第38話 ポン・デ・リングと浜小春の観察眼
ー/ー 中間テストが終わって数日が経過した金曜日の夜――――――。
いつもより、少し早めに夕食を終えたオレは、自宅から少し離れた駅まで自転車を飛ばし、駅前のシスタードーナツで二人の女子生徒を待っていた。
スマホを触りながら、数十分の間、時間をつぶしていると、
「立花、こんな時間に出てきてもらって悪いわね」
と、制服姿の大島睦月が声をかけてきた。となりには、同じく帰宅途中の浜小春が並んでいる。
「いや、誘ったのはこっちだからな。二人の方こそ、吹奏楽部の練習終わりに付き合ってもらって申し訳ない」
スマホのブラウザを閉じて、待ち受け画面を確認すると、時刻は午後8時を回っていた。
あくまでネットやアニメから得た知識ではあるが、吹奏楽部は、どの学校でも練習時間が非常に長いと聞く。
毎年、高校野球の友情応援に駆り出される我が校のブラスバンド部も、当然その例外ではないようだ。
「私たちは、練習時間が長くなるのを覚悟して入部してるからね。まあ、お腹が空いてしまうのだけは、我慢できないけど……」
そう言った大島のトレイには、グラタンパイとフレンチ・クルーラーのドーナツが、となりの浜のトレイには、ポン・デ・リングとハニーチェロが並んでいた。
「それなら、食べながらで良いから、話しを聞いてくれるか?」
二人に席に座るようにうながしながら、今日の本題を切り出そうとすると、彼女たちは同時にうなずいて席に着き、こちらの話しを聞くモードに入ってくれた。
「テストが終わってから、色々と考えていたんだが……上坂部と久々知がカップルになるには、まだ、いくつか障害があると思う。そこで、オレよりクラスメートの事情に詳しそうな二人に確認したいことがあるんだ。二人の目から見て、テスト明けから、久々知と名和のようすに、変わったことはなかったか?」
オレの問いかけに対して、大島睦月は、グラタンパイにかじりついたまま、「う〜ん、どうだろう?」と、小さく首をかしげる。
一方の浜小春は、ちぎったポン・デ・リングの生地を可愛らしく咀嚼したあと、
「私も、なるべく注意深く名和さんや久々知くんのことを見ていたんだけど、特に変わったようすは無かったかも……」
彼女は、そう返答し、「それにね――――――」と、なにかを感じ取っているような口ぶりで付け足した。
「なんだ、気になることがあるのか?」
オレがたずねると、浜小春は、小さく……だが、ハッキリとうなずいた。
「私、男の子のことは良くわからないんだけど……彼女がいるのに、他の女子に目移りする男子って、いくつか特長があると思うんだ」
「ん? それは、どんな特長なんだ?」
「うん、具体的に言うと、『彼女との関係がマンネリ化してる』『異性に刺激を求めるタイプであること』『自分に自身が持てないタイプであること』の三つなんじゃないかと考えてるんだ。立花くんは、どう思う?」
なるほど、彼女の言うことは、的を射ているかも知れない。
これまで、オレは、上坂部と名和の二人にばかり目を向けていたが……。
肝心の久々知大成が、その気にならなければ、名和から上坂部に交際相手が変わることはないのだ。
「うん、浜の言うとおりかもな……いま言ってくれた三つの条件は、どれも久々知に当てはまっていない気がする。久々知と名和は、まだ交際を始めて数週間だからマンネリってことは無いはずだし、異性に刺激を求めるなら、幼なじみの上坂部には不利な条件だ。そして、久々知は、どうみても自分に自身が持てない、なんてタイプじゃなさそうだもんなぁ……」
オレが、つぶやくように言葉を吐き出すと、目の前に座る女子二名は、パイやドーナツをほおばりながら、コクコクとうなずく。
テストが終わったばかりの高揚感からか、先日、自分ひとりで、クラス委員や転校生のことを考えているときには、もう少し可能性があると思っていたのだが――――――。
「これは、短期決戦じゃなくて、長期戦を覚悟しないといけないのかも知れないなぁ……」
木製の椅子の背もたれに背中を預けながら、天井を見上げて嘆くように口にすると、グラタンパイを食べ終えた大島睦月が、思案顔でつぶやく。
「なにか、葉月と久々知の間で、刺激になるような出来事が起これば、いまの二人の関係に変化があらわれるかも知れないけどね……」
「そうだね……いまのままだと、二人の仲が進展することは無さそう……あっ、そう言えば、変わったようすといえば、テスト明けのことじゃないけど、久々知くんは、上坂部さんが男子から告白されるのを内心ではあまり快く思っていないのかも……他の男子が、上坂部さんの話しをしていると、表情が曇ることがあるから」
「そうだっけ? やっぱり、小春は、よく他人のことを観察してるわね」
友人の発言に、大島睦月が感心したように相づちを打つ。
なんだ? 久々知は、自分は名和と付き合っていながら、やっぱり、幼なじみのことは気になるのか? でも、もしそうなら、上坂部にも、ワンチャンくらいはあるってことか?
さっきまでの絶望感から比べると、少しだけ希望が見えたようにも感じながら、女子同士の会話に耳を傾けていると、二人の話しは、思わぬ方向に進んでいっている。
「別に、そんなにクラスの人たちのことを見てるわけじゃないけど……」
消え入りそうな声で返答する浜に対して、クスリと微笑んだ大島は、いたずらっぽい口調で応じる。
「そっか、いまの小春は、久々知以上に、もっと気になる相手がいるもんね! つい、この前も『他の人のことで、あれだけ一生懸命になれる男子は尊敬するなぁ』って言ってたし……」
そう言って大島は、なぜか、オレの方にチラリと視線を送り、浜の方は頬を染めて、恥ずかしそうにうつむいている。
「もう、そんなこと、いま言わなくても良いでしょう!? それなら、睦月だって、北先生のことになると……」
クスクスと笑っていた親友に、小柄なクラスメートが猛抗議をすると、普段はクールな表情の女子生徒も急に顔色が赤くなった。どうやら、二人は、クラブの顧問の先生をはじめ共通の知り合いのことで盛り上がっているようだ。
やはり、吹奏楽部には、浜小春が気になっている男子とやらがいるのだろうか?
そんなことをボンヤリと考えながらも、オレは思い切って、目の前に二人に個人的なことを相談してみようと決めた。
「あと、個人的なことも含むんだけど、もうひとつ良いかな? 上坂部と久々知の二人だけじゃなくて、名和についても相談したいことがあるんだ」
そう言って、先日の図書館で自分の身に起きた出来事を語り、サークラ女子に対処するための相談を持ちかけると……。
なぜか、それまで冷静かつ的確な意見を述べてくれていた浜小春が不機嫌になり、極端に口数が減ってしまった。さらに、一方、大島睦月が、そんな友人のようすを苦笑まじりで見守るという、これまでの二人とは、真逆の反応が見られたことについて、オレは戸惑わずにはいられなかった。
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