第5話 咎人と用心棒
ー/ー 一ヶ月後
とある都の外れに二人の姿があった。人の往来の多い道を、キョウは楽しそうに歩いている。
「久しぶりですね、この町も」
「この辺りにはなかなか戻りませんからね」
楽しげなキョウとは反対に、ヨリは沈んだ顔をする。それというのもこの町は、二人が長く過ごした場所でもあるのだ。
通りを途中で抜けて、入り組んだ奥の方へ。そうして向かったのは一つの寺だった。
門を潜ると小さめのお堂があり、鐘撞き堂がある。新しくはないが手入れのされたそのお堂に、一人の僧侶がいた。
黒い僧衣に袈裟をかけたその人物は、ヨリとキョウを見て眉根を寄せた。
「お久しぶりでございます、師君」
「ヨリとキョウか。まったく、何が師君だ。お前が言うと皮肉に聞こえる」
嫌な顔をする僧侶はそれでも二人をお堂へと上げた。
寺の一室で茶を振る舞われたヨリとキョウは、心なしか穏やかな心地でいる。それというのもこの寺が、二人の第二の実家のようなものなのだ。いや、本当の実家と切れている今、ここが実家と言って過言ではない。
先ほどの僧侶が溜息をつき、行儀悪くどっかりと胡座をかく。そしてとにかく、深い深い溜息をつくのだ。
「お前ら、相変わらず魔物と関わっているのか?」
「えぇ」
「ったく、俺はどこで育て方を間違った? 有望な語り部を育てたはずなんだが」
「優秀でございますよ? 貴方から受け継いだ話も、自ら集めた話も何一つ忘れておりません」
「目を失った語り部なんざ前代未聞だってんだ!」
語気を強める僧侶はまた溜息。だがヨリの方はとても朗らかに笑う。そんな師弟のやりとりを、キョウはオロオロしながら見ている。昔からこんな感じだった。
この師弟、修行時代から性格が合わない。師は物言いこそ荒っぽいが人情家で、規律などを重んじる人だった。
一方の弟子は物言いこそ丁寧だが案外軽薄な部分があり、我が道こそが正道という考えをする。しかも頭が回り口が達者だ。どうしたって師の方が沸点が低い。
そんな二人に挟まれたキョウは、いつもハラハラドキドキしてしまう。間を取り持つのも楽ではないのだ。
「……で?」
「はい?」
「何しに来た」
「おや? 近くに来たら顔くらい見せるのが義理かと」
「……それだけか? 厄介ごとがあるだろう」
「まぁ、全くないかと問われれば否ですが」
「やっぱりあるのか!」
嫌そうな顔をする僧侶に、キョウは促されて渋々と荷を解く。そこから布を巻いた錆びた鉈と、割れた鏡台の鏡を取り出した。
「……魔物の憑いていた物か?」
「さすが師君」
「持って帰れ!」
「供養をお願いいたします。既に魂は還っておりますので、ご安心を」
「ここは祟り物の供養寺じゃねぇんだよ」
触るのも怖々という様子の僧侶に、ヨリはコロコロと鈴を転がすような声で笑う。これはわざと、癇に障るようにしているのだ。
だが僧侶こそが正しい反応だろう。これはかつて魔物が取り憑いていた品。ただの古道具とはまた違うものなのだ。
「お願いします、師君。このような立派な寺で供養されれば、無念の思いに狂った者達もまた、安らかに眠れるでしょう」
「口車には乗らないぞ!」
「おや、心の狭い。人の心に寄り添うは僧侶も語り部も同じ。浮かばれない魂を供養することこそが、御仏の教えに適う事とは思いませんか?」
「思わん! お前の事に関しては思わない!」
「おや、寂しい」
頑として受け取ろうとしない僧侶に、ヨリは本当に寂しそうな顔をする。そして側にいるキョウの手にそっと触れた。
「寂しい事ですね、キョウ。私たちが死んだら師君にと思っておりましたのに、経の一つも上げてはくださらないそうです。仕方がありません、どこかも分からぬ地で力尽きたら思い切り、師君を恨んで死にましょうね。毎夜のように供養を求め、私たちがどのように力尽きたのかを枕元で語ってさしあげましょう」
「え! あっ、でも俺はもう死んでるし……」
「そうですよね! キョウなど二度死ぬのですものね。恨みも倍になりましょう。祟りの寺と有名に」
「止めろ洒落にならん!!」
よよよと泣きながら芝居がかった物言いをして、流れてもいない涙を袖で拭うヨリに、僧侶は大絶叫する。そして渋々と、持ってきた鉈と鏡を受け取った。
「はぁ……性格悪い」
「お褒めにあずかり」
「褒めてねぇ! ったく、本当に冗談じゃねぇ。お前が死ぬ時は本当に魔物だろ。勘弁しろよ」
無い髪を昔の癖でガシガシかく僧侶に、ヨリは苦笑してキョウを見た。
「前代未聞だぞ、お前。死にかかっている用心棒をこの世に留める為に語り部の目を依り代に与えた挙句、自分に憑依させるなんて。このままならお前、人のまま人じゃないものになるぞ」
ジロリと睨む僧侶に、ヨリは苦笑しキョウを見た。
キョウは既に死んでいる。魔物と相討ちとなり、死ぬ運命だった。
別に、キョウが愛しいわけではない。恋情などヨリには本当には理解できない。幼馴染みではあるが、そこの情もよく分かっていない。
だが、キョウは死ぬのだと悟った瞬間、どうにかして引き留めたかった。こいつがどのような存在になるのか、己がどのような存在になるのか。そんな事を考えられない程に必死だった。
執着したのは、どちらだったのだろう。未練を残したのは、どちらだったのだろう。今となってはもう、わかりはしない。
「……今のうちなら、キョウを送ってやれないか? お前の語りで飢えもないだろうし、生前とまったく変わっていない。霊の状態と考えれば可能だろう?」
僧侶の言葉に、ヨリはキョウを見る。キョウも同じような顔でヨリを見ている。そして互いに苦笑して、首を横に振った。
「無理ですよ。私たちは一蓮托生。二人で死ぬその時まで、こうして旅をするのが望みなのです」
生きた証を残すように語りながら、天命尽きるその時まで。
【盲の語りと嘆きの家・完】
とある都の外れに二人の姿があった。人の往来の多い道を、キョウは楽しそうに歩いている。
「久しぶりですね、この町も」
「この辺りにはなかなか戻りませんからね」
楽しげなキョウとは反対に、ヨリは沈んだ顔をする。それというのもこの町は、二人が長く過ごした場所でもあるのだ。
通りを途中で抜けて、入り組んだ奥の方へ。そうして向かったのは一つの寺だった。
門を潜ると小さめのお堂があり、鐘撞き堂がある。新しくはないが手入れのされたそのお堂に、一人の僧侶がいた。
黒い僧衣に袈裟をかけたその人物は、ヨリとキョウを見て眉根を寄せた。
「お久しぶりでございます、師君」
「ヨリとキョウか。まったく、何が師君だ。お前が言うと皮肉に聞こえる」
嫌な顔をする僧侶はそれでも二人をお堂へと上げた。
寺の一室で茶を振る舞われたヨリとキョウは、心なしか穏やかな心地でいる。それというのもこの寺が、二人の第二の実家のようなものなのだ。いや、本当の実家と切れている今、ここが実家と言って過言ではない。
先ほどの僧侶が溜息をつき、行儀悪くどっかりと胡座をかく。そしてとにかく、深い深い溜息をつくのだ。
「お前ら、相変わらず魔物と関わっているのか?」
「えぇ」
「ったく、俺はどこで育て方を間違った? 有望な語り部を育てたはずなんだが」
「優秀でございますよ? 貴方から受け継いだ話も、自ら集めた話も何一つ忘れておりません」
「目を失った語り部なんざ前代未聞だってんだ!」
語気を強める僧侶はまた溜息。だがヨリの方はとても朗らかに笑う。そんな師弟のやりとりを、キョウはオロオロしながら見ている。昔からこんな感じだった。
この師弟、修行時代から性格が合わない。師は物言いこそ荒っぽいが人情家で、規律などを重んじる人だった。
一方の弟子は物言いこそ丁寧だが案外軽薄な部分があり、我が道こそが正道という考えをする。しかも頭が回り口が達者だ。どうしたって師の方が沸点が低い。
そんな二人に挟まれたキョウは、いつもハラハラドキドキしてしまう。間を取り持つのも楽ではないのだ。
「……で?」
「はい?」
「何しに来た」
「おや? 近くに来たら顔くらい見せるのが義理かと」
「……それだけか? 厄介ごとがあるだろう」
「まぁ、全くないかと問われれば否ですが」
「やっぱりあるのか!」
嫌そうな顔をする僧侶に、キョウは促されて渋々と荷を解く。そこから布を巻いた錆びた鉈と、割れた鏡台の鏡を取り出した。
「……魔物の憑いていた物か?」
「さすが師君」
「持って帰れ!」
「供養をお願いいたします。既に魂は還っておりますので、ご安心を」
「ここは祟り物の供養寺じゃねぇんだよ」
触るのも怖々という様子の僧侶に、ヨリはコロコロと鈴を転がすような声で笑う。これはわざと、癇に障るようにしているのだ。
だが僧侶こそが正しい反応だろう。これはかつて魔物が取り憑いていた品。ただの古道具とはまた違うものなのだ。
「お願いします、師君。このような立派な寺で供養されれば、無念の思いに狂った者達もまた、安らかに眠れるでしょう」
「口車には乗らないぞ!」
「おや、心の狭い。人の心に寄り添うは僧侶も語り部も同じ。浮かばれない魂を供養することこそが、御仏の教えに適う事とは思いませんか?」
「思わん! お前の事に関しては思わない!」
「おや、寂しい」
頑として受け取ろうとしない僧侶に、ヨリは本当に寂しそうな顔をする。そして側にいるキョウの手にそっと触れた。
「寂しい事ですね、キョウ。私たちが死んだら師君にと思っておりましたのに、経の一つも上げてはくださらないそうです。仕方がありません、どこかも分からぬ地で力尽きたら思い切り、師君を恨んで死にましょうね。毎夜のように供養を求め、私たちがどのように力尽きたのかを枕元で語ってさしあげましょう」
「え! あっ、でも俺はもう死んでるし……」
「そうですよね! キョウなど二度死ぬのですものね。恨みも倍になりましょう。祟りの寺と有名に」
「止めろ洒落にならん!!」
よよよと泣きながら芝居がかった物言いをして、流れてもいない涙を袖で拭うヨリに、僧侶は大絶叫する。そして渋々と、持ってきた鉈と鏡を受け取った。
「はぁ……性格悪い」
「お褒めにあずかり」
「褒めてねぇ! ったく、本当に冗談じゃねぇ。お前が死ぬ時は本当に魔物だろ。勘弁しろよ」
無い髪を昔の癖でガシガシかく僧侶に、ヨリは苦笑してキョウを見た。
「前代未聞だぞ、お前。死にかかっている用心棒をこの世に留める為に語り部の目を依り代に与えた挙句、自分に憑依させるなんて。このままならお前、人のまま人じゃないものになるぞ」
ジロリと睨む僧侶に、ヨリは苦笑しキョウを見た。
キョウは既に死んでいる。魔物と相討ちとなり、死ぬ運命だった。
別に、キョウが愛しいわけではない。恋情などヨリには本当には理解できない。幼馴染みではあるが、そこの情もよく分かっていない。
だが、キョウは死ぬのだと悟った瞬間、どうにかして引き留めたかった。こいつがどのような存在になるのか、己がどのような存在になるのか。そんな事を考えられない程に必死だった。
執着したのは、どちらだったのだろう。未練を残したのは、どちらだったのだろう。今となってはもう、わかりはしない。
「……今のうちなら、キョウを送ってやれないか? お前の語りで飢えもないだろうし、生前とまったく変わっていない。霊の状態と考えれば可能だろう?」
僧侶の言葉に、ヨリはキョウを見る。キョウも同じような顔でヨリを見ている。そして互いに苦笑して、首を横に振った。
「無理ですよ。私たちは一蓮托生。二人で死ぬその時まで、こうして旅をするのが望みなのです」
生きた証を残すように語りながら、天命尽きるその時まで。
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