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12.立場

ー/ー







「ほらここ、さっき言ったところ」

 昼に話した、ユージーンがミルドレッドと最初に遊んだという場所だ。ミルドレッドは幼い頃から部屋を抜け出してこういうところで遊んでいたという話はあちこちで聞いたことがある。でもそれはユージーンが遊び相手になるまでで、ユージーンと遊ぶようになってからは室内遊びが主になったはずだった。

「やっぱり覚えていない?」
「…… ええ。申し訳ありませんが」

 ミルドレッドはふうんと言ってあたりの草むらを探索し始めた。四葉でも探すつもりだろうか。あるいは虫とか……。
 ふいに宿舎の方が騒がしくなってきて、ユージーンは顔を上げた。なにかあったのだろうか。事件であれば、早急にミルドレッドを部屋に戻して――。

「うわ」

 突然首筋にさわりとなにかが触れた気配にユージーンは勢いよく振り返った。そこでは葉っぱを手にしたミルドレッドが楽しそうに笑っている。

「虫だと思った?」
「虫だったら怒ります。―― もう、部屋に戻りますよ」

 葉っぱを捨てさせて部屋に戻る道中も騎士や侍従が行き来していた。
 ミルドレッドを部屋に送り届けてから自分も状況を確認しようした矢先、彼女が開けた窓から聞こえてくる大声にユージーンは動きを止めた。
 尋常ではない、という表現では足りないほどの騎士たちの切羽詰まった声。
 時が経てばたつほどに増していく人々の騒ぐ声。

「…… なにかしら、さっきから……」

 ミルドレッドが窓から乗り出して外を見ようとすると、部屋の扉が外から叩かれた。ユージーンが扉を開けると、顔を出したのは最近新しく入ってきた侍従だった。彼女は「ああよかった」と安心したような顔をしてみせる。

「姫様、お戻りになってらしたんですね」
「下でなにかあったんですか?」

 ユージーンが聞けば侍女は「私も詳しくはまだわからないのですが」と前置きした。

「城門に怪しい男がやってきて、見張りの騎士を斬りつけたみたいで…… 人づてに聞いただけですけど」

 後ろでミルドレッドがはっと息を呑むのが聞こえる。侍女はそれに気付かずに「まだ安全が確認できないので部屋からお出にならないようにお願いします」と言い置いて去っていった。
 扉が閉まると、ミルドレッドは脱力したように床へ座り込んだ。

「ひ……」
「私のせいよね」

 ユージーンが声をかける前にミルドレッドがぽつりと言った。

「私が……」
「違います、姫様、それは――」
「なにが違うの。だってそうでしょ?」

 落ち着かせようと言い聞かせる前に、ミルドレッドがユージーンの腕をつかんで詰め寄る。

「私が城門に行かなければ、おまえのところに行かなければ、ユージーンを無理に持ち場から連れ出したりしなければ、彼は傷つけられずに済んだんだもの」

 なかばすがりつくように腕をにぎりながら、ミルドレッドはぎゅっと目をつむった。

「少し気に入らないことがあったくらいで、仕事中の臣下を頼ったりなんかして……」
「姫様」

 耐えきれず、ユージーンは口を開いた。

「やめてください、そういうの…… 俺のところへ来たのが間違いみたいに言うの。…… 俺は」

 やや驚いたように自分を見る姫と目が合って、ユージーンは言葉を止めた。

「………… 外の安全を確認してきます。窓と、カーテンも一応閉めていくので開けないように。あと部屋からも絶対出ないように」

 すぐ戻ります、と言い置いて部屋を出る。
 そして扉の前にしゃがみ込み、顔を覆ってため息を吐いた。

『俺は』

 俺は?
 いったいなにを言おうとした? 馬鹿か。言ったらその瞬間終わりだぞ。重ねた信頼も、忠心も、なにもかも。

(落ち着け)

 自分に言い聞かせながら周囲を注意深く見渡して、廊下の向こうを騎士と貴族の集団が横切っていくのが目に入る。
 その中のひとりがユージーンの視線に気づいた様子で、ゆっくりとこちらを見た。
 目が合う。
 ユージーンの、皮膚という皮膚を、ぞわりと悪寒が駆け巡った。
 男はすぐにユージーンから目を逸らすと他の者たちと一緒に廊下の向こうへ消えた。

(なぜ今、この時期に? あれ以来今まで一度だってここに現れたことなどないのに、どうして今さら?)

 ユージーンは混乱気味に頭を回転させ、ひとつの答えにたどりつく。

(―― ミルドレッド様だ)

 握りしめたこぶしに力がこもる。そしてもう一度、さっき見た場所に視線を戻した。
 …… フランシス・ホッジズが自分を見つめた、その場所を。





 ユージーンの様子が変だった。
 それなのに自分ときたら、また言いたいことだけ言ってしまってユージーンを困らせた。反省しつつも、でもミルドレッドはこうも思う。ユージーンが困ったり自分のために頭を悩ませてくれるのを見ると、大事にされているのだと実感する。単なる忠義心か、まやかしかもしれないが。
 もう病気だ、と思いながら起きて部屋を出ると、いつもの護衛のほかにユージーンの姿がある。

「…… 陛下からのお達しです」

 どこかむっつりとした複雑そうな表情で言われ、ミルドレッドは「あ、そう」と頷いた。今日は祭事のために城へ来た貴族に面会する予定だったが、昨晩の事件が原因で後ろ倒しになっている。面会より先に、王から説明があるだろう。

「負傷したのは騎士グレゴリー・モフェット。といっても傷はほとんどかすり傷だそうだ。幸い、通りかかったある人物に助けられてな」

 玉座のある謁見の間に赴くと、王からそう言われてミルドレッドはあからさまにほっと息を吐いた。

「グレゴリーに面会することはできますか?」
「ああ。助けた人物ももうすぐ来るはずだが……」



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「ほらここ、さっき言ったところ」
 昼に話した、ユージーンがミルドレッドと最初に遊んだという場所だ。ミルドレッドは幼い頃から部屋を抜け出してこういうところで遊んでいたという話はあちこちで聞いたことがある。でもそれはユージーンが遊び相手になるまでで、ユージーンと遊ぶようになってからは室内遊びが主になったはずだった。
「やっぱり覚えていない?」
「…… ええ。申し訳ありませんが」
 ミルドレッドはふうんと言ってあたりの草むらを探索し始めた。四葉でも探すつもりだろうか。あるいは虫とか……。
 ふいに宿舎の方が騒がしくなってきて、ユージーンは顔を上げた。なにかあったのだろうか。事件であれば、早急にミルドレッドを部屋に戻して――。
「うわ」
 突然首筋にさわりとなにかが触れた気配にユージーンは勢いよく振り返った。そこでは葉っぱを手にしたミルドレッドが楽しそうに笑っている。
「虫だと思った?」
「虫だったら怒ります。―― もう、部屋に戻りますよ」
 葉っぱを捨てさせて部屋に戻る道中も騎士や侍従が行き来していた。
 ミルドレッドを部屋に送り届けてから自分も状況を確認しようした矢先、彼女が開けた窓から聞こえてくる大声にユージーンは動きを止めた。
 尋常ではない、という表現では足りないほどの騎士たちの切羽詰まった声。
 時が経てばたつほどに増していく人々の騒ぐ声。
「…… なにかしら、さっきから……」
 ミルドレッドが窓から乗り出して外を見ようとすると、部屋の扉が外から叩かれた。ユージーンが扉を開けると、顔を出したのは最近新しく入ってきた侍従だった。彼女は「ああよかった」と安心したような顔をしてみせる。
「姫様、お戻りになってらしたんですね」
「下でなにかあったんですか?」
 ユージーンが聞けば侍女は「私も詳しくはまだわからないのですが」と前置きした。
「城門に怪しい男がやってきて、見張りの騎士を斬りつけたみたいで…… 人づてに聞いただけですけど」
 後ろでミルドレッドがはっと息を呑むのが聞こえる。侍女はそれに気付かずに「まだ安全が確認できないので部屋からお出にならないようにお願いします」と言い置いて去っていった。
 扉が閉まると、ミルドレッドは脱力したように床へ座り込んだ。
「ひ……」
「私のせいよね」
 ユージーンが声をかける前にミルドレッドがぽつりと言った。
「私が……」
「違います、姫様、それは――」
「なにが違うの。だってそうでしょ?」
 落ち着かせようと言い聞かせる前に、ミルドレッドがユージーンの腕をつかんで詰め寄る。
「私が城門に行かなければ、おまえのところに行かなければ、ユージーンを無理に持ち場から連れ出したりしなければ、彼は傷つけられずに済んだんだもの」
 なかばすがりつくように腕をにぎりながら、ミルドレッドはぎゅっと目をつむった。
「少し気に入らないことがあったくらいで、仕事中の臣下を頼ったりなんかして……」
「姫様」
 耐えきれず、ユージーンは口を開いた。
「やめてください、そういうの…… 俺のところへ来たのが間違いみたいに言うの。…… 俺は」
 やや驚いたように自分を見る姫と目が合って、ユージーンは言葉を止めた。
「………… 外の安全を確認してきます。窓と、カーテンも一応閉めていくので開けないように。あと部屋からも絶対出ないように」
 すぐ戻ります、と言い置いて部屋を出る。
 そして扉の前にしゃがみ込み、顔を覆ってため息を吐いた。
『俺は』
 俺は?
 いったいなにを言おうとした? 馬鹿か。言ったらその瞬間終わりだぞ。重ねた信頼も、忠心も、なにもかも。
(落ち着け)
 自分に言い聞かせながら周囲を注意深く見渡して、廊下の向こうを騎士と貴族の集団が横切っていくのが目に入る。
 その中のひとりがユージーンの視線に気づいた様子で、ゆっくりとこちらを見た。
 目が合う。
 ユージーンの、皮膚という皮膚を、ぞわりと悪寒が駆け巡った。
 男はすぐにユージーンから目を逸らすと他の者たちと一緒に廊下の向こうへ消えた。
(なぜ今、この時期に? あれ以来今まで一度だってここに現れたことなどないのに、どうして今さら?)
 ユージーンは混乱気味に頭を回転させ、ひとつの答えにたどりつく。
(―― ミルドレッド様だ)
 握りしめたこぶしに力がこもる。そしてもう一度、さっき見た場所に視線を戻した。
 …… フランシス・ホッジズが自分を見つめた、その場所を。
 ユージーンの様子が変だった。
 それなのに自分ときたら、また言いたいことだけ言ってしまってユージーンを困らせた。反省しつつも、でもミルドレッドはこうも思う。ユージーンが困ったり自分のために頭を悩ませてくれるのを見ると、大事にされているのだと実感する。単なる忠義心か、まやかしかもしれないが。
 もう病気だ、と思いながら起きて部屋を出ると、いつもの護衛のほかにユージーンの姿がある。
「…… 陛下からのお達しです」
 どこかむっつりとした複雑そうな表情で言われ、ミルドレッドは「あ、そう」と頷いた。今日は祭事のために城へ来た貴族に面会する予定だったが、昨晩の事件が原因で後ろ倒しになっている。面会より先に、王から説明があるだろう。
「負傷したのは騎士グレゴリー・モフェット。といっても傷はほとんどかすり傷だそうだ。幸い、通りかかったある人物に助けられてな」
 玉座のある謁見の間に赴くと、王からそう言われてミルドレッドはあからさまにほっと息を吐いた。
「グレゴリーに面会することはできますか?」
「ああ。助けた人物ももうすぐ来るはずだが……」