16.欲しいもの
ー/ーすれ違いざま投げかけると、フランシスは「べつに」と口の中でつぶやいた。
「おまえもいただろ。成人のあいさつ」
「それだけか?」
ユージーンの重ねての問いにフランシスが弟を振り返らぬまま言った。
「おまえに関係ない」
「か――!」
「おまえさあ」
フランシスを引き留めようと伸ばした手が、反対に低く怒気のこもったような声とともにつかまれる。
「人が欲しくても手に入らないもの全部持ってるくせに、これ以上なにが欲しいわけ?」
唇にはゆがんだ笑みをたたえて、フランシスは静かに震えていた。彼は自身を落ち着かせるようにふっと視線を落とすと、そのまま続ける。
「俺が騎士になれなかったのはべつにおまえのせいじゃないけど、それは俺だってわかってるけどさ。でも、おまえが今持ってるもののうちどれか一個くらい俺にくれたっていいじゃんか」
ずっと昔、まだ物心もつくかつかないかという頃、彼とおもちゃのとりあいになった。父が買ってきてくれた立派な船のおもちゃで、ユージーンも遊びたかったが母に「お兄ちゃんに遊ばせてあげようね」と言われて、結局一度もあのおもちゃでは遊ぶことができなかった。ふと今、そんなことを思い出した。
フランシスがいなくなったら、もしかすると両親は自分を見てくれるかもしれないと思った。でも、父も母も遠くへ行った息子を案じるばかりで、二人とも永遠に自分だけのものにはならないのだと知った。
そういう時だった。姫に出会ったのは。
独りぼっちで、弱くて、さびしがりやで、自分にどこか似ていた。
…… この先、もし、もしも彼女のそばにいられない時が来たとしても、あの時の出会いと、過ごした日々を心の支えにしてやっていけると思っていた。でも、ミルドレッドが自分とは違う思い出を持っているのだと知って、今までやっとのことで均衡を保っていたなにかが崩れそうになっている。
「おまえが何しようが俺は干渉しない。だから代わりに俺のことも放っといてくれよ」
ユージーンの手をつかんでいたフランシスの手が離れる。
(ああ。俺は)
この先なにを支えにしていけばいいんだろう。
城下、城のほぼ裏手と言っていいホッジズの屋敷に帰るとまず母がユージーンを出迎えた。
「あら、珍しい。今日は宿舎じゃなくてこっちに泊まるの?」
「いや、ちょっと寄っただけ」
答えてから、家の中をきょろきょろと見回す。
「だれか、俺より先にここに来たりした?」
「だれかって? お父様なら、ずっとお城よ。あなたのほうが詳しいでしょうに」
母ののんびりした口調にユージーンはじれったそうに「いや、そうじゃなくて」と口にした。
「たとえば、たとえばその…… アンバー卿とか……」
「あら、お会いしたの? ちゃんとごあいさつした? フランもいたでしょう。元気だった?」
アンバー卿の名を出した途端変わる顔色に、思わずユージーンは顔をしかめる。
「そんなに気になるなら会いに行けば」
「そうもいかないわよ」
息子の顔を見ないまま、母は侍女が持ってきた茶を自分で入れ始める。それも二人分。
「もうとっくに人様の子だもの。―― ほら、座って。少し話していく時間くらいはあるんでしょう?」
勧められるのを断り切れずに席に着く。やっぱり来るんじゃなかった。フランシスの動向だけ確認するつもりが、思わぬ時間を取らされそうだ。急いで飲んで戻ればいいかと思って母の話を聞き流しつつ茶を飲んでいると、屋敷にだれかが帰ってきたような音がする。
といっても帰ってくるのは一人しかいない。ユージーンは、姿を見る前に立ち上がる。帰ってきた人物は、息子がいるのを認めるとわずかに眉を上げた。
「おまえ、姫様はどうした?」
「…… 呼ばれていないので」
ユージーンの返答にそうか、と短く言って頷くホッジズとは反対に、夫人が口を開く。
「でも、ついこの間あんな事件があったばかりじゃない。そばにいて差し上げないとだめよ」
自分の方から引き留めておいてと思ったが、それもそうだと思い直す。ちょうど偶然、姫についていった時に同僚が負傷して、姫はずいぶん気に病んでいたようだった。それも、フランシスのことで多少緩和されたように見えるが。それにその前、王となにかあったようだったし。
「…… うん。あの時はずいぶん動揺してたし、その前から…… 少し陛下となにかあったみたいで、俺の部屋で寝たがったくらいだし」
姫のことに想いを馳せつつ話していると、ふいに父の顔が険しいものへと変わった。
「まさかおまえ、部屋に入れたんじゃないだろうな」
「いえ、まさか。きちんと姫の部屋にお送りしました。そのあとに事件の詳細を聞いて……」
と、母が父の腕を引いた。訝しげな顔のまま身を母に合わせてかがめた父に、母が唇を寄せる。
「いいじゃありませんか。少しくらい―― この子がなにかできるような度胸がないことくらいあなただっておわかりでしょう」
「いや、なに言って……」
「あの、俺そろそろ」
何事かこそこそと話している両親に、ユージーンは声をかけた。
「明日は式典なので、宿舎の方に戻ります」
「あ、待って、ユージーン」
玄関に向かおうとすると、母に呼び止められる。
「できるだけ、姫様のそばにいて差し上げなさいね。きっとお心細く思っておいででしょうから」
「そばにって…… 明日からの祭事はほとんどずっと騎士の……」
「少しでも時間が空いたら会いに行くのよ。朝でも昼でも」
はあ、とユージーンは首を傾げつつ聞いて、屋敷をあとにした。
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