エースナンバー
ー/ー夏の甲子園予選、西東京大会の決勝戦。
藤森学園高校と東林大学附属菅戸高校の試合は、1対1の白熱した投手戦だった。
9回裏、ツーアウト満塁、フルカウントで菅戸高校の攻撃。
フォアボール、またはヒットが出れば、藤森学園高校はサヨナラ負けの、緊迫した試合状況だ。
「高西ぃいいぃ! 頑張れぇぇええぇっ!!」
私は、吹奏楽部で応援に来たけど、楽器を吹く事も忘れて、高校1年の時にクラスメイトだった、ピッチャーの高西 賢に、声を張り上げて声援を送った。
両校のスタンドからは、割れるような応援歌と声援が大波となり、神宮球場を包んでいる。
私の声は、凄まじい熱気にかき消されて、マウンド上にいる高西には届かないかもしれない。
それでも、私は声を枯らしながら、高西の名を呼び続ける。
1年生の時は、スタンドで応援要員、2年生の時は、背番号10の控え投手、試合に登板する事は1度もなかった彼。
3年生になった高西にとって、最初で最後の夏の甲子園予選試合。
しかも、学校創立以来、初の決勝戦進出。
重責を抱えている、背番号1。
けれど、私にはエースナンバーが、緊張で小さく震えているようにも見えた。
セットポジションから、高西の右腕が渾身のストレートを投げ放つ。
キャッチャーミットに吸い込まれる直前、カキーンと金属バットの鋭い音が、灼熱の球場にこだました。
高西は弾かれたように、センター方向へ身体を向け、ボールの行方を見守る。
白球はバックスクリーンに直撃し、歓喜と落胆が混ざり合った巨大な渦へ吸い込まれていった。
サヨナラ満塁ホームラン。
マウンド上で、スローモーションのように崩れ落ちた高西は、四つん這いになると、固まったまま動かない。
1塁側ベンチから、菅戸高校ナインがホームベース上へ躍り出ると、喜びを爆発させて、この試合の英雄を讃えている。
「高西……」
私は、彼の名前をポツリと零すしかなかった。
やっとの思いで立ち上がった高西は、チームメイトに肩を抱かれ、慰められながらも顔を濡らしている。
歓声が引いてきた頃、両チームが向かい合って整列し、深々と一礼すると、藤森学園ナインは、ダッグアウトに下がっていく。
高西は、よほど悔しかったのだろう、顔をクシャクシャにしながら項垂れると、1番最後に球場を後にした。
楽器の片付けを済ませた私は、後輩たちと一緒に、球場の外へ出る。
甲子園出場に沸く菅戸高校の関係者と、あと一歩のところで、甲子園出場の切符を逃し、ガックリとしている藤森学園高校の関係者が、球場の周りを囲んでいた。
人混みの隙間から、チラリと見えた、藤森学園高校の背番号1。
その背中は丸く縮こまり、儚げに見えてしまう。
「ちょっと行ってくるわ」
私は後輩に言い残し、かつてのクラスメイトの元へ向かった。
「…………高西」
私が、おずおずと声を掛けると、彼に虚げな眼差しを向けられた。
「ああ…………総長。お疲れ」
私のあだ名で呼び返した高西が、力の抜けた笑みを覗かせている。
「高西も……お疲れ」
私は、これ以上、言葉が出てこなかった。
無闇やたらに言葉を送って、彼が、さらに落ち込むのを目にするのが怖い。
「吹部の応援、すごかったな。ありがとう。あと…………」
高西が、逡巡した後、不意に目を細めた。
「9回裏の時、総長の『高西〜! 頑張れ〜!!』って声援。マジ嬉しかった。サンキューな」
「え!? 私の声、聞こえてたの!?」
私はビックリして目を丸くする。
怒涛の声援が舞う中、高西は、よく私の声が聞こえたな、なんて思っていたから。
「総長の声ってさ、普段からデカいじゃん? すぐわかった。あの時、俺さ、『もうダメかも』って思ってたんだけど、隙間にスッと入り込んでくるように、総長の声が聞こえたんだよ」
「そっか」
彼の言葉を耳にして、私は安堵したように唇を緩める。
「吹部は来月、大会なんだろ? 最後の大会、頑張れよ」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、また2学期に学校でな」
「うん。お疲れ!」
私と高西は、グータッチをして笑顔を交わすと、彼は私の横を通り過ぎる。
振り返ると、背中のエースナンバーは、先ほどまで小さくなっていたけど、今は誇らしげに、私の視界に映っていた。
——La fine——
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