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第3話 三人分の地図

ー/ー



風の音ばかりが、長く残る道だった。


峠にはまだ雪が残っている。深く積もるほどではないが、日陰へ寄れば白が薄く張りつき、踏めば硬い音を返した。


空は低く、雲の切れ間から差す光も弱い。山肌を撫でてくる風は冷たく、荷の紐を鳴らしながら三人のあいだを通り抜けていく。


前を行くのはカヤだった。
中央にトウマ。
最後尾寄りを歩くのがシオン。


トウマが立ち止まり、地図を開いた。風に煽られないよう端を押さえながら、頭上の薄い空と線の引かれた羊皮紙を見比べる。


「このまま尾根沿いを行けば、日が落ちる前には礼拝堂の跡へ着けるはずです」


「はず、か」


カヤが前を見たまま言った。


「この天気で星も見えませんから、断言はできません」


「正直で結構」


カヤは肩をすくめ、また歩き出した。


シオンは何も言わない。荷の重みは肩に馴染んでいたし、黙って歩くこと自体にも困らなかった。もともと、会話で埋めるような旅ではない。


ただ、静かだとは思った。


足音

雪を踏む音
紙がめくれる音


耳に届くものが少ない。少なすぎる気もしたが、考えるほどのことではないとシオンは思い直した。


荷の横で、小さな音が鳴った。


ちり、と短い金属音。


視線を落とすと、背負い袋の革紐に小さな鈴が一つ結ばれていた。古びた真鍮の鈴。いつからついていたのか、シオンは覚えていない。邪魔になるほど大きくもないし、外す理由もなく、そのままになっている。


風が吹くたび、たまに鳴る。


カヤが振り返らずに言った。


「どうした」


「いや」


シオンは荷を持ち直した。


「何でもない」


それきり、また風の音だけが残る。


峠道は午後に入るころには荒れ始めた。積もった雪の下で石が浮き、踏み損ねれば足首を持っていかれそうになる。左手は崖、右手は岩肌。見晴らしは悪くないが、だからこそ吹きさらしだった。


トウマがまた足を止める。


「礼拝堂はこの先です」


「見えないな」


「見えたら苦労しません」


「お前、そういうところだけは元気だな」


カヤが鼻を鳴らした。


少しして、岩の向こうに古びた石造りが現れた。屋根は半分崩れ、壁もところどころ欠けている。かつては旅人が祈りを捧げたのか、細い尖塔の名残だけが空へ突き出していた。


「風は避けられそうだ」


カヤが言う。


「一晩、保てば十分です」


トウマが答える。


三人は礼拝堂の中へ入った。


中は思っていたより広い。長椅子はほとんど朽ちていたが、石の床はまだ残っている。祭壇だった場所も崩れてはいるものの、火を起こせる程度の空間はあった。


シオンが荷を下ろし、カヤが入口付近の崩れ具合を確かめる。トウマは床を見回し、念入りに石の継ぎ目を調べた。


「何かあるのか」


シオンが訊く。


「崩れやすい場所があるかもしれません。古い建物ですから」


言ったそばから、トウマの足元で床がわずかに沈んだ。


三人の動きが止まる。


次の瞬間、石の継ぎ目から半透明の塊が盛り上がった。


「スライムか」


カヤが剣を抜く。


床下に溜まっていたのだろう。濁った水みたいな身体を震わせながら、一体、二体、三体と這い出してくる。大きくはない。だが足場の悪いところでまとわりつかれれば厄介だった。


「下がれ。床ごと抜けるかもしれない」


シオンが言う。


トウマはすぐに壁際へ退き、指をさした。


「中央を踏まないでください! 左の列だけならまだ保ちます!」


カヤが前へ出た。斬った感触は薄い。剣筋で二体を割くが、散った粘液が床へ落ち、滑りやすくなる。三人で正面から潰し切るには、場所が悪かった。


シオンは短剣を抜き、足元へまとわりついてきた塊を蹴り払う。靴裏にいやな抵抗が残る。退路は入口。けれど背を向ければ足を取られる。


「右、崩れます!」


トウマの声に、カヤが即座に半歩引いた。


その直後、床石が鈍い音を立てて沈む。下の暗がりから、さらに二体のスライムが滲み出てきた。


「面倒だな……!」


カヤが低く吐き捨てる。


「全部やる必要はない!」


シオンは入口までの距離を測った。狭い場所に入り込み、まとめて焼ければ話は早い。だが火を運ぶ手も、先へ抜ける軽い足も、今は足りない。


何が足りないのか、形にはならなかった。ただ、この場を三人だけで抜けるなら、慎重にやるしかない。


「トウマ、左を見ろ。カヤ、切り開け。俺が後ろを拾う」


「はい!」


「言われなくても!」


トウマは壁沿いの安全な石だけを指示し、カヤがそこへ道を作る。切ってもすぐには死なない相手だが、裂かれて散ったぶんだけ進路は一瞬空く。シオンはその隙に足元の粘液を払い、三人分の退路を確保した。


礼拝堂の中は冷え切っているはずなのに、じわじわと汗が滲む。足場は悪い。剣は滑る。息を詰めれば詰めるほど、わずかな音だけが大きく聞こえた。


ちり、と鈴が鳴る。


荷が揺れた音だった。


その一瞬、シオンの視線がわずかに逸れた。足元へ伸びたスライムの触手めいた塊が靴へ絡みつく。動きが遅れたが、次の瞬間にはカヤの刃がそれを断ち切っていた。


「ぼんやりするな」


「してない」


「していた」


短いやりとりのあいだにも、トウマが声を飛ばす。


「入口まで、あと少しです!」


シオンは床を蹴った。
カヤが前を払う。
トウマが崩れる石を見抜く。


三人で礼拝堂の外まで抜け切ると、最後に中央の床が大きく沈んだ。内部から濁った気配が揺れ、古い石壁が低く軋む。


「今日は中で寝るのはやめた方がよさそうですね」


礼拝堂の脇へ退いたトウマが、息を切らしながら言った。


「最初に言え」


「確認前に断言はできません」


「お前は正直すぎるんだよ」


カヤは言いながらも、怒っているわけではなかった。


結局、三人は礼拝堂の外壁を背にして火を起こすことにした。崩れた石を風除けにし、入口から離れた位置へ陣を取る。屋根はないが、吹きさらしの峠道よりはましだった。


火がつくと、さっきまでの冷えがようやく指先から抜けていく。


トウマは地図を広げ直した。湿気が移らないよう膝の上へ丁寧に置き、火から少し離している。カヤは剣の粘液を拭い、シオンは荷の中身を確認した。食料も水も問題ない。寝袋は三つ。椀も三つ。


数は合っている。


それでも、どこか空気が薄い気がした。


トウマが小鍋へ湯を入れながら言う。


「この先の町で、人手を雇えれば少しは楽なんですが」


シオンは答えなかった。


町に寄れば人はいる。金さえ払えば荷運びも、道案内も、雑用も頼めるだろう。理屈はわかる。だが、それを口にしたところで何かが変わる気もしない。


沈黙の代わりに、火が爆ぜた。


カヤが薪をくべながら言った。


「お前は静かな旅が好きなんじゃなくて、賑やかなのに慣れていないだけだ」


その言葉に、トウマが目を瞬く。


「誰に言っているんですか」


「決まってるだろ」


カヤはシオンを見なかった。火だけを見ている。


「こいつにだ」


シオンは小さく息を吐いた。


「別に、静かな方が好きだなんて言った覚えはない」


「言わなくてもわかる」


「わかったように言うな」


「わかるさ。そういう顔をしてる」


カヤはそこでようやく視線を上げた。笑ってはいない。だが、突き放してもいなかった。


「黙って歩けるのと、黙っていたいのは違う」


シオンは返さなかった。


反論する気はあったはずなのに、言葉にするほどの熱は湧かなかった。ただ、火の向こうでトウマが気まずそうに視線を落とし、それでも聞こえないふりをしなかったことだけが妙に残った。


夕食は簡素だった。干し肉を削って入れた薄いスープと、固いパン。三人で分ければ不足はない。足りてもいないが、文句を言うほどでもない。


夜が深まるにつれ、風は少しだけ和らいだ。代わりに空が晴れたのか、雲の隙間から星が覗き始める。


トウマがそれを見上げた。


「明日は晴れるかもしれません」


「お前のかもしれないは当てにならない」


「今日は礼拝堂を見つけました」


「中は最悪だったけどな」


「見つからないよりはましです」


カヤが小さく笑う。
シオンは椀を持ったまま、火の向こうの二人を見た。


三人の旅は、静かだ。


悪くはない。
面倒も少ない。
けれど、何かが余っている気もする。


言葉にしてしまえば、その何かは消えてしまいそうで、シオンは何も言わなかった。


火が落ち着き、寝袋を広げる。見張りは交代で立つことにして、最初はカヤが引き受けた。トウマは地図を仕舞い、眠る前にもう一度だけ星を確かめる。シオンは荷を枕代わりにして横になった。


鈴がまた鳴った。


短く、小さく。


風に揺れた荷紐の音だ。それだけなのに、耳に残る。


朝は冷えた。


火の名残は灰になり、空は透き通るように青かった。峠の向こうには薄い雲が流れ、下りの道の先には町へ続く谷が見える。


トウマが地図を畳みながら言った。


「この先の町で、少しはうるさくなるかもしれませんね」


カヤが鼻を鳴らす。


「お前がいる時点で充分だろ」


「私はそんなに喋っていません」


「そういうことじゃない」


二人のやりとりを、シオンは黙って聞いていた。


返事をするつもりはなかったし、する必要もないと思った。町へ着けば何かが変わるのかもしれないし、変わらないのかもしれない。どちらでもよかった。


荷を背負い直す。


そのとき、革紐についた小さな鈴が、風に吹かれてひとつ鳴った。


返事の代わりみたいに、ただ、それだけが静かな朝に残った。


その音だけが、この旅にはまだ何か足りないと知っているようだった。


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風の音ばかりが、長く残る道だった。
峠にはまだ雪が残っている。深く積もるほどではないが、日陰へ寄れば白が薄く張りつき、踏めば硬い音を返した。
空は低く、雲の切れ間から差す光も弱い。山肌を撫でてくる風は冷たく、荷の紐を鳴らしながら三人のあいだを通り抜けていく。
前を行くのはカヤだった。
中央にトウマ。
最後尾寄りを歩くのがシオン。
トウマが立ち止まり、地図を開いた。風に煽られないよう端を押さえながら、頭上の薄い空と線の引かれた羊皮紙を見比べる。
「このまま尾根沿いを行けば、日が落ちる前には礼拝堂の跡へ着けるはずです」
「はず、か」
カヤが前を見たまま言った。
「この天気で星も見えませんから、断言はできません」
「正直で結構」
カヤは肩をすくめ、また歩き出した。
シオンは何も言わない。荷の重みは肩に馴染んでいたし、黙って歩くこと自体にも困らなかった。もともと、会話で埋めるような旅ではない。
ただ、静かだとは思った。
足音

雪を踏む音
紙がめくれる音
耳に届くものが少ない。少なすぎる気もしたが、考えるほどのことではないとシオンは思い直した。
荷の横で、小さな音が鳴った。
ちり、と短い金属音。
視線を落とすと、背負い袋の革紐に小さな鈴が一つ結ばれていた。古びた真鍮の鈴。いつからついていたのか、シオンは覚えていない。邪魔になるほど大きくもないし、外す理由もなく、そのままになっている。
風が吹くたび、たまに鳴る。
カヤが振り返らずに言った。
「どうした」
「いや」
シオンは荷を持ち直した。
「何でもない」
それきり、また風の音だけが残る。
峠道は午後に入るころには荒れ始めた。積もった雪の下で石が浮き、踏み損ねれば足首を持っていかれそうになる。左手は崖、右手は岩肌。見晴らしは悪くないが、だからこそ吹きさらしだった。
トウマがまた足を止める。
「礼拝堂はこの先です」
「見えないな」
「見えたら苦労しません」
「お前、そういうところだけは元気だな」
カヤが鼻を鳴らした。
少しして、岩の向こうに古びた石造りが現れた。屋根は半分崩れ、壁もところどころ欠けている。かつては旅人が祈りを捧げたのか、細い尖塔の名残だけが空へ突き出していた。
「風は避けられそうだ」
カヤが言う。
「一晩、保てば十分です」
トウマが答える。
三人は礼拝堂の中へ入った。
中は思っていたより広い。長椅子はほとんど朽ちていたが、石の床はまだ残っている。祭壇だった場所も崩れてはいるものの、火を起こせる程度の空間はあった。
シオンが荷を下ろし、カヤが入口付近の崩れ具合を確かめる。トウマは床を見回し、念入りに石の継ぎ目を調べた。
「何かあるのか」
シオンが訊く。
「崩れやすい場所があるかもしれません。古い建物ですから」
言ったそばから、トウマの足元で床がわずかに沈んだ。
三人の動きが止まる。
次の瞬間、石の継ぎ目から半透明の塊が盛り上がった。
「スライムか」
カヤが剣を抜く。
床下に溜まっていたのだろう。濁った水みたいな身体を震わせながら、一体、二体、三体と這い出してくる。大きくはない。だが足場の悪いところでまとわりつかれれば厄介だった。
「下がれ。床ごと抜けるかもしれない」
シオンが言う。
トウマはすぐに壁際へ退き、指をさした。
「中央を踏まないでください! 左の列だけならまだ保ちます!」
カヤが前へ出た。斬った感触は薄い。剣筋で二体を割くが、散った粘液が床へ落ち、滑りやすくなる。三人で正面から潰し切るには、場所が悪かった。
シオンは短剣を抜き、足元へまとわりついてきた塊を蹴り払う。靴裏にいやな抵抗が残る。退路は入口。けれど背を向ければ足を取られる。
「右、崩れます!」
トウマの声に、カヤが即座に半歩引いた。
その直後、床石が鈍い音を立てて沈む。下の暗がりから、さらに二体のスライムが滲み出てきた。
「面倒だな……!」
カヤが低く吐き捨てる。
「全部やる必要はない!」
シオンは入口までの距離を測った。狭い場所に入り込み、まとめて焼ければ話は早い。だが火を運ぶ手も、先へ抜ける軽い足も、今は足りない。
何が足りないのか、形にはならなかった。ただ、この場を三人だけで抜けるなら、慎重にやるしかない。
「トウマ、左を見ろ。カヤ、切り開け。俺が後ろを拾う」
「はい!」
「言われなくても!」
トウマは壁沿いの安全な石だけを指示し、カヤがそこへ道を作る。切ってもすぐには死なない相手だが、裂かれて散ったぶんだけ進路は一瞬空く。シオンはその隙に足元の粘液を払い、三人分の退路を確保した。
礼拝堂の中は冷え切っているはずなのに、じわじわと汗が滲む。足場は悪い。剣は滑る。息を詰めれば詰めるほど、わずかな音だけが大きく聞こえた。
ちり、と鈴が鳴る。
荷が揺れた音だった。
その一瞬、シオンの視線がわずかに逸れた。足元へ伸びたスライムの触手めいた塊が靴へ絡みつく。動きが遅れたが、次の瞬間にはカヤの刃がそれを断ち切っていた。
「ぼんやりするな」
「してない」
「していた」
短いやりとりのあいだにも、トウマが声を飛ばす。
「入口まで、あと少しです!」
シオンは床を蹴った。
カヤが前を払う。
トウマが崩れる石を見抜く。
三人で礼拝堂の外まで抜け切ると、最後に中央の床が大きく沈んだ。内部から濁った気配が揺れ、古い石壁が低く軋む。
「今日は中で寝るのはやめた方がよさそうですね」
礼拝堂の脇へ退いたトウマが、息を切らしながら言った。
「最初に言え」
「確認前に断言はできません」
「お前は正直すぎるんだよ」
カヤは言いながらも、怒っているわけではなかった。
結局、三人は礼拝堂の外壁を背にして火を起こすことにした。崩れた石を風除けにし、入口から離れた位置へ陣を取る。屋根はないが、吹きさらしの峠道よりはましだった。
火がつくと、さっきまでの冷えがようやく指先から抜けていく。
トウマは地図を広げ直した。湿気が移らないよう膝の上へ丁寧に置き、火から少し離している。カヤは剣の粘液を拭い、シオンは荷の中身を確認した。食料も水も問題ない。寝袋は三つ。椀も三つ。
数は合っている。
それでも、どこか空気が薄い気がした。
トウマが小鍋へ湯を入れながら言う。
「この先の町で、人手を雇えれば少しは楽なんですが」
シオンは答えなかった。
町に寄れば人はいる。金さえ払えば荷運びも、道案内も、雑用も頼めるだろう。理屈はわかる。だが、それを口にしたところで何かが変わる気もしない。
沈黙の代わりに、火が爆ぜた。
カヤが薪をくべながら言った。
「お前は静かな旅が好きなんじゃなくて、賑やかなのに慣れていないだけだ」
その言葉に、トウマが目を瞬く。
「誰に言っているんですか」
「決まってるだろ」
カヤはシオンを見なかった。火だけを見ている。
「こいつにだ」
シオンは小さく息を吐いた。
「別に、静かな方が好きだなんて言った覚えはない」
「言わなくてもわかる」
「わかったように言うな」
「わかるさ。そういう顔をしてる」
カヤはそこでようやく視線を上げた。笑ってはいない。だが、突き放してもいなかった。
「黙って歩けるのと、黙っていたいのは違う」
シオンは返さなかった。
反論する気はあったはずなのに、言葉にするほどの熱は湧かなかった。ただ、火の向こうでトウマが気まずそうに視線を落とし、それでも聞こえないふりをしなかったことだけが妙に残った。
夕食は簡素だった。干し肉を削って入れた薄いスープと、固いパン。三人で分ければ不足はない。足りてもいないが、文句を言うほどでもない。
夜が深まるにつれ、風は少しだけ和らいだ。代わりに空が晴れたのか、雲の隙間から星が覗き始める。
トウマがそれを見上げた。
「明日は晴れるかもしれません」
「お前のかもしれないは当てにならない」
「今日は礼拝堂を見つけました」
「中は最悪だったけどな」
「見つからないよりはましです」
カヤが小さく笑う。
シオンは椀を持ったまま、火の向こうの二人を見た。
三人の旅は、静かだ。
悪くはない。
面倒も少ない。
けれど、何かが余っている気もする。
言葉にしてしまえば、その何かは消えてしまいそうで、シオンは何も言わなかった。
火が落ち着き、寝袋を広げる。見張りは交代で立つことにして、最初はカヤが引き受けた。トウマは地図を仕舞い、眠る前にもう一度だけ星を確かめる。シオンは荷を枕代わりにして横になった。
鈴がまた鳴った。
短く、小さく。
風に揺れた荷紐の音だ。それだけなのに、耳に残る。
朝は冷えた。
火の名残は灰になり、空は透き通るように青かった。峠の向こうには薄い雲が流れ、下りの道の先には町へ続く谷が見える。
トウマが地図を畳みながら言った。
「この先の町で、少しはうるさくなるかもしれませんね」
カヤが鼻を鳴らす。
「お前がいる時点で充分だろ」
「私はそんなに喋っていません」
「そういうことじゃない」
二人のやりとりを、シオンは黙って聞いていた。
返事をするつもりはなかったし、する必要もないと思った。町へ着けば何かが変わるのかもしれないし、変わらないのかもしれない。どちらでもよかった。
荷を背負い直す。
そのとき、革紐についた小さな鈴が、風に吹かれてひとつ鳴った。
返事の代わりみたいに、ただ、それだけが静かな朝に残った。
その音だけが、この旅にはまだ何か足りないと知っているようだった。