第6話 眠りの姫
ー/ー 娘を思う母の情は、死しても尚強いものなのかもしれません。今宵はそんな物語です。
盲目の語り部ヨリが立ち寄ったのは、大名屋敷のある立派な町だった。店の並ぶ大通りの隅を借りて三話ほどを語った所で終いとし、集まった人々から「怖かったね」「最後はいい話だったね」などの声を頂き、「気が向いたら寄んな!」なんて店の主人数人から招きも受けた。
それらに言葉を返すヨリの後ろにキョウがつく。人懐っこい顔で去る人々を見送るキョウは、だが珍しくヨリの側を離れない。
その理由を、ヨリも感じていた。
「すみません、少し話を聞いていただけませんか」
最後に残ったのは、まだ若い青年だった。
青い着物に灰色の袴を履いた、おそらく二十代だろう青年がヨリに近づいてくる。キリッとした目は真っ直ぐにヨリを見据えて揺らがない。
ただならない気配を感じたキョウがヨリの後ろで気を張り、緊張した空気が漂っている中、ヨリがスッと片手を上げた。
「人にものを乞う時は、まず礼儀を重んじる事をお勧めいたします」
「……なんのことです」
「おや? 左の建物に二人、右側の建物に二人、隠れておりますね。こちらの出方次第では力業も……と、息を潜めている。違いますか?」
「!」
青年は驚いたように目を丸くする。緊張からか唾を飲み込む音が聞こえた。その反応こそが、ヨリの言葉を肯定している。
「見えていないのに」
「見えていないからこそですよ。目に頼らない事で、私の耳はよく聞こえます。息を潜めながらも緊張に浅くなる息づかい、今か今かと時を伺う草履の音」
「…………我が主が、語り部殿を屋敷にお招きしたいと仰っています。どうか、お越し下さいませ」
丁寧に頭は下げる。が、主の命であるから。本当なら語り部などに頭を下げるのは納得がいかないだろう。語り部という者達を好意的に見る者もあれば、卑しい物乞いと見る者もある。それは、どのような町に行ってもあることだ。
「……キョウ、お招きに預かりましょう」
「えぇ!! ちょ……ヨリ様、流石に危険ですよ。魔物も怖いけれど、生きてる人間はもっと危険ですよ」
キョウの言いように青年は眉根を寄せる。不本意そうだが、人を忍ばせて力ずくでも連れて行こうとしたのだからキョウの言葉を否定できないだろう。
ヨリはコロコロと笑い、青年の側へと歩み寄った。
「ここで問題を起こしても面倒ですし、折角の招きです」
「ですが……」
「キョウ、男らしくありませんね。求められれば語り、対価を頂く。それが語り部というものです。えり好みなどしては罰が当たりますよ」
渋るキョウを黙らせ、ヨリは青年に案内を頼みゆっくりと、大名屋敷の方へと足を運んだ。
盲目の語り部ヨリが立ち寄ったのは、大名屋敷のある立派な町だった。店の並ぶ大通りの隅を借りて三話ほどを語った所で終いとし、集まった人々から「怖かったね」「最後はいい話だったね」などの声を頂き、「気が向いたら寄んな!」なんて店の主人数人から招きも受けた。
それらに言葉を返すヨリの後ろにキョウがつく。人懐っこい顔で去る人々を見送るキョウは、だが珍しくヨリの側を離れない。
その理由を、ヨリも感じていた。
「すみません、少し話を聞いていただけませんか」
最後に残ったのは、まだ若い青年だった。
青い着物に灰色の袴を履いた、おそらく二十代だろう青年がヨリに近づいてくる。キリッとした目は真っ直ぐにヨリを見据えて揺らがない。
ただならない気配を感じたキョウがヨリの後ろで気を張り、緊張した空気が漂っている中、ヨリがスッと片手を上げた。
「人にものを乞う時は、まず礼儀を重んじる事をお勧めいたします」
「……なんのことです」
「おや? 左の建物に二人、右側の建物に二人、隠れておりますね。こちらの出方次第では力業も……と、息を潜めている。違いますか?」
「!」
青年は驚いたように目を丸くする。緊張からか唾を飲み込む音が聞こえた。その反応こそが、ヨリの言葉を肯定している。
「見えていないのに」
「見えていないからこそですよ。目に頼らない事で、私の耳はよく聞こえます。息を潜めながらも緊張に浅くなる息づかい、今か今かと時を伺う草履の音」
「…………我が主が、語り部殿を屋敷にお招きしたいと仰っています。どうか、お越し下さいませ」
丁寧に頭は下げる。が、主の命であるから。本当なら語り部などに頭を下げるのは納得がいかないだろう。語り部という者達を好意的に見る者もあれば、卑しい物乞いと見る者もある。それは、どのような町に行ってもあることだ。
「……キョウ、お招きに預かりましょう」
「えぇ!! ちょ……ヨリ様、流石に危険ですよ。魔物も怖いけれど、生きてる人間はもっと危険ですよ」
キョウの言いように青年は眉根を寄せる。不本意そうだが、人を忍ばせて力ずくでも連れて行こうとしたのだからキョウの言葉を否定できないだろう。
ヨリはコロコロと笑い、青年の側へと歩み寄った。
「ここで問題を起こしても面倒ですし、折角の招きです」
「ですが……」
「キョウ、男らしくありませんね。求められれば語り、対価を頂く。それが語り部というものです。えり好みなどしては罰が当たりますよ」
渋るキョウを黙らせ、ヨリは青年に案内を頼みゆっくりと、大名屋敷の方へと足を運んだ。
◇◆◇
道中なにもないのは寂しいと、ヨリは青年に名を明かし、青年も名を教えてくれた。
青年の名は伊助。大名、宇和新左衛門の屋敷で働いているそうだ。親はなく、新左衛門の屋敷に出入りしている侍に世話になり、育ての親亡き後は住み込みで働いているのだという。
ヨリ達が大名屋敷に到着すると、何故か主人の新左衛門自らが手厚く出迎え一夜の宿を申し出る。が、この歓迎のされようは怪しく、キョウなどは怪訝な顔をしていた。
「……静かですね」
屋敷に招かれ、どこかへと連れて行かれる。立派な庭に面した外廊下を歩きながら、ヨリは辺りを見回した。
「大名屋敷ともなれば、人の出入りも多いでしょうに」
「……昔はな。三年ほど前、奥方様がお亡くなりになってから変わってしまったのだ」
「ほぉ?」
「……旦那様は、腑抜けてしまった。今では豪商のどら息子が大きな顔をしている。皆もそちらが力を持っていると知るとこちらには来ない。美味い汁を吸いたいなら落ち目の大名よりも、話の分かる商人なのだろう」
伊助の声には悔しさが滲み出ている。手を強く握り震えて、爪が手の平に刺さりそうにも思う。
その様子に、流石のキョウも心配そうな顔でヨリを見下ろした。
やがて伊助は屋敷の奥にある部屋の前で止まり、「小夜様、入ります」と声をかけて障子を開けた。
明るく清潔な室内には女性らしい華やかな着物が掛けられ、飾り棚の上には花も活けられている。
が、この部屋の主は静かに横になり目を開けない。規則正しく聞こえる息づかいから、眠っている事は分かる。問題は、目を覚ます気配がないことだ。
「……もう、一ヶ月が経つんだ」
「一ヶ月! って、流石に体が……」
「分かっている。旦那様も案じて医者に診せたし、祈祷もした。だが、一向に目を覚まさない」
「……ふむ」
しずしずと進み出たヨリが姫の枕元に座る。そうしてそっと目を開いた。
だが、魔物の気配はない。何かしらの痕跡が残りそうだが、そういう感じもない。だが、まったく何もないわけではないだろう。人ならざる者が関わっていないのならばとっくに死んでいるはずだ。
「医者は、なんと?」
「……原因が分からない、と」
「祈祷師は?」
「これで目が覚めるはずだと言った。だが、まったくだ」
「そうでしょうね」
世の中、人智を越えた出来事は多少だが起こる。鬼が出た、蛇が出た。そういうものを鎮めるために祈祷師というのがいる。中には真面目に修行を積み、徳を積んで神の力を拝借できる者もいるだろうが、大半が詐欺だ。
ただそれでも、怯えて暮らす人々にとっての心の安寧には繋がる。案外人の心が強ければ逃げていく怪もあったりするのが厄介なのだ。
「語り部はその語りで、魔物を諫める事ができると聞いた。頼む、姫様を目覚めさせてくれ」
「……無理でございます」
助けを求めるような伊助に、ヨリはきっぱりと断った。途端、唇を噛みしめている伊助の目が歪められ、しばらく声が上がらない。それでも必死に絞り出した声は、酷く震えていた。
「どうして……何故だ!」
「語り部は魔払い師ではありません。確かに魔物に語る事で満たされぬ飢えを一時満たしてやる事はできます。ですが、それは本来の役目ではないのです」
「……手立てが、ないと言うのか……姫様はこのまま、眠り続けるのか」
伊助の目からは涙が零れ、膝の上に置いた拳に落ちていく。キョウはとても気の毒な顔をし、ヨリを見つめる。なんとかしろという気配にヨリは溜息をついた。
「ですが、話を聞かないわけではありません」
「え?」
「語り部は得たものを忘れません。その中に、糸口があればお教えする事も可能です。まずは姫が眠った時の事を教えてください」
「! 感謝します!」
大きく頭を下げる伊助に、ヨリは深い溜息をついた。
◇◆◇
「姫様が眠ってしまわれたのは、一ヶ月ほど前。あちらの離れで見つかりました」
開け放たれた障子の先、母屋から一本橋で繋がった先に小さな離れがある。きちんと手入れがされている場所で、人の気配はないものの大切な場所なのだと感じられる。
「その離れに、なぜ彼女はいたのでしょうか?」
「……亡くなられた奥方様を、思っておられたのではないかと」
「奥方を?」
「お体を壊してからは、離れで過ごされておりました。亡くなられたのもそちらで。姫様はよく離れに行かれていたのです。奥方様を感じられると」
話を聞きながら、ヨリは形のよい顎に指で触れた。
これは人ではない者が関与している可能性がある。そして姫はその原因となりえそうな場所を大切にしていた。実際倒れたのもその場所だ。
だが、何故だ。母親がいるならば娘に悪さをするのか? 伊助の話しぶりでは母子の関係は悪くなさそうだ。
「奥方は、姫を嫌っていたりは?」
「まさか! 最後まで案じておりました」
「では、旦那は?」
「ありえません! 旦那様は奥方様を心より愛しておりました。周囲から後妻をと勧められても断り続けています」
「では、何故姫は眠りについたのでしょうね?」
これは、直接触れてみなければ分からないかもしれない。キョウも同情的なのだから、協力は惜しまないだろう。
「分かりました」
「本当か! では、姫様は……」
「分からないということが分かったのです」
「なんだそれは!」
「ですので、今夜はその離れにお泊めいただきたい。怪異の現場に触れれば、何かしら原因が分かるかもしれません」
「ヨリ様!」
キョウは非難めいた声を上げるが、そもそも同情してどうにかしたいという雰囲気を出したのはキョウだ。今更引くつもりはない。
何よりも、知りたいのだ。この事象の裏にある物語を。
青年の名は伊助。大名、宇和新左衛門の屋敷で働いているそうだ。親はなく、新左衛門の屋敷に出入りしている侍に世話になり、育ての親亡き後は住み込みで働いているのだという。
ヨリ達が大名屋敷に到着すると、何故か主人の新左衛門自らが手厚く出迎え一夜の宿を申し出る。が、この歓迎のされようは怪しく、キョウなどは怪訝な顔をしていた。
「……静かですね」
屋敷に招かれ、どこかへと連れて行かれる。立派な庭に面した外廊下を歩きながら、ヨリは辺りを見回した。
「大名屋敷ともなれば、人の出入りも多いでしょうに」
「……昔はな。三年ほど前、奥方様がお亡くなりになってから変わってしまったのだ」
「ほぉ?」
「……旦那様は、腑抜けてしまった。今では豪商のどら息子が大きな顔をしている。皆もそちらが力を持っていると知るとこちらには来ない。美味い汁を吸いたいなら落ち目の大名よりも、話の分かる商人なのだろう」
伊助の声には悔しさが滲み出ている。手を強く握り震えて、爪が手の平に刺さりそうにも思う。
その様子に、流石のキョウも心配そうな顔でヨリを見下ろした。
やがて伊助は屋敷の奥にある部屋の前で止まり、「小夜様、入ります」と声をかけて障子を開けた。
明るく清潔な室内には女性らしい華やかな着物が掛けられ、飾り棚の上には花も活けられている。
が、この部屋の主は静かに横になり目を開けない。規則正しく聞こえる息づかいから、眠っている事は分かる。問題は、目を覚ます気配がないことだ。
「……もう、一ヶ月が経つんだ」
「一ヶ月! って、流石に体が……」
「分かっている。旦那様も案じて医者に診せたし、祈祷もした。だが、一向に目を覚まさない」
「……ふむ」
しずしずと進み出たヨリが姫の枕元に座る。そうしてそっと目を開いた。
だが、魔物の気配はない。何かしらの痕跡が残りそうだが、そういう感じもない。だが、まったく何もないわけではないだろう。人ならざる者が関わっていないのならばとっくに死んでいるはずだ。
「医者は、なんと?」
「……原因が分からない、と」
「祈祷師は?」
「これで目が覚めるはずだと言った。だが、まったくだ」
「そうでしょうね」
世の中、人智を越えた出来事は多少だが起こる。鬼が出た、蛇が出た。そういうものを鎮めるために祈祷師というのがいる。中には真面目に修行を積み、徳を積んで神の力を拝借できる者もいるだろうが、大半が詐欺だ。
ただそれでも、怯えて暮らす人々にとっての心の安寧には繋がる。案外人の心が強ければ逃げていく怪もあったりするのが厄介なのだ。
「語り部はその語りで、魔物を諫める事ができると聞いた。頼む、姫様を目覚めさせてくれ」
「……無理でございます」
助けを求めるような伊助に、ヨリはきっぱりと断った。途端、唇を噛みしめている伊助の目が歪められ、しばらく声が上がらない。それでも必死に絞り出した声は、酷く震えていた。
「どうして……何故だ!」
「語り部は魔払い師ではありません。確かに魔物に語る事で満たされぬ飢えを一時満たしてやる事はできます。ですが、それは本来の役目ではないのです」
「……手立てが、ないと言うのか……姫様はこのまま、眠り続けるのか」
伊助の目からは涙が零れ、膝の上に置いた拳に落ちていく。キョウはとても気の毒な顔をし、ヨリを見つめる。なんとかしろという気配にヨリは溜息をついた。
「ですが、話を聞かないわけではありません」
「え?」
「語り部は得たものを忘れません。その中に、糸口があればお教えする事も可能です。まずは姫が眠った時の事を教えてください」
「! 感謝します!」
大きく頭を下げる伊助に、ヨリは深い溜息をついた。
◇◆◇
「姫様が眠ってしまわれたのは、一ヶ月ほど前。あちらの離れで見つかりました」
開け放たれた障子の先、母屋から一本橋で繋がった先に小さな離れがある。きちんと手入れがされている場所で、人の気配はないものの大切な場所なのだと感じられる。
「その離れに、なぜ彼女はいたのでしょうか?」
「……亡くなられた奥方様を、思っておられたのではないかと」
「奥方を?」
「お体を壊してからは、離れで過ごされておりました。亡くなられたのもそちらで。姫様はよく離れに行かれていたのです。奥方様を感じられると」
話を聞きながら、ヨリは形のよい顎に指で触れた。
これは人ではない者が関与している可能性がある。そして姫はその原因となりえそうな場所を大切にしていた。実際倒れたのもその場所だ。
だが、何故だ。母親がいるならば娘に悪さをするのか? 伊助の話しぶりでは母子の関係は悪くなさそうだ。
「奥方は、姫を嫌っていたりは?」
「まさか! 最後まで案じておりました」
「では、旦那は?」
「ありえません! 旦那様は奥方様を心より愛しておりました。周囲から後妻をと勧められても断り続けています」
「では、何故姫は眠りについたのでしょうね?」
これは、直接触れてみなければ分からないかもしれない。キョウも同情的なのだから、協力は惜しまないだろう。
「分かりました」
「本当か! では、姫様は……」
「分からないということが分かったのです」
「なんだそれは!」
「ですので、今夜はその離れにお泊めいただきたい。怪異の現場に触れれば、何かしら原因が分かるかもしれません」
「ヨリ様!」
キョウは非難めいた声を上げるが、そもそも同情してどうにかしたいという雰囲気を出したのはキョウだ。今更引くつもりはない。
何よりも、知りたいのだ。この事象の裏にある物語を。
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