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お望み通り

ー/ー



 オレは夢子(ゆめこ)ちゃんが好きだ、死ぬほど好きだ! 大好きだ。

 あ、オレか? オレは豆腐八幡(とうふやわた)。笑うんじゃねー! 人の本名を。今年27になるのさ。

 憧れの夢子ちゃんはオフィスのマドンナ。幸いにも恋人はいないみたいだけどさ……フー、夢子ちゃんに群がるオリジナリティーありありの男達に比べればオレみたいなフツーな奴、かすんじまうよな。

 あ、夢子ちゃんて超マニアックなんだよね。
 取り巻きから色々情報は得てるぜ。
 服や布団カバーの一部をクルクルッとして、その生地の先っちょを触るのが癖。ああ、オフィスの椅子のクッションカバーの角っこも弄くり回してるらしく、角だけ黒ずんでんの。
 冬場は……セーターの袖口の毛糸のつなぎ目っつーの? ほつれちゃってるから触りまくってんだろうな。

 え? どーしてそんな変わった女が好きかって? 超、超! 可愛いからに決まってるだろー。

 どんなに彼女が素敵か教えてやろうか? 髪はショートでピンク色に染めてるんだけどさ(そ、オレの会社自由度高めなの)ゆるっとしたパーマがエレガントなんだ。前髪長めでさ、覗く瞳が仔猫ちゃんみたいにまん丸でそそられちまう。おまけにスリムなのに意外にもグラマー。同僚思いで笑うと女神。悩殺確定。

 取り巻きの奴らとは、オレの知らないB級アニメとか昭和歌謡について語り合っている。ああ、夢子ちゃんは24才だよ!? 親かおばあちゃんたちの影響で知ってるんだろうな。70年代アイドルとかさ。オレはさっぱりさ。

 ――――「豆腐君、おはよう」

 ポ――――♡

 夢子ちゃんに挨拶された~。で、でもよぉ、夢子ちゃんは明るいからみんなに挨拶する良い子なんだ。オレ知ってる。

「お、おはよう、夢子ちゃん!」

「今日は月末の書類が多いね、がんばろ」

「う、うんっっ」

 ハー……残り香スーハ―……。夢子ちゃんさ、オレンジみたいな爽やかな香りがするんだー。オレンジばっか食ってんのかな~。これ、フレグランスなんかじゃなく体臭だったらよりハッピー! おっと、エロさ出してる場合じゃないぜ。

 ――――だって気を抜くと、背中の金属定規がズレ落ちるからな。

 ああ、なに言ってるかわかんねーだろ。説明する。
 オレはな、オタクじゃないから夢子ちゃんとお近づきになれそうにない。だから、あの取り巻きとは違う路線で行く気さ。

 うむ。『背中に金属定規を入れ、すじがね入りの男になる』って決めたんだよ。これ、続けて3カ月経ったぜ。春は良かった。でも今の時季ヤバいよな。
 事務所内は冷房効いてるから良いけどさ、7月の猛暑の中、出勤途中、そして帰りの満員電車でも大汗をかく。
 白いカッターシャツの背中に錆がつくんじゃないかと心配してる……。



 ――――「あ~、やっと昼休憩だ。弁当食うか」
 オレは休憩室にコンビニ弁当をぶら下げて行った。

 女の子たちが5人でかたまって食事中だ。

「わ! 夢ちゃんのお弁当、きっれ~い。今日も作ったの?」

「うん、そだよ」

 うわっはー♡アニメ声も声優さんみたいで可愛すぎ!

 オレはガマン出来なくて、ちょ……っとだけ尻を浮かせ、遠目に夢子ちゃんの赤いお弁当箱を見た。
 素晴らしい! 緑・赤・黄色の野菜群・炭水化物・フルーツ。『角っこを弄くり回す』という変な癖がありながら、バランス感覚バツグンじゃないの!
 ハ~、良いお嫁さんになるだろうなー。

 ――――ポワワワワワ~ン。そ、今オレの頭の上には吹き出しが出来ている。その白っぽいモコモコの中には新婚さんのオレと夢子ちゃん。

 と、オレは気を抜いちまった。豆腐八幡の名前通りフニャフニャに蕩けていた。

 カチャ―ンッ。
「あ! いっけね」

 金属定規、落ちた。

 音に気付き、こちらを見る夢子ちゃん。
 オレは慌てて金属定規を拾った。

「なんか金属っぽい物が落ちた音がしたよな」

「ああ、なんだろな」

「ま、いっけど」

 みんな見ていなかった。1名を除いては。 
 オレが定規を拾い、サッと襟首から背中に突き挿した瞬間を夢子ちゃんが見ていたのである。

(一巻の終わりじゃねぇかあ。変な奴だと思われたに決まってる)
 オレは俯き弁当をボソボソとでもなるべく速いスピードで食し、金属定規を落とさないように姿勢を正し、顔を引きつらせ休憩室を跡にした。

 項垂れつつ、給湯室にある冷蔵庫の麦茶を取りに行った。
 
 オレのドキドキサマー、おわた。
 オレには『水着だらけの運動会』なんて要らねぇ(あ、オレ知識持ってんじゃん)夢子ちゃんだらけのホットな夏がイイ――――。そんな夏が良かったのに、のに、もうダメだ……。

 泣きそうなのでオレは小さな給湯室で隠れるようにして麦茶をグイッと飲んだ。自分用2リットルのペットボトルの麦茶をコップについでな。
 冷や汗と、涙が出て来た。オレは定規を背中に入れたって、名前の如く柔らかい豆腐でしかないんだ。ダサいオレ。
 もうもう、たまんなくて、夢子ちゃんに対しての恥ずかしさを消したくて、ペットボトルをカッコよく片手に持ち、グイッと飲み干した。場末の酒場感……。

 バッシャーン! 手から滑り落ちこぼれた。
「ああ、ああ!」
 慌ててバケツに掛かってたぞうきんを手に取り床を拭く。

「大丈夫? 豆腐君」

 ハ! ゆ、ゆゆゆっ夢子ちゃんの声。

 ガチャン! その瞬間、一生懸命雑巾がけをしていたオレの背中からまた! 金属定規が落ちた。

 最悪だ。号泣ってキーボードに打てば出て来る顔文字だ。

 夢子ちゃんはなぜか、定規のことには一切触れず「手伝うよ、豆腐君」と言う。

「あ、ありがとう。夢子ちゃん」

 ああ、間近に感じる夢子ちゃんの空気。天にも昇る心地。そして、ドジなとこ見せちまった情けなさ。

 夢子ちゃんは、何度もぞうきんを水洗いしながら丁寧に床を綺麗にしてくれた。

 もうすぐ休憩時間が終わる。その刹那夢子ちゃんが言う。
「今日、一緒に帰ろ。豆腐君」
 優しい笑顔だ。

「あ、うん……」



 駅までの道、オレは姿勢を正し歩く。夢子ちゃんの意図がわからずほとんど口もきけない。それと金属定規を落としたくない。

「あたし知ってるよ。おばあちゃんから聴いたことあるの」

「ン? 夢子ちゃん、なにをかな」

「背中の物差し」と言ってニッコリとスマイルを向ける彼女は天女のようだ。

「……」
 オレはバツが悪くてなにも言えないでいる。

「姿勢が良くなるんでしょう? 昔はそういう躾もあったらしいね」

「あ、あ……。オレは……」

 夢子ちゃんは夢見るようにうっとりとオレを見た。

「あたし、昭和感丸出しな豆腐君にメロメロになっちゃった!」

「え! え、でも。夢子ちゃんといつも話している人たち、みんな昭和オタクでしょう? なんで、オレ」
 オレ、人差し指で鼻を指さした。

「豆腐君は見るからにフツーっぽいのに、変なことするから」

(か、変わってるぅ~)

 夢子ちゃんはやはり愛くるしい。


 ――――それから? うん、もう無理すんのやめた。
 バイバイ、金属定規。ま、無理した暁に夢子ちゃんという最高の彼女を手に入れられたわけだけど。

 最近じゃ、夢子ちゃんの部屋に招かれドーナツ盤を色々聴かされてさ「このレコードの中でどの曲が一番好き?!」って彼女必ず言うの。
 オレが「やっぱヒットしたっていうこの曲がオレは一番良いと感じるよ」なんて素直な感想を述べるとさ、夢子ちゃん、得意になって鼻の穴を膨らませるのさ。

「あたしはB面の2曲目よ」

 なんか、いっつもめっちゃ地味な曲ばっか選ぶんだよね。本人は本気でそれがイイらしい。

 憧れの女性と恋人同士になった初めての夏! オレは海水浴もプールにも行かない。
 夢子ちゃんと冷房の効いた部屋でオセロとしりとりをしている。
 夢子ちゃんのお望み通り!






 


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 オレは|夢子《ゆめこ》ちゃんが好きだ、死ぬほど好きだ! 大好きだ。
 あ、オレか? オレは|豆腐八幡《とうふやわた》。笑うんじゃねー! 人の本名を。今年27になるのさ。
 憧れの夢子ちゃんはオフィスのマドンナ。幸いにも恋人はいないみたいだけどさ……フー、夢子ちゃんに群がるオリジナリティーありありの男達に比べればオレみたいなフツーな奴、かすんじまうよな。
 あ、夢子ちゃんて超マニアックなんだよね。
 取り巻きから色々情報は得てるぜ。
 服や布団カバーの一部をクルクルッとして、その生地の先っちょを触るのが癖。ああ、オフィスの椅子のクッションカバーの角っこも弄くり回してるらしく、角だけ黒ずんでんの。
 冬場は……セーターの袖口の毛糸のつなぎ目っつーの? ほつれちゃってるから触りまくってんだろうな。
 え? どーしてそんな変わった女が好きかって? 超、超! 可愛いからに決まってるだろー。
 どんなに彼女が素敵か教えてやろうか? 髪はショートでピンク色に染めてるんだけどさ(そ、オレの会社自由度高めなの)ゆるっとしたパーマがエレガントなんだ。前髪長めでさ、覗く瞳が仔猫ちゃんみたいにまん丸でそそられちまう。おまけにスリムなのに意外にもグラマー。同僚思いで笑うと女神。悩殺確定。
 取り巻きの奴らとは、オレの知らないB級アニメとか昭和歌謡について語り合っている。ああ、夢子ちゃんは24才だよ!? 親かおばあちゃんたちの影響で知ってるんだろうな。70年代アイドルとかさ。オレはさっぱりさ。
 ――――「豆腐君、おはよう」
 ポ――――♡
 夢子ちゃんに挨拶された~。で、でもよぉ、夢子ちゃんは明るいからみんなに挨拶する良い子なんだ。オレ知ってる。
「お、おはよう、夢子ちゃん!」
「今日は月末の書類が多いね、がんばろ」
「う、うんっっ」
 ハー……残り香スーハ―……。夢子ちゃんさ、オレンジみたいな爽やかな香りがするんだー。オレンジばっか食ってんのかな~。これ、フレグランスなんかじゃなく体臭だったらよりハッピー! おっと、エロさ出してる場合じゃないぜ。
 ――――だって気を抜くと、背中の金属定規がズレ落ちるからな。
 ああ、なに言ってるかわかんねーだろ。説明する。
 オレはな、オタクじゃないから夢子ちゃんとお近づきになれそうにない。だから、あの取り巻きとは違う路線で行く気さ。
 うむ。『背中に金属定規を入れ、すじがね入りの男になる』って決めたんだよ。これ、続けて3カ月経ったぜ。春は良かった。でも今の時季ヤバいよな。
 事務所内は冷房効いてるから良いけどさ、7月の猛暑の中、出勤途中、そして帰りの満員電車でも大汗をかく。
 白いカッターシャツの背中に錆がつくんじゃないかと心配してる……。
 ――――「あ~、やっと昼休憩だ。弁当食うか」
 オレは休憩室にコンビニ弁当をぶら下げて行った。
 女の子たちが5人でかたまって食事中だ。
「わ! 夢ちゃんのお弁当、きっれ~い。今日も作ったの?」
「うん、そだよ」
 うわっはー♡アニメ声も声優さんみたいで可愛すぎ!
 オレはガマン出来なくて、ちょ……っとだけ尻を浮かせ、遠目に夢子ちゃんの赤いお弁当箱を見た。
 素晴らしい! 緑・赤・黄色の野菜群・炭水化物・フルーツ。『角っこを弄くり回す』という変な癖がありながら、バランス感覚バツグンじゃないの!
 ハ~、良いお嫁さんになるだろうなー。
 ――――ポワワワワワ~ン。そ、今オレの頭の上には吹き出しが出来ている。その白っぽいモコモコの中には新婚さんのオレと夢子ちゃん。
 と、オレは気を抜いちまった。豆腐八幡の名前通りフニャフニャに蕩けていた。
 カチャ―ンッ。
「あ! いっけね」
 金属定規、落ちた。
 音に気付き、こちらを見る夢子ちゃん。
 オレは慌てて金属定規を拾った。
「なんか金属っぽい物が落ちた音がしたよな」
「ああ、なんだろな」
「ま、いっけど」
 みんな見ていなかった。1名を除いては。 
 オレが定規を拾い、サッと襟首から背中に突き挿した瞬間を夢子ちゃんが見ていたのである。
(一巻の終わりじゃねぇかあ。変な奴だと思われたに決まってる)
 オレは俯き弁当をボソボソとでもなるべく速いスピードで食し、金属定規を落とさないように姿勢を正し、顔を引きつらせ休憩室を跡にした。
 項垂れつつ、給湯室にある冷蔵庫の麦茶を取りに行った。
 オレのドキドキサマー、おわた。
 オレには『水着だらけの運動会』なんて要らねぇ(あ、オレ知識持ってんじゃん)夢子ちゃんだらけのホットな夏がイイ――――。そんな夏が良かったのに、のに、もうダメだ……。
 泣きそうなのでオレは小さな給湯室で隠れるようにして麦茶をグイッと飲んだ。自分用2リットルのペットボトルの麦茶をコップについでな。
 冷や汗と、涙が出て来た。オレは定規を背中に入れたって、名前の如く柔らかい豆腐でしかないんだ。ダサいオレ。
 もうもう、たまんなくて、夢子ちゃんに対しての恥ずかしさを消したくて、ペットボトルをカッコよく片手に持ち、グイッと飲み干した。場末の酒場感……。
 バッシャーン! 手から滑り落ちこぼれた。
「ああ、ああ!」
 慌ててバケツに掛かってたぞうきんを手に取り床を拭く。
「大丈夫? 豆腐君」
 ハ! ゆ、ゆゆゆっ夢子ちゃんの声。
 ガチャン! その瞬間、一生懸命雑巾がけをしていたオレの背中からまた! 金属定規が落ちた。
 最悪だ。号泣ってキーボードに打てば出て来る顔文字だ。
 夢子ちゃんはなぜか、定規のことには一切触れず「手伝うよ、豆腐君」と言う。
「あ、ありがとう。夢子ちゃん」
 ああ、間近に感じる夢子ちゃんの空気。天にも昇る心地。そして、ドジなとこ見せちまった情けなさ。
 夢子ちゃんは、何度もぞうきんを水洗いしながら丁寧に床を綺麗にしてくれた。
 もうすぐ休憩時間が終わる。その刹那夢子ちゃんが言う。
「今日、一緒に帰ろ。豆腐君」
 優しい笑顔だ。
「あ、うん……」
 駅までの道、オレは姿勢を正し歩く。夢子ちゃんの意図がわからずほとんど口もきけない。それと金属定規を落としたくない。
「あたし知ってるよ。おばあちゃんから聴いたことあるの」
「ン? 夢子ちゃん、なにをかな」
「背中の物差し」と言ってニッコリとスマイルを向ける彼女は天女のようだ。
「……」
 オレはバツが悪くてなにも言えないでいる。
「姿勢が良くなるんでしょう? 昔はそういう躾もあったらしいね」
「あ、あ……。オレは……」
 夢子ちゃんは夢見るようにうっとりとオレを見た。
「あたし、昭和感丸出しな豆腐君にメロメロになっちゃった!」
「え! え、でも。夢子ちゃんといつも話している人たち、みんな昭和オタクでしょう? なんで、オレ」
 オレ、人差し指で鼻を指さした。
「豆腐君は見るからにフツーっぽいのに、変なことするから」
(か、変わってるぅ~)
 夢子ちゃんはやはり愛くるしい。
 ――――それから? うん、もう無理すんのやめた。
 バイバイ、金属定規。ま、無理した暁に夢子ちゃんという最高の彼女を手に入れられたわけだけど。
 最近じゃ、夢子ちゃんの部屋に招かれドーナツ盤を色々聴かされてさ「このレコードの中でどの曲が一番好き?!」って彼女必ず言うの。
 オレが「やっぱヒットしたっていうこの曲がオレは一番良いと感じるよ」なんて素直な感想を述べるとさ、夢子ちゃん、得意になって鼻の穴を膨らませるのさ。
「あたしはB面の2曲目よ」
 なんか、いっつもめっちゃ地味な曲ばっか選ぶんだよね。本人は本気でそれがイイらしい。
 憧れの女性と恋人同士になった初めての夏! オレは海水浴もプールにも行かない。
 夢子ちゃんと冷房の効いた部屋でオセロとしりとりをしている。
 夢子ちゃんのお望み通り!