第19話 泥の感情
ー/ー 喋ったのは君島先輩だった。どこか弁解するように僕たちに向かって言う。
「久野は、繊細な奴で、いろんなことに悩んでた。友達も多いタイプじゃない。親父さんともうまくいってなかったらしい。だけど俺たちはうまくやってた。同じ委員会だからってだけじゃない。いい友達だったんだ。四人で委員会をやるのは、すごく楽しかった」
君島先輩は、早口で続ける。
「ある時、久野が言ったんだ。なんで学校に行くんだろうって。あいつはよくそういうことを言うやつだった。あいつの頬には殴られた跡があった。親父さんにやられたんだ。でもこれは俺しか知らない。その時、間宮が来て――」
それで、それで、君島先輩が唇を震わせながら、ゆっくりと言った。
――『ばっかみたい』
それは些細な、何気ない一言だったのかもしれない。真面目で堅物で、規則に厳しいところのある間宮先輩からしたら、久野巧の言葉は怠惰なものに映った。だからそう言った。『ばっかみたい。くだらないこと言ってないで、真面目に勉強したら?』
そして、そのあと何があったのかはわからない。けれど結果として、次第に久野巧は学校から遠ざかり、来なくなった。そしてついに、彼の出席日数が足りなくなり、学校を退学することが決まった。
督促状は、間宮先輩には脅迫状のように感じられていたのかもしれない。自分の不用意な一言が、人を追い詰め、取り返しのつかない事態を引き起こした。お前のせいだ、と告げるように毎週届く督促状。副委員長として、それを作って渡さなければならない君島先輩は何を思っていたんだろうか。
そして、退学というタイムリミットが来たことで、一ノ瀬先輩は行動に出た。彼から受け取った本を、間宮先輩が見るように展示コーナーに置く。久野巧の退学はもう決まっていた。これは彼女の、間宮先輩に対する告発だったのだろうか。
しかし驚いたのは君島先輩だっただろう。彼が朝早くに図書室に来ると、そこには目立つように置かれた一冊の本が。君島先輩は間宮先輩が好きだった。彼女を傷つけたくない。その一心で、咄嗟に展示コーナーを荒らしたのだろう。
……馬鹿みたいだ。僕もそう思う。僕は、彼ら三人は仲の良い友人同士だと思っていた。実際、それは間違ってはいないのだろう。だが、その奥には、泥のように絡みつく感情も横たわっていた。
もしも泉さんが言わなければ、君島先輩は誰にも何があったのか言わなかっただろう。彼は一番、この事件の真実が暴かれるのを恐れていたはずだ。自分が犯人だからじゃない。この事件を暴くことは、想い人を傷つけるだけだからだ。
一ノ瀬先輩も、何も言うつもりはなかったのかもしれない。彼女には、誰が犯人なのか見当はついていたはずだ。それを言わなかったのは、事件をうやむやのまま終わらせることに、彼女も納得していたからかもしれない。彼女にも、これ以上間宮先輩を責めるつもりはなかったのではないか。
泉さんがやったことは、ぬかるんだ泥を掘り起こして、三人にまき散らしただけじゃないのか。彼女が何も言わなければ、三人は曖昧さの中で、友情を保ち続けることができていた。
「本当に、馬鹿みたいですね」
「久野は、繊細な奴で、いろんなことに悩んでた。友達も多いタイプじゃない。親父さんともうまくいってなかったらしい。だけど俺たちはうまくやってた。同じ委員会だからってだけじゃない。いい友達だったんだ。四人で委員会をやるのは、すごく楽しかった」
君島先輩は、早口で続ける。
「ある時、久野が言ったんだ。なんで学校に行くんだろうって。あいつはよくそういうことを言うやつだった。あいつの頬には殴られた跡があった。親父さんにやられたんだ。でもこれは俺しか知らない。その時、間宮が来て――」
それで、それで、君島先輩が唇を震わせながら、ゆっくりと言った。
――『ばっかみたい』
それは些細な、何気ない一言だったのかもしれない。真面目で堅物で、規則に厳しいところのある間宮先輩からしたら、久野巧の言葉は怠惰なものに映った。だからそう言った。『ばっかみたい。くだらないこと言ってないで、真面目に勉強したら?』
そして、そのあと何があったのかはわからない。けれど結果として、次第に久野巧は学校から遠ざかり、来なくなった。そしてついに、彼の出席日数が足りなくなり、学校を退学することが決まった。
督促状は、間宮先輩には脅迫状のように感じられていたのかもしれない。自分の不用意な一言が、人を追い詰め、取り返しのつかない事態を引き起こした。お前のせいだ、と告げるように毎週届く督促状。副委員長として、それを作って渡さなければならない君島先輩は何を思っていたんだろうか。
そして、退学というタイムリミットが来たことで、一ノ瀬先輩は行動に出た。彼から受け取った本を、間宮先輩が見るように展示コーナーに置く。久野巧の退学はもう決まっていた。これは彼女の、間宮先輩に対する告発だったのだろうか。
しかし驚いたのは君島先輩だっただろう。彼が朝早くに図書室に来ると、そこには目立つように置かれた一冊の本が。君島先輩は間宮先輩が好きだった。彼女を傷つけたくない。その一心で、咄嗟に展示コーナーを荒らしたのだろう。
……馬鹿みたいだ。僕もそう思う。僕は、彼ら三人は仲の良い友人同士だと思っていた。実際、それは間違ってはいないのだろう。だが、その奥には、泥のように絡みつく感情も横たわっていた。
もしも泉さんが言わなければ、君島先輩は誰にも何があったのか言わなかっただろう。彼は一番、この事件の真実が暴かれるのを恐れていたはずだ。自分が犯人だからじゃない。この事件を暴くことは、想い人を傷つけるだけだからだ。
一ノ瀬先輩も、何も言うつもりはなかったのかもしれない。彼女には、誰が犯人なのか見当はついていたはずだ。それを言わなかったのは、事件をうやむやのまま終わらせることに、彼女も納得していたからかもしれない。彼女にも、これ以上間宮先輩を責めるつもりはなかったのではないか。
泉さんがやったことは、ぬかるんだ泥を掘り起こして、三人にまき散らしただけじゃないのか。彼女が何も言わなければ、三人は曖昧さの中で、友情を保ち続けることができていた。
「本当に、馬鹿みたいですね」
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