沈んだ塔
ー/ー「驚かせて、悪かったな」
ウィズは立ち上がって数歩進み、ローブから砂を払った。僕も慌てて立ち上がった。
「レオンは……」
「構うな」
ウィズは短く吐き捨てると、崩れた塔に向き合った。
「この塔に使われた砂が――お前が一万年かけて、より分けなければいけない粒たちだ」
さらさらと塔の幾何学模様が解けている。覗く三島さんの肖像は、色が薄くなってぼやけている。
「今から……これらを弔う。『葬列』が出来るから、それにお前は参列しろ。『葬列』を辿れば、やがて淵に着くだろう」
僕に背を向けたまま、ウィズは大きく息を吸い込むと、民族音楽のような、聴いたことのない独特な旋律を歌い始めた。何語かは分からないけど、ロックバンドのボーカルみたいな荒々しさの奥に、悲しみと祈りが垣間見えるような、不思議な歌だった。
旋律に合わせて、塔が解ける。踊るように、羽ばたくように、砂は幾何学模様を宙に描きながら、風に逆らって流れていく。これが『葬列』なのだと直感的に悟った僕は、ウィズの歌に耳を傾けながら砂を見送った。太陽の光がキラキラと砂粒に乱反射する。息を呑むほど、綺麗だった。このまま、砂粒とともに淵に行けるもんなら、そうしてもよかったのに。
『おい、ユウ。レオンを助けるなら今だぞ』
罫線に浮かび上がっていたライの言葉に気づいた僕は、慌ててそうだね、と返事を書く。塔はまだまだ残っていて、ウィズは懸命に、砂粒で煌めく空を見上げて歌い続けている。
僕はそっと歩いて、レオンのコウモリが埋められたらしい、砂の跡に近づく。しゃがんで、音を立てないようにそっと手で掘り起こす。三十センチくらい掘ってみた。コウモリのようなものは見当たらない。相当深く埋められてるみたいだけど、これ以上掘るとさすがにウィズに音でバレそうだ。
ふと、掘った穴から、紙の端が見えていることに気づく。掘り起こしてみると……『涯てへの最短☆チケット』なんて書かれていた。レオンの落とし物だろうか。拾い上げた途端、チケット端の細い糸が地下へ伸びていることに気付く。そっと手繰り寄せると……たぶん、レオンだと思われる、死にかけの赤いコウモリが現れた。
『無事でよかったです』
僕はウィズにバレないようにノートに書いて、赤いコウモリに見せた。コウモリは前足(?)で羽根ペンを掴むと、辛うじて読める震えた字で返事を書いた。
『さいとークン ありがとーございました♡』
コウモリが書いた字と重なるように、『なんで俺に無事でよかったなんて言うんだよ』とライからの返事が書かれる。たぶん、僕以外でも羽根ペンでノートに書けるけど、僕の字じゃないとライには届かないみたいだ。ライに事情を説明して、しばらく何も言わずに待機してもらうことにした。
コウモリは僕に弱々しく一礼すると、羽根ペンでたどたどしく続きを書いた。
『おれいに さいたんルート おーしえします♡』
僕は固唾を飲んで見守った。
『おっきなほねなら いちにちでーす!』
お……おっきな、ほね?
僕は何を指しているのか、どういう意味なのか、レオンに聞こうとした。
そのとき、『葬列』を成していた煌めく砂粒が、風に吹かれて散った。ウィズの歌が止まっていた。赤いコウモリは飛び立ち、僕は振り返った。
「ガッカリだよ――サイトウユウ」
ウィズの暗く、沼のような目が僕を捉えていた。僕の手は、いつの間にか汗でびっしょりになっていた。
「お前はきっと……迷わずに真っ直ぐに辿り着けると思ってたのに」
乾いた風が、半分くらい砂に溶けた塔を撫でた。風に舞う砂粒が陽の光を反射しながら、僕のそばを通り過ぎて行った。
「たぶん、『最短ルート』は正規のルートじゃないんですよね。だから、あなたは僕を止めていた。でも……僕は、僕たちは、全ての選択肢を知ったうえで、判断したかったんです」
ウィズは苦虫を噛み潰したような表情で、目を逸らした。ウィズが意図的に、情報を隠してたのは間違いなくて、そこをわざと掘り返した。僕は最低だった。左小指の絆創膏を撫でる。でも僕は、最低でも、自分がクズでもゴミでも、三島さんを助けられればそれで良かった。
「行くな……頼む……」
弱々しく、ウィズは漏らした。攻撃されると思って、必死に走らせていた羽根ペンが思わず止まった。僕は何も答えられなかった。
「一万年かけて落とす垢を、短期間で落とそうとする……自分が何をしようとしてるのか、分かってるのか?」
僕はゆっくりと首を振った。ウィズは長く息を吐き出した。
「ありえない、荒療治だ。人間には……耐えられない」
風が止んで、しばし沈黙が場を覆った。
「お前、あんなにまでなって、あの塔を登りきったのに……全部……全部無駄になるぞ」
ウィズが、僕を止めようとしているのが痛いほどわかった。
「……すみません、僕、それでも、一万年も待てません。今までの苦労が水の泡になったとしても、行かなくちゃ」
無理に笑ってみた。ウィズは黙って僕のことを見据えた。
「……風が集まる方へ行け」
ウィズなりの、ヒントなんだろう。僕は深く、頭を下げた。
「早く、行け。俺の気が変わらないうちに」
僕が頭を上げると、ウィズはフードを深く被っていて、もう表情は分からなかった。ウィズの後ろから、赤いコウモリが飛んで現れる。
「アハハ! どうせ教えるなら素直に――「『引き裂け』『潰せ』」
暴風が突如吹き荒れる。赤いコウモリだったものは塵になるまで完全に千切り潰された。
「お前もこうなりたくないなら、早く、行け」
僕は足早に、風が向かう方へと、歩き始めた。風に乗って血の匂いがする。振り返ると、ウィズが、レオンのコウモリをしらみ潰しに蹂躙しているのが見えた。もう埋めるなんて生易しいことはせずに、全て塵になるまで細かく引き裂いているみたいだ。
僕はあの、美しい『葬列』と、ウィズの弔いの歌を思い出していた。ウィズの声の力はたぶん……本当は、意志を捨てて粉々に砕け砂になった魂を弔うためのものなんだろう。塔を出た直後は、眩しくて綺麗に思えた陽の光が、今は全身を刺し貫くような熱線のように思えた。日除け代わりに、ノートを開いたまま逆さにして宙に浮かせる。
『僕たち……これで良かったのかな』
『これで良かったかどうかは、これから決めるんだろ』
ライの清々しさだけが救いだった。僕は追い風と共に、一歩、一歩と灰色の砂の上を進んだ。
ウィズは立ち上がって数歩進み、ローブから砂を払った。僕も慌てて立ち上がった。
「レオンは……」
「構うな」
ウィズは短く吐き捨てると、崩れた塔に向き合った。
「この塔に使われた砂が――お前が一万年かけて、より分けなければいけない粒たちだ」
さらさらと塔の幾何学模様が解けている。覗く三島さんの肖像は、色が薄くなってぼやけている。
「今から……これらを弔う。『葬列』が出来るから、それにお前は参列しろ。『葬列』を辿れば、やがて淵に着くだろう」
僕に背を向けたまま、ウィズは大きく息を吸い込むと、民族音楽のような、聴いたことのない独特な旋律を歌い始めた。何語かは分からないけど、ロックバンドのボーカルみたいな荒々しさの奥に、悲しみと祈りが垣間見えるような、不思議な歌だった。
旋律に合わせて、塔が解ける。踊るように、羽ばたくように、砂は幾何学模様を宙に描きながら、風に逆らって流れていく。これが『葬列』なのだと直感的に悟った僕は、ウィズの歌に耳を傾けながら砂を見送った。太陽の光がキラキラと砂粒に乱反射する。息を呑むほど、綺麗だった。このまま、砂粒とともに淵に行けるもんなら、そうしてもよかったのに。
『おい、ユウ。レオンを助けるなら今だぞ』
罫線に浮かび上がっていたライの言葉に気づいた僕は、慌ててそうだね、と返事を書く。塔はまだまだ残っていて、ウィズは懸命に、砂粒で煌めく空を見上げて歌い続けている。
僕はそっと歩いて、レオンのコウモリが埋められたらしい、砂の跡に近づく。しゃがんで、音を立てないようにそっと手で掘り起こす。三十センチくらい掘ってみた。コウモリのようなものは見当たらない。相当深く埋められてるみたいだけど、これ以上掘るとさすがにウィズに音でバレそうだ。
ふと、掘った穴から、紙の端が見えていることに気づく。掘り起こしてみると……『涯てへの最短☆チケット』なんて書かれていた。レオンの落とし物だろうか。拾い上げた途端、チケット端の細い糸が地下へ伸びていることに気付く。そっと手繰り寄せると……たぶん、レオンだと思われる、死にかけの赤いコウモリが現れた。
『無事でよかったです』
僕はウィズにバレないようにノートに書いて、赤いコウモリに見せた。コウモリは前足(?)で羽根ペンを掴むと、辛うじて読める震えた字で返事を書いた。
『さいとークン ありがとーございました♡』
コウモリが書いた字と重なるように、『なんで俺に無事でよかったなんて言うんだよ』とライからの返事が書かれる。たぶん、僕以外でも羽根ペンでノートに書けるけど、僕の字じゃないとライには届かないみたいだ。ライに事情を説明して、しばらく何も言わずに待機してもらうことにした。
コウモリは僕に弱々しく一礼すると、羽根ペンでたどたどしく続きを書いた。
『おれいに さいたんルート おーしえします♡』
僕は固唾を飲んで見守った。
『おっきなほねなら いちにちでーす!』
お……おっきな、ほね?
僕は何を指しているのか、どういう意味なのか、レオンに聞こうとした。
そのとき、『葬列』を成していた煌めく砂粒が、風に吹かれて散った。ウィズの歌が止まっていた。赤いコウモリは飛び立ち、僕は振り返った。
「ガッカリだよ――サイトウユウ」
ウィズの暗く、沼のような目が僕を捉えていた。僕の手は、いつの間にか汗でびっしょりになっていた。
「お前はきっと……迷わずに真っ直ぐに辿り着けると思ってたのに」
乾いた風が、半分くらい砂に溶けた塔を撫でた。風に舞う砂粒が陽の光を反射しながら、僕のそばを通り過ぎて行った。
「たぶん、『最短ルート』は正規のルートじゃないんですよね。だから、あなたは僕を止めていた。でも……僕は、僕たちは、全ての選択肢を知ったうえで、判断したかったんです」
ウィズは苦虫を噛み潰したような表情で、目を逸らした。ウィズが意図的に、情報を隠してたのは間違いなくて、そこをわざと掘り返した。僕は最低だった。左小指の絆創膏を撫でる。でも僕は、最低でも、自分がクズでもゴミでも、三島さんを助けられればそれで良かった。
「行くな……頼む……」
弱々しく、ウィズは漏らした。攻撃されると思って、必死に走らせていた羽根ペンが思わず止まった。僕は何も答えられなかった。
「一万年かけて落とす垢を、短期間で落とそうとする……自分が何をしようとしてるのか、分かってるのか?」
僕はゆっくりと首を振った。ウィズは長く息を吐き出した。
「ありえない、荒療治だ。人間には……耐えられない」
風が止んで、しばし沈黙が場を覆った。
「お前、あんなにまでなって、あの塔を登りきったのに……全部……全部無駄になるぞ」
ウィズが、僕を止めようとしているのが痛いほどわかった。
「……すみません、僕、それでも、一万年も待てません。今までの苦労が水の泡になったとしても、行かなくちゃ」
無理に笑ってみた。ウィズは黙って僕のことを見据えた。
「……風が集まる方へ行け」
ウィズなりの、ヒントなんだろう。僕は深く、頭を下げた。
「早く、行け。俺の気が変わらないうちに」
僕が頭を上げると、ウィズはフードを深く被っていて、もう表情は分からなかった。ウィズの後ろから、赤いコウモリが飛んで現れる。
「アハハ! どうせ教えるなら素直に――「『引き裂け』『潰せ』」
暴風が突如吹き荒れる。赤いコウモリだったものは塵になるまで完全に千切り潰された。
「お前もこうなりたくないなら、早く、行け」
僕は足早に、風が向かう方へと、歩き始めた。風に乗って血の匂いがする。振り返ると、ウィズが、レオンのコウモリをしらみ潰しに蹂躙しているのが見えた。もう埋めるなんて生易しいことはせずに、全て塵になるまで細かく引き裂いているみたいだ。
僕はあの、美しい『葬列』と、ウィズの弔いの歌を思い出していた。ウィズの声の力はたぶん……本当は、意志を捨てて粉々に砕け砂になった魂を弔うためのものなんだろう。塔を出た直後は、眩しくて綺麗に思えた陽の光が、今は全身を刺し貫くような熱線のように思えた。日除け代わりに、ノートを開いたまま逆さにして宙に浮かせる。
『僕たち……これで良かったのかな』
『これで良かったかどうかは、これから決めるんだろ』
ライの清々しさだけが救いだった。僕は追い風と共に、一歩、一歩と灰色の砂の上を進んだ。
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