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口裂け 7

ー/ー



 男は既に橋から数十メートルのところまで来ていた。その動きは亘の目にも明らかなほど不審だった。提げている(かばん)を必要以上に大切そうに抱え、周囲をキョロキョロと見回している。

 そして、少し立ち止まってから、草むらに入っていった。

 霊禍(れいか)(わたる)は、男の動向から目を離さないまま、ゆっくりと坂を下りていく。

 ──その時。

 男の鞄から、銀色の箱が取り出された。

 生い茂る雑草越しにでも分かる、悍(おぞ)ましい気配。

 亘がその禍々しいオーラに圧倒されてしまいそうになったその時、霊禍が叫んだ。

「おいオッサン! そこで何してんだ!」

 そのあまりの声量に、亘は思わず身を縮めてしまった。しかし、もっと悲惨なのは男のほうだった。

 男は──力なく倒れた。

 草むらの中で姿勢を崩し、音一つ立てずに横たわってしまった。

 ひどく怯えた様子で霊禍の方を見ながら立ち上がろうとし、またよろけてしまう。

 その様子はさながら罠にかかったタヌキのようで、亘が今まで抱いていた恐怖心など、一瞬のうちに消え去ってしまった。

「呪物埋めたの、テメーで間違いないんだよな?」

「ひぃぃっ⋯⋯。ごめんなさい、ごめんなさい⋯⋯」

 霊禍は容赦なく問いただしながら、距離を詰める。

 よかった、これで解決だ、と亘が思ったその時、霊禍の背後に、音もなく一つの影が現れた。

 一瞬の出来事だった。

 そこには予兆も、予備動作も存在しなかった。

 照明の点灯や、映画の場面転換に似た、人間の認識が及ばない刹那。霊禍の超感覚ですら察知できないほどに、静かで、まるでずっとそこにいたかのような自然な登場。

「霊禍ァ!」

 それでも僅かに、亘は動くことができた。

 その人影が握っているハサミが、霊禍の肩に振り下ろされるまでの、0.48秒。

 亘は霊禍を突き飛ばし、その刃を背中で受け止めた。

 刃は肉を裂き、亘の肺を掠めた。



 亘はあまりの痛みに気を失いそうになりながら、その影を見上げた。

 2メートルはある長身。薄汚れたトレンチコート。そして、パックリと大きく開いた口。

「口裂け女⋯⋯」

 靴底が、亘の視界を覆う。口裂け女の体重が、一気に亘の頭部を潰そうと襲いかかる。あと一秒もしないうちに、この靴底が亘の頭をグチャグチャに潰し、生命機能を停止させる。

 しかし意外にも、亘の脳内に死への恐怖は微塵もなかった。それよりも彼の脳を満たしていたのは、ある一つの命令だった。

 たった一つの、単純な命令。

『この足を止めろ』

 その時、細く、白い何かが、顔と靴底の間に現れた

 沈黙の守護霊──グレイヴ。その腕がクッションとなり、少なくともダメージは軽減された。鈍い痛みこそあるものの、まだ動ける。

 間髪入れず、紫色のオーラが口裂け女にぶつかり、その身体を吹き飛ばした。

 オーラの発生源は、霊禍。その体表には、炎のようなオーラの残滓(ざんし)が残っている。一方の口裂け女は、橋の支柱に激突したものの、すぐさま身体を起こした。

「亘!」

「わかってる!」

 肺にまで届きかけた傷。まずはそれに対処しなければならない。

 象牙(ぞうげ)(いろ)の守護霊に対し、亘は次の命令を念じる。

『僕と──融合しろ』



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 男は既に橋から数十メートルのところまで来ていた。その動きは亘の目にも明らかなほど不審だった。提げている鞄《かばん》を必要以上に大切そうに抱え、周囲をキョロキョロと見回している。
 そして、少し立ち止まってから、草むらに入っていった。
 霊禍《れいか》と亘《わたる》は、男の動向から目を離さないまま、ゆっくりと坂を下りていく。
 ──その時。
 男の鞄から、銀色の箱が取り出された。
 生い茂る雑草越しにでも分かる、悍《おぞ》ましい気配。
 亘がその禍々しいオーラに圧倒されてしまいそうになったその時、霊禍が叫んだ。
「おいオッサン! そこで何してんだ!」
 そのあまりの声量に、亘は思わず身を縮めてしまった。しかし、もっと悲惨なのは男のほうだった。
 男は──力なく倒れた。
 草むらの中で姿勢を崩し、音一つ立てずに横たわってしまった。
 ひどく怯えた様子で霊禍の方を見ながら立ち上がろうとし、またよろけてしまう。
 その様子はさながら罠にかかったタヌキのようで、亘が今まで抱いていた恐怖心など、一瞬のうちに消え去ってしまった。
「呪物埋めたの、テメーで間違いないんだよな?」
「ひぃぃっ⋯⋯。ごめんなさい、ごめんなさい⋯⋯」
 霊禍は容赦なく問いただしながら、距離を詰める。
 よかった、これで解決だ、と亘が思ったその時、霊禍の背後に、音もなく一つの影が現れた。
 一瞬の出来事だった。
 そこには予兆も、予備動作も存在しなかった。
 照明の点灯や、映画の場面転換に似た、人間の認識が及ばない刹那。霊禍の超感覚ですら察知できないほどに、静かで、まるでずっとそこにいたかのような自然な登場。
「霊禍ァ!」
 それでも僅かに、亘は動くことができた。
 その人影が握っているハサミが、霊禍の肩に振り下ろされるまでの、0.48秒。
 亘は霊禍を突き飛ばし、その刃を背中で受け止めた。
 刃は肉を裂き、亘の肺を掠めた。
 亘はあまりの痛みに気を失いそうになりながら、その影を見上げた。
 2メートルはある長身。薄汚れたトレンチコート。そして、パックリと大きく開いた口。
「口裂け女⋯⋯」
 靴底が、亘の視界を覆う。口裂け女の体重が、一気に亘の頭部を潰そうと襲いかかる。あと一秒もしないうちに、この靴底が亘の頭をグチャグチャに潰し、生命機能を停止させる。
 しかし意外にも、亘の脳内に死への恐怖は微塵もなかった。それよりも彼の脳を満たしていたのは、ある一つの命令だった。
 たった一つの、単純な命令。
『この足を止めろ』
 その時、細く、白い何かが、顔と靴底の間に現れた
 沈黙の守護霊──グレイヴ。その腕がクッションとなり、少なくともダメージは軽減された。鈍い痛みこそあるものの、まだ動ける。
 間髪入れず、紫色のオーラが口裂け女にぶつかり、その身体を吹き飛ばした。
 オーラの発生源は、霊禍。その体表には、炎のようなオーラの残滓《ざんし》が残っている。一方の口裂け女は、橋の支柱に激突したものの、すぐさま身体を起こした。
「亘!」
「わかってる!」
 肺にまで届きかけた傷。まずはそれに対処しなければならない。
 象牙《ぞうげ》色《いろ》の守護霊に対し、亘は次の命令を念じる。
『僕と──融合しろ』