13.兄弟
ー/ーエイドリアンは懐から懐中時計を取り出し時間を確認すると、それから何気ない様子で口を開いた。
「それとミルドレッド。昨日の件だが」
「失礼いたします。アンバー卿がいらっしゃいました」
王が話し出した瞬間、謁見の間に騎士が入ってきて言った。王は一瞬渋い顔をした後、ここに通すように合図した。アンバー卿というと、ユージーンの母方の遠縁にあたる家だったはずだ。ミルドレッドも何度か挨拶したことがある。祭事が近いので、何人かの貴族は城下の屋敷に戻ってきたり、あるいは城内にしばらく滞在したりする貴族がこうして挨拶に来るのだ。
ミルドレッドがアンバー卿がこれから入ってくるであろう方向を振り返ると、後ろに立つユージーンがなんだか妙な表情をしている。
なんだろう、と思っているうちに、アンバー卿が騎士に連れられて入ってくる。
(え?)
ミルドレッドは我が目を疑った。卿の数歩後ろから付いてくる青年の姿から目が離せない。アンバー卿はひととおり決まった挨拶をしてから、一緒に入ってきた青年を指し示す。
「息子のフランシスです。このたび成人しましたので、一度お目通りをと思い連れてまいりました」
青年は父親の紹介を受けて深々と礼をした。顔を上げた青年の、頭から爪先までミルドレッドは思わず無遠慮に眺めてしまう。
「フランシス・アンバーと申します」
間違いない。
(フランだ)
あの、〈グラス・ホッパー座〉の、あのフランだ。あの時の格好とはまるで違うし、頭だって綺麗にまとめてあるせいでまさか同一人物とは思えないが、声が同じだ。
ユージーンにふらふらついていったなどと叱られたのを思い出す。反省はしているけど、でもつい行ってしまったのはあの声がなんとなくユージーンに似ている気がしたからだった。
そういえば、声だけでなく背丈も似ている。
「…… えっ……?」
今度は声が出た。声とか背丈とか、それだけじゃない。そんなものじゃない。困惑気味に頭をかかえるミルドレッドに、王が「そうか、おまえは知らないか」と口にする。
『次男のユージーンです』
いつか聞いた言葉を思い出しながら、どこか気まずげな顔で立っているユージーンと、貴族然とした表情で立つフランシスを見比べる。
似ている。とても。
「ユージーンとは双子で、彼は幼い頃にアンバー家の養子に……」
なかばあっけにとられているミルドレッドにかまわず王が説明するのを、ミルドレッドはどこか遠くで聞いていた。
あの、と中庭の隅の椅子にむすっとした表情で腰かけているミルドレッドにユージーンがおそるおそるといった様子で話しかける。
「すみません。隠しているつもりはなかったのですが」
ミルドレッドは返事をしない。永遠かと思われるような時間が流れたあと、ようやく彼女は口を開く。
「つまり、ずっと私がユージーンと最初に仲良くなれたと思っていた思い出はおまえとの思い出じゃなかったってことよね」
「は……」
一瞬何の話かと思いかけて、思い至る。
昨日、ミルドレッドが言っていた話だ。あれはフランシスとのことだったのか。途端、薄暗い感情がユージーンの胸の中を支配する。
「…… 勝手に勘違いしたのは、姫様じゃないですか」
一方的な想いだと、初めからわかっていた。それでも、ミルドレッドの気持ちはその程度なのだと思い知らされた気分だった。
「何よそれ。教えてくれなかったのはそっちでしょ」
「わかるわけないでしょう、そんな昔のこと」
「フランのことよ!」
生まれてからほとんどの人生を王女として過ごしたミルドレッドにとってユージーンは、数少ない友であり、兄のような存在だった。けれど、ミルドレッドが知るのは彼が騎士団長の息子であるということだけで、他にはなにも知らない。現に、双子の兄弟がいるなんてことも今の今まで知らなかった。
ミルドレッド自身のことは、家族構成から好きな食べ物、嫌いな食べ物、ここ最近の悩みまでなにもかも知られているというのに。
対して自分は、ユージーンの悩みひとつ解消できない。
ここへ帰ってきてから特に、ユージーンはなにか悩んでいるように見えるのに、その原因すらわからない。
こんなにも彼を失くしたくないと思うのに、そのためにはどうすればいいのかわからない。
「…… それは……」
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