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【2】③

ー/ー



「そろそろ時間だし行きませんかぁ?」
「ああ、そうですね」
 コンパ当日の部室、幹事を引き受けた崇彦の声にそれぞれが荷物を手に支度を始める。
 郁海も向かおうかとコートを手に取ったところにドアが開いて祥真が姿を見せた。
 笑顔でも真顔でもない、どこか強張って見える彼の表情に違和感を覚える。
「佐治さん、見城(けんじょう)さんが急用で来られないそうです。伝言預かりました。ドタキャンだし代金は払うからって仰って──」
「おー、了解。一人くらいどうにでもなるよ。コース頼んでるわけじゃないし」
 すらすらと雅の不参加を告げる祥真に、気のせいか見間違いだったか、と流しそうになった。
「よし、じゃあ行きますか! 副島さんと原田も早く来てくださいね~」
 崇彦の音頭に、部員が揃って部室をあとにする。
 余計なことを考えていたために出遅れて、祥真と二人だけ残された郁海はコートを腕に掛けて荷物を取ろうとした。

 その郁海を祥真が呼び止める。
「副島さん、ちょっとお時間いいですか?」
 改めて目を向けると、やはり緊張を孕んでいるような彼の表情に疑問符が浮かんだ。
「いいけどコンパ行かねえの?」
 崇彦の言葉からも、当然参加者に数えられている筈だ。
「いえ、行くつもりです。副島さんも行かれますよね?」
 だったら何故今なのだ? そこまで急ぎの用が思い当たらない。
 承諾を返した郁海に頷き、後輩がドアの鍵を掛けに行く背中に疑問が増した。
 即踵を返して戻った彼は、ノートを差し出して来る。
 雅に請われて貸した創作ノートだ。雑に見えてこういう点は抜かりのない雅が祥真に託したのだろう。
 たしかに郁海には大切なものだしありがたいが、そこまで身構えるものでもないのに。
「ああ、さんきゅ」
 礼とともに受け取った郁海に、目の前の後輩が軽く下げた頭を上げて目を見つめて来た。
 ……そして。
「あなたが好きなんです」
 交際を求める告白に、我が身に何が起きたのかすら理解できなかった。
「……俺、男なんだけど」
 それでも黙っているわけには行かない、とどうにか絞り出したセリフを彼はあっさり退ける。
「『おかしい』と思っているのは誰?」
 祥真のその言葉が、郁海の心の奥底に突き刺さった気がした。
 誰? ……誰だ? 
 ──俺はどこかで、「男を好きな自分」を認められなかったのかもしれない。普通じゃない自分が。
 普通になりたいなどと考えてもいない。
 そもそも性指向を除いたとしても、郁海は決して「普通」には分類されないのではないか。
 それでも怖かった。だから公言したことはない。今後もする気はなかった。
 どちらかといえば自己主張も控えめで、明るく穏やかな気性から能天気にさえ映る後輩。
 彼がいつになく強い言葉で綴る内容を、実のある反論もできないままに郁海は受け止めていた。
「あなたが俺をそういう(・・・・)対象にできないなら言ってください」
 言えるわけがない。祥真は郁海にとって、すでに特別な存在だ。
 誰にも代替などできない、片想いの相手。
 叶う日が来るとは、空想でさえ描いたことはなかった。このまま単なる先輩と後輩のまま、四ヶ月後には郁海が卒業して彼との時間は想い出になる。
 それが郁海にとっての現実的な既定路線だった。

「隠せてると思ってたんだけどな……」
 これは自白だ。告白に等しい。
 外向きの自分を演じる「郁海」なら、何があっても口にはしない弱音。いや、紛れもない本音。
 もう仮面は砕け散った。表情も作れない。……こんな自分は知らない。
 けれど、柄にもない似合わない強気な台詞を吐く彼が堪らなく愛しい。
 それこそ郁海のために、下手な「演技」をしているのだろう恋人(・・)が。

    ◇  ◇  ◇
 郁海の恋愛対象が「男」であることは、大学では雅しか知らなかった。その、筈だ。
 そして彼女は、何があってもそんな重要なことを口外はしない。
 それだけではなく、雅は郁海のこの想いに気付いていた。
 打ち明け話などするわけもなく、恋愛について相談するような性格でも、関係でもない。ましてや、間違いなく「異端」の範疇なのだからなおさらだ。
 けれど郁海は確信していた。
 彼女はそういう存在だ。今現在、郁海にとって誰よりも大切で信頼のおける友人。
 仮定するのも申し訳ないけれど、万が一裏切られても「自分の見る目がなかった」と諦めがつく。
 雅はそれほどの相手なのだ。
 自分が彼女にとってどうなのかはわからなかった。
 同じなら嬉しいし、違っても別に構わない。
 祥真の突然の告白は、郁海の想いを察知したからに違いないと思っていた。
 おそらく祥真は、何らかの形で雅を通じてそれを知ったのだ。

あいつ(・・・)と付き合うことになったから」
 何気なさを装い『報告』した際の彼女の表情が物語っていた。どこか申し訳なさそうで、それでも安心したような、微妙な笑み。
 雅は何も言わないし、郁海も訊く気はなかった。
 そして祥真もまた、ただの考えなしではない。でなければ彼を選ぶことはなかっただろう。
 郁海の恋を知ってしまったこと自体で、何かと気を揉んでくれてもいただろう友人。 
「あたしは自分大好きで勝手な人間だから」
 そんな台詞は口先だけだ。
 あるいは本当にそう思っているのかもしれないが、郁海は『そうではない』雅を知っている。信頼を預けるに足る相手だと見做している。
 今更「犯人探し」などする気も必要もなかった。
 そのため今後も真実が明らかになることはないかもしれないが、結果良ければそれで良し、だ。

 ──雅に何かご馳走しないとな。でもその前に、祥真(・・)か。

 ~こころのなかは。:END~


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「そろそろ時間だし行きませんかぁ?」
「ああ、そうですね」
 コンパ当日の部室、幹事を引き受けた崇彦の声にそれぞれが荷物を手に支度を始める。
 郁海も向かおうかとコートを手に取ったところにドアが開いて祥真が姿を見せた。
 笑顔でも真顔でもない、どこか強張って見える彼の表情に違和感を覚える。
「佐治さん、|見城《けんじょう》さんが急用で来られないそうです。伝言預かりました。ドタキャンだし代金は払うからって仰って──」
「おー、了解。一人くらいどうにでもなるよ。コース頼んでるわけじゃないし」
 すらすらと雅の不参加を告げる祥真に、気のせいか見間違いだったか、と流しそうになった。
「よし、じゃあ行きますか! 副島さんと原田も早く来てくださいね~」
 崇彦の音頭に、部員が揃って部室をあとにする。
 余計なことを考えていたために出遅れて、祥真と二人だけ残された郁海はコートを腕に掛けて荷物を取ろうとした。
 その郁海を祥真が呼び止める。
「副島さん、ちょっとお時間いいですか?」
 改めて目を向けると、やはり緊張を孕んでいるような彼の表情に疑問符が浮かんだ。
「いいけどコンパ行かねえの?」
 崇彦の言葉からも、当然参加者に数えられている筈だ。
「いえ、行くつもりです。副島さんも行かれますよね?」
 だったら何故今なのだ? そこまで急ぎの用が思い当たらない。
 承諾を返した郁海に頷き、後輩がドアの鍵を掛けに行く背中に疑問が増した。
 即踵を返して戻った彼は、ノートを差し出して来る。
 雅に請われて貸した創作ノートだ。雑に見えてこういう点は抜かりのない雅が祥真に託したのだろう。
 たしかに郁海には大切なものだしありがたいが、そこまで身構えるものでもないのに。
「ああ、さんきゅ」
 礼とともに受け取った郁海に、目の前の後輩が軽く下げた頭を上げて目を見つめて来た。
 ……そして。
「あなたが好きなんです」
 交際を求める告白に、我が身に何が起きたのかすら理解できなかった。
「……俺、男なんだけど」
 それでも黙っているわけには行かない、とどうにか絞り出したセリフを彼はあっさり退ける。
「『おかしい』と思っているのは誰?」
 祥真のその言葉が、郁海の心の奥底に突き刺さった気がした。
 誰? ……誰だ? 
 ──俺はどこかで、「男を好きな自分」を認められなかったのかもしれない。普通じゃない自分が。
 普通になりたいなどと考えてもいない。
 そもそも性指向を除いたとしても、郁海は決して「普通」には分類されないのではないか。
 それでも怖かった。だから公言したことはない。今後もする気はなかった。
 どちらかといえば自己主張も控えめで、明るく穏やかな気性から能天気にさえ映る後輩。
 彼がいつになく強い言葉で綴る内容を、実のある反論もできないままに郁海は受け止めていた。
「あなたが俺を|そういう《・・・・》対象にできないなら言ってください」
 言えるわけがない。祥真は郁海にとって、すでに特別な存在だ。
 誰にも代替などできない、片想いの相手。
 叶う日が来るとは、空想でさえ描いたことはなかった。このまま単なる先輩と後輩のまま、四ヶ月後には郁海が卒業して彼との時間は想い出になる。
 それが郁海にとっての現実的な既定路線だった。
「隠せてると思ってたんだけどな……」
 これは自白だ。告白に等しい。
 外向きの自分を演じる「郁海」なら、何があっても口にはしない弱音。いや、紛れもない本音。
 もう仮面は砕け散った。表情も作れない。……こんな自分は知らない。
 けれど、柄にもない似合わない強気な台詞を吐く彼が堪らなく愛しい。
 それこそ郁海のために、下手な「演技」をしているのだろう|恋人《・・》が。
    ◇  ◇  ◇
 郁海の恋愛対象が「男」であることは、大学では雅しか知らなかった。その、筈だ。
 そして彼女は、何があってもそんな重要なことを口外はしない。
 それだけではなく、雅は郁海のこの想いに気付いていた。
 打ち明け話などするわけもなく、恋愛について相談するような性格でも、関係でもない。ましてや、間違いなく「異端」の範疇なのだからなおさらだ。
 けれど郁海は確信していた。
 彼女はそういう存在だ。今現在、郁海にとって誰よりも大切で信頼のおける友人。
 仮定するのも申し訳ないけれど、万が一裏切られても「自分の見る目がなかった」と諦めがつく。
 雅はそれほどの相手なのだ。
 自分が彼女にとってどうなのかはわからなかった。
 同じなら嬉しいし、違っても別に構わない。
 祥真の突然の告白は、郁海の想いを察知したからに違いないと思っていた。
 おそらく祥真は、何らかの形で雅を通じてそれを知ったのだ。
「|あいつ《・・・》と付き合うことになったから」
 何気なさを装い『報告』した際の彼女の表情が物語っていた。どこか申し訳なさそうで、それでも安心したような、微妙な笑み。
 雅は何も言わないし、郁海も訊く気はなかった。
 そして祥真もまた、ただの考えなしではない。でなければ彼を選ぶことはなかっただろう。
 郁海の恋を知ってしまったこと自体で、何かと気を揉んでくれてもいただろう友人。 
「あたしは自分大好きで勝手な人間だから」
 そんな台詞は口先だけだ。
 あるいは本当にそう思っているのかもしれないが、郁海は『そうではない』雅を知っている。信頼を預けるに足る相手だと見做している。
 今更「犯人探し」などする気も必要もなかった。
 そのため今後も真実が明らかになることはないかもしれないが、結果良ければそれで良し、だ。
 ──雅に何かご馳走しないとな。でもその前に、|祥真《・・》か。
 ~こころのなかは。:END~