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第1話 五つの椀

ー/ー



星落ち


海は、まだ夕方の色を残していた。


北へ延びる崖道の下で、鈍い銀色の水面が風に砕けている。潮の匂いは濃く、細い道の端には白い波が時折届いた。西へ傾き始めた陽は低く、足元の石を長く照らしている。


その道を、五人で進んでいた。


「見えた。あれだろ、灯台」


先頭を歩いていたナギが、崖の向こうを指さした。身軽な足取りのまま、半歩ぶんだけ道の外へ寄りかける。


「落ちるよ」


すぐ後ろのカヤが短く言った。


「わかってるって」


「わかっているやつは、そんな歩き方しない」


ナギは唇を尖らせたが、素直に道の中央へ戻った。肩までの髪が潮風に煽られ、腰の小袋についた金具が小さく鳴る。


そのさらに後ろで、トウマが地図を広げ直していた。風にめくれそうになる端を押さえながら、眉をひそめる。


「見えてから遠いのが岬です。まだ油断はできません」


「お前、そういうことしか言わないな」


「事実です」


ぶつぶつ言いながらも、トウマは視線を地図と灯台の影のあいだで何度も往復させている。真面目さがそのまま歩いているような男だった。


最後尾寄りで、シオンは四人の背中を順に見た。


先走るナギ
それを止めるカヤ
地図から目を離さないトウマ
何も言わず、全員分の荷の偏りまで見ているバシュ


遠くの灯台より先に、その並びへ目が向くことを、シオンは自分でも不思議に思わなかった。


前方で、バシュが足を止めた。


大柄な背が半歩だけ低くなり、黙って道の先を見る。つられて全員が立ち止まる。


崖道の角を曲がった先に、壊れた荷車が転がっていた。片輪が外れ、積み荷の木箱は無残に砕けている。散らばった布の上には、乾ききっていない赤黒い染みがあった。


風が吹いても、血の匂いだけは残っている。


トウマがしゃがみ込んだ。荷車の轍、砕けた木片、石の上に残った深い爪痕を順に見て、表情を強張らせる。


「人じゃありません」


「見ればわかる」


カヤは剣の柄に手をかけた。


「一体か?」


「たぶん。少なくとも群れではないと思います。足跡が深い。大きい」


ナギが息を吐く。


「嫌な感じしかしないな」


シオンは短く言った。


「散るな。風下に回れ。足元に気をつけろ」


その一言で、四人の気配が変わる。


カヤが自然に前へ出て、ナギは岩陰へ身を寄せ、トウマは地面から視線を上げた。バシュは荷を下ろし、前に出られるよう肩を回す。


次の瞬間、道の先の岩陰が揺れた。


現れたのは、オーガだった。


人の倍はある巨体。青黒い皮膚の上に古傷が走り、折れた荷車の車輪が片腕に引っかかっている。もう片方の手には、どこかから引き抜いてきたらしい太い枝を握っていた。そいつが一歩踏み出すたび、崖道の石が嫌な音を立てる。


単純な怪力。その一つだけで十分すぎる脅威だった。


「正面は無理です!」


トウマの声と同時に、オーガが吠えた。


カヤが先に動く。低く踏み込み、斜めから懐へ入った。剣閃は速い。だが、浅い。分厚い皮膚の上に赤い線を引いただけで、オーガは構わず腕を振り下ろした。


重い一撃を、バシュが前へ出て受けた。


鈍い音が響く。バシュの両足が半歩沈み込む。それでも倒れない。枝ごと押し返し、オーガの視線を正面に固定する。


「右!」


シオンが言うより早く、ナギが岩を蹴った。体ごと横へ回り込み、拾った石をオーガの顔へ投げつける。額に当たった音に、巨体がわずかに首を向けた。


その隙をカヤが逃さない。二撃目が膝裏に食い込む。


オーガが唸り、枝を横薙ぎに振るった。道幅いっぱいの一撃に、ナギが舌打ちとともに身を伏せる。背後の岩が砕け、石片が散った。


「三歩左! 地面が緩い!」


トウマが叫ぶ。


シオンはオーガの足元を見た。崖際の土が、長い年月の風と雨で痩せている。


「ナギ、引け。カヤ、左へ流せ。バシュ、受けろ」


命令は短い。だが、十分だった。


ナギが今度はわざと大きく音を立てて走る。オーガの注意を引きつけ、崖側へ飛ぶように離れる。
追った巨体の前へ、カヤが踏み込んで切っ先を閃かせた。視界の端で揺れる刃に、オーガの足が自然に左へ流れる。


踏み込んだ先の地面が、崩れた。


巨体がわずかに傾ぐ。それだけで十分だった。


バシュが肩からぶつかって体勢を押し切る。
トウマが「今です!」と声を上げる。
シオンは一歩で間合いを詰め、喉元へ刃を差し入れた。


刃先が深く入る。遅れて、赤が噴いた。


オーガは二歩ぶん後退し、崖道の石を割りながら膝をついた。握っていた枝が転がり、最後に喉の奥で濁った息を鳴らして、そのまま動かなくなる。


風だけが残った。


ナギが最初に腰を抜かしたように座り込む。


「……死ぬかと思った」


「お前は毎回そう言うな」


カヤは剣の血を払って鞘へ納めた。額に張りついた前髪を乱暴に払う。


「毎回死んでないんだから、結果的には問題ないだろ」


「そういう問題じゃないだろ」


トウマが真顔で返した。その声が少し震えていて、ナギは小さく吹き出す。


バシュは無言のまま、倒れたオーガから視線を外し、散らばった荷車の破片を道の端へ寄せ始めた。


シオンは四人を見回した。かすり傷が二つ。深い傷はない。


「動けるな」


「その言い方だと、休ませる気がないように聞こえる」


カヤが言う。


「日が落ちる」


シオンが海の方を見た。西の光は、さっきより明らかに低い。


「少し休んだら行く」


返事はなかったが、誰も異論も言わなかった。


崖風を避けられる岩陰を選んで、五人は短い休息を取った。


火を起こしたのはトウマだった。乾いた枝を選んだのはカヤで、重い荷を運んだのはバシュ。ナギは言われる前から鍋と木の椀を出し、並べた。シオンは少し離れて、その様子を見ていた。


鍋の中から立つ湯気が、潮の匂いとは別の温度を運んでくる。


「今日は私が一番働いたと思う」


ナギが言った。


「一番危なかったの間違いだろ」


カヤが薪をひっくり返しながら返す。


「危険度と貢献度は別です」


トウマが真面目に言った。


「お前はほんとうるさい奴だな」


「事実を言っただけです」


そのやりとりの横で、バシュは黙って椀に汁をよそっていた。


五つ。


湯気の立つ木の椀が、火のまわりにひとつずつ置かれる。


最後の一つをナギの前へ置くときだけ、バシュはわずかに量を多くした。


ナギが眉をひそめる。


「なんで私だけ多いんだよ」


バシュは答えない。


代わりにトウマが肩をすくめた。


「さっき一番騒いでいたので、消費も多いだろうという配慮では」


「それなら素直に優しいってことにしておく」


「たぶん違うと思うぞ」


カヤが言って、ようやく少し笑った。


シオンも、自分の椀を受け取るとき、ほんのわずかに口元を緩めた。誰もそれを指摘しないくらいの、小さな動きだった。


火のそばに、五つの椀がある。


ただそれだけの光景が、妙に胸へ残った。


シオンは無意識に懐へ手を入れた。指先に触れたのは、小さなランタンの縁だ。擦り切れた持ち手、磨ききれない傷。持ち主のいなくなった火だった。


ここまで運んできたもの。ここで終わらせるためではなく、届けるための火。


誰にも言わずに、シオンは手を離した。


食事を終える頃には、空は夕暮れの端へ差しかかっていた。西の海だけがまだ赤く、崖の影は長く伸びている。


「行くか」


シオンが立ち上がる。


異論はない。五人は火を消し、荷をまとめ、再び崖道へ出た。


さっきまでより会話は少なかった。疲れもある。だがそれだけではない。遠くに見えていた灯台が、もうはっきり近づいているからだった。


古い石の塔は、北の岬の先にひとつだけ立っていた。海風と塩に削られながら、それでも崩れずに残っている。役目を終えて久しいはずなのに、そこにあるだけでまだ何かを待っているような形をしていた。


灯台へ辿り着いたとき、空の赤はほとんど落ちていた。


海は黒く沈み、夜にはまだ少し早い青が高いところに残っている。風だけがはっきりしていて、石壁にぶつかって低く唸っていた。


五人は灯台の中へ入る。
螺旋階段は古く、ところどころ欠けている。


先頭を行くカヤが足元を確かめ、
トウマが壁の傷を気にし、
ナギが珍しく無駄口を叩かずに上を見た。
バシュは黙って最後尾を支えるように続く。


最上階の灯火台の前で、シオンは立ち止まった。


古びた金具。曇ったガラス。長いあいだ火を絶やしていた場所。それでも、火を受け取るための形だけは、まだここに残っている。


シオンは懐からランタンを出した。


小さな火が、揺れている。


背後に四人の気配があった。誰も何も言わない。


シオンは灯火台の芯へ火を移した。


最初は頼りないほど小さかった灯りが、空気を吸ってふっと膨らむ。次の瞬間、橙の光がガラスの内側を満たし、石の壁を柔らかく照らした。


外の青が、そこで初めて夜になる。


海も崖も輪郭を失っていくのに、灯台の火だけがはっきりと生きた。


ナギが、息を呑む音を立てた。
トウマは目を細めたまま何も言わない。
カヤは腕を組んで、わずかに顎を引く。
バシュはただ静かに、その光を見ていた。


灯りは景色を照らすより先に、五人の横顔を照らしていた。


灯台の外へ出ると、夜の海が広がっていた。


波の音だけが下から響き、背後の火が高いところで揺れている。岬の先を渡る風は冷たいのに、不思議と寒くはなかった。


シオンはそこで、四人の背中を順に見た。


カヤ
トウマ
ナギ
バシュ


灯台の火がともったことよりも、その名を胸の中で数えられることの方が、なぜか重かった。


ここまで来て、ようやく五つの椀が揃った気がした。


その光景は、完成というより、ようやく辿り着いた形に見えた。


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海は、まだ夕方の色を残していた。
北へ延びる崖道の下で、鈍い銀色の水面が風に砕けている。潮の匂いは濃く、細い道の端には白い波が時折届いた。西へ傾き始めた陽は低く、足元の石を長く照らしている。
その道を、五人で進んでいた。
「見えた。あれだろ、灯台」
先頭を歩いていたナギが、崖の向こうを指さした。身軽な足取りのまま、半歩ぶんだけ道の外へ寄りかける。
「落ちるよ」
すぐ後ろのカヤが短く言った。
「わかってるって」
「わかっているやつは、そんな歩き方しない」
ナギは唇を尖らせたが、素直に道の中央へ戻った。肩までの髪が潮風に煽られ、腰の小袋についた金具が小さく鳴る。
そのさらに後ろで、トウマが地図を広げ直していた。風にめくれそうになる端を押さえながら、眉をひそめる。
「見えてから遠いのが岬です。まだ油断はできません」
「お前、そういうことしか言わないな」
「事実です」
ぶつぶつ言いながらも、トウマは視線を地図と灯台の影のあいだで何度も往復させている。真面目さがそのまま歩いているような男だった。
最後尾寄りで、シオンは四人の背中を順に見た。
先走るナギ
それを止めるカヤ
地図から目を離さないトウマ
何も言わず、全員分の荷の偏りまで見ているバシュ
遠くの灯台より先に、その並びへ目が向くことを、シオンは自分でも不思議に思わなかった。
前方で、バシュが足を止めた。
大柄な背が半歩だけ低くなり、黙って道の先を見る。つられて全員が立ち止まる。
崖道の角を曲がった先に、壊れた荷車が転がっていた。片輪が外れ、積み荷の木箱は無残に砕けている。散らばった布の上には、乾ききっていない赤黒い染みがあった。
風が吹いても、血の匂いだけは残っている。
トウマがしゃがみ込んだ。荷車の轍、砕けた木片、石の上に残った深い爪痕を順に見て、表情を強張らせる。
「人じゃありません」
「見ればわかる」
カヤは剣の柄に手をかけた。
「一体か?」
「たぶん。少なくとも群れではないと思います。足跡が深い。大きい」
ナギが息を吐く。
「嫌な感じしかしないな」
シオンは短く言った。
「散るな。風下に回れ。足元に気をつけろ」
その一言で、四人の気配が変わる。
カヤが自然に前へ出て、ナギは岩陰へ身を寄せ、トウマは地面から視線を上げた。バシュは荷を下ろし、前に出られるよう肩を回す。
次の瞬間、道の先の岩陰が揺れた。
現れたのは、オーガだった。
人の倍はある巨体。青黒い皮膚の上に古傷が走り、折れた荷車の車輪が片腕に引っかかっている。もう片方の手には、どこかから引き抜いてきたらしい太い枝を握っていた。そいつが一歩踏み出すたび、崖道の石が嫌な音を立てる。
単純な怪力。その一つだけで十分すぎる脅威だった。
「正面は無理です!」
トウマの声と同時に、オーガが吠えた。
カヤが先に動く。低く踏み込み、斜めから懐へ入った。剣閃は速い。だが、浅い。分厚い皮膚の上に赤い線を引いただけで、オーガは構わず腕を振り下ろした。
重い一撃を、バシュが前へ出て受けた。
鈍い音が響く。バシュの両足が半歩沈み込む。それでも倒れない。枝ごと押し返し、オーガの視線を正面に固定する。
「右!」
シオンが言うより早く、ナギが岩を蹴った。体ごと横へ回り込み、拾った石をオーガの顔へ投げつける。額に当たった音に、巨体がわずかに首を向けた。
その隙をカヤが逃さない。二撃目が膝裏に食い込む。
オーガが唸り、枝を横薙ぎに振るった。道幅いっぱいの一撃に、ナギが舌打ちとともに身を伏せる。背後の岩が砕け、石片が散った。
「三歩左! 地面が緩い!」
トウマが叫ぶ。
シオンはオーガの足元を見た。崖際の土が、長い年月の風と雨で痩せている。
「ナギ、引け。カヤ、左へ流せ。バシュ、受けろ」
命令は短い。だが、十分だった。
ナギが今度はわざと大きく音を立てて走る。オーガの注意を引きつけ、崖側へ飛ぶように離れる。
追った巨体の前へ、カヤが踏み込んで切っ先を閃かせた。視界の端で揺れる刃に、オーガの足が自然に左へ流れる。
踏み込んだ先の地面が、崩れた。
巨体がわずかに傾ぐ。それだけで十分だった。
バシュが肩からぶつかって体勢を押し切る。
トウマが「今です!」と声を上げる。
シオンは一歩で間合いを詰め、喉元へ刃を差し入れた。
刃先が深く入る。遅れて、赤が噴いた。
オーガは二歩ぶん後退し、崖道の石を割りながら膝をついた。握っていた枝が転がり、最後に喉の奥で濁った息を鳴らして、そのまま動かなくなる。
風だけが残った。
ナギが最初に腰を抜かしたように座り込む。
「……死ぬかと思った」
「お前は毎回そう言うな」
カヤは剣の血を払って鞘へ納めた。額に張りついた前髪を乱暴に払う。
「毎回死んでないんだから、結果的には問題ないだろ」
「そういう問題じゃないだろ」
トウマが真顔で返した。その声が少し震えていて、ナギは小さく吹き出す。
バシュは無言のまま、倒れたオーガから視線を外し、散らばった荷車の破片を道の端へ寄せ始めた。
シオンは四人を見回した。かすり傷が二つ。深い傷はない。
「動けるな」
「その言い方だと、休ませる気がないように聞こえる」
カヤが言う。
「日が落ちる」
シオンが海の方を見た。西の光は、さっきより明らかに低い。
「少し休んだら行く」
返事はなかったが、誰も異論も言わなかった。
崖風を避けられる岩陰を選んで、五人は短い休息を取った。
火を起こしたのはトウマだった。乾いた枝を選んだのはカヤで、重い荷を運んだのはバシュ。ナギは言われる前から鍋と木の椀を出し、並べた。シオンは少し離れて、その様子を見ていた。
鍋の中から立つ湯気が、潮の匂いとは別の温度を運んでくる。
「今日は私が一番働いたと思う」
ナギが言った。
「一番危なかったの間違いだろ」
カヤが薪をひっくり返しながら返す。
「危険度と貢献度は別です」
トウマが真面目に言った。
「お前はほんとうるさい奴だな」
「事実を言っただけです」
そのやりとりの横で、バシュは黙って椀に汁をよそっていた。
五つ。
湯気の立つ木の椀が、火のまわりにひとつずつ置かれる。
最後の一つをナギの前へ置くときだけ、バシュはわずかに量を多くした。
ナギが眉をひそめる。
「なんで私だけ多いんだよ」
バシュは答えない。
代わりにトウマが肩をすくめた。
「さっき一番騒いでいたので、消費も多いだろうという配慮では」
「それなら素直に優しいってことにしておく」
「たぶん違うと思うぞ」
カヤが言って、ようやく少し笑った。
シオンも、自分の椀を受け取るとき、ほんのわずかに口元を緩めた。誰もそれを指摘しないくらいの、小さな動きだった。
火のそばに、五つの椀がある。
ただそれだけの光景が、妙に胸へ残った。
シオンは無意識に懐へ手を入れた。指先に触れたのは、小さなランタンの縁だ。擦り切れた持ち手、磨ききれない傷。持ち主のいなくなった火だった。
ここまで運んできたもの。ここで終わらせるためではなく、届けるための火。
誰にも言わずに、シオンは手を離した。
食事を終える頃には、空は夕暮れの端へ差しかかっていた。西の海だけがまだ赤く、崖の影は長く伸びている。
「行くか」
シオンが立ち上がる。
異論はない。五人は火を消し、荷をまとめ、再び崖道へ出た。
さっきまでより会話は少なかった。疲れもある。だがそれだけではない。遠くに見えていた灯台が、もうはっきり近づいているからだった。
古い石の塔は、北の岬の先にひとつだけ立っていた。海風と塩に削られながら、それでも崩れずに残っている。役目を終えて久しいはずなのに、そこにあるだけでまだ何かを待っているような形をしていた。
灯台へ辿り着いたとき、空の赤はほとんど落ちていた。
海は黒く沈み、夜にはまだ少し早い青が高いところに残っている。風だけがはっきりしていて、石壁にぶつかって低く唸っていた。
五人は灯台の中へ入る。
螺旋階段は古く、ところどころ欠けている。
先頭を行くカヤが足元を確かめ、
トウマが壁の傷を気にし、
ナギが珍しく無駄口を叩かずに上を見た。
バシュは黙って最後尾を支えるように続く。
最上階の灯火台の前で、シオンは立ち止まった。
古びた金具。曇ったガラス。長いあいだ火を絶やしていた場所。それでも、火を受け取るための形だけは、まだここに残っている。
シオンは懐からランタンを出した。
小さな火が、揺れている。
背後に四人の気配があった。誰も何も言わない。
シオンは灯火台の芯へ火を移した。
最初は頼りないほど小さかった灯りが、空気を吸ってふっと膨らむ。次の瞬間、橙の光がガラスの内側を満たし、石の壁を柔らかく照らした。
外の青が、そこで初めて夜になる。
海も崖も輪郭を失っていくのに、灯台の火だけがはっきりと生きた。
ナギが、息を呑む音を立てた。
トウマは目を細めたまま何も言わない。
カヤは腕を組んで、わずかに顎を引く。
バシュはただ静かに、その光を見ていた。
灯りは景色を照らすより先に、五人の横顔を照らしていた。
灯台の外へ出ると、夜の海が広がっていた。
波の音だけが下から響き、背後の火が高いところで揺れている。岬の先を渡る風は冷たいのに、不思議と寒くはなかった。
シオンはそこで、四人の背中を順に見た。
カヤ
トウマ
ナギ
バシュ
灯台の火がともったことよりも、その名を胸の中で数えられることの方が、なぜか重かった。
ここまで来て、ようやく五つの椀が揃った気がした。
その光景は、完成というより、ようやく辿り着いた形に見えた。