花見弁当
ー/ー 中央広場を過ぎ、梅園とアスレチックの間を通り抜けると、ようやく仲間たちのいる集いの広場が見えてきた。ここは公園のすべての駐車場から遠く、休日でもすいている。三方を山に囲まれ、自然を身近に感じられるところもいい。
真一が到着しても、派手な歓迎はなかった。盛り上がりのピークは過ぎてしまったらしく、間だるい空気が場に漂い、いくつかに分かれたグループが、トランプや将棋など、思い思いのことをしていた。
とりあえず目が合った人間に挨拶していたら、こっちこっち、と手招きしてくる奴がいた。茶色いくせっ毛で、やや不健康そうな顔色をしたこの男は、ゆうべ電話をくれた岡崎。公園下のレストランでバイトしていたときの仲間だ。煙草好きで、ニコチンが切れると不機嫌になる一面があるものの、基本的に陽気で気さくな男である。地元の大学に通う学生。真一のふたつ下の二十一歳。ただし、四月生まれなので、もうすぐ二十二歳になる。真一のアパートからそう遠くないところに住んでいて、バイトが替わった今でも、以前とあまり変わらないつき合いが続いている。
「どうしたんだこれ。遠くから見たら池かと思ったぞ」
隣に腰を下ろし、何枚も敷き詰められたブルーシートを見渡した。ほぼ全員桜並木側に座っているため、無駄なスペースがよけい目立つ。
「松浦が持ってきたんですよ。あいつんち、造園業でしょ。倉庫にたくさんあったらしいです」
岡崎の視線をたどって、将棋を指しているふたり組に目を向ける。スカジャンの袖をまくり上げた体格のいい男が松浦だ。次の一手をひねり出そうと、あごをさすって難しい表情。
「広くていいでしょ。シンさんも疲れたら、あいつみたいに寝そべったらどうです」
つぎはぎデニムのチューリップハットをかぶった男が隣に詰めてきた。元バイト仲間の西脇だ。真一が公園下の店で働いていたとき、土日と祝日だけ来ていた。メインのバイトは、輸入雑貨店の店員。
「えーと……」
人さし指の先をたどると、仰向けで漫画を読んでいる男がいた。
「あれは、稲城って奴です」
益田が教えてくれた。赤いキャップに紺のトレーナー。洋食屋のせがれの益田は、マスターの遠い親戚にあたり、忙しい時期にヘルプで店に入ったが、そのまま定着してしまった。松浦と同じ高校に通っていたので、もうひとつのグループのメンバーを知っている。
その後、隣のグループの宇和島という男が、オードブルの皿を回してくれた。酒は?、と訊かれたが、スクーターの運転があるので断った。宵に人と会う予定も入っている。ホテル時代に世話になった先輩の引っ越しの手伝いをする約束をしていた。
「残飯処理みたいなもんですよ」
オードブルの品々を見下ろしつつ、同情した益田がほろ苦い笑みを浮かべた。真一もそう思う。冷え切った唐揚げ、ふやけたポテト、油が白く固まった焼き鳥……。見ているだけで、胸焼けがしてきそうだ。
だが、無理してでも食べるしかない。昼食はここで食べると決めて、アパートではなにも食べてこなかったのだから。
「じゃあ、飲み物はウーロン茶にしますか」
「……そうだな」
やはり、なぐさめるように言ってくれた西脇にげんなりと返して、真一はおそるおそる焼き鳥の串に手を伸ばした。
しばらく会話したのち、かつてのバイト仲間たちと、公園を散策しにいった。子供たちに交じってアスレチックで体を動かし、最後にひとりずつターザンロープをやって、お花見広場を目指した。遊歩道の桜並木は、南側から歩いても見事。花づきの良い枝が頭上を覆い尽くし、花の回廊を歩いているようだ。陽射しが柔らかくなってきた分、花の赤みが引き立って、真昼時より情感豊かになった気がする。
「やっぱ、歩いて正解だったね」
頭上を見上げて、美汐が言った。黄緑色のカーディガンに黒いスリムのパンツ。色白なので、ミディアムの髪の色も薄い。
「散り始めだけど、ほぼ満開だし。晴れて風もないし。こんな日に歩かないのは損だよ」
中央広場まで来ると、遊歩道を行き交う人も多くなる。人とぶつからないよう、真一たちは前後に分かれて歩いている。前に美汐と西脇、後ろに真一と岡崎。
「宇和島たちも肩の力が抜けたんじゃないですかね。俺たちに気を使う必要がなくなって」
岡崎の言うとおりだろう。シートに残ったメンバーに、松浦や益田と同じ高校出身者以外の人間はいない。
「あ、ウチの花見弁当食べてる人がいる」
西脇が顔を向けたところに、遅い昼食を食べているグループがいた。全員、同じ色と形の弁当箱をつついている。岡崎によれば、店には今、マスターと奥さんのサヤカさんしかいないそう。休日の日中に、飲食店が通常の営業をしないというのは奇妙な話だが、実はこの時期、店の客の入りは、普段と変わらないか、やや落ち込んでしまう。花が満開なら花の下で飲み食いしたいというのが人情で、公園を訪れる花見客の多くが飲食物を持参している。ゆえに店も、晴れた日の休日に限って、花見弁当を売ることにしたのだ。
「本当は、私も店番する予定だったんだけどね。サヤカさんが、みんなとお花見してきたら、って言ったから」
店のバイト歴が長い美汐は、店でも頼りにされる存在だ。
「でも、給料は出るんだろ」
そういう話らしい。去年の今時分、まだ真一は店で働き始めていなかったから、実際に経験はしていないが。
「まあ、店の都合で休んだからね」
店先で弁当を売るだけなら、大して人手はいらない。美汐はともかく、岡崎や西脇は確実にヒマになる。ただ、休ませたバイトの給料を支払ってなお、普段を上回る利益が出るようだ。花見弁当恐るべし。
真一が到着しても、派手な歓迎はなかった。盛り上がりのピークは過ぎてしまったらしく、間だるい空気が場に漂い、いくつかに分かれたグループが、トランプや将棋など、思い思いのことをしていた。
とりあえず目が合った人間に挨拶していたら、こっちこっち、と手招きしてくる奴がいた。茶色いくせっ毛で、やや不健康そうな顔色をしたこの男は、ゆうべ電話をくれた岡崎。公園下のレストランでバイトしていたときの仲間だ。煙草好きで、ニコチンが切れると不機嫌になる一面があるものの、基本的に陽気で気さくな男である。地元の大学に通う学生。真一のふたつ下の二十一歳。ただし、四月生まれなので、もうすぐ二十二歳になる。真一のアパートからそう遠くないところに住んでいて、バイトが替わった今でも、以前とあまり変わらないつき合いが続いている。
「どうしたんだこれ。遠くから見たら池かと思ったぞ」
隣に腰を下ろし、何枚も敷き詰められたブルーシートを見渡した。ほぼ全員桜並木側に座っているため、無駄なスペースがよけい目立つ。
「松浦が持ってきたんですよ。あいつんち、造園業でしょ。倉庫にたくさんあったらしいです」
岡崎の視線をたどって、将棋を指しているふたり組に目を向ける。スカジャンの袖をまくり上げた体格のいい男が松浦だ。次の一手をひねり出そうと、あごをさすって難しい表情。
「広くていいでしょ。シンさんも疲れたら、あいつみたいに寝そべったらどうです」
つぎはぎデニムのチューリップハットをかぶった男が隣に詰めてきた。元バイト仲間の西脇だ。真一が公園下の店で働いていたとき、土日と祝日だけ来ていた。メインのバイトは、輸入雑貨店の店員。
「えーと……」
人さし指の先をたどると、仰向けで漫画を読んでいる男がいた。
「あれは、稲城って奴です」
益田が教えてくれた。赤いキャップに紺のトレーナー。洋食屋のせがれの益田は、マスターの遠い親戚にあたり、忙しい時期にヘルプで店に入ったが、そのまま定着してしまった。松浦と同じ高校に通っていたので、もうひとつのグループのメンバーを知っている。
その後、隣のグループの宇和島という男が、オードブルの皿を回してくれた。酒は?、と訊かれたが、スクーターの運転があるので断った。宵に人と会う予定も入っている。ホテル時代に世話になった先輩の引っ越しの手伝いをする約束をしていた。
「残飯処理みたいなもんですよ」
オードブルの品々を見下ろしつつ、同情した益田がほろ苦い笑みを浮かべた。真一もそう思う。冷え切った唐揚げ、ふやけたポテト、油が白く固まった焼き鳥……。見ているだけで、胸焼けがしてきそうだ。
だが、無理してでも食べるしかない。昼食はここで食べると決めて、アパートではなにも食べてこなかったのだから。
「じゃあ、飲み物はウーロン茶にしますか」
「……そうだな」
やはり、なぐさめるように言ってくれた西脇にげんなりと返して、真一はおそるおそる焼き鳥の串に手を伸ばした。
しばらく会話したのち、かつてのバイト仲間たちと、公園を散策しにいった。子供たちに交じってアスレチックで体を動かし、最後にひとりずつターザンロープをやって、お花見広場を目指した。遊歩道の桜並木は、南側から歩いても見事。花づきの良い枝が頭上を覆い尽くし、花の回廊を歩いているようだ。陽射しが柔らかくなってきた分、花の赤みが引き立って、真昼時より情感豊かになった気がする。
「やっぱ、歩いて正解だったね」
頭上を見上げて、美汐が言った。黄緑色のカーディガンに黒いスリムのパンツ。色白なので、ミディアムの髪の色も薄い。
「散り始めだけど、ほぼ満開だし。晴れて風もないし。こんな日に歩かないのは損だよ」
中央広場まで来ると、遊歩道を行き交う人も多くなる。人とぶつからないよう、真一たちは前後に分かれて歩いている。前に美汐と西脇、後ろに真一と岡崎。
「宇和島たちも肩の力が抜けたんじゃないですかね。俺たちに気を使う必要がなくなって」
岡崎の言うとおりだろう。シートに残ったメンバーに、松浦や益田と同じ高校出身者以外の人間はいない。
「あ、ウチの花見弁当食べてる人がいる」
西脇が顔を向けたところに、遅い昼食を食べているグループがいた。全員、同じ色と形の弁当箱をつついている。岡崎によれば、店には今、マスターと奥さんのサヤカさんしかいないそう。休日の日中に、飲食店が通常の営業をしないというのは奇妙な話だが、実はこの時期、店の客の入りは、普段と変わらないか、やや落ち込んでしまう。花が満開なら花の下で飲み食いしたいというのが人情で、公園を訪れる花見客の多くが飲食物を持参している。ゆえに店も、晴れた日の休日に限って、花見弁当を売ることにしたのだ。
「本当は、私も店番する予定だったんだけどね。サヤカさんが、みんなとお花見してきたら、って言ったから」
店のバイト歴が長い美汐は、店でも頼りにされる存在だ。
「でも、給料は出るんだろ」
そういう話らしい。去年の今時分、まだ真一は店で働き始めていなかったから、実際に経験はしていないが。
「まあ、店の都合で休んだからね」
店先で弁当を売るだけなら、大して人手はいらない。美汐はともかく、岡崎や西脇は確実にヒマになる。ただ、休ませたバイトの給料を支払ってなお、普段を上回る利益が出るようだ。花見弁当恐るべし。
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