夜景とスープ
ー/ー駅にいた男性から渡された地図を丸い形の機械に表示しながら、ケイは暗くなりつつある道を歩いていた。真っ暗になる前に今日寝る場所を見つけないといけない。
「中央駅まで遠いね 」
二日歩いて、まだ半分。
廃墟になった街から食料や物資は見つかるが、人の姿は全く見えない。ライフラインは生きているから、そろそろ人と出くわしてもおかしくはないのに。
「人は少ないのかなぁ 」
ケイの独り言に、ルカはなにも反応しない。多分もう眠いんだろう。
後ろを振り返ると、案の定、私はとてもヘトヘトですという顔をしたルカが、ぼんやりと空を眺めながら足を動かしていた。転ばないように足元は見なよと言いたかったが、少し楽しそうに見えたから、なにも言わなかった。
ぽつぽつと明かりが灯り始めた頃、ようやく寝泊まりするにはちょうどいい場所を見つけることができた。
大きくくり抜かれたアーチ状のそこは、元々車庫かなにかだったんだろう。床には工具らしいものも散らばっている。コンロやランタンの燃料を補充出来たのはラッキーだった。
「明日には着くかな 」
倉庫内にあったコンロに火をつけるルカに声をかけるも、返事はない。寝る場所を整えながら、そっとルカの後ろ姿を盗み見る。
(……やっぱり痩せたよなぁ )
元々細身だったが、さらに痩せてしまったように見える。最初は気の所為かと思っていたし、本人も気の所為だと言っていたが、そうも言えなくなってきている。
邪神としての力を使うと痩せる、ような気がする。あくまで気がするだけだが。
それなのにルカは少食だ。ほとんど食事を取ろうとしない。
(どーしたらいいのかなぁ )
無機質な天井を眺めてため息を着いていると、奥の方から妙な気配を感じた。なんとなく、ルカと似ているような、そんな気配。
もしかしたら、ルカのような邪神様が他にもいるのかもしれない。
「ルカ、僕ちょっと奥見てくるね 」
一応声をかけるも、相変わらず返事はない。
トントンっとなにかを刻む子気味のいい音が、ケイに返事をしている……ような気がする。
数秒考え込んだ後、懐中電灯を手に、ケイは洞窟のような倉庫の奥へ向かうことにした。
ルカは集中している時、周りの音が極端に聞こえにくいということを、すっかり忘れて。
ひんやりとした空気が体を包む。
倉庫の奥には植物の根が延びてきており、陽の光を嫌う植物たちの憩いの場と化していた。一応電気は生きているらしく、そこまで暗くないのが救いだった。
ケイの知る邪神様は当然ルカ一人(一柱?)のみで、当然どこかしら脆弱なところがあるんだろうと思っている。なら一人でいるより誰かといた方がいい、という思考に行き着くのはもはや仕方のないことだった。
それに、同じ邪神様なら、ルカの体調の改善に繋がるなにかを知っているかもしれない。そんな下心もあった。
まるで躊躇うことなく奥へ奥へと探索を進める。といっても、一本道なので探索もなにもないのだが。
「誰かいますかー 」
声をかけながらさらに奥へ。
すると少し広い場所へ出ることができた。原形は少し崩れてはいるが、そこが元々二階建ての地下施設だったことは理解できた。
(……基地、いや、待機所かな )
落ちていたIDカードを見るに、ここはどうやら陸上軍の一時待機所だったのだろうと推測。二階への階段は崩れているので、一階の三部屋を調べてみることにした。
一番手前の部屋は医務室だったようで、医療器具らしきものが散らばっている。有難いことに僅かばかりの包帯や風邪薬等を見つけることができた。
「……ん?」
包帯をポケットにしまったとき、ふと目に入ったカルテらしき紙束を拾い上げる。医者特有の独特な文字は読むのに少し苦労したが、どうやらここには精神的に異常をきたす者が多くいたらしい。
また、何人かがこの施設の近くでバケモノを見た、と証言していたようだ。その特徴はてんでバラバラだったが。
(この中のどれかが、邪神様の特徴……だったりするのかな )
なんだか嫌な予感がする。迫害を受けてしまっていたのなら、攻撃されるかもしれない。
ほんの少しだけ警戒を強め、ケイは医務室を後にした。
真ん中の部屋は司令室のような場所で、大量の紙束、パソコン、ファイルや手記類が雑多に置かれている。
一際目を引く大きなホワイトボードに、目線を向ける。文字をなぞって、大きな地図を見つめた。
随分大きな戦闘があったらしい。世界が終わる前から続いていたものが、終末を目前に激カしたんだろうことが伺える。
世界が終わる前くらい、のんびりすればいいのに、とぼんやりと思う。
(なんでわざわざ早死するようなことするんだろ )
全く理解も共感もできず、ケイは首を傾げる。
世界が終わった日、ケイは好きな音楽を聞きながら、オレンジ色に染まった空を眺めて過ごした。のんびりと世界の終わりを楽しんだ記憶がある。
(あの時食べたお菓子は美味しかったなぁ )
いつもの駄菓子が、なんだか少し特別に思えて嬉しかった。ほとんどただみたいな値段だったし、とてもお得だった。
皆、家族も酷い有様だったが、ケイはそのどれもを無視していた。我関せずに、自由気ままに、世界が終わっていく様を見ていた。
(世界が終わるって聞いて、みんな可笑しくなったのかな…… )
"普通"や"可笑しくない"を口にしていた人達は、一人残らず"可笑しく"なって、"普通"じゃなくなってしまっていたのを思い出す。
あぁ、でも、世界が終わるだなんて普通じゃないから、可笑しくならなかった自分は、やっぱり周囲の言う普通の人ではなかったのだろうか。
それはもう、今のケイには確かめることすら叶わないことだった。
▼△
鍋に蓋をして、ルカは振り返る。
そこには誰もいなかった。
空っぽの空間に、ケイの気配はない。
「……ケイ 」
名前を呼んでも返事がない。いつもなら、ルカが一声呼ぶだけで、とびきり嬉しそうに返事をするのに。
……まさかひとりで奥へ進んだんじゃ。
呆れながら施設の奥を覗いた途端、全身にビリビリと感じたそれに息が止まる。
奥から感じる気配は、人のものなんかではない。間違いなく神話生物と呼ばれるもののそれで…………最悪なことに、その近くにはケイがいる。
「っ、ケイ!!」
大声を出すが、到底届く訳がない。
脇目も振らずに奥へ走り出す。が、足が遅い上に、すぐに息を切らしてしまう。いつも走る時はケイが抱えるか、自分が邪神の力を使って飛ぶかの二択。
でも、今はケイはいない。
体力が残っていないから力も使えない。
「ケイ……ッ、けい……!」
足がふらつくも、構わずに奥へ走る。
喉が痛い。目眩がする。息を吸う度に心臓が爆発しそうなくらいひどく痛んだ。
幸い、奥にいるものに覚えがある。ケイが鉢合わせる前にルカがたどり着けば、確実に助かる。守ってやれる。
でも、間に合うだろうか。
▼△
最後の部屋の扉に手をかけた時、どことなくピリッとした気配を感じた。
扉の向こうには、きっと"なにか"がいる。人の垣根を超えたなにか。それは確信に近い直感だった。
ふと、ルカと初めて会った時を思い出す。
あの時もこんな直感を感じた。"なにかいる"という直感。ピリピリと肌に感じる圧のようなものに、息が詰まった。
(……やっぱり、邪神様かぁ )
あまり警戒されないといいんだけれど、と思いながら、扉をそっと開ける。
真っ暗な部屋に、ソレはいた。
馬に似た頭部に、鱗の生えた巨体。
霜と硝石にまみれた翼は、コウモリとも鳥とも違う。いや、この世のどの翼を持つ生き物にも該当しないだろう。
【66/80→62/80 】
象よりも大きな体を屈め、部屋の中に収まっている姿は、傷ついているようにも、怯えているようにも見えた。
「……っ 」
思っていた邪神様と全く違う怪鳥を前に、ケイは後ずさる。ケイの姿を認識したのか、目の前のソレはずるりと体を動かし、近づいてくる。
次の瞬間には、ケイは部屋の外の床に押さえつけられ、大きな脚の下敷きになっていた。
潰れることこそなかったが、鱗にまみれた鉤爪のある脚が容赦なく体の動きを封じてくる。
「……っ、ぁ……!」
痛みに顔を歪ませるが、そんなことなど目の前の怪鳥は気にもとめない。咄嗟にポケットに手を伸ばし、掴んだナイフの鞘を強引に口で引き抜く。
が、ケイの腕に顔らしき場所を近づけ、ふんふんと匂いを嗅ぐように押し付けて来たせいで、少しも持ち上げることが出来なくなった。
(喰われる……かな…… )
ルカのこと置いてきちゃった、と申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。肩を叩いて確認すればよかったと、今更思っても遅すぎた。
人間の力では抵抗のしょうもない存在に、体の力を抜く。暴れるのは得策ではないだろうことくらいは、なんとなく理解できた。
ぼんやりと天井を見つめ、思考を止める。
が、怪鳥は一向にケイを喰おうとはしない。
ずっと腕に頭を擦り寄せているだけだった。
「……ん?え、なに?」
ぐぅぐぅ、と甘えるように頭を擦り付けてくる。正直とても痛いが、どことなく力加減ができていないだけのように感じる。邪神の力を使ってる時のルカと似た感じだ。
「なに、お前。僕を食べる気とかじゃないの?」
【んぐぅ 】
「んぐぅじゃわかんないよ…… 」
体を起こそうにも脚に抑えられ動けない。が、敵意はないらしい。グルグルと喉を鳴らしながら、ぴすぴすと腕に頬擦り?をしてくる。
なんだか少し可愛く見えてきた気さえする。
「……ケイっ 」
「ルカ 」
頭だけ動かしてルカを視界に捉えると、息も絶え絶えと言った様子だ。無理して走ってきてくれたらしい。
怪鳥の下敷きになっているケイを見て顔を青ざめているが、数秒後には怪鳥の頬擦りの対象になってしまい、ケイ同様床に転がることになった。
「ちょっ、やめ……やめて、ください…… 」
「あーこらこら、ルカ困ってるから 」
どうどう、と怪鳥を引き剥がす。意外にも大人しく引き剥がされた怪鳥は、ピーピーと鼻を鳴らすような音を出し、ふよふよと二人の間を行ったり来たりする。
「……お前もしかして迷子?」
「……ドリームランドから迷い込んだんですかね 」
聞き馴染みのない単語に、首を傾げる。が、ルカは答える気がないらしく、ふいっと顔を背けてしまった。
「迷子なら、一緒にくる?お前もひとりじゃ寂しいでしょ?」
そう声をかけると、嬉しそうに一声咆哮を上げ、ケイの腕に着いていたブレスレットの中に吸い込まれるように入っていった。
「やたら腕にすりついてくると思ったら 」
赤い石の着いたそれを眺めながら、くすりとケイは笑う。さっきまで下敷きになっていたのに、そんなことなど気にもとめていない。
「ルカがくれた石ってさ、やっぱりなにかあるよね 」
「知りません 」
「ねぇ、怒らないでよ。ごめんってば 」
「知りません 」
地面に座り込んだまま、ルカは淡々と言葉を吐く。
かなり機嫌を損ねてしまったらしい。長引かないといいが、三日は拗ねたままかもしれない。
「……運んでください。私はもう疲れました 」
「はいはい 」
背中にルカを背負い、元来た道を戻る。
静かな廊下は、さっきよりも少し明るくなったような気がした。が、多分気のせいだ。
「ルカ 」
返事はない。
まだ怒っているらしい。
「助けに来てくれてありがとう 」
やっぱり返事は返ってこなかった。分かっていたことなので何も言わない。
そのまま無言で歩き、倉庫のような場所に着いた頃には、ルカは寝息を立てていた。無理して走らせたから疲れたんだろう。
「……あ 」
コンロには作りかけのスープがそのままにされていた。弱火だったおかけで吹きこぼれたり、コゲたりはしていない。
弱火でコトコトされたそれは、あとは最後の仕上げをするだけの状態だ。
ルカを寝床に寝かせ、最後の仕上げに取り掛かる。
コンロ横に置かれていた『トマト』と書かれたスープの素を、鍋の中に入れ、くるくるとかき混ぜる。
不意にブレスレットが細かく震えだし、ぐぅぐぅとルカの方へ腕を引っ張った。
「お前、ちょっと出てこれない?ルカのこと見ててよ 」
そう声をかけると、待っていましたと言わんばかりに怪鳥が姿を見せ、ルカのそばでオロオロと行ったり来たりをし始める。
大きな体も、この倉庫内なら問題ない。
(あいつなんなんだろ。ルカは知ってるっぽかったけど……)
吹きこぼれないように、赤くなったスープを混ぜ、考える。ルカはドリームランドと言っていたが、どこの何を指す言葉なのかわからない。
(カルト教団の本、もうちょい読んどけばよかったかな )
いつかのカルト教団の書庫を思い出し、深く息を吐く。ケイは生憎と、神様なんて興味もなかったから、ほとんどなにも読んでいない。
熱心に読み込んでいる人もいたが、目が完全にガンギマっていたため、気持ち悪くて近づく気もなかった、というのもあるが。
「お前、名前なんていうの? 」
【ぐぅるぅぅぅる 】
「あはは、なーんもわかんないや 」
カラカラと笑いながら、完成したスープをコップに注ぐ。酸味のあるトマトの匂いの奥にあるほのかに甘い匂いが食欲を刺激した。
間違いなく美味い。自信を持って言える。いや、ルカの作った料理に失敗も間違いもないが。
いつもいつもとびきり美味い飯なのだが、今のケイは空腹なため、余計に美味しそうに見えた。
ルカを起こそうと近寄った時、ふと外が明るいことに気がついた。そっと外に出て……――
――……息を飲んだ。
ここは少し高台にあったためか、街を少し広く見渡すことができた。そのおかげで眼前に広がる光の海が、きらきらと輝いている夜景が、余すことなく飛び込んでくる。
いつのまにかすっかり日が落ちて、街の灯りが一斉に灯ったらしい。
「……綺麗 」
思わずそう呟くほどに、その夜景は美しかった。
今の今まであの夜景の中にいたために気が付かなかったことを、もったいなく感じるほどに。
星空が落ちてきたような光景に、しばらくの間ぼんやりと見蕩れる。
「ルカ、ルカ、おきておきて 」
「…………なんですか 」
不機嫌そうな顔で渋々目を開けたルカを怪鳥に任せ、スープの入ったコップを手に、再度外に出る。
が、キラキラと光る街を見ても、ルカはなんの反応も示さない。怪訝そうな顔のまま、怪鳥に運ばれている。
「……え、なんですか?」
「こんなに綺麗だからさ、せっかくだから外で食べようと思って 」
「勝手に食べたらいいじゃないですか 」
「ルカも。体力だいぶ消耗したんだから 」
ひとりじゃ食べきれないしね、と笑ってコップを差し出すケイに、相変わらず無表情のまま、スープに口をつける。
それを見届け、ケイもスープに口をつけた。
さっぱりとした酸味に、玉ねぎや人参の甘さ、なんらかのスパイスのピリッとした辛味が口に広がる。
ポカポカと体の奥から温まる感覚に、ケイは顔をほころばせる。
「おいしい…… 」
ほぅっと一息付き、改めて夜景に視線を向ける。
前の都市では、ここまでライフラインは整っていなかった。街の設備の大半は寿命が尽きていたか、戦闘によって破壊されていたか、誰かが独占していて使えないかのどれかだった。
「綺麗だね、ルカ 」
「ただの明かりですよ 」
「綺麗なものは綺麗だよ 」
綺麗な景色に、美味いスープに、珍しく素直に食事をしてくれた友人に、そんな友人を心配してくれる謎の怪鳥。
今日は随分、いい日だったらしい。
スープのおかわりも済ませ、ケイは上着のポケットからカメラを取り出す。シンプルな長方形のそれは、ひとつのボタンだけが着いただけの物で、パッと見ただけではカメラとは思えない。
が、ボタンを押し込むと、レンズとシャッターが現れ、カメラとしての特徴を表す。旅をするのに邪魔にならないように作られたものだった。
カメラを夜景に向け、シャッターを切る。
怪鳥と、未だどこか不服そうにスープを飲み込むルカもカメラに収め、満足そうに微笑んだ。
「……相変わらず好きですね、それ 」
「えへへ、いいでしょ。記念記念 」
忘れないため、見失わないため、なにより嬉しいから形に残したくて、ケイはカメラを持ち歩いていた。隙あらばシャッターを切るため、ルカには度々呆れられていた。
「そういえば、そいつ名前なんていうの?」
今なら答えてくれるかも、と話を振ると、露骨に顔を顰めるルカに、これは判断ミスったか、と身構える。
最悪食事を止めてしまうかもしれない。それは困る。
ただでさえ脆弱なのに、体力がないと歩けなくなる。ルカ一人なら背負って歩けるが、そこに荷物が加わると途端に難しくなる。
なにより辛いのはルカ本人だ。
「……シャンタク鳥 」
「え?」
「だから、シャンタク鳥です 」
渋々といった様子で答えたルカに、珍しいこともあるなと少し目を見開く。
「ドリームランドってとこに住んでるの?」
それには答えたくないらしく、ルカはまた口を閉ざす。ケイもそれ以上はなにも聞かなかった。
「そっか……じゃあよろしくね、サンチョ 」
【んぐぅる 】
「……なんですかそれ 」
「こいつの名前。いいでしょ 」
へにゃっと笑ったケイにツッコむ気も失せたのか、ルカはなにも言わずに残りのスープを飲み干した。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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