亀ボート
ー/ー やがて、貸しボートの受付小屋が近づいてきた。
「ボート乗りたい人ー」
西脇が右手を挙げた。うららかな昼下がり。薄紅色の桜並木にふち取られた池には、相変わらずたくさんボートが浮かんでいる。手こぎボートだけでなく、足でこぐスワンボートも多い。
「私はいいよ、どっちでも」
美汐がひらひらと手を振る。
「でも、すぐに乗れるか?」
桟橋のボートは、すべて出払っている。
「あ、デカいのが帰ってきましたよ」
岡崎の声に沖合を見ると、亀の形をしたペダルボートが桟橋に向かっていた。
「わー、ガメラみたい」
亀のボートは四人乗り。二人乗りのスワンボートより一回り大きい。愛嬌のある顔だが、美汐の言うとおり、怪獣っぽく見えなくもない。しかし、これなら、二人乗りのボートを二艘借りるより安上がりだ。全員一致で、ボートに乗ることになった。西脇が小屋の窓口へ向かう。
「写真でも撮るか」
代金を支払う西脇の背後で、真一は言った。小屋の隣に、使い捨てカメラの自販機がある。
「カモのエサも買いません?」
岡崎は窓口脇の張り紙を指さす。
「あ、いいね。買おう」
真一が答えると、美汐も賛同した。
ボート代、カメラ代、エサ代は、あとで割り勘になるはずだ。ひとり五百円くらいだろう。
係員に案内されて桟橋の先端まで行く。亀のボートから若い夫婦と子供が三人降りてきた。定員四人は、あくまで大人に対するもの。
「じゃんけんしましょう」
西脇が拳を作る。四人乗りのボートでも、こぐのはふたり。ペダルは前席にしかない。
「えー、私もやるの。男がこいでよ」
美汐は不満げ。
「当然みたいに言われてもね……」
「男がこげ!」
ぴしゃりと言い放つ。
「……失礼しました」
西脇は帽子を取って、丁重におじぎをする。
亀のボートの前で写真を撮った。じゃんけんで負けた真一は、西脇と一緒に前の席に乗ることになった。
「出発するよー」
一旦バックしてボートの向きを変え、それから前にペダルをこぎ出した。ペダルは思ったほど重くない。自転車で坂を上るほうがきつい。
桟橋を離れてしばらくすると、五、六羽のカモが近寄ってきた。人がエサをくれることを知っているのだ。
「よしよし、ちょっと待ってね。今、袋開けるから」
紙袋を開けた美汐がエサをまくと、ゆっくり泳いでいたカモたちが、一斉にエサに突進してきた。あっという間に食べ尽くされ、水面がきれいになる。
「お、あっちからも来たぞ」
エサやりの光景を見ていたカモたちが、こちらへ向かってきた。三、四羽の先頭集団が形成されると、次々とほかのカモたちが群れに加わる。グエー、グエー、と鳴き声が騒々しい。真一と西脇はペダルをこぐのをやめ、カモが近づくのを待った。
「さあさあ、寄ってらっしゃい。ガメラは太っ腹だよー」
節分の豆まきよろしく、美汐と岡崎が両舷からエサをまく。四方八方にまかれるエサに向かって、カモたちが泳ぎの速度を上げた。ガメラを恐れている様子はない。慈悲深い怪獣だと思っているようだ。先頭集団がエサにたどり着き、我先にと食べ始める。遅れてやってきたカモたちも、ほかのカモにエサを奪われまいと必死だ。ボートを取り囲むカモには、冬にしか見られないものもいる。すでに渡りの時期だが、まだ公園に残っているカモも多い。
「たくさん食べて、北国へお帰り」
エサを投げ与える美汐と岡崎の写真を撮り、群がるカモたちの写真も撮った。岡崎にカメラを渡すと、自分たちがエサをまく様子も撮ってもらった。四袋とも空になったところで、またペダルをこぎ出す。振り返ると、カモたちがまだボートを追いかけていた。
池には、ほかの亀ボートもある。亀のボートに乗ることできるのは、このあたりでは蓬莱公園だけ。というか、蓬莱の名を冠した公園だからこそ、亀のボートがあるのだろう。亀と蓬莱は、昔からつながりがある。例えば、「蓬莱山蒔絵袈裟箱」 という平安時代の工芸品には、蓬莱山を背負った大亀が描かれているが、この図像は、海上を漂う五つの神山を、天帝が亀の背中に乗せて安定させたという、「列子」 の話にもとづいたもの。
「山のほうに行きしょうか」
西脇がハンドルを切った。ボートがゆっくり旋回し、ヤマザクラとオオシマザクラの咲く山斜面が正面に来るようになった。遠くて確認しづらいが、ヤマザクラとオオシマザクラは、花の色だけでなく葉っぱの色も違う。赤芽と薄紅色の花のヤマザクラに対し、オオシマザクラは緑の葉っぱと白い花の組み合わせ。ちょうど好対照をなしている。
「少しひんやりするな」
山の影に入り、やや肌寒さを感じた。
「日が傾いてきましたからね。でも、その分すいてて、いいんじゃないですか」
多くのボートは、日当たりのいいところに集まっている。
「じゃあ、もっと岸のほうに寄ってみるか」
真一は石垣の護岸を指さす。
「ちょっとぉー、座礁しないでよ。池に入って、ボートを押すなんてイヤだからね」
「大丈夫だって、亀は陸にも上がれるから」
「この亀には無理でしょ」
池をめぐる桜並木が近づくと、石垣に沿ってボートをこいだ。山際の遊歩道を歩いている人は、さほど多くない。陽射しがさえぎられて、肌寒いのだろう。満開に見える桜並木も、けっこう花びらを散らしていて、石垣の手前には、花いかだが浮かんでいるところもある。チョットコイ、チョットコイ……繰り返す声はコジュケイのもの。市街地で見かけない鳥も、公園には数多く生息している。集いの広場にいた頃は、極彩色のキジがヤブから出てくるのを見た。
ボート乗り場をあとにすると、お花見広場をひと巡りした。メインの広場だけに、人の数が多く、お祭りっぽい雰囲気に満ちていた。岡崎が屋台でフライドポテトを買い、真一たちもおすそ分けしてもらった。フライドポテトといってもカットしたジャガイモを揚げたものではなく、専用の機械でにょろにょろと押し出した練り粉を揚げたもの。正確には、ラスポテトというらしい。昔、デパートや遊園地のスナックコーナーで売っていたが、今は屋台以外ではなかなか見かけない。
その後、西の山に登り、ハイキングコースをたどって、展望台から池の景色を見下ろした。途中で山を下る道に折れ、中央広場へ下りた。岡崎たち三人は、仲間たちのところへ戻ったが、真一はトイレに寄っていくことにした。
「ボート乗りたい人ー」
西脇が右手を挙げた。うららかな昼下がり。薄紅色の桜並木にふち取られた池には、相変わらずたくさんボートが浮かんでいる。手こぎボートだけでなく、足でこぐスワンボートも多い。
「私はいいよ、どっちでも」
美汐がひらひらと手を振る。
「でも、すぐに乗れるか?」
桟橋のボートは、すべて出払っている。
「あ、デカいのが帰ってきましたよ」
岡崎の声に沖合を見ると、亀の形をしたペダルボートが桟橋に向かっていた。
「わー、ガメラみたい」
亀のボートは四人乗り。二人乗りのスワンボートより一回り大きい。愛嬌のある顔だが、美汐の言うとおり、怪獣っぽく見えなくもない。しかし、これなら、二人乗りのボートを二艘借りるより安上がりだ。全員一致で、ボートに乗ることになった。西脇が小屋の窓口へ向かう。
「写真でも撮るか」
代金を支払う西脇の背後で、真一は言った。小屋の隣に、使い捨てカメラの自販機がある。
「カモのエサも買いません?」
岡崎は窓口脇の張り紙を指さす。
「あ、いいね。買おう」
真一が答えると、美汐も賛同した。
ボート代、カメラ代、エサ代は、あとで割り勘になるはずだ。ひとり五百円くらいだろう。
係員に案内されて桟橋の先端まで行く。亀のボートから若い夫婦と子供が三人降りてきた。定員四人は、あくまで大人に対するもの。
「じゃんけんしましょう」
西脇が拳を作る。四人乗りのボートでも、こぐのはふたり。ペダルは前席にしかない。
「えー、私もやるの。男がこいでよ」
美汐は不満げ。
「当然みたいに言われてもね……」
「男がこげ!」
ぴしゃりと言い放つ。
「……失礼しました」
西脇は帽子を取って、丁重におじぎをする。
亀のボートの前で写真を撮った。じゃんけんで負けた真一は、西脇と一緒に前の席に乗ることになった。
「出発するよー」
一旦バックしてボートの向きを変え、それから前にペダルをこぎ出した。ペダルは思ったほど重くない。自転車で坂を上るほうがきつい。
桟橋を離れてしばらくすると、五、六羽のカモが近寄ってきた。人がエサをくれることを知っているのだ。
「よしよし、ちょっと待ってね。今、袋開けるから」
紙袋を開けた美汐がエサをまくと、ゆっくり泳いでいたカモたちが、一斉にエサに突進してきた。あっという間に食べ尽くされ、水面がきれいになる。
「お、あっちからも来たぞ」
エサやりの光景を見ていたカモたちが、こちらへ向かってきた。三、四羽の先頭集団が形成されると、次々とほかのカモたちが群れに加わる。グエー、グエー、と鳴き声が騒々しい。真一と西脇はペダルをこぐのをやめ、カモが近づくのを待った。
「さあさあ、寄ってらっしゃい。ガメラは太っ腹だよー」
節分の豆まきよろしく、美汐と岡崎が両舷からエサをまく。四方八方にまかれるエサに向かって、カモたちが泳ぎの速度を上げた。ガメラを恐れている様子はない。慈悲深い怪獣だと思っているようだ。先頭集団がエサにたどり着き、我先にと食べ始める。遅れてやってきたカモたちも、ほかのカモにエサを奪われまいと必死だ。ボートを取り囲むカモには、冬にしか見られないものもいる。すでに渡りの時期だが、まだ公園に残っているカモも多い。
「たくさん食べて、北国へお帰り」
エサを投げ与える美汐と岡崎の写真を撮り、群がるカモたちの写真も撮った。岡崎にカメラを渡すと、自分たちがエサをまく様子も撮ってもらった。四袋とも空になったところで、またペダルをこぎ出す。振り返ると、カモたちがまだボートを追いかけていた。
池には、ほかの亀ボートもある。亀のボートに乗ることできるのは、このあたりでは蓬莱公園だけ。というか、蓬莱の名を冠した公園だからこそ、亀のボートがあるのだろう。亀と蓬莱は、昔からつながりがある。例えば、「蓬莱山蒔絵袈裟箱」 という平安時代の工芸品には、蓬莱山を背負った大亀が描かれているが、この図像は、海上を漂う五つの神山を、天帝が亀の背中に乗せて安定させたという、「列子」 の話にもとづいたもの。
「山のほうに行きしょうか」
西脇がハンドルを切った。ボートがゆっくり旋回し、ヤマザクラとオオシマザクラの咲く山斜面が正面に来るようになった。遠くて確認しづらいが、ヤマザクラとオオシマザクラは、花の色だけでなく葉っぱの色も違う。赤芽と薄紅色の花のヤマザクラに対し、オオシマザクラは緑の葉っぱと白い花の組み合わせ。ちょうど好対照をなしている。
「少しひんやりするな」
山の影に入り、やや肌寒さを感じた。
「日が傾いてきましたからね。でも、その分すいてて、いいんじゃないですか」
多くのボートは、日当たりのいいところに集まっている。
「じゃあ、もっと岸のほうに寄ってみるか」
真一は石垣の護岸を指さす。
「ちょっとぉー、座礁しないでよ。池に入って、ボートを押すなんてイヤだからね」
「大丈夫だって、亀は陸にも上がれるから」
「この亀には無理でしょ」
池をめぐる桜並木が近づくと、石垣に沿ってボートをこいだ。山際の遊歩道を歩いている人は、さほど多くない。陽射しがさえぎられて、肌寒いのだろう。満開に見える桜並木も、けっこう花びらを散らしていて、石垣の手前には、花いかだが浮かんでいるところもある。チョットコイ、チョットコイ……繰り返す声はコジュケイのもの。市街地で見かけない鳥も、公園には数多く生息している。集いの広場にいた頃は、極彩色のキジがヤブから出てくるのを見た。
ボート乗り場をあとにすると、お花見広場をひと巡りした。メインの広場だけに、人の数が多く、お祭りっぽい雰囲気に満ちていた。岡崎が屋台でフライドポテトを買い、真一たちもおすそ分けしてもらった。フライドポテトといってもカットしたジャガイモを揚げたものではなく、専用の機械でにょろにょろと押し出した練り粉を揚げたもの。正確には、ラスポテトというらしい。昔、デパートや遊園地のスナックコーナーで売っていたが、今は屋台以外ではなかなか見かけない。
その後、西の山に登り、ハイキングコースをたどって、展望台から池の景色を見下ろした。途中で山を下る道に折れ、中央広場へ下りた。岡崎たち三人は、仲間たちのところへ戻ったが、真一はトイレに寄っていくことにした。
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