第3話 アリバイ・動機・タイムライン
ー/ー「大変なことになっちゃったよねえ」
開いた文庫本を口に当て、一ノ瀬(いちのせ)ひとは先輩が呟いた。
放課後のカウンター当番の時間だった。僕と一ノ瀬先輩は貸し出し口の席に座り、顔を突き合わせている。
一ノ瀬先輩は、小柄な愛らしい容姿の女子生徒だ。左右に垂れ下がったロップイヤーのような髪が、彼女の身じろぎに合わせてぴょんぴょん動く。性格も親しみやすく、男女ともに愛されるマスコット系の先輩だ。
開館直後ということもあってか、図書室の中に人は少ない。だが図書室の中で話すのはマナー違反だ。それがわかっていてもなお、好奇心を抑えきれず、僕らは小声で話していた。
「一ノ瀬先輩も、やっぱり話を聞かれたんですね」
話題は当然のごとく展示コーナーの件についてだ。図書室に来てみると、その展示コーナーはすでにきれいに並べ直されていた。部屋の奥の丸テーブルの上で今は賑やかに本やポップが鎮座している。朝のうちに、間宮先輩と君島先輩が片付けたのだろう。
「一応確認なんですけど、昨日はあんなことになってなかったですよね」
「うん。そのはずだよ」
一ノ瀬先輩は思い返すように視線を右上に向けながら、頷いた。若干自信がないように見えるのは、本人もこんな妙なことになっている以上、自分の行動に不手際がないか考えているからだろう。
「不審者がいた、なんて話も聞かないしねぇ。司書の先生は、誰かのいたずらだろうって言ってたよ。あんまり大事にはしたくないみたい」
ふむ、なるほど。司書の先生がその考えなら、犯人探しをしているのは間宮先輩だけということか。確かに僕も、昨日の件について教師陣に何か聞かれるということもなかった。
実際、何か被害があったわけでもない。本は床に散らばっていたが、盗まれたわけでも特別傷がついたわけでもなかった。だから、司書の先生は、誰かがぶつかって倒した程度に考えているのだろう。そして僕たちがそれを見落としたか、もしくは見回りをさぼったと考えているのかもしれない。たしかに、それが一番もっともらしい気はする。僕も、自分が昨日見回りをしていないなら、そう考えていたかもしれない。
「本当にごめんねえ。あたしがもっとしっかりしてれば、雛子君に変な疑いが向くこともなかったのに……」
一ノ瀬先輩がしょんぼりと肩を落として言う。僕は慌てて手を振る。
「いえ、そんな。当番はふたりだったんですから、先輩だけの責任なんてことはないですよ」
そう慰めてみるが、先輩は申し訳なさそうに肩を落としたままだ。責任を感じやすい性格なのかもしれない。
……だが、厳密に言えば図書室を最後に見て回ったのは、僕ではなく一ノ瀬先輩だとは言えるかもしれない。確かに僕らはふたりで当番で、最後に図書室を見て回った。けれど常に連れ立って歩き回ったわけではない。ばらばらに図書館内をくまなく見て回り、僕は鍵を持って先に扉のところに。そのあと少しして、一ノ瀬先輩が戻ってきたのだ。だから、最後まで図書室にいたのは一ノ瀬先輩のほうだ。
つまり、一ノ瀬先輩にも展示コーナーを荒らす時間はあった。互いに見回りをしている間のごく僅かなものだが、確かに存在した時間だ。それに、図書室の入り口からは奥にある展示コーナーの様子は見えない。もちろん、僕がいつやってくるかわからない状況で行うのは心理的に難しいことだが、不可能でもない。
「……どうかした?」
一ノ瀬先輩の大きな目が僕を覗き込んでいて、慌てて目をそらす。いけない。こんな純真そうな人を疑うなんてどうかしている。先輩は親切で優しい人だ。展示コーナーを荒らすなんて悪戯はしないだろう。
「い、いえ。なんでもないです。それより、僕たちが見た時に問題がなかったなら、やっぱり荒らされたのはそのあとってことになりますよね」
いらぬ疑いを持ってしまった申し訳なさから、目を逸らしつつ早口で言う。幸い、一ノ瀬先輩は特に気にした様子もなく話を続けた。
開いた文庫本を口に当て、一ノ瀬(いちのせ)ひとは先輩が呟いた。
放課後のカウンター当番の時間だった。僕と一ノ瀬先輩は貸し出し口の席に座り、顔を突き合わせている。
一ノ瀬先輩は、小柄な愛らしい容姿の女子生徒だ。左右に垂れ下がったロップイヤーのような髪が、彼女の身じろぎに合わせてぴょんぴょん動く。性格も親しみやすく、男女ともに愛されるマスコット系の先輩だ。
開館直後ということもあってか、図書室の中に人は少ない。だが図書室の中で話すのはマナー違反だ。それがわかっていてもなお、好奇心を抑えきれず、僕らは小声で話していた。
「一ノ瀬先輩も、やっぱり話を聞かれたんですね」
話題は当然のごとく展示コーナーの件についてだ。図書室に来てみると、その展示コーナーはすでにきれいに並べ直されていた。部屋の奥の丸テーブルの上で今は賑やかに本やポップが鎮座している。朝のうちに、間宮先輩と君島先輩が片付けたのだろう。
「一応確認なんですけど、昨日はあんなことになってなかったですよね」
「うん。そのはずだよ」
一ノ瀬先輩は思い返すように視線を右上に向けながら、頷いた。若干自信がないように見えるのは、本人もこんな妙なことになっている以上、自分の行動に不手際がないか考えているからだろう。
「不審者がいた、なんて話も聞かないしねぇ。司書の先生は、誰かのいたずらだろうって言ってたよ。あんまり大事にはしたくないみたい」
ふむ、なるほど。司書の先生がその考えなら、犯人探しをしているのは間宮先輩だけということか。確かに僕も、昨日の件について教師陣に何か聞かれるということもなかった。
実際、何か被害があったわけでもない。本は床に散らばっていたが、盗まれたわけでも特別傷がついたわけでもなかった。だから、司書の先生は、誰かがぶつかって倒した程度に考えているのだろう。そして僕たちがそれを見落としたか、もしくは見回りをさぼったと考えているのかもしれない。たしかに、それが一番もっともらしい気はする。僕も、自分が昨日見回りをしていないなら、そう考えていたかもしれない。
「本当にごめんねえ。あたしがもっとしっかりしてれば、雛子君に変な疑いが向くこともなかったのに……」
一ノ瀬先輩がしょんぼりと肩を落として言う。僕は慌てて手を振る。
「いえ、そんな。当番はふたりだったんですから、先輩だけの責任なんてことはないですよ」
そう慰めてみるが、先輩は申し訳なさそうに肩を落としたままだ。責任を感じやすい性格なのかもしれない。
……だが、厳密に言えば図書室を最後に見て回ったのは、僕ではなく一ノ瀬先輩だとは言えるかもしれない。確かに僕らはふたりで当番で、最後に図書室を見て回った。けれど常に連れ立って歩き回ったわけではない。ばらばらに図書館内をくまなく見て回り、僕は鍵を持って先に扉のところに。そのあと少しして、一ノ瀬先輩が戻ってきたのだ。だから、最後まで図書室にいたのは一ノ瀬先輩のほうだ。
つまり、一ノ瀬先輩にも展示コーナーを荒らす時間はあった。互いに見回りをしている間のごく僅かなものだが、確かに存在した時間だ。それに、図書室の入り口からは奥にある展示コーナーの様子は見えない。もちろん、僕がいつやってくるかわからない状況で行うのは心理的に難しいことだが、不可能でもない。
「……どうかした?」
一ノ瀬先輩の大きな目が僕を覗き込んでいて、慌てて目をそらす。いけない。こんな純真そうな人を疑うなんてどうかしている。先輩は親切で優しい人だ。展示コーナーを荒らすなんて悪戯はしないだろう。
「い、いえ。なんでもないです。それより、僕たちが見た時に問題がなかったなら、やっぱり荒らされたのはそのあとってことになりますよね」
いらぬ疑いを持ってしまった申し訳なさから、目を逸らしつつ早口で言う。幸い、一ノ瀬先輩は特に気にした様子もなく話を続けた。
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