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第2話 四つの寝袋

ー/ー



夜の草原は、火がなければどこまでも同じ色をしていた。


海まではまだ距離がある。けれど北から吹いてくる風には、もうわずかに塩の気配が混じっていた。低い丘と痩せた草のあいだを縫うように、細い街道が暗がりへ消えている。


その道の脇で、四人は野営の支度をしていた。


火を起こしたのはトウマだった。乾いた枝を組み、火打石を鳴らし、息を吹きかける。
慎重に育てられた火がようやく安定すると、ナギが待ってましたとばかりにその前へしゃがみ込んだ。


「今日は冷えるな……」


「お前が勝手に先へ行って風を受けていただけだろ」


薪を割りながらカヤが言う。短く整えた薪を、火の脇に無駄なく積み直していく手つきは手慣れていた。


シオンは返事をせず、背負っていた荷を下ろした。重みの抜けた肩を一度だけ回し、それから荷の留め具を外す。鍋を取り出しかけて、一瞬だけ手が止まった。


大きい。


四人で使うには、少しだけ。


理由は自分でもわからないまま、シオンは何も言わずに鍋を火のそばへ置いた。


「何だよ、その顔」


ナギが火に手をかざしたまま、下から覗き込んでくる。


「別に」


「いま絶対『でかいな』って思ったろ」


「言ってない」


「思ってはいたんだな」


トウマがため息混じりに地図を畳んだ。


「暗くなる前に周囲を見ます」


「もう暗いだろ」


「まだ見えるうちに、です」


まっすぐすぎる返事に、ナギは肩をすくめた。


草原は見渡しが利くぶん、身を隠せる場所も少ない。昼のうちに見つけた岩場を背にして陣を取り、火を前へ置いている。
悪くない位置だった。


だが絶対ではない。シオンは立ち上がり、周囲を一度見回した。


遠くの斜面に、黒い影が転がっていた


荷馬だと気づいたのは近づいてからだ。腹は裂かれ、草には濃い血がこびりついている。食い散らかされた跡は新しかった。


トウマが膝をつく。噛み痕と足跡を見て、顔をしかめた。


「ガルムです」


「群れか」


 シオンが訊く。


「おそらく。傷のつき方が一頭ではありません」


カヤが周囲へ目を走らせた。草は低い。隠れられる場所はない。だからこそ、見られている可能性も高い。


「面倒だな」


ナギが死骸から顔を背けた。


「面倒で済めばいいけど」


シオンは荷馬の向きを見た。街道からそう離れていない。逃げ遅れたのか、襲われたあとで引きずられたのか。どちらにせよ、近くをうろついている可能性は高い。


「戻るぞ」


「場所、変えるか?」


カヤが訊く。


「いや」


シオンは首を振った。火の位置、岩場の角度、風向き。いまの場所の方が守りやすい。


「ここで迎え撃つ」


短い言葉に、誰も異を唱えなかった。


戻る途中、ナギだけが一度だけ後ろを振り返った。


「何頭くらいだと思う?」


「数える前に来るかもしれません」


トウマの返しは相変わらずだ。


「真面目すぎんだよ、お前は」


「事実を言ったまでです」


火の前へ戻ると、カヤが薪をもう一段足した。炎が高くなる。火は暖を取るためだけじゃない。目を引き、影を伸ばし、獣の動きを狂わせる。


シオンは荷の位置を直した。鍋、布包み、水袋、寝袋。四人分。数は合っている。
何も不足していないはずなのに、並べてみるとわずかに収まりが悪かった。


ナギが剣帯を外し、火のそばに腰を下ろす。


「絶対、夜に来るよな」


「そうだろうな」


カヤが答える。


「なら食べておいた方がいい。空腹で走るのは嫌だ」


「そこは私も同意」


ナギはあっさり頷いた。切り替えが早い。


シオンは簡単な干し肉と固いパンを出した。トウマが湯を沸かし、薄いスープにする。手間のかからない食事だった。


ナギが椀を受け取り、ひと口すすって顔をしかめる。


「……肉気が足りない」


トウマが真顔で返した。


「料理担当がいないので当然です」


「分かり切ったこと言うなよ」


「事実です」


カヤが吹き出しかけて、すぐに真顔へ戻った。


「黙って食べろ。来るぞ」


その一言の直後だった。


草を裂く音が右手の暗がりから走る。


最初の一頭は火を嫌がらなかった。低く唸りながら飛び込み、まっすぐナギへ噛みつこうとする。ナギは椀を投げ捨てると同時に転がるように避けた。カヤの剣が横から閃き、ガルムの肩を裂く。


血の匂いで、残りも来た。


暗がりの中に光る目がいくつも浮かぶ。四頭。いや、五頭かもしれない。火の届かない場所で低く回り込み、隙を探している。


「左に二!」


トウマが叫ぶ。


シオンは短剣を抜き、火の外へ半歩出た。右から来る影へ刃を振り下ろす。硬い手応え。浅い。仕留めきれない。だが勢いは削いだ。


カヤが前へ出る。彼女の役目はわかりやすい。最初に受けて、最初に崩す。
飛びかかってきた一頭の首筋へ刃が入る。もう一頭が脇を抜けようとするが、その前にナギが燃え残りの枝を蹴り上げた。火の粉が散る。ガルムが一瞬目を細めた隙に、シオンが踏み込む。


「下がるな!」


カヤの声が飛ぶ。


「下がってない!」


ナギが返しながら、岩を拾って投げつけた。狙いは正確だった。額に当たった石に一頭がよろめく。


トウマは火のそばから離れず、群れの動きを追っている。


「右後ろ、回っています! 荷へ行くつもりです!」


その声でシオンは振り返った。暗がりに一頭、低く身を伏せていた。まっすぐ飛べば荷へ届く位置だ。


シオンは駆けた。だが一歩届かない。


飛び込んできたガルムを、横からカヤが体ごとぶつかるようにして逸らした。勢いを失った獣が地面へ転がる。その背へシオンの刃が落ちた。


残りの群れが、低く鳴く。


火のそばへ押し戻される形になる。四人とも動けている。致命傷もない。だが余裕はなかった。誰かが押し返し、誰かが守り、誰かが隙を作り、その全部を四人で少しずつ担っている。


「トウマ、火を上げろ!」


「はい!」


積まれていた薪が炎へ投げ込まれる。火が大きく爆ぜ、影が草原へ長く伸びた。驚いた一頭が足を止める。ナギがその横顔に短剣を突き立てた。


「一頭!」


「よくやった!」


カヤが叫ぶ。すぐさまもう一頭へ斬りかかった。


残りは三。だが群れは、仲間が欠けると露骨に慎重になる。火を嫌い、距離を測り、こちらの疲れを待ち始めた。


シオンは息を整えた。


「追うな。近づいたやつだけ落とす」


ナギが舌打ちする。


「地味だな」


「死ぬよりはいいだろ」


「それはそう」


短いやりとりのあいだにも、草が揺れる。


次に飛び込んできた一頭は、火を飛び越えようとした。トウマの投げた木切れが鼻先を掠め、軌道がわずかにずれる。その瞬間をカヤが逃さない。斬撃が深く入り、獣が火の向こうへ倒れ込む。


残りは二。


それ以上は来なかった。


低い唸り声を残して、影が少しずつ暗がりへ溶けていく。追う意味はない。四人はそのまま火のまわりに留まった。音が完全に遠のくまで、誰も動かなかった。


最初に膝をついたのはナギだった。


「……今の、結構危なかっただろ」


「毎回言ってるな」


カヤが呼吸を整えながら言う。


「今日は本当に危なかったんだって」


シオンは剣の血を拭い、鞘へ納めた。荷は無事だ。寝袋も、水も、地図も残っている。失ったものはない。


それでも、どこか収まりが悪い。


ナギが捨てた椀を拾い上げ、土を払う。縁が少し欠けていた。


「最悪だ。せっかくの夕飯が」


「夕飯と呼ぶにはだいぶ簡素でしたが」


「お前、本当にそういうことしか言わないな」


「それも事実です」


同じ返事に、今度はカヤも小さく笑った。


火へ薪を足しながら、彼女がぽつりと言う。


「……慣れたな」


何に、と誰も訊かなかった。


群れへの対処か。
夜襲か。
四人でこの形を回すことか。


火は黙って燃えている。シオンは答えず、欠けた椀をそっと火のそばへ戻した。
スープはぬるくなっていたが、飲めないほどではなかった。四人はもう一度火のまわりへ座り直す。寝袋は四つ、少し離れた位置に並べてある。


ナギがスープをすすりながら顔をしかめた。


「やっぱり肉気が足りない」


「まだ言うのか」


カヤが呆れた声を出す。


「言うよ。こういうとき、もうちょっとこう、どっしりした飯が欲しいんだって」


トウマが視線だけ上げた。


「無いものを数えても仕方ありません」


「そうだけどさ」


ナギはそれ以上は続けなかった。


風が吹くたび、火が揺れる。四人ぶんの影が草の上へ伸び、重なり、ほどけた。


見張りは交代で立つことになった。


最初の番はシオンだった。


他の三人が寝袋へ入る。ナギはすぐには眠らず、何かひとこと言いかけて、やめた。トウマは地図を抱くみたいにして横になる。カヤは目を閉じる前に、一度だけ周囲を見た。


やがて寝息が混じり始める。


火の前に残ったのはシオン一人だった。


夜の草原は広い。星はまだ薄い雲に隠れ、空はどこまでも暗い。遠くで、さっき逃げたガルムの遠吠えがひとつだけ聞こえた。


シオンは火へ薪をくべた。


寝袋は四つ。
荷も四つ分。
椀も四つ、今は火のそばに伏せてある。


足りないものは、ないはずだった。


それでも火のまわりが、少しだけ広く感じる。


誰かがそこへ腰を下ろしても、おかしくないくらいに。


シオンはしばらくその余白を見ていたが、やがて視線を外した。理由を考えるのは面倒だったし、考えたところで朝になればまた歩くだけだ。


火が小さく爆ぜる。


風が草を渡る。


誰もいない夜の中で、シオンは目を細めた。


まだ四つしかない。


なのに、火のそばはもう少し広くていい気がした。


まるで、そこに何かが増える余地だけが先に残っているみたいだった。


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夜の草原は、火がなければどこまでも同じ色をしていた。
海まではまだ距離がある。けれど北から吹いてくる風には、もうわずかに塩の気配が混じっていた。低い丘と痩せた草のあいだを縫うように、細い街道が暗がりへ消えている。
その道の脇で、四人は野営の支度をしていた。
火を起こしたのはトウマだった。乾いた枝を組み、火打石を鳴らし、息を吹きかける。
慎重に育てられた火がようやく安定すると、ナギが待ってましたとばかりにその前へしゃがみ込んだ。
「今日は冷えるな……」
「お前が勝手に先へ行って風を受けていただけだろ」
薪を割りながらカヤが言う。短く整えた薪を、火の脇に無駄なく積み直していく手つきは手慣れていた。
シオンは返事をせず、背負っていた荷を下ろした。重みの抜けた肩を一度だけ回し、それから荷の留め具を外す。鍋を取り出しかけて、一瞬だけ手が止まった。
大きい。
四人で使うには、少しだけ。
理由は自分でもわからないまま、シオンは何も言わずに鍋を火のそばへ置いた。
「何だよ、その顔」
ナギが火に手をかざしたまま、下から覗き込んでくる。
「別に」
「いま絶対『でかいな』って思ったろ」
「言ってない」
「思ってはいたんだな」
トウマがため息混じりに地図を畳んだ。
「暗くなる前に周囲を見ます」
「もう暗いだろ」
「まだ見えるうちに、です」
まっすぐすぎる返事に、ナギは肩をすくめた。
草原は見渡しが利くぶん、身を隠せる場所も少ない。昼のうちに見つけた岩場を背にして陣を取り、火を前へ置いている。
悪くない位置だった。
だが絶対ではない。シオンは立ち上がり、周囲を一度見回した。
遠くの斜面に、黒い影が転がっていた
荷馬だと気づいたのは近づいてからだ。腹は裂かれ、草には濃い血がこびりついている。食い散らかされた跡は新しかった。
トウマが膝をつく。噛み痕と足跡を見て、顔をしかめた。
「ガルムです」
「群れか」
 シオンが訊く。
「おそらく。傷のつき方が一頭ではありません」
カヤが周囲へ目を走らせた。草は低い。隠れられる場所はない。だからこそ、見られている可能性も高い。
「面倒だな」
ナギが死骸から顔を背けた。
「面倒で済めばいいけど」
シオンは荷馬の向きを見た。街道からそう離れていない。逃げ遅れたのか、襲われたあとで引きずられたのか。どちらにせよ、近くをうろついている可能性は高い。
「戻るぞ」
「場所、変えるか?」
カヤが訊く。
「いや」
シオンは首を振った。火の位置、岩場の角度、風向き。いまの場所の方が守りやすい。
「ここで迎え撃つ」
短い言葉に、誰も異を唱えなかった。
戻る途中、ナギだけが一度だけ後ろを振り返った。
「何頭くらいだと思う?」
「数える前に来るかもしれません」
トウマの返しは相変わらずだ。
「真面目すぎんだよ、お前は」
「事実を言ったまでです」
火の前へ戻ると、カヤが薪をもう一段足した。炎が高くなる。火は暖を取るためだけじゃない。目を引き、影を伸ばし、獣の動きを狂わせる。
シオンは荷の位置を直した。鍋、布包み、水袋、寝袋。四人分。数は合っている。
何も不足していないはずなのに、並べてみるとわずかに収まりが悪かった。
ナギが剣帯を外し、火のそばに腰を下ろす。
「絶対、夜に来るよな」
「そうだろうな」
カヤが答える。
「なら食べておいた方がいい。空腹で走るのは嫌だ」
「そこは私も同意」
ナギはあっさり頷いた。切り替えが早い。
シオンは簡単な干し肉と固いパンを出した。トウマが湯を沸かし、薄いスープにする。手間のかからない食事だった。
ナギが椀を受け取り、ひと口すすって顔をしかめる。
「……肉気が足りない」
トウマが真顔で返した。
「料理担当がいないので当然です」
「分かり切ったこと言うなよ」
「事実です」
カヤが吹き出しかけて、すぐに真顔へ戻った。
「黙って食べろ。来るぞ」
その一言の直後だった。
草を裂く音が右手の暗がりから走る。
最初の一頭は火を嫌がらなかった。低く唸りながら飛び込み、まっすぐナギへ噛みつこうとする。ナギは椀を投げ捨てると同時に転がるように避けた。カヤの剣が横から閃き、ガルムの肩を裂く。
血の匂いで、残りも来た。
暗がりの中に光る目がいくつも浮かぶ。四頭。いや、五頭かもしれない。火の届かない場所で低く回り込み、隙を探している。
「左に二!」
トウマが叫ぶ。
シオンは短剣を抜き、火の外へ半歩出た。右から来る影へ刃を振り下ろす。硬い手応え。浅い。仕留めきれない。だが勢いは削いだ。
カヤが前へ出る。彼女の役目はわかりやすい。最初に受けて、最初に崩す。
飛びかかってきた一頭の首筋へ刃が入る。もう一頭が脇を抜けようとするが、その前にナギが燃え残りの枝を蹴り上げた。火の粉が散る。ガルムが一瞬目を細めた隙に、シオンが踏み込む。
「下がるな!」
カヤの声が飛ぶ。
「下がってない!」
ナギが返しながら、岩を拾って投げつけた。狙いは正確だった。額に当たった石に一頭がよろめく。
トウマは火のそばから離れず、群れの動きを追っている。
「右後ろ、回っています! 荷へ行くつもりです!」
その声でシオンは振り返った。暗がりに一頭、低く身を伏せていた。まっすぐ飛べば荷へ届く位置だ。
シオンは駆けた。だが一歩届かない。
飛び込んできたガルムを、横からカヤが体ごとぶつかるようにして逸らした。勢いを失った獣が地面へ転がる。その背へシオンの刃が落ちた。
残りの群れが、低く鳴く。
火のそばへ押し戻される形になる。四人とも動けている。致命傷もない。だが余裕はなかった。誰かが押し返し、誰かが守り、誰かが隙を作り、その全部を四人で少しずつ担っている。
「トウマ、火を上げろ!」
「はい!」
積まれていた薪が炎へ投げ込まれる。火が大きく爆ぜ、影が草原へ長く伸びた。驚いた一頭が足を止める。ナギがその横顔に短剣を突き立てた。
「一頭!」
「よくやった!」
カヤが叫ぶ。すぐさまもう一頭へ斬りかかった。
残りは三。だが群れは、仲間が欠けると露骨に慎重になる。火を嫌い、距離を測り、こちらの疲れを待ち始めた。
シオンは息を整えた。
「追うな。近づいたやつだけ落とす」
ナギが舌打ちする。
「地味だな」
「死ぬよりはいいだろ」
「それはそう」
短いやりとりのあいだにも、草が揺れる。
次に飛び込んできた一頭は、火を飛び越えようとした。トウマの投げた木切れが鼻先を掠め、軌道がわずかにずれる。その瞬間をカヤが逃さない。斬撃が深く入り、獣が火の向こうへ倒れ込む。
残りは二。
それ以上は来なかった。
低い唸り声を残して、影が少しずつ暗がりへ溶けていく。追う意味はない。四人はそのまま火のまわりに留まった。音が完全に遠のくまで、誰も動かなかった。
最初に膝をついたのはナギだった。
「……今の、結構危なかっただろ」
「毎回言ってるな」
カヤが呼吸を整えながら言う。
「今日は本当に危なかったんだって」
シオンは剣の血を拭い、鞘へ納めた。荷は無事だ。寝袋も、水も、地図も残っている。失ったものはない。
それでも、どこか収まりが悪い。
ナギが捨てた椀を拾い上げ、土を払う。縁が少し欠けていた。
「最悪だ。せっかくの夕飯が」
「夕飯と呼ぶにはだいぶ簡素でしたが」
「お前、本当にそういうことしか言わないな」
「それも事実です」
同じ返事に、今度はカヤも小さく笑った。
火へ薪を足しながら、彼女がぽつりと言う。
「……慣れたな」
何に、と誰も訊かなかった。
群れへの対処か。
夜襲か。
四人でこの形を回すことか。
火は黙って燃えている。シオンは答えず、欠けた椀をそっと火のそばへ戻した。
スープはぬるくなっていたが、飲めないほどではなかった。四人はもう一度火のまわりへ座り直す。寝袋は四つ、少し離れた位置に並べてある。
ナギがスープをすすりながら顔をしかめた。
「やっぱり肉気が足りない」
「まだ言うのか」
カヤが呆れた声を出す。
「言うよ。こういうとき、もうちょっとこう、どっしりした飯が欲しいんだって」
トウマが視線だけ上げた。
「無いものを数えても仕方ありません」
「そうだけどさ」
ナギはそれ以上は続けなかった。
風が吹くたび、火が揺れる。四人ぶんの影が草の上へ伸び、重なり、ほどけた。
見張りは交代で立つことになった。
最初の番はシオンだった。
他の三人が寝袋へ入る。ナギはすぐには眠らず、何かひとこと言いかけて、やめた。トウマは地図を抱くみたいにして横になる。カヤは目を閉じる前に、一度だけ周囲を見た。
やがて寝息が混じり始める。
火の前に残ったのはシオン一人だった。
夜の草原は広い。星はまだ薄い雲に隠れ、空はどこまでも暗い。遠くで、さっき逃げたガルムの遠吠えがひとつだけ聞こえた。
シオンは火へ薪をくべた。
寝袋は四つ。
荷も四つ分。
椀も四つ、今は火のそばに伏せてある。
足りないものは、ないはずだった。
それでも火のまわりが、少しだけ広く感じる。
誰かがそこへ腰を下ろしても、おかしくないくらいに。
シオンはしばらくその余白を見ていたが、やがて視線を外した。理由を考えるのは面倒だったし、考えたところで朝になればまた歩くだけだ。
火が小さく爆ぜる。
風が草を渡る。
誰もいない夜の中で、シオンは目を細めた。
まだ四つしかない。
なのに、火のそばはもう少し広くていい気がした。
まるで、そこに何かが増える余地だけが先に残っているみたいだった。