしい彼の驚きの表情も仕方がない。
 郁海に参加して欲しくないわけではなく、リュウの予定が何より優先するのをサークルの皆が知っているからだ。
 そのリュウがデートだと浮かれていたからこそ生まれた空き時間だった。
 今日も『彼女』の希望で出掛けるという話をしていた彼。
 そして今回はともかく、ほぼ断られるのを承知でそれでも一応は誘わなければならない後輩に郁海は申し訳なくさえ感じている。
「いつもの店?」
「そのつもりでしたけど、……あ、でも副島さんが来られるならグレードアップしても──」
 上擦った崇彦の声に笑いが堪えられなかった。
「俺は何者だってんだよ。主役でも祝い事でもないんだからそんな必要ないって。それにあの店美味くて好きだよ。久し振りだからすげえ楽しみ」
 サークルの会合でよく使う洋風居酒屋は大学近くで行きやすく、二駅向こうに一人暮らししている郁海にとっては帰りやすくもある。
 料理やドリンクも、味はもちろん設定コース以外にも要望に応えてくれて何かと助かっていた。他の部活やサークルの利用率も高いらしい。